この作者の売りである「過剰に理知的に回りくどい駄洒落多様の韜晦文体」にすでに食傷している私の目には、まずこの文体が「内容の乏しさを誤魔化すためのおためごかし」「バカの一つ覚え」にしか見えないので、その点で減点。その欠点を超えるような優れた内容があるかどうかが評価の分かれ目になるわけだが、本作は、あの馬鹿げた「オブザベースボール」などと比べると、「少女の脳の一部に出現した、コンピュータとして機能するある数値」というトンデモアイデアを正面から扱っている点できっちりSFだし、ちゃんとした人間のキャラクターが数人出てきて、一応物語の体もなしていると思うので、それになりに読み応えあるものにはなっている。とはいえやはり冗長な文体が物語の進行を大幅に阻害し、その結果肝心の筋があらすじ程度のものに終わってしまっている。 酷なようだが、この作者は一度この文体を完全に捨てて違うものを書いてみないと、絶対に成長することはないと思う。 伊藤計劃「From the Nothing, With Love.」★★★1/2 「007」の主人公をモデルにした人物像を脳にコピーして生み出される無数の「哲学的ゾンビ」が殺人事件の謎を追いながら、自意識の問題を追究するうちに、意識の消失という現実と殺人事件の恐るべき真相に行き当たる、という話。フィクションと実在との関係を追究した哲学的メタフィクションでもあるし、ストレートな意識論、存在論テーマの作品にもなっている。長編「ハーモニー」の問題意識そのままの作品だが、007に興味のない人間には読みづらいのと、ユーモアの乏しい生硬な文体や展開が、作品の切れ味をやや殺いでいる印象なのがちょっと残念。