2004年10月07日
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テーマ: 中国&台湾(3344)
カテゴリ: 旅行
雲南省で最後の食事は、昆明市の銀座みたいな金碧路に面した「橋香園」という店だった。もうすぐ午後1時なのに大混雑で、店の外のテーブルまで満席だった。案内されたのは店の奥のほうで、先に2人いたお客と相席だった。


橋香園


whさんが手際よく注文してくれて、何が出てくるのだろうと楽しみに待っていると、たくさんの皿が次々に運ばれてくる。それぞれの皿には鶏肉、豚肉、魚の薄切やニラ、チンゲンサイのような野菜が入っている。そして、ひと際大きな皿に盛られて出てきたのは「米線」の麺だった。最後に、端の欠けた大きな丼に入ってグツグツ煮立っているスープがやってくる。

「まず肉を入れて、野菜を入れて、最後に米線を入れます」
whさんが食べ方を教えてくれる。
「これは、『過橋米線』と言います。雲南省の有名な食べ物です」
と、ノートに漢字を書いて説明してくれる。
「『過橋』はこちらの皿からこちらの丼へ橋のように渡るから、そう言います」
なんだか日本の「寄せ鍋」に「うどん」を入れるようなものだ。具がとびっきり上等なので、今まで食べた「米線」の中では一番美味しい。なるほど、それで今朝の食事はラーメンだったのか・・・


過橋米線


tetywestたちのテーブルの一列前に小さな舞台があって、運良く1時からのショーが始まった。竹の笠をかぶって民族衣装風のコスチュームをつけたダンサーが5人民族舞踊を踊るのだ。どの女性もルックスもスタイルも抜群にいい。「民族衣装風」と書いたのは、伝統的な衣装より肌の露出部分が多かったからなのだが、tetywestはこっちの方が嬉しい。


民族舞踊ショー




過橋米線は既に1000余年の歴史があり、雲南省南部の蒙自県が起源と言われている。当地のある書生が南湖にある小島で科挙の試験勉強に励んでいた。妻が食事を作って運ぶのだが、彼がすぐに食べないので、いつも冷めてしまう。ある時、妻が鶏のスープの壺を触ると熱い。中を見ると、上に油の熱い層があり、熱気を封じ込めていた。妻はこれにヒントを得、この後、夫に運ぶ麺のスープに鶏油を貼るようになり、夫に熱い麺を食べさせることができるようになった。
妻は彼のために毎日食事を作って送り届け、その書生はついに試験に合格して状元となった。妻が毎日食事を送り届けるのに小さな橋を渡らなければならなかったため、書生はそれを『過橋米線』と呼び、その時から言い伝えられてきたとのこと。

ちなみに米線の作り方は、うるち米を水に浸して発酵させ、挽いてしとぎにします。これを濾したものを蒸して、小さな穴がたくさんあいた板を通して、ところてんのように押し出して、うどん状にします。これをさらに冷水にさらしてできあがり。

なのだそうだ。






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最終更新日  2004年10月07日 12時31分07秒
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