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まゆ3281さんコメント新着
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書き初めに何を書こうかと
考えていたところ
二宮尊徳翁の本を読んでいたら目に止まったのが
”一日生涯”
という言葉でした。
何度も読み返している本なのに初めて気づきました。
一日を生涯とすると訳するのか
それとも一日の後にレ点が入って
生涯の一日と訳するほうがよいのか
前者と後者とでは意味のとらえ方が変わるように思うのですが、
国語力の乏しい私には正しい解釈が分かりません。
二宮尊徳翁の子供時代
薪を背負って『大学』を読んでいる姿の銅像が昔の小学校にありましたが、
その『大学』の中には
『 まことに日に新た日々に新たに、また日に新たならんと
とあり、殷の国の湯(とう)という王様が洗面器に自戒のために刻みこんだ
とされています。
意味を調べると、毎日を新たにしていくというのが簡潔な訳であり、
二宮尊徳翁が子供時代に「大学」から”日日新”を学び、
実践を通して一日生涯ということばを紡ぎ出したとしたならば
生涯の一日という方が合っているのかと想像していたところへ
昨年末最後に読了した本
「安岡正篤 光明蔵 を読む」 荒井桂著 致知出版社
の最終章「三省語」
「 夫れ学道は難く光陰は速やかなり
慎んで思うに
今日経籍を探ねて懈怠なかりしや
師友に伴うて歓喜を得しや
世俗に交じって三毒を厭離せしや
外道に逢うて能く摧伏せしや
艱険に処して心に罣礙なかりしや
逍遙して襟懐灑落を得しや
座作言語安詳なりしや
誓って我日に新たに又日々に新たならん
」
その解説の結びには
「 儒・仏の経典に立脚して、難解な名言が縦横に駆使されているが、
声に出して朗誦を繰り返しているうちに、「読書百編、義おのずから
あらわる-----意おのずから通ず」の妙機を実感・体験することができ
よう。
」
『大学』の素読を始めたきっかけは
安岡正篤先生の高弟 伊與田覺先生の講座を受けてからです。
『大学』の素読を100回しなさいとすすめられ、100回(日)素読
してみたけれども意味がまったくわからず1000回(日)までやって
みたものの、それでも分からず、そこで『論語』『孝経』『中庸』など
他の四書五経へと手を広げていたところ、致知出版社藤尾社長から『大
学』の素読を続けなさいと伝言を受け、昨年7月末より再び1000回
(日)を目指して取り組み始めました。
この素読、毎日新たな気持ちにて実践しないと効果がないと気づきました。
今日という日は二度と来ないと分かっていても、
一日を真剣に行ききるとはどんなことなのか分かりかねていましたが、
同じ事の繰り返しだとしても、それを初めて取り組むような新鮮なあり方
にて実践することなのかなと至りました。
ところが、それが簡単ではありません。
今朝の素読も、途中で雑念が湧き起こってしまいました。
今年は”日日新”と書くことに決めました。