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12/23(水)ファミリーヒストリー~オノ・ヨーコ&ショーン・レノン NHK総合 23:45~1:002017年8月放送のアンコール。オノ・ヨーコさん87歳。1969年にビートルズのジョン・レノンと結婚、数々の共作を残した。前衛芸術家、平和活動家としても活躍。ヨーコさんは息子ショーンにルーツを伝えたいと出演を決めた。祖父は日本興業銀行総裁、父は東京銀行の常務取締役を務めた。母は安田財閥・安田善次郎の孫にあたる。一族の貴重な研究資料を基に、激動の時代を生き抜いた家族の歳月に迫る。ヨーコとショーンの収録は2017年ニューヨークで撮影された。英語の字幕版映像にショーンはメモを取りながら日本語で「スゴイネ-」「オモシロイネ-」と驚き、ヨーコも懐かしそうな表情で、時折息子に説明。(なごやかで微笑ましい親子2ショットは必見)12/24(木)イマジンは生きている~ジョンとヨーコからのメッセージ NHK総合 22:00~23:00BSプレミアムで大きな反響を呼んだ番組にポールのインタビューなどを加え、再構成。ジョンのメッセージに耳を傾ける。現在東京で、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの激動の人生を語る品々を展示する「ダブルファンタジー展」が開かれている。ジョンの遺品の数々と貴重映像から、知られざる物語をひもとく。運命の出会い、「Imagine」誕生秘話、アメリカ政府との闘い、子育てに専念した主夫時代、復帰まもなく凶弾に倒れた最後の日。語りはKing Gnu ボーカルの井口理さん。 DOUBLE FANTASY - John & Yoko 2020.10.9(金)~2021.1.11(月・祝) ソニーミュージック六本木ミュージアムヨーコ・オノ・レノンからのステートメント私たちの「DOUBLE FANTASY - John & Yoko」展を日本で開催することができて大変嬉しく、とても感謝しています。リバプール展はジョンの故郷だということで特別でした。今度は私の故郷である東京での開催。まさに西と東の融合です。私たちはただ日々互いを愛し続けた非常にシンプルな夫婦でした。そんな私たち夫婦の真実を、自分達の言葉でお見せしたいと思ったのです。日々の生活の中で、何をするにもそこにはお互いへの愛がありました。ジョンにとって日本は心の落ち着ける場所であり、息子のショーンと過ごす日本での夏の滞在はとても大切なものでした。私たちは二人とも世界平和に強い関心があると気づきました。今でもジョンと二人で活動をしているようです。彼の温もりをいつもそばに感じています。Yoko Ono Lennonジョンレノンミュージアムを彷彿とさせる展覧会だが、こんなご時世なのでなかなか足を伸ばせないのが残念。。。充実の内容らしいので、行ける方はコロナ対策をしっかりしてどうぞお出かけ下さいまし。ビートルズ解散から50年、ジョン突然の旅立ちから40年。存命なら80歳になるはずだった10月9日、SNSにはたくさんのメッセージが寄せられた。They say it’s your birthdayHonoring musical legend & @thebeatles member @johnlennon’s 80th birthday with Universal Music Group &@seanonolennon by shining sky blue with a peace sign in our mast tonight. Our lights also celebrate the #GimmeSomeTruth Album Release! (Empire State Building)10月9日はジョン・レノンの80回目の誕生日生誕80周年を記念して、エンパイア・ステート・ビルディングがスカイブルーにライトアップ Universal Music Japan(旧 東芝EMI) #JohnLennon80 #gimmesometruthHappy Birthday John!Happy Birthday Sean!Yes, you are my angels. I love you! yoko(オノ・ヨーコ)John Lennon would have turned 80 today.He was born on 9th October 1940 in Liverpool and his legacy shines on. (The Cavern Club) #John Lennon80 Today we remember one of the world's greatest songwriters and musicians of the 20th Century, who would have celebrated his 80th birthday. Happy Birthday, John Lennon. (Abbey Road Studios)#JohnLennon80 #gimmesometruthLet’s celebrate John‘s 80th birthday with come together Friday, 9 October I still miss you man peace and love to Yoko Sean and Julian. (Ringo Starr)I love this picture, it reminds me of the bond between us. Happy 80th John. Love Paul (Paul McCartney)Happy 80th birthday, John! (Klaus Voormann)The John Lennon I knew was respectful, gentle and kind. He was always gracious to me and I have treasured memories of us all being together during Beatlemania and beyond. Thinking of him today. This is my favourite picture of him. (Pattie Boyd)John was a great singer. I liked all of his songs, he really wrote good songs. “Norwegian Wood,” I just liked the chords, you know? And “In My Life,” yeah (sings) ‘In my life, I loved you more.’ He inspired Pet Sounds. Happy 80th Birthday, John. Brian Wilson(The Beach Boys)Happy Birthday Johnny! Noel Gallagher(Oasis) S.15 (1940).10.9~S.55(1980).12.8 辰年 天秤座 S.50(1975).10.9~ 兎年 天秤座 Congratulations Nancy on our 9th Wedding Anniversary. Thanks for 9 beautiful years of marriage. You are my rock and roll, you are my A side and B side, you are my verse and chorus. I love you. Paul ジョンと同い年のリンゴは80歳。78歳のポールは先日「McCartney III」をリリース。今もなお新曲を聴けるのは嬉しい限りだ。Stay Safe ! ※ ジョンの誕生日に書きかけていた日記をアップデートしました。
2020年12月23日
ファミリーヒストリー~オノ・ヨーコ&ショーン・レノンNHK総合 8月18日(金)19時30分〜20時43分オノ・ヨーコさん84歳。1969年にビートルズのジョン・レノンと結婚、数々の共作を残している。前衛芸術家、平和活動家としても活躍してきた。ヨーコさんは、息子ショーン・レノンさんに自らのルーツを伝えたいと、出演を決めた。祖父は日本興業銀行総裁、父は東京銀行の常務取締役を務めた。母は安田財閥・安田善次郎の孫にあたる。激動の時代を生き抜いた家族の歳月に迫る。収録はニューヨーク、73分特別編。 ヨーコさん主催の ジョンレノンスーパーライヴ Draam Power 直近は2013年。ビートルズ好きだった漫画家の藤子・F・不二雄先生とヨーコさんの生誕80周年をドラえもんとお祝いした。ヨーコさんの体調もあり、ここ数年はお休みしていたが、どうやら妹 節子さん(聡明で超カッコいい♪)が再開するそうだ。拙ブログでも2007年以来、ミーハーなライブレポを ちまちま綴ってきた。少しリンクを貼っておきますのでお時間がある時にでも。 Mother 洋子さんSONGS 2007 ジョンレノンスーパーライヴ 2011桑田佳祐・3Dジョン ’12ショーン参加 ’13ドラえもん・陽水
2017年08月17日
10月9日が誕生日の著名人:サン・サーンス、大佛次郎、春日八郎、ジョン・レノン、ジョン・エントウィッスル、水前寺清子、ジャクソン・ブラウン、仲井戸麗市、ドン小西、加藤博一、大乃国、秋山準、安蘭けい、なだぎ武、長野博、夏川りみ、ショーン・レノン、直井由文、高橋真麻、寺原隼人、中野裕太…てなわけで、ハッピーバースデイジョン&ショーン昭和15年、空襲サイレンの鳴り響くイギリスの港町リバプールで産湯を使ったジョンは生誕75周年、昭和50年の同じ日、人種のるつぼ(死語?)ニューヨークに生まれたショーンは40歳。遂に父さんと同い年になってしもた。。。そんなショーンが小さい頃(というか、5歳で長いお別れになったが)小さいお友達とお誕生会をしたセントラルパークのレストランも今はない。今日はどこでお祝いするのかな。せっかくなので、同じ日生まれの大きいお友達や雲の上のお友達もご一緒にエアー誕生会をば。マイクが回ったら持ち歌を歌ってもらいましょオープニングは、終戦2ヶ月後、熊本生まれのチータで景気づけ、二番目は戦争帰りの兵隊さん。子供の頃は、詞の意味はあまり考えず、明るいメロディと七五調のリズムにノリノリで歌っていたお気に入りソング「お富さん」今、改めて聴くと、「生きていたとは」「死んだはずだよ」のフレーズに「ん?」なぜか「君の名は」や「ひまわり」の映像が浮かび、復員船の着く港町で息子の帰りを待ちわびる「岸壁の母」がグルグル。今日泣いている子供達が、来年も再来年も無事に誕生日を迎えられますように。 10/ 9(金) NHK 22:55~23:20 ドキュメント72時間 老舗ホテル また会う日まで(ホテルオークラ)10/ 9(金)フジテレビ 23:00~23:58 僕らの音楽スペシャル「ぼくらのビートルズ」10/10(土)NHK BSP 18:00~19:00 大地の子(原作:山崎豊子)全11回
2015年10月09日
ジョンレノンスーパーライヴ2012レポ更新しました。今年はショーン・レノンが初参加、凄腕ギタリストぶりを発揮。日記はこちら
2012年12月30日
今日は年男ジョン72回目の誕生日。ブログはこちらヨーコさんからの手紙と、ジョンレノンスーパーライヴ2012、明朝5時に点灯されるイマジンピースタワーの案内をした。今年のライヴは土曜日なので、平日出られない方やアウェイの方も行きやすいかもしれない。今年もニューヨークから飛んでくるヨーコさんをはじめ、いつものメンバーや、あんな人、こんな人が集合する。ホームページはこちら 会場でお会いできるといいな。 ブログ開設以来、年末の宿題のように綴ってきた過去の小石レポ。Some have gone and some remains.よろしければ暇つぶしにどんぞ2008年、2007年には2009年から飛べるけん。(たぶん) 2011年レポ 2010年レポ 2009年レポ
2012年10月09日
Dream Powerジョン・レノン スーパー・ライヴ2011放送予定BS朝日 2012年1月1日 19:00~20:54 ケーブルテレビ JCNグループ18局/各局コミュニティーチャンネル 2012年1月7日 20:00~22:00 ほか12月8日、日本武道館でDream Power ジョン・レノンスーパーライヴが開催された。スペシャル・ゲストに桑田佳祐。今回の売上から10校が世界の子供達にプレゼントされ、過去10回のコンサートで建設された学校を加えると28ヶ国117校の学校を贈ることになる。グッズ売上は東日本大震災で親を亡くした子供達の元に届けられる。今年は娘も一緒に行ってきました。感動!桑田さんとても元気でした。一瞬で会場をつかむって、やっぱりすごい。音楽は様々なものを超えて飛んでゆきますね。ヨーコさんパワフルだった。最後に「健康でいましょう」ってさらっと言った言葉にぐっときた。「健康でいましょう」は震災後目に見えない敵と戦っている皆に向けていたのかな。震災後の福島や原発反対デモの映像、斉藤和義さんの歌など今までの主旨にさらにプラスαされてた。エンディングのGive Peace a Chance、Imagineに涙。今、バックステージに寄って武道館を後にしたところ。桑田佳祐さん、良かった!さすがの存在感と愉しさと。あと斎藤和義さん、原発へのメッセージも歌に込めて飄々と。overground acousticovergroundも良かった!そしてもちろん圧巻はヨーコさん。昨日福島に行ってきたという熱い思いも込めて、死者たちからの[あきらめるな!立ち上がれ!!」というメッセージを歌と叫びで。いやぁ、凄いパワーだった。福島だけじゃなく、広島、長崎の死者たちの声も日本にはあるのだ。あ、それと書き忘れちゃ大変。吉井和哉さんが日本語で歌った「ヤー・ブルース」と、忌野清志郎さん以来の「ジェラス・ガイ」「マザー」が素晴らしかった。充実と感動の3時間。斎藤(早苗)さん、浜田さんご苦労様でした!あと最低10年間は続けて下さい。(湯川れい子)ジョンレノンスーパーライヴだん。今年もパワフルで素晴らしいライヴだった。桑田さんは初期を中心に7曲演奏♪来年も来たい。さて、ツイ友さん達と会えるかな?癌闘病中の桑田さんは初出場。過去に何度もオファーがあったが、毎年、エイズチャリティコンサートの時期に重なるので辞退。「やっと呼んでもらえた」は彼流の照れ隠しだろう。60年代、中学生だった姉えり子さん(「いとしのエリー」のモデル)がビートルズに夢中になり、新作のレコードを買ってきては二人で聴いた。やがてギターを手にした弟は学生バンドを経てプロデビュー。ビートリィなスーツで登場したそんなヒロシ 桑田さんのギターはジョンが武道館公演で使ったエピフォンカジノ。いきなり「ラ~ラ~ラ~ラララ ラ~ラ~ラ~」と「勝手にシンドバッド」の歌い出しで会場を湧かせる。そのまま歌ってもらっても良かったんですけど初期のロックンロールを中心にノリノリのステージで7曲をジョン風がに股で歌った 1曲ごとに「The next song is~」とMC。「From our new LP~」はポールの台詞だっけ 日本を代表するビッグネームになった今も、ビートルズを歌うと心は少年時代に戻るんだなと感じた。大震災の1時間前、私が車内で聴いていたアルバムは、病床から復帰した桑田さん渾身の新譜「MUSIC MAN」。魂の作品群は、始めにリズムと踊りありきの金太郎飴的シャカシャカサウンドのJ-POPやK-POPとは一線を画している。死線を彷徨った彼が紡ぎ上げた歌詞には、お気楽な我が宇宙人息子をもゾクゾクさせる力がある。少年時代の音楽体験は一生物。都銀のCMソングに使われた月光の聖者達(ミスタームーンライト) にはビートルズへの思いが詰まっている。ステージでは歌われなかったが、私の頭の中にはエアーで流れていた。ひとりぼっちの狭いベッドで 夜ごと涙に濡れたのはビルの屋上の舞台(ステージ)で巨大(おおき)な陽が燃え尽きるのを見た現在(いま)がどんなにやるせなくても明日は今日より素晴らしい月はいざよう秋の空月光の聖者達(Mr.Moonlight)Come again,please今やスーパーライヴの中心メンバーとなった奥田・斎藤・吉井トリオが生まれる前からビートルズファンだった桑田さんは、今は亡きお姉さんの思い出を楽しそうに語った。69年、ジョンがヨーコと結婚するとのニュースに、「なんで(相手が)私じゃないの」と荒れたそうだ ヨーコさんから声がかかった弟は複雑な思いだったかもしれない。バンドメンバーは揃いのスーツにおかっぱのかつら。長髪のキーボードだけが「ひょうきん族」懺悔コーナーの神様のような白い服に何やら手書きの文字。スクリーンにアップになったので読んでみる。「ラビ・シャンカール」 ビートルズにシタールを教えたインド人のお師匠さんの名前だ。(「コンサート・フォー・ジョージ」でインド音楽の指揮をしたアヌーク・シャンカール、ジャズ歌手ノラ・ジョーンズは彼の娘達)このライブでは秋口から出演者が数回に分けて発表されるが、最後に彼の名前が出た時の驚きと感動は大きかった。サザンのデビュー当時のイメージが焼き付いているので、入院はショックだった。復帰後の歌声に救われた人は多いだろう。またステージに立ち、ビートルズの歌を歌う喜びが全身からにじみ出ていた。桑田さんにとって、ビートルズは大好きだったお姉さんの思い出がセットで付いてくる。ライブ=生きること。今回もそれを強く感じた。テレビ画面からは伝わりきらない空気が会場にはある。 *画像は‘Gimme Some Truth’をプレイする吉井和哉、奥田民生、ジョン・レノン、斉藤和義(写真左から) 1. Gimme Some Truth/ジョン・レノン(バーチャル出演)奥田民生、吉井和哉、斉藤和義 2. Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey/奥田、吉井、斉藤 3. Twist and shout/Roy(The Bawdies) 4. Stand By Me/Roy 5. Help!/BONNIE PINK 6. You've Got To Hide Your Love Away/BONNIE PINK ~チャリティについて/箭内道彦 7. The Ballad of John and Yoko/サニーデイ・サービス 8. Imagine/サニーデイ・サービス ~子どもたちの手紙/杏 9. She Loves You/桑田佳祐 10. You Can't Do That/桑田佳祐 11. I Should Have Known Better/桑田佳祐 12. I'm A Loser/桑田佳祐 13. It's Only Love/桑田佳祐 14. I Feel Fine/桑田佳祐 15. Slow Down/桑田佳祐 16. 朗読‘Imagine’/菅原文太(声の出演) 17. Across The Universe/OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND 18. (Just Like) Starting Over/OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND 19. Watching the wheels/LOVE PSYCHEDELICO 20. Nobody Told Me/LOVE PSYCHEDELICO 21. 朗読‘Love’/杏 22. Rain/斉藤和義 23. Rock And Roll Music/斉藤和義 24. Savoy Truffle(ジョージ没後10年トリビュート)/奥田民生 25. I'm Only Sleeping/奥田民生 26. Rising(日本語バージョン)/オノ・ヨーコ 27. Yer Blues/吉井和哉 28. Jealous Guy(和訳:斉藤和義)/吉井和哉 29. Mother/吉井和哉 30. Happy Xmas (War Is Over)/全員 31. Power to the People~Give Peace A Chance/全員32. Imagine /全員オープニングは3.11とその後の原発や被災地の様子、東電記者会見などのスライドで今年一年を振り返る映像がスクリーンに映し出され、演奏の1曲目は「Gimme Some Truth」。杏さんの朗読する「Love」は透明感にあふれ、ドスの利いた菅原文太さんの「Imagine」は迫力だった。ライブの売り上げで建設した学校に通う子供達からは震災後の日本を心配し、祈る手紙が多数寄せられた。緑色のスポットライトに浮かび上がるヨーコさんは、何かが乗り移ったかのような、地の底からわき上がる的な鬼気迫るパフォーマンス。怒りや恐れから祈りへと昇華する魂の叫びは、長崎で被曝した美輪明宏さんの歌にも通じる。去年と同じ曲だが、日本語なのでメッセージがビンビン伝わって来た。斎藤和義さんは飄々とした風貌ながら、歌に説得力のある骨太なロックンローラー。春先には「ずっと好きだった」の替え歌「ずっとウソだった」がネットで話題に。元歌のPVは、桑田さんも歌詞にした4人最後のライブ・69年1月18日アップルビル屋上(ルーフトップ)セッションのオマージュ。先日、最終回視聴率が40%を越えた社会派ドラマ「家政婦のミタ」主題歌「やさしくなりたい」では武道館公演そっくりの映像。どこまでビートルズが好きなんだよ奥田さんは没後10年のジョージの曲を敢えて選んだ。ヨーコさんは毎回、ジョンとの思い出や、日本の美しさ、少女時代経験した東京大空襲や疎開、飢えに泣く弟と美味しい食事を想像したこと、戦後焼け野原から立ち上がった日本の底力について語ってきた。異国にいても和の心は残っている。フィナーレではオノコードの小さな光で周りを照らす。一つ一つのともしびは小さくても、集まれば明るくなる。ブログ仲間とドリームパワーを楽しみ、終演後は会場に散らばっていたツイッター仲間と合流。去年のライブでは同じ武道館で顔も知らなかったビートリィな20世紀少年少女達。点と点がつながれば線に、更につながれば面になる。私は今回で6回目。今年一年、たくさんの出会いがあった。来年も広がるといいな。震災後、脱力感や無力感にさいなまれ、自分には何も出来ないと悩む人は多いが、被災地に心を向け、祈り続けることはできる。目の前の小さな幸せを見つめること。足りない物を数え、人をうらやむのではなく、ある物を数え、感謝すること。周りの誰かを笑顔にするだけでもいい。見えている物だけがすべてではない。マニフェストをことごとく破り、平然としているブレまくりの歴代首相や安全大臣、既得権を死守しようとする大会社のお偉いさんや官僚、偏ったニュースの嘘には小学生でも気付いている。40年前のジョンの歌詞は、皮肉にも今の世相に充分通用する。I'm sick and tired of hearing thingsFrom uptight, short-sighted, narrow-minded hypocritesAll I want is the truthJust gimme some truth I've had enough of reading thingsBy neurotic, psychotic, pig-headed politiciansAll I want is the truthJust gimme some truth 「ヨーコさん、今、ジョンが生きていたら、今、どんな歌を歌っていたと思いますか?」「Gimme Some Truthと叫んでいたでしょう。」力というものは、使い方によって非常に怖いものにも人助けにもなる。一緒に楽しくパワーを使っていきましょう。(オノヨーコ)んだ Mr.Moonlight リンク切れサザン KEIKO☆さんレポ オンデンさんレポ
2011年12月28日
愛の反対語は『憎しみ』ではなく『無関心』である。(マザー・テレサ)今日放送予定の 情熱大陸(TBS系)は、来日中のオノヨーコさん。Love is feeling. Love is knowing we can be.(ジョン・レノン)今年も12月8日の武道館でポジティブなヨーコさんオーラをびんびん感じてきた。会えば会うほど、すごい人だなと思う。想像力豊かでお茶目でユーモラスなところはステージで遺憾なく発揮され、会場の爆笑を誘った。いくつになっても好奇心旺盛で、みずみずしい感性を失わないクリエイティブなアーティストだ。3.11に胸を痛め、日本人の血が流れていることをひしひしと感じたという。傷ついた日本人に向け、HPでツイッターでポジティブなメッセージを発信し続けている。先日は福島県南相馬市を訪れ、子供達を励まし、ペンライト(オノコード)や縄跳びを贈った。平成二桁生まれの小学生から見ると、昭和一桁生まれのヨーコさんは祖父母以上の世代にあたる。今日で震災からちょうど9ヶ月になる。ヨーコに無関心な人、意味不明なおばさんだと思っている人、「Double Fantasy」を半分しか聴かない「Single Fantasy」な人にこそ見て頂きたい番組だと思う。ジョンの「Imagine」を生んだ「グレープフルーツ」や、近著「今あなたに知ってもらいたいこと」は一読の価値あり。幼い頃、親が離婚し、更に10代で母を亡くした永遠のマザコン少年ジョンの良き理解者でありお母さん役でもあった(と思われ)。今回のライブレポは今年もご一緒した KEIKO☆さんが早々にアップされているのでどうぞ 私ゃ年内中にいつか。。。たぶん。。。写真だけだと、どこぞの怪しい宗教団体の集会に見えるかもしれないが、ライブ好きな方には会場のパワフルで楽しい空気が少しは伝わるかな。聖飢魔II デーモン閣下(相撲愛好家)の言葉を借りると、ファン(来場者)=信者、ライブ=ミサじゃけんね。学童疎開世代のヨーコが世界中の子供達に教育の機会を与えるために学校を建てようと始めたチャリティ・ジョンレノンスーパーライヴドリームパワー は、いわば小石族集会。一人で見る夢はただの夢。みんなで見る夢は現実になることは、スライドで紹介される支援校が年々増えていくことで実感している。今年も8ヶ国に10校が新しく建てられ、グッズ売り上げの一部は東日本大震災で親を亡くした子供達の義捐金となる。青い空の下、子供達が友達とのびのび遊び、学校で文字を覚え、読み書きが可能になることで世界が広がる。一見、何でもないこと、当たり前だと思ってきたことが、実はとても幸せで恵まれていることを、この震災で改めて痛感してきた。太平洋戦争で東京大空襲や学童疎開を経験したヨーコは、爆弾が降ってこない空の美しさや、平和な世界の有り難さをよく知っている。昨夜は皆既月食。空を見上げ、天体ショーを楽しんだ人も多かったことだろう。私は肉眼とツイッターと街頭テレビのようなUSTで6万人の人達と一緒にリアルタイム月見を堪能した。たぶんヨーコさんも東京で眺めていたことだろう。Ocean Childな「洋子」さんは昭和世代に多い名前。大きな海を表す「洋」の字が付く名前の人、あなたの周りにもいるかな。今日は洋子さんいらっしゃい特集オノ・ヨーコ展『灯 あかり』2011/12/10(土) ~2012/1/28(土)場所:東京・清瀬白河 小山登美男ギャラリー(上記リンク参照)今回の個展では震災に見舞われた日本への想いを込めた作品が展示される他、新作もお披露目となる予定。この空より美しいアートなんてあるのだろうか(オノヨーコ) ヨーコ! Yes はい はい はい 便乗 おらも Barks 父子(本人投稿) お月様 2010日記 なう Q&A
2011年12月11日
Dream Power ジョン・レノンスーパーライヴ(12/8 日本武道館)の放送予定BS朝日 2011年1月2日 21:00~22:54 JCNグループ 2011年1月1日 20:00~22:00 2011年1月2日 20:00~22:00(再)<Twitterより>いま武道館からの帰り道。ヨーコさん本当に元気だった。日本は世界の片隅。そのことに誇りを持って、小さな小石の一粒となって、世界を変えていこう!あきらめないで、あきらめないで!心にしみた。湯川れい子すべての人々が平和に暮らしているところを思い描きましょう。10秒間。1時間。1日中。どんな場所でも、どんなときでも。オノヨーコ・ 最高でした!また来年も行きたいです! ・ ほっこりした^^ ・ 感無量。どのアーティストも素晴らしく、ヨーコの77才とは思えないパフォーマンスに固まりました。・ 楽しいし歌いまくりでストレス吹き飛びました。みんなジョンが好きなんだな~と感無量のライブでした。来年も行きます!・ 行ってよかった。昨年同様ヨーコさんの小石族の話。「連絡をとっていないお姉さんに「元気?」って電話するだけでもいいのよ」って言ってた。<マイつぶやき>・ アリーナ2列目。ステージを左斜め下から見た。顔の作りもよく見えたが、目の前のスクリーンは仰角で首が疲れた。今年もハートフルで素晴らしいライヴだった。会場から数回つぶやいたがアップの瞬間消えてしもた。なんでやねん。・ 若い女性が多く、終了後「楽しかった♪」の声がたくさん聞け、嬉しかった。10年で100校の目標見事に達成。来年は誰が出るのか楽しみ♪ セットリスト 吉井和哉×奥田民生×斉藤和義 (Just Like) Starting Over Woman BONNIE PINK Lucy In The Sky With Diamonds All You Need Is Love Cocco(MC) Dream Powerプロジェクトの紹介 ベトナム学校訪問のエピソード 堂珍嘉邦(CHEMISTRY) Mother Oh My Love 曽我部恵一 Isolation Cold Turkey 東京スカイパラダイスオーケストラ I Feel Fine (Just Like) Starting Over 吉永小百合(ナレーション) Dream Powerで建設支援されたフィリピンの学校に通う生徒からの手紙 箭内道彦プロジェクト (箭内&高橋優) How?(日本語) LOVE PSYCHEDELICO Stand By Me Help! 鈴木京香 LOVE (朗読) ゆず Imagine(日本語) Don't Let Me Down 浅井健一 Come Together Day Tripper 斉藤和義 Jealous Guy(日本語) Mind Games 鈴木京香 Imagine (朗読) 奥田民生 Glass Onion Little Child オノヨーコ Rising 吉井和哉 Yer Blues Across The Universe(日本語) COCCO(MC) 出演者紹介&オノコード 全員 Happy Xmas (War Is Over) ~Power To The People~Imagine今年も12月8日に日本武道館へ行った。ビートルズが日本公演を行った場所にジョンを敬愛するミュージシャンが集って彼の曲を歌い、俳優が詞を朗読する。フィナーレでは客席とステージ間で、ペンライトを使って「I Love You」のメッセージが交換され、会場には夜空の星のような光の輪が広がる。一つの灯りは小さいが集まると大きい。今年はアリーナ2列目だったので、目の前はすぐステージ。近くには訓練でもされたのか、ノリノリソングにも微動だにしない警備ブラザーズ。普段どんな音楽を聴いているのか気になった。一緒に口ずさみながら、振り返ってみんなの表情を見る。一面に広がる笑顔の花は何度見ても嬉しい。参加して良かったと思う瞬間だ。ステージや客席にリピーターが多いのもこのライヴの特徴である。売上金は世界の恵まれない地域の子供達に教育の機会を与えるための学校建設と維持に充てられる。去年までにアジア、アフリカ、ラテンアメリカの26ヶ国に95校がプレゼントされ、10年目の今年は更に2ヶ国15校増える。当初の目標は5年で50校。運営が大変で10年続くとは考えられなかったそうだ。テレビ局などが鳴り物入りのチャリティで建てた中には、建設だけが目的で、その後は放置され、荒れて廃校となった所も少なくないそうだ。ドリームパワーチームは、地元の人達とコミュニケーションを取りながら、水道を引き、建物を建て、設備を整える。教師を探し、教科書、文房具などを調達、メインテナンスを続けるため、廃校は一つもないそうだ。スタッフの労苦は計り知れないが、現地の人達にすっかり馴染むようだ。ライヴでは全校のスライドがジョンの曲に乗せて上映され、学校の様子が語られる。戦場カメラマンの渡部陽一さんが言うように、子供達の笑顔が何よりの喜びだ。沖縄出身のCoccoは、4年前の初参加にあたり、ベトナムの小学校を訪ねた。おみやげにもらった綺麗な色の手織りポシェットを参加のたび身に付け、初めて行ったのに「I Love You」(学校を建ててくれてありがとう)と言われたことを話した。今年は独特のテンポと口調で説得力溢れるMCが大好評だった。ここでライヴの歴史をちょっこしおさらい。第一回目の開催日は2001年10月9日ジョンとショーンの誕生日。(当時米大統領はブッシュJr)9・11から約1ヶ月経ったライヴ前日、多国籍軍によるアフガニスタン空爆が始まる。戒厳令下のアメリカでは「Imagine」が湾岸戦争(ブッシュ父)以来の放送禁止曲に指定されていた。宗教も国境も人種も争いもない世界で平和に暮らす人々をみんながイメージすればこの世は一つになるという歌詞が、戦意を喪失させるという理由で目の敵にされている。。。ニューヨークから多くの人々が避難する中、ヨーコはあえてダコタに留まり、アメリカの市民を励ます道を選び、来日を断念。現地からの中継による参加となった。一回目はリンゴとジョージ・マーティン、二回目はポールがビデオメッセージを寄せたそうだ。このライヴのもう一つの特徴は、出演者がジョンの歌を歌うこと。選曲は自由、自分の言葉を乗せて歌ってもよい。日本語でもオリジナルソングに聞こえてしまうのは、彼等がジョンの魂を受け継いでいるからだろうか。常連の斉藤和義さんは「ずっと好きだった」のPVをGet Backセッションのそっくりさんにしちゃってる。吉井さんの「Across The Universe」は「Mother」とコラボした不思議な訳だったが、格好いいからよしいとしよう 毎年マニアックな選曲が楽しいギター小僧の奥田さん、今年は原曲が2分程の「Little Child」をハードロック仕立てにアレンジ。延々続くギンギンのギターソロに「Back To The Future」の主人公マーティーがかぶって見えた。東京スカパラの賑やかな演奏も楽しかった。詞の朗読が始まったのは2003年から。初回は 秋山真之 本木雅弘さん。リハーサルから鬼気迫る集中力で言葉の選び方一つにもこだわりを見せ、スタッフ感動。モッくんのおかげで、俳優の朗読が続いているそうだ。感謝。去年出演した松山ケンイチくんは、上映中の「ノルウェイの森」で主役を好演している模様。まだ見てないけど。鈴木京香さんの凛とした美しさを間近に見られたのはラッキーだった。ジョンのファンで好きな曲は「Across The Universe」。オノコードは2004年に登場した。ヨーコさん(以下敬称略)の「Rising」は圧巻。まさに魂の叫びだった。ジョンを呼ぶ祈祷師のイメージ。ジョンがいつもそばにいると言うが、たしかにジョンはいるような気がした。「また来ちゃった」と元気に登場したヨーコはフィナーレで出演者一人ずつと向き合い「i ii iii」(I Love You)と照らす。笑顔の人がいれば、うつむく人もいる。一番シャイだったのは顔写真入り土浦ナンバーのツアートラックを連れて駆けつけた斉藤和義さん。(去年は「ゴールデンスランバー」の映画音楽担当)片思いの女子を前にした中学生のように目をそらすので、ヨーコは面白がって「i ii iii」を連発し、場内大爆笑。「一人でできることには限界があるけど、毎日誰か一人を喜ばせてあげることはできるから、しばらく会ってないお姉さんへの電話でもいい。何か見つけて下さいね。小石を投げれば世界に広がります。小石族になりましょう。10年続くとなんだか家族みたいね。また来年も会いましょう」ヨーコ77歳、瀬戸内寂聴さん88歳、日野原重明さん99歳。今年講演会でお会いした大先輩は皆、頭脳明晰でユーモアがあり、健脚だった。年寄りぶらず、重ねた年齢を味方に付ける姿に励まされた。ヨーコの声や話し方、揺るがない根っこは寂聴さんに似ている。豊かな想像力や好奇心、そして行動力。戦争をくぐり抜けてきた人間の強さを思う。大きな玉ねぎを出て九段下の駅へ向かう。今年も同行のオンデンさんやKEIKO☆さんともども、様々なハードルを乗り越えて今年もこの日を迎えられたことに感謝。来年もまた参加できますように。過去のスーパーライヴの詳細データや、主催者と吉井和哉・奥田民生・斉藤和義氏による座談会は、12/8発売の別冊カドカワ「ジョン・レノン 夢の絆」でどうぞ。 Imagine ラブ 宇宙
2010年12月29日
【写真展のお知らせ: KISHIN SHINOYAMA PHOTO EXHIBITION ジョン・レノン、オノ・ヨーコとともに・・・愛のファンタジー 】12月4日からAudi Forum Tokyoにて篠山紀信が撮るジョン・レノン&オノ・ヨーコの愛のファンタジー。今から30年前の1980年、伝説的なアルバムがリリースされました。それは、ジョン・レノン氏、オノ・ヨーコ氏の「ダブルファンタジー」。米国、英国のチャートで1位に輝き、グラミー賞も獲得。ジョン・レノン氏の遺作となったこのアルバムは、後世に語り継がれる歴史的な1枚でもあります。このアルバムのジャケットは、気鋭の写真家であった篠山紀信氏により、ニューヨークのセントラルパークで撮影されました。あれから30年。オノ・ヨーコ氏と篠山紀信氏が、セントラルパークで再び出会い、ダブルファンタジー以来となるフォトセッションが行われました。Audi Forum Tokyoでは、12月4日(土)から1月5日(水)まで、世界初公開となるこの貴重な写真を、30年前の秘蔵写真とともに展示いたします。また会場では、オノ・ヨーコ氏の来場者参加型の作品「ウィッシュ・ツリー」も展示。この機会に、ぜひご来場ください。日時: 2010年12月4日(土) - 2011年1月5日(水)時間: 10:00 - 20:00場所: Audi Forum Tokyo 東京都渋谷区神宮前6-12-18 TEL: 03-5464-7200 アクセス: 東京メトロ千代田線、副都心線「明治神宮前」駅 7番出口 徒歩2分 JR山手線「原宿」駅 徒歩5分今日(日本時間では9日)はジョンの命日。没後30年経ち、当時幼稚園児だったショーンちゃんもチョードイイ 大きくなりました。今日は日本武道館でDream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴが開かれます。当日券が17:00から発売されるそうなので、来られる方はどうぞ。 ●開催日:2010年12月8日(水) ●時間:開場/18:00 開演/19:00 ●会場:日本武道館 出演オノ・ヨーコ 浅井健一 奥田民生 斉藤和義(追加メンバー) 曽我部恵一 東京スカパラダイスオーケストラ 堂珍嘉邦(CHEMISTRY) BONNIE PINK ゆず (追加メンバー)吉井和哉 LOVE PSYCHEDELICOほか 50音順 箭内道彦プロジェクト Cocco(MC出演) 吉永小百合(声の出演) 鈴木京香 トリビュート・バンド 「Dr. Winston O'Boogie」 金澤ダイスケ(フジファブリック/キーボード) 和田春彦(バンド・マスター、キーボード) 土屋潔(ギター) 長田進(ギター) 押葉真吾(ベース) 古田たかし(ドラム)私はブログ仲間のオンデン さん、KEIKO☆ さんと14:30頃Audi Forum Tokyo(写真展会場)で待ち合わせ、まったりしながら武道館に向かう予定です。展覧会は(たぶん)無料。写真展だけでもライヴだけでもご一緒できそうな方はツイッターのhappymusiclover までご連絡下さいね 去年はdream_powerのスタッフが武道館から臨場感溢れるライヴの進捗実況や曲名をつぶやいてました。私もできればと思ってますが、今年は5年目にして初のアリーナ席なので勝手が違いそうバッテリーの持ちも気になる小市民ゆえ、様子を見ながらぼちぼち試してみますね ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、篠山紀信さん&南沙織さんJrの篠山輝信(アッキー)くんは、NHK「あさイチ」で産直レポーターとして元気に飛び回ってます。はっきりした目鼻立ちはやっぱり親譲りかな今もCMで耳にすることが多く、ジョンの優しさ溢れる「Woman」は遺作「ダブルファンタジー」の1曲。JLMで見た手書きの歌詞には「WO/MAN」とありました。「人類の半分は女子。オラも母ちゃんから生まれてきたぞ。」両親の離婚で淋しい子供時代を過ごしたジョンは美術学校の1級上だったシンシアと、アイドル時代にデキ婚。妻子が表に出るのはNGの時代、世界中を飛び回っており、イクメンどころか家にいる時ゃ寝だメン父ちゃん。やがてヨーコと再婚し、流産の後にショーンが生まれ、自ら家事や育児をすることによって、人を愛し、家族と過ごす時間の楽しさを知ります。「数分のロックンロールを書くより、一人の人間を育てることの方がずっとクリエイティブぞなもし~」「主夫(house husband)」は言葉遊びの名人だったジョンの造語ですが、今では辞書にも載っています。今年の流行語大賞候補となった「イクメン」を35年前に実践していたようですね。「誰もやっとらんけん、オラがしてみようわい」とはイケてる父ちゃんだね。よっ、完全無欠のロックンローラー!歌の前に「For the half of the sky」と、本音混じりにつぶやいとりますけん、父ちゃんの独り言に耳を傾けたげてや新譜を手にして間もなく、ジョンが銃弾に倒れた時は本当にショックで、(Just like)Starting Overの鐘の音や、この曲の「I never meant to cause you sorrow or pain」に涙したものです。さて、そろそろ支度します。続きはツイッターで。 ありがとう 2009 2008 2007 あんちゃん いけてる?
2010年12月08日
今日はジョンとショーンのダブル誕生日。辰年で天秤座生まれのジョンは生誕70周年(古希)酉年のヨーコ(77歳 水瓶座)は喜寿のめでたい年回りだ。(※満年齢)異母兄のジュリアン(47歳 牡羊座)と今日で35歳のショーンはちょうど一回り違いの卯年。来年は年男。成田山新勝寺あたりで豆まきしてくれないかしらん。同じ日生まれ の皆さん、ご近所の皆さん、お誕生日おめでとうございます 心を開いて「イエス」って言ってごらん すべてを肯定してみると 答えがみつかるもんだよ(Mind Games)9月30日はジョンレノンミュージアム(JLM)の閉館日だった。開館日はジョンがエアー還暦を迎えた10年前の今日。当時子育て中だった私が初めて訪れたのは、半Queen(Brian&Roger)+Paul Rogersのライヴに行った2005年10月だった。ダコタ仲間のMちゃんと一緒で、ライヴ前にミュージアムをと、併設カフェで待ち合わせ。ジョンにちなんでフィッシュ&チップスにロイヤルミルクティーとしゃれこいたが、久々の再会で話に花が咲き、気が付けばライヴの時間が近づいてきたではないか。ガチョ~ンゆっくり観る時間はない。「また今度」と、魅力的な売店を一通り覗いた後、アリーナへと向かった。2回目はいつだったか思い出せないが、おそらく翌年あたり。どのコーナーでもウルウルし、目が腫れてしまった。ジョン・レノンという一人の人間に寄り添い、彼の歩みを追体験する見事な構成。常設展の他、期間限定の企画展が催されており、じっくり味わえば3時間はかかった。せっかくなので、この機会に記憶の中のJLMをおさらいしてみることにしよう。さいたま新都心駅の改札を抜け、左に進めばスーパーアリーナ、その手前右手のビル4・5階がミュージアムだった。入口(3階)正面ではジョンの特大写真がお出迎え。床にはNYセントラルパークの「Strawberry Fields」を再現した「Imagine」の模様。ジョンの命日、献花したこともある。左の壁一面にジョンの白黒写真コラージュパネル。教壇のような一角でイベントステージにもなった。右側にミュージアムのロゴとリバプールの写真。エスカレーターを昇れば4階フロント。チケット売場の左横にジョンとヨーコの等身大パネルと売店、右手にミニシアター、カフェ(06年4月以降、資料満載のAVラウンジに)。入場後ミニシアターに進み、ショートフィルム鑑賞。平日に行くことが多かったせいか、館内はいつも空いていたが、最終日は満席(60席)で感無量。ジョンの40年を約7分でなぞる。エンディングに流れるジョンの声は「I still believe in love, peace, positive-thinking.」終了後、左の扉からリバプールゾーンへ。右の扉からは、外でスタンバっていた皆さんがゾロゾロと入場。 ZONE1 少年の記憶(1940-55) リバプールの地図、両親や子供時代の写真、ノート、成績表、イラスト(絵の一枚は「心の壁、愛の橋」のジャケットに)、手作り新聞、手書きの「Julia」、母Juliaのバンジョー2 ロックンロール(1955-62) プレスリーのレコード、初めて手に入れた通販のギター、リッケンバッカー、革ジャン、キャバーンクラブ関連資料、音楽新聞「マージービート」3 The Beatles(1962-67) デビューアルバム、サイン入りファンクラブ会報誌、公演プログラム、チケット、手書きの「Help」「In my life」、来日公演&SGT Pepperの衣装、アビーロードスタジオの録音機材、Mr.Kiteのポスター&歌詞、エピフォンカジノ、眼鏡。「愛こそはすべて」の世界中継ビデオ。エスカレーターで5階へ。 来日公演4 ジョンとヨーコの出会い(1966) ヨーコ子供時代の写真と年表、インディカギャラリーの個展再現(天井の「YES」など)、電話5 Love&Peace(1968-70) ノート、愛用のイラスト入りギター(ギブソンJ-160E)、米盤LP「Hey Jude」ジャケットで着用したベルト(「ウエスト細っ!」byずんどこラベ太郎)6 Imagine(1970-71) 映画に出た特大チェス盤、LP、ゴールドディスク、「Imagine」歌詞(ホテルのメモ用紙)7 New York CIty(1971-72) パスポート、グリーンカード、ミドルネーム改名申請書、NYCの袖無しTシャツ、ライヴで着用したジャケット、ギブソンレスポールJr8 失われた週末(1973-75) ヌートピア大使館スタンプ、眼鏡、手形、ペンダント9 House Husband(1975-80) ライター、ミッキーマウスの腕時計、シガレットケース、ベル、日本語表記のクレジットカード、白いピアノ、掛時計、「Love」「Woman」「Starting Over」「Watching the Wheels」の歌詞原稿、日本語自習用イラスト、軽井沢で着用の服、帽子、書道セット、キセル、干支(龍)の彫刻入り特注ギターFinal Room ジョンが紡いできた言葉が原文と日本語で中央部のついたて両面に並ぶ白い部屋。壁沿いの椅子に腰掛け、流れる音楽に身を委ねる。シンプルだが奥の深いジョンの世界はハートで感じればよい。最終日はメモを取る人多数。私にとっては初めての光景だった。彼等の胸に響いたジョンの言葉は何だったのだろう。どのゾーンにもその時々の曲や映像が流れ、時代の風をまとったジョンがいる。一緒に口ずさむ人も多い。国や時代は違っても、皆、音楽のタイムマシーンに乗り、少年少女時代にget backしているのだろう。記憶の引き出しを開け、懐かしい場所で思い出の誰かさんや昔の仲間にエアーで語りかけているのかもしれない。たくさんの表情に「In my life」の歌詞が浮かび、熱いものがこみあげてきた。 鑑賞の仕方で思い入れの度合いがなんとなくわかるのも面白い。来館者は必ずしもファンとは限らない。ショーケースを食い入るように見つめたり、熱心に解説したり思い出を語る人の傍らで醒めた表情のお連れ様。初期ビートルズからリアルタイムと思われる先輩世代の会話につい耳ダンボ。 心安らぎ、「見えんけどおる」ジョンのロック魂や愛と癒し、ヨーコの心遣いが感じられる温かな空間にありがとう。JLMへは通算で7~8回行った。娘とは聖子ちゃんコンサート の前に、息子とは先月(9・11)駆け込みセーフ。何度誘っても「興味がない」と「NO」の一点張りだった彼は中3にしてビートルズにはまった。中2病の母が長年買い集めてきた本やビデオ、CD、DVD、You Tubeで熱心に自主学習。勉強もこうだったら頭痛の種は減るのに やっと「YES」になった頃にはスケジュール調整が難しくなり、1度行くのがやっとだった。予習はバッチリ、じっくり堪能した様子。「あと何度か行きたかった」だから言ったのに昔から興味ナッシングな夫は行かずじまい。最近までビートルズの顔が見分けられなかったことが判明したが、S&G の例もあるので、わかるようになっただけで嬉しい…と日記には書いておこう。Now here (なぜか埼玉)にいたジョンの思い出達はNowhereへ旅立った。またいつかどこかで会えるといいな。行き場のない孤独感を覚える人(=ジョン自身)を励ます「Nowhereman」は65年発表「Rubber Soul」の中の1曲。3人のコーラスが見事だが、回るマイクが大活躍した(?)日本公演では自分達の音が聞こえにくかったのか、バランスが良くない。サビでいきなり2番を歌うジョンに、バックのジョージは動揺も見せずしっかりカメラ目線ミュージアム閉館日は朝から雨。前回ラベ太郎と堪能したものの、やはり最後を見届けたく、電車に乗った。同じ時間帯に行った人が数名いたことや池内淳子さんが亡くなったことをツイッターで知った。ビートルズ赤盤・青盤、ジョンのアルバムがリマスターされ、今月、相次いで発売された。Imagine Peace Towerの点灯は12月8日まで。今日はGOOGLE と You Tubeがジョン仕様。ジョンファミリーやたくさんのビートルズファンのつぶやきでTLは大にぎわいだ。(以下ツイッターよりRT)私にとって(Lennon BOX の)リマスタリング作業は感情的につらかったです。ジョンが私のとなりにいるように感じてとなりを見ても、そこには誰も座っていない椅子があるだけでした。 私は泣いていましたが、それ以前と変わらず、私の仕事はジョンを聴くことでした。過去30年あまり。なので、私はラッキーガールだと思います。ジョンの誕生日に100万の平和の願いをイマジン・ピース・タワーへ送りましょう。そして、点灯するタワー をご覧ください。オノ・ヨーコ Thanks everyone for very thoughtful birthday mentions, to myself and dad as well. Sincerely, Sean Hoppy Birdy Sean! x Julian 4ショット 40年 父子 息子2 息子1 母 元妻
2010年10月09日
♪ク~リスマスが今年もやってくる 悲しかった出来事を 消し去るようにカーネルおじさんとは あまり ドル 縁がない我が家だが、テレビから竹内まりやさんの「すてきなホリディ」が流れてくると、つい一緒に歌ってしまう。♪大切な物は みんな そばにある 穏やかな毎日が 続くぜいたく子供達が読み書きそろばんを学べるのは、贅沢なことなんだなぁ…と今年も実感したジョンレノンスーパーライヴ Dream Powerレポート後半。前半は こちら 。戦争や貧困に苦しむ世界の子供たちのために学校を作り、学ぶ幸せの機会を贈ろうと行われてきたチャリティライヴ。過去8回で、アジア・アフリカ22か国に85校を建設・支援してきた。今回からは南米も加わり、さらに10校増える。発起人は オノヨーコ(敬称略)。太平洋戦争で東京大空襲を経験した戦中派だ。「オノヨーコってどんな人?一度見てみたい。宮沢りえも平原綾香も出るし。」百聞は一見に如かずと、ミーハー気分で小学生の息子と初めて参加したのは3年前。今年で4回目だ。人気ミュージシャンや俳優が集合するとあって、客層は幅広く、親子連れやリピーターも多い。皆勤賞もいるようだ。 天国は無い ただ 空があるだけ 国境も無い ただ 地球があるだけ みんながそう思えば 簡単なことさ 夢かもしれない でも その夢を見てるのは 一人だけじゃない 世界中にいるのさ (「イマジン」 忌野清志郎訳) セットリスト 1. #9 Dream/奥田民生&吉井和哉 2. One After 909/奥田民生&吉井和哉 3. Don’t Let Me Down/松本素生 4. (Just Like) Starting Over/松本素生 5. Mother(無伴奏)/Leyona 6. You Really Got A Hold On Me/Leyona 7. Nobody Told Me/BONNIE PINK 8. 抱きしめたい(I Want To Hold Your Hand)/BONNIE PINK 9. Love(朗読)/松山ケンイチ 10. Lucy In The Sky With Diamonds/ROCK’A’TRENCH 11. Woman/ROCK’A’TRENCH ナレーション~ 学校建設の意義/山崎直子 12. Oh Yoko/LOVE PSYCHEDELICO 13. Jealous Guy/LOVE PSYCHEDELICO 14. Love/浅井健一 15. Day Tripper/浅井健一 ナレーション~ゴミの山で暮らす少年の手紙/山崎努 16. Out The Blue/Cocco 17. I’m So Tired/奥田民生 18. Polythene Pam/奥田民生 19. Imagine(日本語)/忌野清志郎 20. Working Class Hero/泉谷しげる&LOVE PSYCHEDELICO 21. You’ve Got To Hide Your Love Away/泉谷しげる&LOVE PSYCHEDELICO 22. Imagine(朗読)/松山ケンイチ 23. Your Hands/オノ・ヨーコ 24. Give Peace A Chance(Dance Remix)/オノ・ヨーコ 25. I’m Losing You/吉井和哉 26. Yer Blues(日本語)/吉井和哉 27. Help! /吉井和哉 オノ・コード (説明:BONNIE PINK) 28. Happy Xmas/全員 29. All You Need Is Love~Give Peace A Chance/全員 30. Imagine/全員 ミーハーメモ1&2. 常連コンビのハモリ。「Mind Games(ヌートピア宣言)」と「Let It Be」から、開催回数と、ジョンの好きな数字をかけた選曲。パンフレットの裏表紙にも「9」の文字。8. 客席はノリノリ。手拍子のリズムは人それぞれだが、揉み手はいない 9. のっぽの松ケン「頑張れケンイチ~」の歓声に、はにかみながら「ありがとうございます。」泉谷さんと同県人。(この後、スライドで学校紹介。)10. 曲の題名は当時4歳だったジョンの息子ジュリアンの書いた絵から。幼稚園のクラスメートだったルーシーは、今年、空に帰った。46歳。11. アップテンポな「Woman」にぶっとぶ。(ボーカルは東大法学部卒、キーボードは工学部卒。ガチで首相の後輩じゃん)13. ジョンのピアノが切ないしみじみソングが、なんと、元気なC&W調に16. ショートヘアーに黒ぶち眼鏡のCocco。チャリティに懐疑的だったが、ベトナムの支援校を訪問した際、初対面の子に「I love you」と言われ、心が動く。自分に何ができるのか、ずっと考え続けている。17&18. ホワイトアルバムの ゆる~い曲と、発売40周年のAbbey RoadB面メドレーから。ギンギンのギターが格好いい♪19. まるで清志郎がステージ中央に立っているかのように浮かび上がり、場内騒然。(スターウォーズ1作目でR2D2が映し出したレイア姫のような感じ。)左右のスクリーンではアップ映像。一昨年、北西二階席で目にした、あの空気が蘇る。心に迫る歌と感動、そして喪失感。泣いている人が多い。在りし日の清志郎 魂の叫びと、箭内さん渾身の作品に感謝 21. 「忌野清志郎の代わりに来たけど、なんだ、生きてるじゃないか。」会場がしんみりした後は、さぞやりにくかっただろうな。「ビートルズファンもババァになりやがって」毒蝮三太夫ばり。ババァですんまへん。悪態をつきながらも、照れや気遣いが感じられる。和訳の泉谷節は70年代の香りが漂い、彼のオリジナルのように聞こえた。「Help!」からの曲は、タイトル部分を会場に「歌え!」と命令。「まだまだ声が出てない!」「お前らにリズム感は期待してない!」と罵倒されても、みんな大喜び23. 日英2カ国語。まさかこの歌を生で聴けるとは。「一日(一生)に何度逢っても逢い足りない」の歌詞が悲しい。最後に「I love you!I miss you!」とシャウト。黒いパンツスーツで軽やかに歌い踊るパワーはどこから来るの出演アーティストの発表には、毎年ワクワクする。初めて見る名も多く、子供に教えてもらうこともある。ROCK'A'TRENCHは有名らしい。ジョンの弱い部分やチャーミングな部分が好きで、困った時に話しかけたくなるおじさんだとボーカルの山森君は語る。ジョンをリアルタイムで知らない世代は、曲の解釈も個性的だ。しっとりとしたラブバラードがぶっとんだアレンジになってたのには、本当にたまげたが、新し物好きなジョンは喜んでたかも。オノコードのパフォーマンスは温かい。ヨーコの「今度はジョンに向かってi ii iii(I Loce You)」の声に、みんなで天井を照らした一斉のスポットライトにドキッとしたかな?それぞれがお気に入りのTシャツで登場。ジョンが描いた 猫Tシャツ を着ていたのは、BONNIE PINK、松山ケンイチ、Leyona、Cocco。吉井さんの胸には Citizen Of Nutopiaの文字、箭内さんは上着の下に清志郎の似顔絵入りTシャツ。ヨーコのトレードマーク・黒い大きなサングラスは、眼鏡屋で付けたらジョンが「似合うよ」と言ってくれた物。その2週間後、彼は帰らぬ人となり、泣きはらした目をカムフラージュするために、かけてみた。「ジョンは(長くないことを)わかっていたのかもしれません。」ずり落ちそうなサングラスは、ジョンと過ごした最後の日々を思い出す品だった。40歳がどんなに若かったか、今は実感できる。本当にもったいない。「海に小石を一つ落とすと、世界中の海に波動が広がることが、科学的に証明されたそうです。ジョンは一人で小石を投げ続けていました。私たちも小石族になりましょう。どんなに小さな石でもいい。その波動は広がりますからね。」小さなブログでも、それはあるかも。しこしこ綴った日記をアップする瞬間、私も小石を投げてるってことになるのかな。男もすなる、石投げといふものを、女もしてみむとて、するなり。坊ちゃん ぽちゃんドリームパワーの膨大なエネルギーに圧倒され、しばらくレポを書く気が起きなくなる。清志郎の復活した今年は、特に、さっぱりまとまらず、トホホだった。でも、ここで留まると次に進めないので、凸凹でもアップしちゃうぞな。読みにくくてaisumasen 放送日JCNグループ 2010年1月1日(金) 0:30~ 2:30 1月3日(日) 20:00~22:00BS朝日 1月3日(日) 21:00~22:55
2009年12月20日
Happy Xmas お待たせしました。ジョンレノンスーパーライヴ ドリームパワー 後半のレポートです。(前半はこちら)だいぶ記憶が薄れてるので、微妙に違っているかも…まあ、雰囲気で流して下さい。フィナーレの写真を最後にリンクしてます。行ったつもりでお楽しみ下さいね。サイトがちょっと重いので、お茶でも飲みながら待っててちょもじゃもじゃ頭の 斉藤和義 さん登場。街ですれ違っても気付かない風貌だが、去年、このライブで初めて歌を聴いて以来、気になる存在。ポンキッキーズの 歩いて帰ろう や、オンエア中のアリナミンのCMソングもいい。武道館を満杯にする彼は全国ツアーの最中だが、この命日だけはスケジュールを空けてあるようだ。和訳の Across The Universe に、ジョンがRolling Stonesに提供した I Wanna Be Your ManMちゃん、笑いながら「何?あのおぢさん…」とアリーナ席前方を指差す。そこには、踊り狂うスーツ姿の中年男子。背格好が、以前「英語でしゃべらナイト」に出ていたビーオタの 局アナに劇似。以後、この陽気なダンシング男子もチェックポイントとなる。私の左隣は男女のペア。女子はノリノリ、男子は仏像。せっかく来たんだから楽しめばぁ~ショーン ビデオで登場。いつの間にか生え際が父親そっくりになり、時の流れを感じる。父への想いを歌った Listen のギター弾き語り。あの日、窓の外から夜通し聞こえていたGive Peace a Chance が今も耳に残ると言う。母は抜け殻のようになり、ずっと床に伏したままで、5歳の彼には声がかけられなかったそうだ。来年は参加予定。みんな待ってるよ。きみのパパも毎年来てるからね。続いて、ジョンの一番の魅力は「人間力」だと語る トータス松本 、関西弁で明るく登場。涙の乗車券(Ticket To Ride) に、Stand By Me ジョンのカヴァー選曲のセンスを褒める。宮崎あおい ちゃんが再び現れると空気が澄み切ったよう。Imagine(和訳) を朗読。ヨーコはジョンを風のような人だと言う。彼の好んだ「タオ(道)」~老子の世界が、この詞にはあふれている。きっとジョンの思いは、千の風となり、世界中を吹き渡っているのだろう。去年のクラウス・フォアマン氏の言葉を借りれば「ジョンハココニイマス。」 常連の 奥田民生 さんは ノルウェーの森(Nowegian Wood‘This Bird Has Flown') に続き、Char と Come Together 踊る男子、「One and one and one is three」に合わせ、両手を挙げ、右手の人差し指で「1」、左手で「1」、オバQのように頭上で指3本 Char は奇しくもトータスと同じ選曲。ギターをペパーミントグリーンのリッケンバッカーに持ち替えて 涙の乗車券。 ヘビメタ風なアレンジだ。昔と変わらぬスリムな姿にギンギンのギターソロが、超イケてる。男子、エアギターを熱演。 最後は、去年のライブでも、気絶するほど悩ましく、心奪われた紫のバラの人、吉井和哉 さま ステージは一年ぶりという彼は奥田・Char組の演奏に見とれていたようで、MCはボロボロ。温かい笑いと吉井コールが起こる。 噂通り、ブラックジャックそっくりの髪型。胸のリボンこそないが、天才医師を意識したかのような黒の上下が長い手足に似合い、ピノ子感激。アッチョンプリケ。 今年もラベンダー色の灯りの下で歌うは、スローな Help!「楽屋でジョンを聴きながら、何回生まれ変わっても、ジョンに会えると思った。」4年前のドリームパワーデビューで歌ったという God ジョンへの深い想いが伝わる選曲だ。出演者は皆、ジョンの魂を、理屈(頭)ではなく、ハート(心)で感じ、共鳴している人ばかりだ。勲章を突き返し、ショーンの誕生後の5年間、音楽活動を休み、家庭にこもったジョン。己の内面と向き合い、弱い部分や醜い部分も歌にさらけ出してきた人だからこそ、皆、惹き付けられるのだろう。参加者のオリジナルソングにも、ジョンの息遣いを感じることが多いが、幼い頃父と別れた吉井さんの放つ強烈なジョンパワーには、今年も圧倒された。全員集合の前に、隣の仏像は、ノリノリ姉さんと早くもお帰り。♪私達これから~いい所~なのに、スルーするー?男前で頼もしい夏木マリさん、お馴染み ONOCHORD(オノコード)の説明。このペンライトは、モールス信号にヒントを得たヨーコのアイデア。人と人、人と空、人と宇宙を結ぶ交信ツールだとか。夏に観た 崖の上のポニョ で、主人公の男の子が、父の乗務する船と、ベランダ越しに信号を交わし合うシーンに、オノコードを思った。出演者の殆どが、ジョンのメッセージを書いたTシャツに着替えている。さっきまで後光が差していたあおいちゃんも、歌姫・絢香ちゃんもTシャツ姿で、すっかり周囲に溶け込んでいる。客席とステージ、アリーナと上の席で、「I Love You」の交信。暗い会場が冬の星座のようにキラキラと瞬き、とても綺麗だ。ヨーコ、懐中電灯を手に登場。さすがジョンのパートナー、愛も特大だ。「世界中、暗いことばかりだから、せめてここにいる私達だけでも明るくしましょう。世界を明るく。IMAGINE PEACE!」会場が一体となってHappy Xmas (War Is Over) ~ Power To The People ~Give Peace A Chance を歌う。ヨーコ、出演者の一人一人と笑顔のハグ。ベルが出てきた。ビストロスマップのオーダーで中居君が鳴らす鐘みたいだが、風格を感じる。聞き慣れた音色…それは Double Fantasy 一曲目 Starting Over のイントロで使われたWishing Bellだった。再出発の祈りをこめた希望の音が、皮肉にも弔いの鐘になってしまった。思い出を明るく語り始めたヨーコは、やがて絶句し、嗚咽。世界中からどんなにバッシングを受けても、屈することなく、まっすぐなまなざしで立っていた、あの気丈なヨーコが…。その無念さや辛さを思うと、私は涙を禁じ得なかった。事件の数日後、世界中の大新聞に平和を祈るメッセージを載せる一方、ジョンのいなくなったベッドで泣き暮らしていた彼女。肩を抱くCharも帽子の陰で涙。スクリーンにアップになった吉井さんの頬にも光るものがあった。「ジョンは毎日"I love you"と言ってくれたけど、私は(根は日本人で)シャイだから、あまり返さなかった。もっとたくさん言ってあげれば良かった。(没後発表されたMilk and Honey 収録の)"Let Me Count The Ways"を作った時、ジョンはとても喜んでくれ、(アンサーソングの)"Grow Old With Me"ができた。みんな、好きな人にちゃんと"I love you”と言ってね。その言葉は世界に響き渡るから。」全員で Imagine を歌う。今年のライブでは、ヨーコの意外な一面に触れた思いだ。人前では気を張って弱音を吐かなくても、本当はしんどくて辛い。鉄の女などではなく、芯の通った後輩達に慕われる、器の大きな優しい人だ。 次期大統領にオバマ氏が選出された時、ジョンが生きていたら、どんなに喜び、抱きしめてくれただろうと思うと涙が止まらなかったという。ヨーコ、お疲れさま、そしてありがとう。またたくさんの笑顔が増えるよ。Thank you,thank you,thank you 放送予定 12/29(月) 21:00~23:00 JCNケーブルテレビ 1/ 4 (日) 12:00~14:00 〃 1/ 2 (金) 15:00~16:55 BSテレビ朝日 再出発 比翼の鳥 連理の枝 グラミー賞 フィナーレ 雛鳥
2008年12月25日
10月9日は、コミックオタク・麻生首相とタメの ジョンの誕生日です'75年にヨーコとの間に生まれた息子・ショーンのミドルネームは、奇しくも首相と同じ 太郎 くん。パパの35歳の誕生日に生まれた彼も、今年で33歳になります。今日もHONDAのテレビCMで「チョードイイ」 と言ってますね。親子3人、軽井沢で避暑ってた頃は、「わび」や「さび」や「禅」の世界を肌で理解しようと、シンプルなイラスト付き日本語ノートを作っていたジョン。知的好奇心旺盛な彼に、東洋思想や歌舞伎の約束事などを的確に説明していたヨーコもすごいと思います。今頃、風になったジョンは、息子の真似っこして、「This is チョードイイ」を連発してるかも去年のバースデーソングは こちら ぞなもし こんな記事 やあんな記事 も書いてるので、よろしければお越し下さいましさて、息子が日本のテレビに登場したのなら、パパだって歌っちゃうもんね。てなわけで、今年のお誕生会の歌は、北京オリンピックあたりから docomoのCM でお馴染みになった、'67年のナンバーワンヒットです。世界24ヶ国で4億人が見たという宇宙中継番組 Our World で、イギリス代表として、ロンドンは Abbey Road 前のEMIスタジオからの演奏シーンが放映された曲 All You Need Is Love (愛こそはすべて)時差の関係で、日本は明け方の4時頃だったそうで、そんなことは知る由もない小学生の私は、爆睡でしたあの番組を生で見たとか、家族や知り合いが見たという方、いらっしゃいますか「Live 8」は、うつらうつらしながら見てました。。。エンディングに、数カ国語で「愛こそはすべて」と書かれたサンドイッチマン(お笑いコンビぢゃないよ)達が、スタジオ内を練り歩くのですが、まだ日本語が入ってないあたりにも時代を感じます。ミック・ジャガーも、床の上でバックコーラスしてますね。学生バンドの頃から、歌詞を忘れたり(っていうか、あまり覚える気がなかったみたい)、間違えてごまかすのが得意だったジョンは、生放送に緊張気味に見えるけど、その気持ちを汲んでか、笑顔をふりまき、ジョンとアイコンタクトを取ろうとするポールもいじらしいです 「Love love love」(ドリカムぢゃないよ)で始まる、変拍子のこの曲、ジョンはわずか30分ほどで書き上げたものの、歌いこなすのに2週間かかったとか。たしかに、フォーク全盛期の 吉田拓郎 さんのように、かなり字余りな早口ソングですもんね。「It's easy.」と言われても、歌いにくいぞなもし~ところで、私は、このイントロで、フランス国歌を覚えましたが、そんな方も多いんじゃないかな?「A Hard Day's Night」のワンシーンでは、なぜかハンチング帽をかぶったまま泡風呂に入っていたジョンが、船のおもちゃで遊びながら、旧西ドイツ国歌をハミングしてました。あれはハンブルグ時代に覚えたのでせうか?ストーリー仕立ての詞や甘いラブソングを美しいメロディに乗せて歌うポールに対し、ジョンの歌は、見てくれ(聴いてくれ?)が云々と言うより、心の叫びや、フィーリングをそのまま歌詞に乗せて歌う曲が多いようですね。ストレートなタイトルや生々しい歌詞に、新譜を手にしたリアルタイム派の人達は、どう受け止めたのでしょうか?今日は、そんな人間味あふれるジョンの曲達をお届けします。 Happy Birthday, John & Sean これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛 呼んだ? しんど 眠。 もうやだ お茶目 歌詞忘れ 名言 おまけ
2008年10月09日
MT(まさかの展開)で、3部作となってしまったDream Power レポート、お待たせしました(か?)いよいよ今回が完結編です。暮れの忙しい中、何で書いてるんだ感もありますが、年越ししたくないので行っちゃいます。タイムマシーンを 2007年12月8日午後8時過ぎにセットして下さいねCharaさんが終わり、ジョンのTシャツを着てギターを持った斉藤和義さんにハイタッチ。「日本語だとこんな感じじゃないかなと思った」と和訳で、Jealous Guyを歌う。うん、なんとなくいい感じ。間奏の口笛は、高い音があまり出ない。ジョンは何気なく吹いているけど、キーが高いので難しい。上手だったんだなあ…そういえば、Two of us のエンディングでも軽々と吹いてたっけ。斉藤さん、ほっとしたのか、私達のトホホ席を振り返り、「そっちの席もお値段は一緒なんですか?それはなんだか解せないっすよね」と呼びかける。下々の者、胸を打たれ、オノコードを振り回し、大いに盛り上がるありがとう、斉藤さん、ちょっとジョンっぽい。30°の少数派は、こっちを向いてくれるだけで嬉しいんだお次は Baby,it's youバックコーラスはトリビュートバンドががっちり固める。細かい技術はわからないが、完全コピーにプラスαの余裕がたっぷりあるような印象。音が厚くて、コーラスも何十年も歌いこんでいる感じ。さすが、プロ中のプロだ。舞台の照明が落とされ、次のセッティングが始まる。奥田民夫さんがスタッフに混じっていつの間にか登場していたのだが、あまりにも裏方に溶け込んでいたので、客席の誰も気付かない。「気付かなきゃ~。カリスマ性がなかったね。」との自虐発言に、場内爆笑。奥田さんのSlippin' and slidin'キュートな木村カエラさん登場。なんだ、あの細さは。ツイギーか?(例えが古すぎっ)風邪なのか、少し鼻声。ジョン曰く「ひどい曲」で有名なAnd your bird can singと、私の大好きなIn my lifeを二人でデュエット。この曲、若い頃は何とも思わなかったのに、年を重ねるごとに、シンプルな歌詞という具材と、自分の経験というダシとがからみ合い、深く心にしみ込む。おでんの大根みたいな名作だ。噛めば噛むほど味が出るから、するめでもいイカ。私の席から、前述のアンチョコスクリーンが見える。歌詞の前に「民夫さん」「カエラさん」と記載があり、ハモり指示用のピンクの線まで見える。カラオケの銀恋状態。なんだか楽しい奥田さんの「何か一言」に、カエラさん、「風邪をひかないように」皆さん、どうぞお大事に。次はいよいよ、オープニングからオーラが出まくり、私のハートをストップモーションにした、吉井和哉さん。このライブには3回目の出演とか。なんといきなりHey Bulldog この曲も、ここ数年来、マイベスト5に入るお気に入りソングだ。10代の頃とだいぶ好きな曲が入れ替わり、最近は、やんちゃなロックンローラーで、繊細な詩人でもあったジョンの曲が増えてきた。「か、かっこいい。渋い・・・」なんなんだ、この色気は。私ってば、目がハートじゃあーりませんか2曲目は I'm Losing You 吉井さんをこよなく愛する*IKUKO*さんによると、彼は生育環境がジョンに酷似しており、愛情に飢えた淋しい子供時代を送ったそうだ。そのせいか、身体中から湧き出てくる「Isolation」や「Look at me」の渦や、「I want you」なシグナルはハンパじゃない。ジョンの魂そのものに感じる。(ちなみに彼の誕生日はジョンの前日・10月8日)心の叫びがビンビン伝わってきて、こちらまで胸が張り裂けそうになる。ラベンダー色のジャケットにラベンダー色のライトが、なんだかこっそりペアみたいで嬉しいぞ彼は中3の時、同級生に電話で告白し、「受験で忙しいからムリ!」と一蹴されたそうだ。その時、部屋で聴いて泣いた曲がこれだと紹介。ピアノをバックに、スローテンポのHelp ! が始まる。 20代、30代と、要所要所でこの曲に助けてもらい、その時々で違うメッセージを感じたとか。'80年12月8日に中学生だった彼も、今ではジョンの年を追い越した。ファンからの掛け声は「吉井~(さ~ん)!」名前で呼ばれないあたりはリスペクトされているのだろうか。少し距離があるようにも感じたが、彼に俄然興味が湧き、もっと知りたくなった。場内がまた暗転。四方八方から清志郎コール。まるで、子供を呼ぶ声みたいで微笑ましい。会場のあちこちでオノコードが漁り火のように瞬く。話題の中心、忌野清志郎さん、今度は黒っぽいキルトスーツに白いマフラーで登場だ。彼の言葉を借りると「外見をきれいにするより中味を磨く方が大切だ。それは世界の平和の第一歩なんだよ。」同感だぜ、ベイビー。40年ほど前、新聞の人生相談に「うちの息子は勉強もせず、ギターに夢中で困っています。」という悩みが載った。まるでミミおばさんの口癖「ジョン、ギターでは食べていけないのよ。」とそっくりだ。56歳になった、その息子はMotherを日本語で歌う。「帰ってきました~病気療養中、ヨーコさんから直筆の手紙をもらったんだぜ、ベイビー。ジョンとヨーコのヨーコさんだぜ。"早く良くなって、また一緒にステージに立ちましょう"って。だから戻ってきたぜ、ベイビー。復活しちゃったんだから、またハードなdaysが始まるんだぜ、ベイビー。」曲は A Hard Day's Night、そして日本語版のImagine 歌う間、黒子がぴったりくっつき、華麗なるマントショーが繰り広げられる。(グレ子はいなかった。)ステージに全員集合。クラウス・フォアマン氏「ジョンハ、ココニイマス」の声に、湧く客席。樹木希林さんがオノコードの使い方を丁寧に説明。人と人、人と空、人と宇宙をつなぐコードだとか。舞台と客席間で、「I Love You」の交信。なんだかほっとする。灯火管制が敷かれ、空襲警報のサイレンが鳴り響いていた戦時中、家も防空壕も、夜は暗くて怖かった。当時、小学生だった母は、そう言っていた。闇を静かに照らす光は、明るく暖かい。斉藤和義さんのリードでHappy Xmas(War is Over)をみんなで歌う。いつの間にか、舞台袖の椅子にヨーコさんが座り、オノコードを舞台や客席に向け点滅させながら、ノリノリの笑顔で歌っている。楽しそうな様子を見ているだけで嬉しい。Power to the People、Give Peace a Chanceと続く中、踊りながらステージ中央に登場。白っぽい帽子、黒に銀のラインの入ったニットに黒いパンツ。47歳で突然未亡人になった、細身の彼女の軽やかなステップは、とても74歳に見えない。出演者一同、彼女に敬意を払っているのがわかる。「やっぱし、来て良かった。いいお天気だし、美しい都市・東京。いつまでも平和で美しくあってほしい。日本は世界から見れば片隅の国。(欧米製の世界地図だと右端の小島だもんね。>よしおぢゃないよ。)東京の焼け野原を覚えているので、ここまでにした日本人の念力は凄いと思う。海と空によって、世界はつながっている。念力で世界平和を作ろう。Imagine Peace.」と、眼鏡を下げながら感慨深げに語ると、会場からジョンコールにヨーココール。実にあったかい。フィナーレで出演者が横一列に並び、一人一人ヨーコさんと抱き合う。みんな「ジョンとヨーコのヨーコだぜぃ!」と思っているんだろうな。リスペクトと安堵感が入り交じる、心の通ったハグが続く。最後に希林さんと抱き合った時は、会場から一段と大きな拍手。私も感動で目頭が熱くなった。なんと温かく、居心地のいい空気なんだろう。ジョンはいつもこの人の愛に包まれていたのかな。去年よりさらに温かい気がしたのは、希林さんの功績も大きい。愛と平和に満ちたひとときをありがとう最後にみんなでImagineを歌う。3時間半に及ぶステージが終わり、スクリーンでは、ジョンとヨーコが白亜の館に向かうImagineのビデオが上映される。今、そこにいた女性が、ジョンと寄り添って歩いていた、日本人で世界人のヨーコさんなんだと思うと、なんとも不思議な気持ちだ。客層はビートルズやソロ時代のリアルタイム派が中心かと思いきや、好きなアーティスト目当ての若い世代が多いように感じた。近くの席でも、カップルの女子が「この曲知らない」を連発していた。どんなきっかけでもいい。ジョンの死を知らない世代が、どんどん聴いてくれるようになるのが嬉しい。私だってビートルズの解散は知らなかったのだから。ビートルズにはまって30数年。英語もだんだん理解できるようになり、年を重ねるほどに、ジョンの歌詞の奥深さに気付く。彼の歌は、弱った身体や疲れた心に、じわじわと沁みる。「頑張ろうぜ!」という励ましではなく、痛みや傷にそっと寄り添うような感覚。誰だってしんどい時ってあるよね、と、互いの心の声に耳を澄ませて聴き合うような感覚だ病床でヨーコさんから励ましの手紙が来た清志郎さんや、Lonely Heart な吉井さんから強烈なパワーを感じたのも、彼等がジョンの投げたメッセージをハートのど真ん中でしっかり受け止め、歌に昇華させ、みんなの心へ解き放ったからではないかと思った。みんなありがとう。ジョンのLove and Peace、しっかり届いたからねWar is Over, if you want it. Imagine Peace.最後までお読み頂き、ありがとうございました。これでやっと年が越せます放映予定12/29 (土) 21:00~23:00 JCNグループ 1/1(火) 22:00~23:55 BS朝日 1/3(木) 21:00~23:00 (再)JCNグループ 焼餅男 自画像 親子? 歌 詞
2007年12月29日
2001年に、もしも世界が100人の村だったらという、メールから広がった絵本がベストセラーになりました。世界の人口を100人とすると、70人は字を読めません。80人は標準以下の居住環境に住み、50人は栄養失調に苦しみ、1人が瀕死状態にあります。大学の教育を受けられのは1人、コンピューターを持っているのも1人だけです。屋根のある家に住み、冷蔵庫に食料があり、インターネットができる自分が100人の中の恵まれた1人である幸運に感謝せずにはいられません。字が読めない人達の生活を想像したことがありますか?看板も、交通標識も、パッケージも説明書も読めない。学校もなく、幼い頃から労働を強いられ、誕生日を祝ってもらうこともなく、自分の年すら知らない・・・12月8日に日本武道館で開かれた、ジョンレノン音楽祭Dream Power に行ってきました。今年7回目を迎えたこのチャリティコンサートは、オノヨーコさん(以下敬称略)の提唱で毎年日本で行われています。名誉音楽プロデューサーは、5人目のビートルと言われた、ジョージ・マーティン卿。売上金は、世界の恵まれない子供達に教育の機会を提供するための学校建設に充てられています過去6回で、アジア・アフリカ18ヶ国に65校を建設したそうで、今年は新たに10校が開校したとか。ヨーコは、10回目の2010年までに100校にしたいそうです。ひとりで見る夢はただの夢 みんなで見る夢は現実になるを有言実行する、信念の人です一人一人の力はささやかでも、ジョンの歌をみんなで歌い、夢を共有することで、その夢は更に大きくなり、世界を動かす力にまで高まると信じ、世界中を飛び回っているヨーコは、来年2月で75歳。日本では後期高齢者と呼ばれるお年頃です。でもそんなの関係ねぇと、コンサート後、NYへとんぼ返りしたとか。ジョンが音楽活動を休んで5年間じっくり付き合った息子・ショーンは32歳になりました。彼は、世界中どこに出かけていても、この時期にはダコタに里帰りしてツリーを飾り、ジョンと一緒だった頃のように、家族でクリスマスを祝うので、とても楽しみだから、私も急いで帰らなくちゃ。いろいろ準備もあるしね、ということです。息子がいくつになっても、お母さんはお母さんなんですね私は去年初めてこのライブに参加しました。歌手のCoccoさんが、この基金でできた現地校を訪れ、施設の案内や、子供達と触れあって来た様子をスライドで紹介していました。大歓迎を受け、子供から手作りのお土産をもらったと、のんびりした口調でプレゼントを一つずつ楽しそうに紹介していたのが微笑ましかったです。今年はスネオヘアーの渡辺健二さんと、クリエイティブ・ディレクター箭内道彦さんのユニットThe Sunday Driversが、タイの現地校を訪問し、ジョンの曲に乗せて、道中の映像が流れました。進行役と朗読は、ビートルズの来日公演で前座を務めた内田裕也さんのロックンロールウィドウで、元シブがき隊のモッくんを婿に持つ、樹木希林さん。ステージの希林さんは、包み込むような温かさを持った、とても素敵な方でした。彼女は、ある朝突然、網膜剥離になり、左目の視力を失ったそうです。3年前に癌を患った時より、もう片方の目も見えなくなり、文字が読めなくなることを絶望に思うと言っていました。途中、ステージに白い服を着た小学生ぐらいの可愛い男の子と女の子が登場し、中央の椅子に座ると、希林さんのImagine日本語訳の朗読に続き、アメリカンアクセントで、声を揃えてこの曲を歌いました。希林さんが優しいまなざしで見つめ、自分のことを「バアバ」と呼んでいたので、たぶんお孫さんなのでしょう。男の子は父親の本木雅弘さん似で、女の子も美形でした。二人とも神々しく、とても落ち着いた物腰で、不思議な透明感を持った天使のような子供達でした。きっと愛に満ちた家庭でゆったりと育てられたんだろうなと感じました今回、チケットの予約が出遅れてしまい、私の席は、北西の2階という、去年にはなかった、アウェイ感あふれる席でした客席から見るとステージの左後ろで、ステージに立つ人達の後ろ姿や、ステージ右奥にいる、スタッフや出番を待つ出演者を見下ろす場所。こんなトホホな席がアリーナと同じ料金ってどーよ、と、はじめはガッカリしましたが、視点を変えていい所探しを始めると、たくさん見つかりました背中しか見えないので、横のスクリーンで確認するのですが、出演者(特に奥田民生さん)が気の毒がって、時々振り向いてくれましたローカルシートの住人は、「おらが町にも有名人がやってきた、ヤアヤアヤア」ってな感じで、嬉しさもひとしお。距離的には近いので、顔の配置もよく見えて、ラッキーでしたよ他にも変な席特典はないかと探すと、またもや発見ステージ上にペタペタ貼ってある、アーティストの立ち位置や、楽器の台を置く位置用のカラーテープがよく見えるわ、前方に配置された小型スピーカーと交互に並ぶ、歌手用のアンチョコスクリーンの画面が見えるわと、素敵なことだらけ双眼鏡で覗くと、黒い画面に出てくる文字は、ジョンの歌詞たちハモる曲だと、カラオケのように「民生さん」「カエラさん」と、歌い分ける指示まで見えるので、二倍楽しめました。老眼やマイナーな席も、なかなかどうして捨てたもんじゃありません客席を臨む形なので、ステージに立っているかのように、全体の様子がばっちりよく見えました。例えて言うなら、大晦日のNHKホール、紅白歌合戦の舞台で、客席の赤と白の札を数える日本野鳥の会のメンバーになったような気分でした「とくダネ!」の小倉さんがアリーナ席にいないかチェックしたり、ノリノリで歌っている人や、仏像のように座っている人との温度差の理由を考えたり、みんなの表情を観察するのも面白かったですこのライブでは、ヨーコの発案で、客席にONO CHORD(オノコード)という小さなペンライトが用意されています。フィナーレで、ステージ上の出演者と客席の一人一人がライトを点滅させてI LOVE YOUのメッセージを互いに送り合うパフォーマンスがあります。私の席からは、ステージの袖で、歌に合わせてリズムを取り、曲を口ずさみながら、満面の笑顔で客席に向けライトを点滅させているヨーコの表情がよく見えたのもラッキーでした。客席からはヨーコの姿はまだ見えていないのですから、実にお得です彼女は今年も「ジョンも来てますよ」と言ってましたが、私もそれは感じました。遊びに来たジョンも、「おっ、いいじゃん、いいじゃん」なんて楽しんでいるだろうなと思いました。映画Let it beで、ジョージのI Me Mineに合わせたように、ライトを持ってヨーコの後ろでくるくる回ってるのかも・・なんて想像すると楽しくなりましたアリーナから1・2階の席へ、今度はその逆、と、暗い中で「I LOVE YOU」と言いながらサインを送り合うと、会場は一斉に星のようにきらきらと瞬き、幻想的で温かい空気に包まれます不思議と優しい気持ちになるこのパフォーマンスに、あちこちで「うわ~」「きれ~い」と歓声が上がり、泣き出す人もいるほど感動するのですが、ライブを「見に行く」だけでなく、一人一人が「参加」し、大きな力になることを意識できることに気付かせるヨーコってすごい、と、つくづく思います。ライブを楽しむだけで、学校を建てるお手伝いまでできるなんて、素敵ですよね。ジョンは、ビートルズ解散後、チャリティコンサートにしか参加しなかったそうです。ずいぶん長くなってしまいました。ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。でも、とても一度に書き切れないので、まず今回は雰囲気をおすそ分けということで、アーティストや曲の紹介は、次回にしますね再生マークをクリックすると、少し時間はかかりますが、ジョンのインタビューに続き、曲が流れます「クリスマスに何を願うか」と聞かれたジョンとヨーコは「世界が平和になること。つまり、暴力がなく、飢える子がいないこと。家族が仲睦まじく暮らすこと。乱暴な気持ちになったり、恐がったり、カリカリすることなく、愛があること」と答えています。この曲は、'71年、ベトナム戦争の最中に作られました。コーラスはニューヨークのハーレム教会の子供達。人種や年齢、貧富の差に関わらず、新しい年がみんなにとっていい年となりますように。あなたが望めば、戦いは終わるんだよ、というメッセージソングです。 ジョンの願い 歌 詞 War is over 8/15の日記
2007年12月13日
3連休明けの関東地方はぱっとしないお天気です。ちょっと前までは、東京オリンピックの開会式を記念した10月10日が体育の日だったのに、今年は昨日がその日で、10日は平日です。東京生まれの知人は、ジョンが24歳の誕生日を迎えた翌日'64年10月10日の朝、ブルーインパルスが、空に五輪の輪を描くのを見たそうです。ビートルズがアメリカ上陸で大成功し、グラミー賞の新人賞を受賞したこの年は、デビュー映画「A Hard Day's Night(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)」も、できたてのほやほやでした。ジョン最後の誕生日となった'80年10月9日、ニューヨークの青い空には、オリンピックの時のように、「HAPPY BIRTHDAY JOHN+SEAN・LOVE YOKO」と、飛行機雲で描かれたそうです。仕掛け人は、もちろんヨーコ。父子にとって、最高のプレゼントだったのではないでしょうかプレゼントは、たしかに、貰うのも嬉しいけど、贈る相手を思いながら、選んだり作ったりする時間や、あげた時の反応を見るのも楽しいものです手元に渡るまでの行程や気持ちも含めてのプレゼントじゃないかな、と思います。「喜んでもらえてよかった」という嬉しさ。おそらくヨーコも、ジョンとショーンが、どでかいサプライズプレゼントに喜ぶ顔を想像し、ニコニコしながら飛行機の手配をしたんじゃないかな・・・ジョンの35歳の誕生日に、まるでバースデープレゼントのように生まれたショーンは、今日で32歳になります。ジョンが存命だったら67歳。欽ちゃんの1コ上ですね。同じ1940年生まれには、リンゴの他に、ブルース・リー、ディオンヌ・ワーウィック、トム・ジョーンズ、アル・パチーノ、ジェフリー・アーチャー、星加ルミ子、王貞治、大鵬親方、ウィッキーさん、板東英二、ゼンジー北京、たこ八郎、麻生太郎、鳥越俊太郎、津川雅彦、浅丘ルリ子、中村敦夫、ジェンキンズさんetc.(敬称略)ショーンのタメである'75年組には、タイガー・ウッズ、チェ・ジウ、ベッカム、シューマッハ、アンジェリーナ・ジョリー、ドリュー・バルモア、ケイト・ウィンスレット、谷亮子、川口能活、米倉涼子、波田陽区、神田うの、高橋由伸、上原浩治、山田花子、坂口憲二、aiko、持田香織(ELT)、本上まなみ etc.(ああ、ミーハーが止まらない)第二次大戦中、空襲のサイレンが鳴り響く中、イギリス・リバプールの病院で生まれたジョン。船乗りの父親と初めて会ったのは、なんと5歳の時でしたが、まもなく両親は離婚。父の留守中に、五人姉妹の末っ子だった母・ジュリアは恋人を作り、子育てを放棄。彼は生後まもなく、長姉であるミミ伯母さんとジョージ伯父さん夫妻に引き取られます。伯父さんは温かい人でしたが、ジョンが14歳の頃、急病で亡くなりました。伯母さんはしつけに厳しく、口うるさい人で、彼は頭が上がらなかったようです。プロデビュー後も「ジョン、ギターでは食べていけないのよ」が口癖だったそうですが、息子を持つ母の気持ちとしては、わからなくもないですガキ大将だったジョンは、伯母さんの家にいる間も、母親の新しい家族とたまに会っていたようです。やがて、ユーモアのある音楽好きな母と心情的に相通じるものを感じた彼は、バンジョーの手ほどきを受けたり、レコードを聴いたりするのを楽しみに、ジュリアの元に通うようになりました。ロックンロールの洗礼を受け、通信販売でギターを手に入れ、ポールに出会って曲作りに励んでいた17歳の夏、母は交通事故で亡くなります。享年44歳でした。彼は、母を二度なくしたと言っています。最初は、ミミ伯母さんに預けられた時。二度目は、母が星になってしまった時7歳年上のヨーコは、ジョンにとっては、妻であり、母でもあったのではないか。ジョンは淋しかった子供時代の穴を埋めるかのようにヨーコに甘え、ぴったりくっつき、じゃれあい、他愛もないおしゃべりをし、包み込んでもらっていたんじゃないか・・・私は、出産・育児を通じ、母親の視点からジョンとヨーコをなぞるようになりました。「Let it be」の映画で、二人の世界に閉じこもっていたジョンとヨーコ。ハネムーンの後、一週間もベッドの上でインタビューを受け続け、世界にどんぐりを送ったり、大きな袋の中にすっぽり入り、くすくす笑いあっていた二人。大人の目には、変人達に映ったかもしれないけれど、子供の視線に立てば、感性の合う仲良しカップルが、いろんなアイデアを出し合って、面白がって遊んでいただけの話かも・・・歌詞に母の名と「Ocean Child(洋子)」が出てくる「Julia」に、「Oh Yoko」に「Dear Yoko」・・・どの曲からも、「ママ」「ママ」と、どこまでもくっついてくる幼児のように、寂しがり屋で甘えん坊のジョンの声が聞こえてくるようです。今日の曲は'70年12月にリリースされた、初めてのソロアルバム「John Lennon(ジョンの魂)」から、1曲目の「Mother」です。 歌 詞 J u l i a 思い出の地 行かないで IMAGINE PEACE Oh Yoko 主夫生活 大きくなったね
2007年10月09日
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