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サイド自由欄

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トールも製作に関わったオラクルカードです♪
2011年11月16日
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「式から二か月か~。あの人たち、ちょっとは落ち着いたのかしらねぇ?」

大きなトートバッグにお勧めの食材をつめたアンナが同僚を振り返る。

「どうかしら。式前は神殿での訓練込みで半同棲から潔斎で、手伝いに行く機会もなかったし。こないだひと月経って、そろそろ遊びに行こうか、なんて話していたところで爆破騒ぎだったものね」

土産のワインを持ったジェズが首をかしげた。

「有名人の夫を持つと、いろいろ大変よねぇ」
「うん。軍人とはいえ、普通爆破騒ぎまではありえないでしょ」
「でも大祭は綺麗だったわぁ…。 大礼拝堂の祝福では感動したもの」
「ほんと。でもアルディアス様の化粧の似合いっぷりときたら、反則よねー」
「そうそうそう。あれは絶対反則よ、反則!!」


暑さの盛りだった大祭から二か月弱、ヴェールの並木道は金色に染まって、すっかり長袖のカーディガンに上着かストールが欲しい季節になった。

翌日が非番の仕事帰り、フェロウ邸でのホームパーティに招かれているのだ。
アルディアスの隊からは、ニールスとオーディンが招待されているということだった。
以前はオーディンのことを嫌っていたジェズだが、披露宴を機にその誤解も解けている。今日は新婚の二人に、アンナが郷里の得意料理を披露することになっていた。

料理は粉を水で溶いて、卵、野菜、魚介類などを混ぜて焼き、各種のソースやハーブで味つけして食べるという、いわゆるオープンオムレツのようなものだ。
オムレツ自体は中央にもある料理だが、アンナは西方の小都市の出身で、そちらでは小麦の栽培が難しいため、雑穀の粉をよく使う。
その配合にも地域独自のこだわりがあるため、彼女はわざわざ郷里に連絡して粉を送ってもらっていた。

フェロウ邸に着くと、夫婦に加えて夜勤明けのニールスとオーディンが揃っていた。
アンナとジェズだけでは女性だらけの中にアルディアス独りになってしまうため、それではと階級が高すぎず気の置けない二人も一緒に招待したのだ。

玄関で簡単な挨拶が交わされ、ダイニングではさっそく食材やワインがテーブルに並べられてゆく。
それを手伝っていてジェズと目の会ったオーディンが、一瞬の躊躇ののちに口を開いた。


「ジェズよジェズ。あなたまた人の名前覚えてないんでしょ。というかそもそも覚える気ないんじゃないの?」

ここは職場ではないから、敬語は使わないというのが約束事。フローライトのような黒に近い濃紫のきれいな瞳できっと睨まれて、オーディンは目を白黒させた。
ジェズは少し前まで、彼の後方支援担当だったのだ。生活のあれこれを世話になっておいて、未だに名前を覚えていないのでは怒られても仕方がない。

「……すいません」

頭をがりがりと掻きながらぼそっと呟かれた言葉に、ジェズは破顔した。


「あー… まあ…」
「オーリイはそういうの苦手だから。自分の隊の隊長の名前も知らない時あったよ」

リフィアの指示でワイングラスを出しながら、ニールスが苦笑する。

「えーそうなの? 今はわかってるのでしょ、オーディンさん?」

葉野菜を台所で洗いながらアンナが鮮やかなブルージルコンの視線を投げると、オーディンは慌ててうなずいた。こころなしか胸を張って続ける。

「もちろん今はわかってるとも。アルディアス・フェロウ隊長」
「正解。光栄でございます、ガーフェル軍曹」

おどけたように当人が一礼したから、一座は笑いに包まれた。

「ところでリフィア、お鍋はもしかしてあのホットプレート?」
「あ、うん、実家であれ借りてきたんだけど…。違った?」

テーブル上に鎮座している大きなホットプレートに、アンナが苦笑する。

「そうじゃなくてぇ~。オーブン用の鋳鉄でできた深めのお鍋よぅ。蓋してじっくり焼くの。それで焼けたら、保温したホットプレートか大きなお皿にぱかっとひっくり返して、トッピングして切り分けて食べるわけよ」
「そうなの、私、段取りがよくわかってなかったわ。急いで借りてこようかしら?」
「ううん、平気平気。無きゃ無いなりにできるわよ~。大きいフライパンっても、二人暮らし始めたばっかりじゃ限界がありそうね。あのホットプレート蓋できる?」

アンナの視線に応えて、テーブル脇にいたニールスが大きな蓋をひらひらさせた。

「んじゃ大丈夫。あれでそのまま焼きましょ。ちょっと時間かかるかもしれないけどね」

話しながらも、アンナと長い黒髪を背で三つ編みにまとめたジェズの手が、リズミカルに食材を刻み、粉を水で溶いて加え生地を作ってゆく。
中央地区の主なタンパク源は魚介類と鳥類だが、前の大戦で土地が痩せているためか川魚はあまり獲れない。海の魚は、大きくて身のしっかりした白身の魚が主であるため、最初から切り身で売っていて魚の形がわかるような調理にはならないことが多かった。

リフィアがテーブルを整え、卓上のホットプレートが温まる頃にはあっという間に下準備が完了し、アンナの指示のもと油がひかれて生地が落とされた。

じゅわっという食欲をそそる音がする。上に大きめの魚介を並べると蓋をして、その間にサラダや他のつまみ類の用意。
ドレッシングまでできたところでフライ返しを二本手にすると、アンナは大きな生地をひょいとひっくり返した。丸い生地にはきれいなきつね色の焼き色がつき、こんがりした香りがただよっている。
満足げにそれを眺め、彼女は片目をつぶって唇に人差し指を立てた。

「これでもう少し。あとは仕上げをごろうじろ」
「すっげえ…」

手際のよさに感嘆の息を漏らしたのはオーディンだ。
ワインで乾杯し、サラダなどをつつきながらお喋りしている間にメインディッシュが頃合いになる。
皿に切り分けてハーブを散らしてから常備してあるトマトジュレを添えようとしたリフィアに、アンナの厳しいチェックが入った。

「違う違う。まずジュレが先よ。たっぷり塗って、チーズを乗せて、ちょっと蒸らして溶かしてからハーブ、それでホットプレートに載せたまま切るの。そうしたらずっと熱々で食べられるでしょ」
「ああ、なるほど」

切り分けようとした木べらを止めると、立ち上がったアンナが大き目のスプーンで持ち込みのジュレを塗りはじめる。
味の濃い肉厚のトマトをコンソメで煮込んだジュレは、どこの家庭にも常備されているポピュラーな調味料だ。市販品も沢山あるが、それぞれ家庭ごとのこだわりがあったりもする。
立ち上るいい香りにオーディンが目を細めたのを、ワイングラスを置いたアルディアスがみつけて笑った。

「オーディンはジュレにこだわりがあるから」
「おうよ。これで味が全然変わるんだぜ。あとハーブの調合な」
「へえ、オーディンさん料理なんかするの?」

手を動かしつつ、アンナが大きな瞳をくるっと回す。うなずいたのはニールスだった。

「野戦料理が得意なんだよ」
「オーディンのスープは本当に美味しいからね」
「材料とかどうするの?」
「真空パックの保存肉あるだろ。あれにそのとき手に入る野菜と、トマトジュレとハーブと塩。 ……、あ、もうハーブいいんじゃね?」
「あっだめっ」

ジェズに答えている間にチーズが蒸されて美味しそうにとろけている。湯気の中脇に置いてあるハーブ類を適当に散らそうとしたオーディンの手を、いたずらっぽい目をしたアンナがぺちんと叩いた。

「自分でハーブの調合って言ったばっかりでしょ。地方の味にするならこだわりがちゃんとあるのよ」
「…すいません。…なんかさっきからいいとこないじゃん俺…」
「まあまあ、オーリイ。ここは女性陣に任せようよ」

くすくす笑ったアルディアスがぽんと肩をたたくと、オーディンが大げさに頭を抱える。
その眼前に、楽しそうに笑いながら湯気のたつ皿が差し出された。

「ほぉら、できたわよ。アンナさん特製オープンオムレツ!」

こんがり焼けた雑穀の香ばしさと魚介、トッピングしたトマトやチーズ、ハーブなどが相まって、食欲をそそる匂いが鼻腔を刺激する。
アンナは6人分を切り分けると、手早く二枚目を準備して自分も席についた。

熱々の具だくさんオムレツは、たしかに家族や仲良い友達との団欒にぴったりで。
二枚目は混ぜる具とハーブの組み合わせで少し変化を出し、他愛もないお喋りも尽きることなくワインのボトルが二本ほど空になる。
人数のわりに減りが少ないのは、女性陣を車で送るためにニールスが飲んでいないのと、それにつきあってアルディアスとオーディンも口を湿らせる程度に留めているからだ。

ほんのり頬を染めたアンナとジェズに礼を言って送り出した後、アルディアスは長い銀髪をひょいひょいと三つ編みにすると、妻に手渡されたギャルソンエプロンを締めた。

「さて、では後の片づけは我々が。リンもお疲れ様。ニールスが帰ってきたら少し飲むから、先に休んでていいよ。明日は仕事だろう」
「そう? ありがとう。じゃあ二階の客間を準備したら先に休ませてもらうわね」
「ありがとう、おやすみ」

黒髪の同僚があえて視線をあわせずに、キッチンに下げる食器の重ね方を試行錯誤しているのを目の端に確認して、頬に軽くキスをする。
腕まくりして皿洗いを始めると、隣でオーディンがそれを拭きはじめた。

「仲良いなあ…。新婚だもんな」
「どういたしまして」

何を言っていいか困った、という感じに呟かれたから、アルディアスは笑うしかない。オーディンもそれで二の句に困ったとみえて、話題は水切りのようにひょいと跳んだ。

「運転手はニールスが適任だよな、うん」
「そうだねえ。私じゃ必要以上に恐縮されてしまいそうだし」
「俺じゃどう考えても会話が続かねえもんな」

きゅっきゅっとグラスを磨きながら、しみじみ述懐する。どうやら自覚はあるのらしかった。電灯の光をぴかりと反射するグラスを満足げに眺めた後に脇へ置いて、新しく濡れた皿を手にする。

「あいつもいい娘がいりゃあいいのに、どうなんだろ」
「さあ…。 ニールスは女の子にも評判いいと思うけどね」
「一番縁遠そうなあんたがうまいこと片付いたんだから、あいつだって縁談あってもいいよなあ」
「……え?」

思わず流していた水を止めて、アルディアスが振り返る。オーディンは濃い青の瞳で、いつの間にか自分を追い越した長身を見上げてにやっと笑った。
その笑いにはしかし、深い慈しみのようなものがあふれている。

「あんたは、なんでも背負っちまうからさ。二等兵だった昔からそうだ…。 だからきっと、神殿でもそうなんだろ。そんなふうに一人で抱え込むなっつっても、多分いろんな意味でどうにもならない部分もあるんだなってのはわかってきたけどさ」
「オーリイ…」
「まあよっぽどの物好きでないとあんたの相手は務まらんよな、と心配していたわけだ。うん。よかったよかった」

皿を拭きながら照れ隠しのように何度もうなずく。
アルディアスは止めた手を再開して、最後に外して水を張ってあったホットプレートを洗い上げた。手を拭いて、乾いた食器を棚にしまってゆく。

「これでもかなり、周りに頼れるようになったんだよ。あの頃に比べればね」

グラスを並べながら苦笑したのは、二等兵の頃を思い出したから。

「そうだなあ…。 あの頃のあんたはどこか、触れなば切れん、て感じだったしな」

なんだか放っておけなくて、見かけるたびに声かけたっけな。名前は上司になるまで覚えてなかったけど。
えらいなつっこい顔で笑うから、お前本当に軍人かって百回は訊きかけた。

「だから…、うん、よかったよなぁ」

手の中の小さな丸っこい陶器に呟きかけるようにして、オーディンはそれを戸棚にしまった。






















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最終更新日  2011年11月16日 12時11分07秒
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