引き寄せの法則 【成功のシークレット】

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2006.03.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類




突入せよ





記録的な 900人が出迎えたそうだ。

荒川選手のお陰で トリノは フィーバーとなった。

もしも 荒川さんがメダルを取れなかったならば

日本は メダルゼロの十字架を 4年後まで

引きずらなければならないし

少なくとも 2年後の 北京まで

オリンピック好きな 日本国民は

敗北感の中にいなければ ならない。



戦後は終わったというふうにいう人もいるが

しかし 日本人の集団的潜在意識には

しっかりと 敗戦の 記録が刻まれている。

だから 西欧諸国に対する コンプレックスは

そう簡単に ぬぐい去れるものではない。

その中で メダルゼロの烙印は

選手だけが 背負うのではなく

日本全体が 背負わなければならない。

集団的潜在意識には それが刻まれてしまう。

たかが オリンピックだが

しかし 皆が 等しく 熱中するからこそ

しっかりと それは 刻まれるのだと思う。



今回 そのがけっぶちから 荒川選手が

大逆転の金メダルを取ったが故に、

ゼロも一個も 数学的には そんなにかわりないが

しかし 元来 金は難しいとされてきた

フィギュアーで ロシア アメリカの強豪を抑えて

金メダルを取ったことで 日本人は

我を忘れて 金メダルの 快に浸った

今 日本人の 集団的潜在意識は 非常に活性化されている

そして 過去のコンプレックスも 大きく浄化されていると思う。

荒川選手に 心から 感謝したい。



さて 昨日 2月28日に 荒川選手は 凱旋帰国したが

ここに 妙な奇縁を感じた。

昨日の 2月28日は 34年前に やはり 日本が一つになった日だった。

それは あさま山荘事件の 人質救出 強行突入の 日であった。



あさま山荘事件は 連合赤軍という過激派が 長野県軽井沢にある

河合楽器保養所である あさま山荘に籠城。

同保養所の 管理人 牟田泰子さん が人質になった事件である。



人質 絶対救出を 絶対使命として 

1600人を越える 警察官が 送り込まれ

そして 事件勃発から 強行突入まで 10日間

この時 交通事故は 激変  窃盗事件も激変

とにかく 日本中が テレビに釘付けになった。

強行突入の日の テレビ視聴率は 日本史に燦然と輝く


   89.7%  


ほぼ 日本人 全てが 人質救出を願って テレビに釘つけになった

この時に 日本は 一つになった と いえる。


まさに オール・フォア・ワン である。



強行突入に際して 大きな鉄球が 建物を壊すのに

皆 一喜一憂する。

そして 殉職者が出た 多くのけが人が出た

一体 どうなるのか  泰子さんは 生きて

救出できるのか。

みんなが 生きての救出を 願い 祈った。

私も この時 小さかったが テレビの前に

座り込んで ことの成り行きを 固唾を飲んで見守った。



そして その時は 来た

あたりが暗くなった 5時30分すぎ

警察は 最後の 勝負に出た。

犯人達が立て籠もる ベッドルームに

延長放水で 壁を打ち破り 決死隊を

先頭にして 弾丸が飛んできても どうなっても

犯人 一斉検挙に 皆が突入する。

まさに 命を張っての 大勝負である

この時点で 人質の 泰子さんの安否は 分からない。



午後5時40分 過ぎ 突入の成功が告げられた。

そして アナウンサーが 

牟田泰子さん 救出の 一報を 叫ぶ。



この時 日本中が 泰子さんの無事を 

自分の事の様に喜んだ 感動した

泰子さんのことを 心から心配したのだ。

そして 連合赤軍に 皆で勝利したような

そんな 感動を味わったのだ。

勝利に酔った。皆 よかった よかったと 歓喜した。



この時 日本は 一つになった

無条件に 一つになった。

無心になった 泰子さんの生存を祈っていたからだ。



まさに この時 日本の集団的潜在意識が 

大浄化されたと言って良いと思う。

顕在意識でも 潜在意識でも そして

集団的潜在意識でも 日本は 一つになっていた



崖っぷちから 生き返るのが 日本である。

今回の トリノオリンピックの 荒川選手もしかり

あさま山荘事件では 殉職者二名を出しての 崖っぷちからの

大逆転であった。

2月28日は そんな日であったことを 忘れないでいたい

昨日の夜 密かに 私は このあさま山荘事件の映画

 「 突入せよ!! 」 

を 見て 感慨にふけってしまった。



今 牟田さんご夫婦は どうなさっているのだろうか?

その後 絶対にマスコミにもでずに ひっそりと 生きてこられた

と聞いている。 

泰子さんも 忘れようとも 忘れ得ぬ この事件の事を

どのように 思い出すのだろうか?

その後 どの様に この事件を 背負って人生の

道を 歩まれたのであろうか。

それを思うと とっても複雑である。

しかし 一人の日本人として

今回の 荒川選手の金メダルも 皆と共に喜び。

そして 34年目の今日も 日本選手団の

帰国の様子をテレビで見たのだろうか?

もはや 人々の記憶から 遠のく228だが

その時 日本は 確実に 一つになって

泰子さんの無事を祈った。 それだけは事実である。

その事実は 確かに 泰子さんにとって

大きな負担になったに違いない。

是非 健康で 長生きして 貰いたい。

そう 祈るばかりである。



日本における 集団的 快を生んだ

トリノオリンピックの 荒川 金メダル

そして 34年前の あさま山荘事件

牟田泰子さん 無事救出 

勿論 この二つだけではないはずだ。

しかしあえて 昨日は その不思議な

巡り合わせを 考えてしまった。



この時検挙された 連合赤軍の 犯人達は

その後  過激派によるハイジャック によって

人質交換の条件として この あさま山荘事件の

犯人との交換が為された。

時の総理大臣 福田さんの言葉が

「 人命は 地球より 重し 」

だった。



未だに 犯人達は どこかで 生きている。

罰を受けることもなく。

そういう 意味では あさま山荘事件は

34年経っても まだ 終わっていないと

いえるかも 知れない。



又 2月28日には 銀座のスエヒロに

あさま山荘警備に関わった 警察庁 警視庁の 戦友が

集まって この時に殉職した 内田、高見両殉職者への

代表墓参と 遺族の近況報告を行い。 そして会の始めに

お二人の御冥福を祈っての黙祷を捧げる。

その追悼行事を行っているそうだ。 昨夜もそれは

行われたに違いない。 

又 長野県警のほうでも 旧友会 とよぶ会を作って

228に会合を催しているそうだ。


最後に 謹んで この壮絶なる あさま山荘事件で 殉職した


  故 内田尚孝警視長

  故 高見繁光警視正

お二人の勇気を称え

      心より 御冥福をお祈りします。




あさま山荘.jpg













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Last updated  2006.03.01 19:43:03


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