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神の慮り(おもんばかり) 大きなことを成し遂げるために 力を与えてほしいと 神に求めたのに 謙虚さを学ぶようにと 弱さを授かった より偉大なことができるようにと 健康を求めたのに より良きことができるようにと 病弱を与えられた 幸せになろうとして 富を求めたのに 賢明であるようにと 貧困を授かった 世の人々の賞賛を得ようとして 成功を求めたのに 得意にならないようにと 失敗を授かった 人生を楽しもうと たくさんのものを求めたのに むしろ人生を味わうようにと シンプルな生活を与えられた 求めたものは何一つとして 与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられていた 私はあらゆる人の中で もっとも豊かに祝福されていたのだ ~ニューヨーク州立大学病院の 病室の壁に書き残された ある患者さんの詩~ ミクシーの中で とっても 素晴らしい言葉を見つけました お借りして ご紹介しました。
2006.04.24
2月6日に 脳内出血で倒れた母が 完全ではないし、まだ麻痺は残っているにせよ 外泊を認めて貰い たった一泊ではあるが今日 家に帰ってきたそうだ。倒れて 病院に駆けつけた時には 植物人間も 覚悟してくださいと医者に言われ そして 手術が終わってからの 母と対面した時には体中が痙攣して止まらず 息子のことも 分からなかった 母その後 何度か 死線をさまい 危険な状態であると 医者から緊急に呼ばれた。病院に 詰めて 意識を失った 母を 見るのは 本当に 辛かった。そんな時に 自分が母と接してきた 長い月日を 思いだしやけに 感傷的にも なったものだ。決して 裕福ではなかった 我が家そこで テニスの世界での 大成は 家計の大きな 負担になったはずだそんな 中を 母は 一生懸命に 応援してくれた母なりの 方法で・・・・・一度 二度と 本当に覚悟を固めた 今回の大病であるそして 母も 二度と 住み慣れた 家に 帰れないと思ったことだろう。 病院で 「 もしも 死んだら 」 と 言うこともあったし 本当に苦しんだんだと 思う。そんな 母が 家に 帰れたこと母の感激 母の感慨 ひとしお 大きいものがあると 思う。私も ついさっき 家に帰ってきた母から電話を受け取り 「 帰ってきた 」 と 報告を受けた私も 「 そうか 」 しか 答えられなかったがこの 約2ヶ月の 心の動きが 蘇り とっても 胸が 熱くなった・・・・もう 少し リハビリを 頑張って早く 退院できれば 良いのだが・・・そんな ことが あって 改めて前回 ご紹介させて 頂いた ー 母 の 貯 金 ーを見たら よけいに 心に響き渡って涙が 流れた・・・・・何回みても 心に響く 浄化の涙を 流してください。
2006.04.15
素晴らしい 感動の物語がに 触れる事が出来た 何も 言わずに まず 見て頂きたい。 母 の 貯 金 日本を支えて来たのは 男ではなく 日本の妻であり 母であるという 話を なんかで 読んだことがある 本当に その通りだと思う。 日本が 世界に誇れるのは 偉大なる 母かも知れない 太陽である 男を陰で支える強さ 如何なることにも 堪え忍ぶ 強さ 今 日本の心が 失われていると 未来を憂う声が いろんなところで上がる 時代は移れども 遺伝子は消えない 日本人に 確と 偉大なる 母の心 母の徳 が 息づいている。 それは 失われる事は ないと 信じたい。 多少 色あせることがあろうと 日本の母の心は 継承され 続けてゆく。 日本の 全ての 母に 感謝 !
2006.04.13

日本人にとって さくらは その精神を表すものだと昔 教わったことがある。つまり さくらのように 一年間 じっと風雪に耐えながら 時機をつかまえて一気に 咲き誇る満開の輝き 美しさを 示しまた 一気に 散り 消える人の生き様と さくら とを 重ねた名言武士とは 死ぬことが 使命ではない生きること 生き抜くことが 使命である武士の 精神的土台は 未だに 日本人の根底に しっかりと 生きている。武士も さくらも 人の 見事なる 生き様をして最高の美しさで 魅せる己れを滅して 大公の為に 滅私奉公することその 大いなる 自己犠牲が 言葉に 表せないほどの美しさとなる さくらも 武士も同じだそれは 日本人だけでなく マザーテレサにしてもガンジーにしても 偉人は この美しさを 帯びるのであろう。人々は 春の さくら の美しさを 瞼の裏に焼き付け一年の 生きる力 生きる元気とするそして 来年の春の訪れを 信じて暑い夏をも 凍える冬をも 堪え忍ぶのである。もう少し がんばれば 堪え忍べば さくらが 見られる。さくらに 会えるそれが 生きる希望 光でもある・・・・さくらの 美しさを 心に 刻もうさくらを 美しいと 歓ぶ人の美しさを 心に刻もう咲き誇りて 喜ぶ さくらの心を自らの 心に 刻もう自らの 生きる 力として心に 刻みつけたる さくら の 心武士(もののふ)の心を 道を照らす光としよう
2006.04.10

実は 先日 トリノオリンピックの際に 日記に書いた ボブスレーの 桧野真由実選手から 直接 ここに 書き込みがありました。ご紹介します。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇はじめまして ボブスレーのひのまなみと申します.私の事を書いていただきありがとうございます。マイナーなボブスレー競技ですが、私がボブスレーにかける思いはメダリストと変わりません。今後も競技をやらせていただけるチャンスをいただければ、大好きなボブスレーを続けたいです。今はバンクーバーに向け、環境を整えているところです。必ずバンクーバーでは勝負したいです。更に努力して一人でも多くの皆さんにボブスレーを知っていただき、応援していただけると嬉しいです。どこか協力していただけるスポンサーがありましたら教えていただけると嬉しいです。今後も応援よろしくお願いします。ひのまなみ。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇草の根の如き 選手にも 光を・・・ 2006 2月7日の日記よりトリノオリンピックも 終わってしまう。荒川静香で沸き立っている日本であるし荒川さんは これから 日本の顔となって凡ゆる分野で 活躍することだろうしかし 忘れてならないのは 青春の全てをかけて オリンピックに挑んできた アスリート達である。 それは 壮絶な 戦いであったはずだ・・・スキー フィギュア スケート ジャンプ 等々メジャーな競技に参加する 選手は 恵まれているしかし マイナーな競技は 参加する経費も自分で稼がなければならないのだ・・・そんな エピソードを 紹介したい。【女性アスリートの素顔と私生活】桧野真奈美(ボブスレー)ソリは塗装のはげた旧式タイプ 競技を続けるため、自作のTシャツを母校の小学校などで売り歩いた。 長岡千里(29)とのコンビでトリノ五輪に臨むボブスレーの桧野真奈美(26)だ。 日本ボブスレー・リュージュ連盟は、「財政難の赤字団体」(広報担当者)のため、資金援助は期待できない。高価な新式ソリはとても手が出ず、強豪ドイツチームが500万円の最新鋭ソリで好記録を連発するのを横目に、旧式で塗装のはげたボロボロのソリを補修してきた。 海外遠征費は1人当たり最低180万円かかる。練習よりも、費用捻出のための時間が長くなった。100社以上の会社を回り、必死に頭を下げた。資金集めが嫌で競技を離れる選手は後を絶たず、国内女子の競技人口は十数人を数えるのみだ。 「桧野は、妹、弟の3人きょうだいの長女で、父親は普通のサラリーマンです。今年の正月に中学時代の恩師の家に一緒に年賀の挨拶に行ったが、彼女は出された酒にも口をつける程度。頭の中はオリンピック一色のようでした。Tシャツのデザインは、チョンマゲ姿のサムライの絵が描かれていた。『これだと遠征先の外国人にも受けるから』という理由だそうです」(地元帯広市の緑園中学時代の同級生) 普段は、キャンプ場などを併設する「十勝エコロジーパーク」の非常勤職員として勤務している。4月から11月まで、競技のないオフシーズンしか働けないため、収入は微々たるものだ。 「園内の窓口業務が彼女の仕事です。明るく活発な女性で、歌手の平井堅のCDをよく聴いています」(同僚職員) 帯広の緑園中学時代は夏は砲丸投げ、冬はスケートの選手として活躍。ともに全国大会で入賞を果たした。身長160センチ、体重60キロというパワフルな体つき。とくに下半身はどっしりとたくましく、馬力を生かしたスタートダッシュが得意だ。それでもボブスレーは体重があるほど有利になるため、60キロでも小柄な部類に入る彼女は不利だ。 「前回のソルトレークシティー五輪もW杯ポイントで出場資格がありましたが、連盟の資金難などもあって男子だけの派遣になり、涙をのんだ。今回は逆に女子チームだけの出場。4年前には右ひざ靭帯の大手術も受けている。その苦労を知っているだけに応援したくなります」(前出の同級生) 今季のW杯での総合成績は23位。世界の壁はまだまだ厚いが、一発逆転に期待したい。ゲンダイ・ネット 2006年1月30日 掲載資金不足から 自分で Tシャツを作って それを売って渡航費から 滞在費等を稼がないといけないのは 何とも 悲しい話である。私も 海外遠征には 結構行かせていただいたし、それは 勿論 贅沢は決して出来ないが・・・ ( 一日の食費等々 ) 最低限の生活は出来るものであった。又 アメリカにテニス留学している時も 資金を浮かせる為に食事の時に 水に砂糖を入れて 砂糖水を飲んでジュースの代わりにしたりいろいろな 工夫をして 生き延びたものだ・・・・ご飯だけを注文して 塩をかけて 食べたり・・・・とにかく 何でもそうだろうが 現場は大変なのである。経済大国日本になり 荒川さんも これから どれだけ稼げるのだろうか・・・・ すごいと思うしかし 日本が メダルを取れない と 文句をいう間に こんな 健気な 桧野さんを 応援する為にみんなで Tシャツを買う運動をしたり・・他にも 資格があるのに 資金不足で オリンピックに行けない選手を みんなで応援したり現地に行っても お金がないために 十分な 成績が残せないような そんな 状況を 打破しなければならないと 思った。小泉総理は トリノの荒川さんと 電話で話してご満悦だったかも 知れないが、しかし 荒川さんと同じように 一生懸命 資金不足の中メダルを目指してきた 選手が沢山いることを知って貰いたいし予算的に ほんの少しで良いから こんな選手達に最低限の資金を回して 上げて欲しい。国民の皆さんにも 少し 関心を寄せて貰いたい。そう 思った。光があれば 陰があるどっちが 良いという事はない両方とも 大事なのだ。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇資金カンパの為の Tシャツ購入は こちら チームスピード桧野真奈美選手を バンクーバーに 送りだそう!!
2006.04.05
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