異論・極論・直言――マスコミが言わない解説、提言

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2026.09.07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
(母に料理の基本を聞いて、自分で作り、妻に伝える)

 そのほとんどが妻の料理の味と、自分の母親の味を比べて文句をいう夫の話で、
それが原因で離婚というような展開になる事も珍しくない。
 こういう話を聞く度に、この男は何てバカなんだと筆者はいつも感じてしまう。

 筆者の体験から言えば、それをつなぐのが夫、男側の役割なのだと思う。
 筆者の母親は料理が得意で、味も良かった。料亭で出て来る豪華な料理もできる
し、肉じゃがやきんぴらのような家庭料理まで何でもこなせた。
 たまに中華とか、洋風のムニエル料理なども難なく作る母は、子供の頃から、凄
いと思っていた。

た。この男性は魚料理が苦手で、手をつけようとしなかったが、母に勧められ、し
ぶしぶ食べてみて、「魚料理ってこんなに美味しんですね」と言って、完食したの
を今でも覚えている。

 こうした母の下で育った筆者は、大学の学生時代に知り合い、後に妻になる女性
と付き合いだすと、この女性と結婚するだろうと思ったので、まず、したことは、
自分の母親の味を彼女に覚えてもらう事だった。
 まず、母親に和風おかずの料理の味付けを聞いて、料理の「さしすせそ」などを
教えてもらった。母は教えた味を筆者が家で再現するのを横で見ていて、出来上が
った料理を試食して、更にアドバイスをしてくれた。
 こうした事を数回して、次に後に妻になる女性の部屋で、和風料理を再現し、
彼女に、筆者の母の味を覚えてもらった。

の父は旗本御家人で、明治維新で平民、民間人になった人だったので、味は完全に
東京風だった。
 妻は料理学校にも通って一通りの料理は出来たし、家でも料理の手伝いは普通に
していたので、料理はごく自然に出来た。しかし、出身が西日本なので、味が東京
に比べると、薄味だった。

本を買って来て、妻となる女性と、本がボロボロになるまで読み、母の味よりは、
心持、薄味だけど、基本母の味付けの料理を作る事に、自然となって行った。
 土井さんの本は、東京風の味付けと、関西風の味付けの差についても、説明が
していて、理解できるようになっていたし、魚のさばき方から、だしの取り方も
詳しく解説してあり、とても参考になった。

 筆者は社会人になって、大手マスコミの記者となったが、最初の勤務地が四国、
それから大阪と西日本に10年余り住んだので、関西風の味付けにも抵抗がなくな
って行き、我が家の料理の味は、基本、母の味で、東京風よりは心持、薄目なもの
で、母が妻が作った料理を食べても、抵抗なく食べられるようになり、味の共通化
が図られた。
 一般に関西は薄味というが、実はそんな事はないというのが、筆者の感想だ。
 大阪にしろ、四国にしろ、確かの東京の味よりは、醤油、砂糖は少なめだが、
味付けはしっかりしていて、決して、薄味というだけではない。

(妻の仕事は営業事務、経理処理。営業の人間だけが偉いのではない)
 筆者は社会人となる同時に結婚生活を始めたが、前にも書いたように、筆者が
新人時代は、日本が高度成長期で、休みは週に1日、残業が当たり前、1か月の
残業時間が100時間を超える事も珍しくなかったので、休みの日は、家のソフ
ァーでごろ寝をして、体を休めるのが日常で、家事、育児は全て妻任せだった。
 当然、料理も全て妻が担当し、筆者が料理をする事はなかった。
 筆者が30歳代になる頃は、高度成長も終わり、週休2日制になったが、記者
の仕事は夜回りが当然で、毎日、家に帰りつくのは日付が変わる頃、土日も企業
経営者とゴルフの付き合いという感じで、料理だけでなく、家事、育児に筆者が
かかわる事はほとんどなかった。
 筆者が朝、目を覚ます頃には、子供は学校に行っていて、顔を合わせる事は
ほとんどなかったし、土日もゴルフなので、子供とは1か月も口をきかない事が
珍しくなかった。
 妻が「私は母親と父親の両方を務めている、未亡人のよう」と時々言っていた
のを思い出す。家事、育児が大変なのはわかっていたので、妻にそうした事で
文句を言ったり、偉そうに不満を言ったりする事もなかった。

 今、ネットなどで、夫婦の話で、喧嘩とか離婚の話が出て来ると、夫が妻に
「俺が食わせてやっているのだ」とか、「俺がいなければ、お前は生きていけ
ない」というような話が頻繁に登場する。
 筆者は仕事は無茶苦茶忙しかったが同時に妻の家事、育児も大変だという事
は十分理解しているので、こういう発想は全く理解できない。

 筆者は40歳過ぎて独立したので、普通の会社に例えれば、営業もし、取材、
執筆もし、会社の経理処理、従業員のケアなどもして来た。
 だから、会社の仕事で、営業で仕事をとって来るだけで、仕事は終わらず、
その後の処理、会社で言えば、営業事務、そして、経理処理、総務処理などの
仕事をする人のサポートの上に営業は成り立っているのとうのをいやという程
経験し、理解した。
 だから、夫が妻や子供に「俺が稼いでいるから、お前たちが生活できている
のだ」という事をいう人間は、社会がわかっていないなと本当に思う。

(40過ぎから自炊生活再開)
 20歳代、30歳代は仕事が無茶苦茶忙しくて、料理や家事をする事は皆無
に近かったが、40歳過ぎで独立した後、仕事が忙しくなり、ウイークデーは
事務所に寝泊まりするのが普通になって来た。
 経理処理や、従業員の勤怠管理などの仕事は夕方以降にすることになるので、
日中の取材などの仕事とは全く異なる作業を夜にしないといけない。これは
結構、時間と手間がかかる。まさに縁の下の力持ちだという事を実感した。

 事務所に寝泊まりするようになると、夕食は外食ばかりという訳にはいか
なくなり、40歳過ぎて、事務所で自分の夕食を作るようになりだした。
 学生時代に母親に教わった事が蘇り、土井勝さんの「和風おかず」を再度、
見直す時が訪れた。
 コンビニ弁当とか、スーパーの総菜を買ってくるという発想はほとんどなか
った。食事は数か月後、半年後の自分の体を作る源である。それを防腐剤だら
け、添加物だらけの物を食べれば、自分の体がどうなるかなど、少し考えれば
わかる事だからだ。

 日本では食卓におかずが3,4品並ぶのが普通である。そこにみそ汁や、
漬物が加わる。それを毎日作っていたら、それは時間ばかりかかってしまう。
 だから、肉、魚のメインのおかず以外は、土日のように、時間の余裕がある
日に作り、冷蔵庫に保存しておき、レンジなどで温めれば良いようにする。
 サブのおかずは、土日のどちらか一方の午前中を使えば、半日で6,7品
作れる。きんぴら、ナスの煮びたし、カボチャの煮物、卵焼き、鶏の胸肉の
醤油煮、ゴーヤの醤油炒め、ごまめ、肉じゃが、栗きんとんなどである。

 こうすれば、日々の夕方料理しないといけないのは、魚や肉を煮るか焼く
かするだけだ。だから、食事の準備にほとんど時間が割かれない。
 肉料理も、例えば、豚肉の生姜焼きを一度作れば、3回分くらいにはなり、
数分のレンチンでメインのおかずも出来上がる。
 毎日、同じメインのおかずが嫌なら、3品くらいを交互に食べれば、同じ
料理を毎日食べなくて済むようになる。
 料理は面倒で、時間がかかって仕方がないというのは、そのやり来るが下手
というだけの話だ。
 ご飯だって、1週間分炊いておいて、それを1食分づつラップしておけば、
レンチンで、毎日温かいご飯が食べられるし、みそ汁も1回作り、毎朝、毎夕、
火を入れれば、3,4日はもつ。

(65過ぎから妻の介護、ケーキ作りも始める)
 事務所兼寝泊まりの場で、自炊生活を続けて20年位経った頃、ずっと透析
を続けていた妻が、一人で生活する事が困難になって来た。
 筆者が独立し、事務所で寝泊まりするようになってから、すれ違いも多くな
り、色々あって、妻とは離婚したが、元妻が長年の透析で体が衰弱し、一人で
は生活していくことが難しくなったのだ。
 筆者も65歳を迎え、仕事をいつまで続けるかなと考えていた時期だったの
で、同居し直して、元妻の面倒を見る事にした。
 透析は週に3日、1日に病院との間を2往復、車で片道30分位かかる距離
を送迎し、その合間に、料理、洗濯、掃除などの家事をすべてするようになっ
た。
 一人で生活していたので、家事は慣れていて、苦にはならなかった。料理の
味も、前述のように、妻との間で、味のすり合わせが出来ていたので、味に
問題はなかった。
 妻の面倒は12年程見たが、最後の数年は、食も細り、普通の料理が食べに
くくなって来た。その一方で、医者は無理をしても、食べろという。そこで、
ネットで調べて、ケーキを作りだした。
 ケーキは卵を多く使うので、栄養面では良い。粉は小麦粉を使わずに、米粉
でケーキを作った。やってみると、10種類くらいのケーキが出来るように
なり、それを交互に料理して、食べてもらう事にした。
 ケーキ作りは60歳を超えて初めて作り出したが、ネットで評判の良い人の
レシピを元に、2,3回作れば、要領が理解出来て、簡単に出来るようにな
った。
 ケーキは交互に作り、冷蔵庫には常に3品くらいがあるようにして、その日
の妻の気分で、好きなものを食べてもらうようにした。妻はどれも、「おいし
い、おぃしい」と喜んで食べてくれた。
 アイスクリームも自分で作るようになり、今では、3種類のアイスクリーム
を手作りで作っている。

(梅干し、梅酒、ぬか漬け、干し柿、ブルーベリーヨーグルトを作る)
 妻の料理に文句ばかり言っている人に言いたい。是非、自分で作ってみて
くださいと。料理は作るのも手間暇がかかるし、後片付けも大変だ。使った
食器を洗うだけでなく、洗った食器を食器棚まで戻してまでで、一段落だ。
 食材も、今日、何を作ろうと思って、スーパーに行ってみたら、良い物が
なくて、別の料理にしないといけない事などいくらでもある。
 こうした苦労は、自分でしてみないとわからない。「男は仕事だけすれば
よい」などと馬鹿な事を言わずに、自分で家事はしてみれば、いかに大変か
が理解できる。

 筆者は事務所での自炊生活を始めて、梅干し、梅酒作り、ヌカみそ作りも
始めた。やってみれば、それほど難しくないが、手間暇がかかるという事は
理解できる。
 去年は干し柿作りをした。80歳にして初めてしたが、以外と簡単だった。
買うと無茶苦茶高い干し柿が、本当に簡単に作れた。ネットの情報は凄い。
今年も干し柿は作ろうと思う。
 また、去年くらいから、ブルーベリーヨーグルトを作っている。これも
簡単で、牛乳を沸かして、少し大きめのガラス瓶に入れる。そこにギリシャ
ヨーグルトを入れて、半日くらい暗所で発酵させる。
 スーパーで売っている冷凍のブルーベリーに火を入れてから、砂糖を入れ
て味付けをし、ヨーグルトとよくかき混ぜ、小瓶に小分けする。発酵食品の
ヨーグルトと、目に良いブルーベリーを毎日食べている。

 体は自分で作るもの。だから食べるものには気を付け、それを自分で健康
を維持していく。市販のものでも、裏を見て、何が入っているか、チェック
をする習慣をつけよう。






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Last updated  2026.09.07 11:18:12
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