有毒飛沫

有毒飛沫

February 2, 2005
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通勤の時に読む本を探して本屋の棚を見ているときに、宮城谷昌光さんの本があった。以前に「晏子」を読んで面白かった記憶があったので、厚さも適度にある二冊組の「子産」を買った。読み始めたら、これが面白い。面白いので途中で中断して、宮城谷さんの他の本を読んでみることにした。

さいわい駅の小さな本屋でも宮城谷さんの本は選べるほど置いてあり、「夏姫春秋」を手に取った。これも幸いなことに面白かった、が。

不思議なことに、面白かったのはもっぱら主人公の夏姫が出ている部分ではなく、周囲の、あるいは同時代の人間たちが活躍する部分であった。実際、全体を見ても夏姫の出てくる部分は意外なほど少ない。

実際はこの話は、春秋戦国という時代が主役であり、夏姫自身はその時代をピンナップするために用いられたピンのような存在なのかもしれない。そうすることで、時代の雰囲気を表す切り口を、通常と違う視点で書くための支点の一つとして。

夏姫を取り巻く男たちは、その人間性までがくっきりと書き出され、魅力的に見える。それに引きかえ、夏姫自身はまるで周りの人間たちに引きずり回される人形のように感じられる。

とにかく、夏姫の感情は浅くしか語られない。最愛の兄との別離や、夫との別離の時に、夏姫の感情はほとんど語られない。夏姫には人間的な情というものがほとんどないようにすら思えてしまう。肉欲も愛情も、夏姫にはほとんど意味を持っていないようである。

当初は人形のようだった夏姫が途中から保身のために生臭いことを考えたり、生きながら得るために色々な行為をするというところが首尾一貫しておらず、作者自身が夏姫を捉え切れていない感じがする。どれもまったく別のステレオタイプで描かれており、同一の人物とは思えないのである。どうもその時々の異なる夏姫像は、回りの人間を浮き彫りにするための背景、または点景のような扱われ方をしているようである。

そして作者は最終的に夏姫を一人の人間として書くことを放棄し、夏姫を神の意志のひとつの顕現としてしまう。私にはここが不満である。夏姫をひとつの意思を持った人間として捉えた上で、夏姫を表現することは十分可能だったと思えるのだ。

夏姫の扱いには不満はあるものの、登場する人物たちはそれぞれ魅力的に描かれている。宮城谷作品には、またその人物たちが別の形で活躍しているものも多い。その再会を楽しみに、また宮城谷さんの作品を読んでいくことになりそうである。





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Last updated  February 5, 2005 11:23:28 PM
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