全16件 (16件中 1-16件目)
1
大東亜の残照 —— 白人列強による植民地支配を終わらせた日本の「正義」57-1
2026.04.29
コメント(0)
即位の後も、昼夜に坐禅した『第十六行持』16-21-3
2026.04.28
コメント(0)
渓流をどうしておし留めることなどできようか、結局大海に帰って波濤となるのだ『第十六行持』16-21-2渓流をどうしておし留めることなどできようか、結局大海に帰って波濤となるのだ『第十六行持』16-21-2
2026.04.26
コメント(0)
宣宗皇帝は、常に結跏趺坐を好み、宮中にあって常に坐禅した『第十六行持』16-21-1宣宗皇帝は、常に結跏趺坐を好み、宮中にあって常に坐禅した『第十六行持』16-21-1
2026.04.24
コメント(0)
わが宗は、お前に到って大いに世に興るであろう『第十六行持』16-20-2
2026.04.22
コメント(0)
臨済の修行は純一でその行持はずば抜けていた『第十六行持』16-20-1
2026.04.20
コメント(0)
〔『正法眼蔵』原文〕 香厳キョウゲンの智閑禅師シカン ゼンジは、大潙ダイイに耕道コウドウせしとき、一句を道得せんとするに数番スバンつひに道不得ドウフトクなり。 これをかなしみて、書籍ショジャクを火にやきて、行粥飯僧ギョウシュクハンソウとなりて、年月を経歴キョウリャクしき。 のちに武当山ブトウザンにいりて、大証の旧趾キュウシをたづねて、結草為庵ケッソウイアンし、放下幽棲ホウゲユウセイす。 一日わづかに道路を併浄ヘイジョウするに、礫カワラのほとばしりて、竹にあたりて声をなすによりて、忽然コツネンとして悟道す。 のちに香厳寺キョウゲンジに住して、一盂一衲イチウイチノウを平生ヘイゼイに不換なり。 奇巌清泉キガンセイセンをしめて、一生偃息イッショウ エンソクの幽棲とせり。 行跡おほく本山にのこれり。平生に山をいでざりけるといふ。 〔『抄』私訳〕 香厳智閑禅師の段、文の通りである。「礫のほとばしりて、竹にあたりて声をなすによりて、忽然として悟道」したのは、この禅師のことである。 〔『正法眼蔵』私訳〕 香厳寺の智閑禅師は、大潙禅師(潙山霊祐)の下で仏道修行していた時、〔大潙に仏道の究極を一句で言えと問われて、〕一句を言おうとして何度も試みたが結局言うことができなかった。(香厳の智閑禅師は、大潙に耕道せしとき、一句を道得せんとするに数番つひに道不得なり。) これを悲しんで、持っていた書籍をすべて焼き捨て、食事の給仕係の僧となって、年月を過ごした。(これをかなしみて、書籍を火にやきて、行粥飯僧となりて、年月を経歴しき。) 後に武当山に入って、大証国師南陽慧忠の旧跡を訪ねて草庵を結び、諸縁を捨て静かに暮らした。(のちに武当山にいりて、大証の旧趾をたづねて、結草為庵し、放下幽棲す。) ある日のこと、少しばかり道を掃き清めていると、小石が勢いよく飛び散って、竹に当たり音を立てたとき、たちまち仏道を悟った。(一日わづかに道路を併浄するに、礫のほとばしりて、竹にあたりて声をなすによりて、忽然として悟道す。) 後に香厳寺に住持して、一つの応量器と一着の袈裟を常に換えなかった。(のちに香厳寺に住して、一盂一衲を平生に不換なり。) 奇岩清流の地を居所として、一生休息の住まいとした。(奇巌清泉をしめて、一生偃息の幽棲とせり。) 智閑禅師の行跡は数多く香厳寺に残っている。(行跡おほく本山にのこれり。) 常に山を出なかったと言う。(平生に山をいでざりけるといふ。) 合掌
2026.04.18
コメント(0)
〔『正法眼蔵』原文〕 南嶽ナンガク大慧禅師ダイエ ゼンジ懐譲和尚エジョウ オショウ、そのかみ曹谿ソウケイに参じて、執侍シュウジすること十五秋ジュウゴシュウなり。しかうして伝道授業デンドウ ジュゴウすること、一器水瀉一器イッキスイ シャイッキ《一器の水を一器に瀉ウツす》なることをえたり。古先コセンの行履アンリ、もとも慕古モコすべし。十五秋の風霜フウソウ、われをわづらはすおほかるべし。しかあれども、純一に究辨キュウベンす、これ晩進の亀鏡キキョウなり。寒爐カンロに炭なく、ひとり虚堂キョドウにふせり、涼夜に燭ショクなく、ひとり明窓に坐する、たとひ一知半解イッチハンゲなくとも、無為ムイの絶学なり。これ行持なるべし。 おほよそ、ひそかに貪名愛利トンミョウ アイリをなげすてきたりぬれば、 日日に行持の積功シャックのみなり。このむね、わするることなかれ。 説似一物即不中セツジイチモツソクフチュウは、八箇年の行持なり。 古今のまれなりとするところ、賢不肖ケンフショウともにこひねがふ行持なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 南嶽の大慧禅師、懐譲和尚は、その昔曹谿山の六祖大鑑慧能禅師に参じて、そばに仕えて修行すること十五年間であった。(南嶽大慧禅師懐譲和尚、そのかみ曹谿に参じて、執侍すること十五秋なり。) そうして仏祖の大道を伝えられ出家としての業を授かることは、「一器の水を一器に移す」ようにできたのである。(しかうして伝道授業すること、一器水瀉一器なることをえたり。) この懐譲和尚の行持は、もっとも慕うべきである。(古先の行履、もとも慕古すべし。) 十五年の厳しい月日は、自分を煩わすことが多かったであろう。(十五秋の風霜、われをわづらはすおほかるべし。) そうではあるが、純一に坐禅弁道したことは、仏道修行を志す後輩たちの手本である。(しかあれども、純一に究辨す、これ晩進の亀鏡なり。) 冬の炉に炭火もなく、独りがらんとした僧堂で寝る。(寒爐に炭なく、ひとり虚堂にふせり。) 夏の夜に燈火もなく、独り衆寮で坐禅する。(涼夜に燭なく、ひとり明窓に坐する。) たとえ知識や理解が少しもなくても、これが作為無く学問に要がなくなった修行の在り様である。(たとひ一知半解なくとも、無為の絶学なり。) これが仏祖の行持である。(これ行持なるべし。) およそ、名利を貪り愛することを投げ捨ててきたならば、日々に行持の功徳を積むだけである。(おほよそ、ひそかに貪名愛利をなげすてきたりぬれば、日日に行持の積功のみなり。) このことを忘れてはいけない。(このむね、わするることなかれ。) 「一物を説似すれども即ち中らず」(あるものを言葉で説明した途端に的外れになる)とは、八年間の行持により得られたものである。(説似一物即不中は、八箇年の行持なり。) 古今に希なことであり、賢者も愚者もともに切望する仏祖の行持である。(古今のまれなりとするところ、賢不肖ともにこひねがふ行持なり。) 南嶽大慧禅師「一物を説似すれども即ち中らず」『第十六行持』16-18b 合掌
2026.04.16
コメント(0)
支那事変(日中戦争)人道的真実 56-3/4
2026.04.14
コメント(0)
月日を無駄に過ごさないとは仏道のために行ずることである『第十六行持』16-17-2
2026.04.12
コメント(0)
一日生きただけで十分にこの坐禅を会得した者には及ばない『第十六行持』16-17-1
2026.04.10
コメント(0)
洞山悟本大師「行じ得ないところを説き、説き得ないところを行ずる」『第十六行持』16-16
2026.04.08
コメント(0)
支那事変(日中戦争)日本の平和への模索と葛藤 56-2/4支那事変(日中戦争)日本の平和への模索と葛藤 56-2/4
2026.04.06
コメント(0)
〔『正法眼蔵』原文〕 大慈寰中禅師ダイジカンチュウ ゼンジいはく、「説得セットク一丈、不如フニョ行取ギョウシュ一尺。説得一尺、不如行取一寸」。《一丈を説得せんよりは、一尺を行取せんに如シかず。一尺を説得せんよりは、一寸を行取せんに如かず》 これは、時人ジニンの行持おろそかにして、仏道の通達をわすれたるがごとくなるをいましむるににたりといへども、一丈の説は不是フゼとにはあらず、一尺の行ギョウは一丈説よりも大功ダイコウなるといふなり。 なんぞたゞ丈尺の度量のみならん、はるかに須弥シュミと芥子ケシとの論功もあるべきなり。 須弥に全量あり、芥子に全量あり。 行持の大節ダイセツ、これかくのごとし。 いまの道得は、寰中の自為道ジイドウにあらず、寰中の自為道なり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 大慈寰中禅師は言う、「一丈を説くよりも、一尺を行ずる方がよい。一尺を説くよりも、一寸を行ずる方がよい」。(大慈寰中禅師、いわく、「説得一丈、不如行取一尺。説得一尺、不如行取一寸《一丈を説得せんよりは、一尺を行取せんに如シかず。一尺を説得せんよりは、一寸を行取せんに如かず》」。)これは、当時の人の行持がおろそかであり仏道に通達することを忘れたかのようであるのを戒めているようであるが、一丈を説くことはいけないというのではない。一尺を行ずることは一丈を説くことよりも大きな功徳であると言うのである。(これは、時人の行持、おろそかにして仏道の通達をわすれたるがごとくなるをいましむるににたりといへども、一丈の説は不是とにはあらず、一尺の行は一丈の説よりも大功なり、というなり。) どうしてただ丈尺の量の比較だけであろうか、遙かに量が違う須弥山と芥子粒の功徳を論じることもあるべきである。(なんぞたゞ丈尺の度量のみならん、はるかに須弥と芥子との論功もあるべきなり。)須弥山には須弥山で全世界を尽くす功徳がある、芥子粒には芥子粒で全世界を尽くす功徳がある。(須弥に全量あり、芥子に全量あり。)行持の大事なところとは、このようなことである。(行持の大節、これかくのごとし。)〔説得と行取と、大小優劣はなく一つである。〕今の真実の言葉は、〔三世諸仏はみなこの通り説かれるのだから、〕寰中禅師が自ら言われた言葉ではないが、〔三世諸仏が説くこの言葉が寰中禅師の口から出たのであるから、〕寰中禅師が自ら言われた言葉である。(いまの道得は、寰中の自為道にあらず、寰中の自為道なり。)〔三世諸仏を代表してこの言葉を説かれたのだから、寰中禅師はえらい方だと言うのである。〕 合掌
2026.04.06
コメント(0)
〔『正法眼蔵』原文〕 いま仏祖の大道を行持せんには、大隠小隠ダイインショウインを論ずることなく、聡明鈍癡ソウメイドンチをいふことなかれ。 ただながく名利ミョウリをなげすてて、万縁バンエンに繋縛ケバクせらるゝことなかれ。 光陰をすごさず、頭燃ズネンをはらふべし。大悟ダイゴをまつことなかれ、大悟は家常の茶飯サハンなり。不悟フゴをねがふことなかれ、不悟は髻中ケイチュウの宝珠ホウジュなり。たゞまさに、家郷カキョウあらんは家郷をはなれ、恩愛オンナイあらんは恩愛をはなれ、名あらんは名をのがれ、利あらんは利をのがれ、田園あらんは田園をのがれ、親族あらんは親族をはなるべし。名利ミョウリ等なからんも又はなるべし。すでにあるをはなる、なきをもはなるべき道理あきらかなり。それすなはち一条の行持なり。生前ショウゼンに名利をなげすてて一事を行持せん、仏寿長遠ブツジュ チョウオンの行持なり。いまこの行持、さだめて行持に行持せらるゝなり。この行持あらん身心シンジン、みづからも愛すべし、みづからもうやまふべし。 〔『正法眼蔵』私訳〕 今、仏祖の大道を行持するには、街中で行持するのは大隠であるとか、山中に引っ込んで行持するのは小隠であるとかを論じてはならない、また聡明とか愚鈍とかを問題にしてはならない。(いま仏祖の大道を行持せんには、大隠小隠を論ずることなく、聡明鈍癡をいふことなかれ。)ただ永く名聞や利養を投げ捨てて、諸縁万事に繋ながれ縛られることがあってはならない。(ただながく名利をなげすてて、万縁に繋縛せらるることなかれ。)時間を無駄に過ごさず、頭髪についた火を払い消すように急いで修行すべきである。(光陰をすごさず、頭燃をはらふべし。)大悟ダイゴを待ち望んではいけない、大悟は日常の当たり前のことである。(大悟をまつことなかれ、大悟は家常の茶飯なり。)不悟(大悟にも用はないこと)を願ってはいけない、不悟は髻モトドリの中にある宝珠である。(不悟をねがふことなかれ、不悟は髻中の宝珠なり。)ただまさに故郷のある者は故郷を離れ、恩愛のある者は恩愛を離れ、名聞のある者は名聞を逃れ、利養のある者は利養を逃れ、田園のある者は田園を逃れ、親族のある者は親族を離れるべきである。(ただまさに、家郷あらんは家郷をはなれ、恩愛あらんは恩愛をはなれ、名あらんは名をのがれ、利あらんは利をのがれ、田園あらんは田園をのがれ、親族あらんは親族をはなるべし。)故郷・恩愛・名聞・利養・田園・親族等がない者も、またそれらのないことからも離れるべきである。(名利等なからんも、又はなるべし。)すでにあるものを離れるのであるから、ないものをも離れるべき道理は明らかである。(すでにあるをはなる、なきをもはなるべき道理、あきらかなり。)それがすなわち純一無雑の仏祖の行持である。(それすなはち一条の行持なり。)生きている間に名聞・利養を投げ捨てて、仏祖の行持を行持するのが仏の寿命を長久にする行持である。(生前に名利をなげすてて、一事を行持せん、仏寿長遠の行持なり。)今この仏祖の行持は、必ず仏祖の行持によって行持させられるのである。(いまこの行持、さだめて行持に行持せらるるなり。)この行持がある身心を、自らも愛し自らも敬うべきである。(この行持あらん身心、みづからも愛すべし、みづからもうやまふべし。) 合掌
2026.04.04
コメント(0)
宏智禅師:仏道は三界が使うものではない『第十六行持』16-14-1
2026.04.02
コメント(0)
全16件 (16件中 1-16件目)
1


![]()