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お母さん、大丈夫です! なんともありませんから!! ・・・ なんでもないなら、 どうして、そんなに慌ててベッドの周りのカーテンを閉めるの? なんで、お医者さんが3人も その閉ざされた空間に入っていくの? なんでもないわけないじゃん。 そう、松峰、 病院のベッドの上で、心臓がとまり、 一度、死にかけてしまいました。 いや、むしろ一度死にました。 確か1歳未満のときだったのかな。 幼い頃、病弱だった松峰は、 このとき、小児喘息かなんかで入院してたんです。 今でも注射のとき針がHITしづらいほど血管は細いのですが、 赤ちゃんの頃なんて、もっと血管は細いわけです。 どうやら、看護婦さん、 点滴の針を血管にHITさせることができず、 何度も何度も針を腕に刺すわけです。 その腕は、見るに耐えれません。 赤ん坊なもので、泣きわめき、じっとしていられないので、 あちら側も考え、僕の四肢に砂袋を置き、 ベッドに固定し、何度も何度も、 針を刺すわけです。 たぶんこの時はもう、 看護婦さんからお医者さんにチェンジしてます。 なのになかなか血管にHITしない。。。 おぎゃあ~ おぎゃあ~~!!と オレ、泣きわめきまくり。 泣き止むはずもありません。 が、しかし 次の瞬間、 ピタッと 泣き声が止まってしまったじゃないですか そうしたら、お医者様方が慌て、 ベッドの周りのカーテンを閉めてしまい、 両親はその場に入れてもらえず、 さらに、他の医師が駆け寄り、 閉ざされたカーテンの中へ。 そして、 ドスッ ドスッ という心臓マッサージの音が!! お医者さんの言う、 なんともありませんから! という言葉、 そんなのウソッパチじゃん。 まあ、ということで、 松峰、一度死んだ身です。 もしあの時、 再び心臓が動かなかったら・・ そう、 僕はこの日記も書いていないし この世に存在すらしていません それを思うと・・ 生きていれば なんだってやれるやん と思うのです。 そう、一度死んだ身だと思えば、 やりたいことが、失敗しようが、成功しようが、 やりたいことは、やろうと思うわけです。 失敗が怖くて安定を求めようとはしないです。 人間は弱いので、既存の安定例を求めようとしてしまいます。 でも、安定は自分で作り出し、コントロールすればいいです。 安定例に当てはめるだけの人生なんてつまらないです。 もしあの時、死んでいたとしたら、 失敗の不安を感じたり、 物事に挑戦することすらできなかったのだな、 と思うことがあります。 「生きている」ということは、 習慣化されすぎて、 なんでもないようなことと思いがちというか、 「生きている」ことを、 普段、意識するということがほとんどないですが、 「生きている」ってことは 実は、結構すごいことなのです。 生きているからこそ、 悩んだり、苦しんだりもします。 でも、それらは、 自分に原因がある場合が多いです。 自分が怠けたための結果であったり、 勇気がなく躊躇し、時期がずれてしまったりと・・ 自分の弱さからきているものであるのに、 そこで開き直ったり、他人のせいにしたりしてしまいがちです。 そんなことで、悶々したり、 言い訳を考えている時間があるなら、 自分のやりたいことをやっていたほうがいいです。 悩みを他人のせいにするなんて、 わがままもいいとこです。 自分の人生は、自分でコントロールしなきゃダメです。 自分の人生は、他人の人生ではないのです。 なりたい自分になればいい。 ただそれだけです。 というように、自分自身によく説教をします。 ときたま、自分を見失ってしまうので。 3年前、 New York から帰国した僕を迎えたのは、 あの、9.11 のニュースでした・・・ 唖然としました。 3日くらい前までは、 僕はあの近くを普通に歩いていたのですから。 涙が頬を伝いました。 生きていることに感謝をしました。 どんなこともできる気がしました。 そう、自分の意識しだいで。 自分の弱い気持ちになんか負けてられませんね。 松峰
2004年11月14日
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「先生!どうして僕は暗算ができないんですかね?」「想像力が足りないんじゃないの」ガーン・・・ショック・・そんな言葉を、そろばんに通っていたころ、そこの先生に言われました。凹みました・・まったく暗算ができないわけではないのです。頭ではある程度、暗算はできます。学校じゃあ、周りの子と比べれば、普通の暗算は早いほうです。 できるほうです。そう、普通の暗算は。できないのは、あれですよ。そろばん経験者が、何も置いていない机の上で、あたかもそこにそろばんが置いてあるかのように、指で弾きながら計算をしている、あれ。 あんなの無理ですって。特に、数字が読み上げられたのを暗算するのなんて、不可能です。頭から煙が出ます。ねがいましては~ ○○○○円な~り、○○○○○円な~り・・・ってやつね。こんなんでも僕は、一応、珠算一級ですw段位の試験は何度も落ちたのであきらめました。閑話休題、ここまで読んで、なんで題名が「再入院」なんだよ!とキレられそうなので、そろそろ本題に。暗算ができず、先生に想像力が足りないと言われ、若干凹みながら、なぜなのだろかと考えていたとき、あることを思い出したのです。そう、再入院の話を・・・小さいころ、病弱だった僕は、けっこう入院をしていたそうで・・・このときは、気管支炎かなんかで、入院していたらしい。2歳くらいのときだ。退院の日、まだよちよち歩きの僕は、病院の廊下をひとりで歩いていたんです。(たぶんひとりで)退院なので、はしゃいでいたのでしょうか(そんなわけないか・・ 2歳だし)きっと、幸せそうに歩いていました。しかし、次の瞬間・・・ドスッという鈍い音が・・気が付くと、なぜかまた病室のベッドの上に・・・嗚呼、また入院ですか。廊下を歩いていた僕は、不注意な看護婦さんに、患者さんの食事を運ぶカートで、そう、あのデッカイ銀色のカートで、弾き飛ばされ、頭を打ったのでした。病院内交通事故w診断結果、前頭葉萎縮。あはは、だから想像力がないのねー☆と、凹んだこともありましたが、小さいころは、脳の一部に異常が起きても、他の脳がその役割を補うから、なんら問題はないはずなんですよね。だから、例の暗算ができないのは、僕のただの努力不足だったんですかね。でも、いまだに前頭葉のことに関しては、ちょっぴり気になったりします。
2004年10月19日
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そろそろ準備をして出発しなきゃな。今日、これから実家に帰ります。そう仙台に。よくわかりましたね☆さすが松峰ファンですね♪(ごめんなさい、調子に乗りました)今回は、会う人が多いのです。話すこともたくさんあります。だから、少し長めに滞在するつもりです。今回の帰仙は、自分らしく生きていくためのある意味、新たなスタートでもあります。そう、将来のことについて話をしてくるのです。とても大切なことなので、重たそうの思われがちですが、僕は楽しみだったりもしています。最近は自分に正直に生きれていて、生きやすいです。自分らしくいられます。思いっきり、そう、今までオリに閉じ込められていた鳥が、開放されて、オリを気にせず、思いっきり翼を広げられるような感じです。束縛は何事においてもきついです。創造を萎縮させてしまいます。楽しさを奪ってします。あからさまな束縛もいやですが、束縛と思わせないような束縛をかけてこられるのはもっと嫌です。そして皮肉にも、そのような束縛をかけてくる人は、とても身近な人だったりするのです。夢が見つかって、それに向かっていこうとするとき、そのようなときに必ずといっていいほど、それに反対する人たちが出てきます。それが上にも書いたような身近な人だったりするのです。そして夢を盗んでいってしまうのです。小さな夢の芽すら、摘んでいってしまいます。反対してくれる人は、自分のことを心配してくれているので、嬉しくもあります。しかし、自分の夢は自分自身のものです。本気で心配してくれて、反対や束縛をかけてくる人たちは、いい友達です。僕もだから大切にしています。そのような人は良いのです。僕が嫌なのは、ただ利用するためだけに、自分の利益のためだけに、そのように束縛をかけてくるような人たちです。それだけは許せはしないわけですよ。そんなに酷い人は滅多にいないし、いたとしても、そのような人にあまり引っかかりませんが昔、そのような不快な思いをしたので、書いてみました。最低限のルールはなきゃだめですが、束縛がありすぎると、ホント、生きづらいです。なので、束縛を自分でほどいて、自分らしい世界に飛び出さなければなと思います。束縛でがんじがらめにされたところを出たところに、とても素敵な、キラキラとした世界がきっと待っています。たくさんつらいことがあるかもしれないけれど、その世界を信じて、絡められた束縛をほどいていこうと思う。
2004年10月18日
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「なにやってんだよー、カラになってからだってば」幼稚園のころの話です☆僕の通っていた幼稚園のお昼は、水曜日以外はお弁当で、水曜日はパンが出ました(うん、確か水曜日だったはず)それと毎日、牛乳屋さんが来て、ビン牛乳が届けられます。幼稚園生はビン牛乳を一本飲みきれないので、そのビン牛乳を半分こにします☆僕ら園児はマイカップを持って、牛乳当番さんの前に並び、ひとりひとり牛乳をもらいます。牛乳当番さんももちろん園児なので、牛乳をうまく半分ずつ入れることができず、コップに入れる技術的にもうまくないので、園児によっての牛乳の量は違いすぎで、牛乳当番が牛乳を入れてくれる所は、いつも床がデロデロに牛乳浸しでした。事件が起きたこの日も、いつものように牛乳をもらい、自分の席に戻り、「いただきます」を待っていました。この日はいつもより牛乳を多く入れてもらえて、相当にルンルンでした☆当時、松峰はとてつもなく牛乳が大好きだったのです。待ちに待った「いただきます」声がかかると、一気に牛乳を飲み干します。お弁当を食べながら牛乳を飲むことなど考えてません。大好きな牛乳をいつもより多く飲めて、松峰はもう上機嫌☆ルルルン気分ですよ♪幼いころからロマンチストな松峰ですが、この日は空いたコップを貝に例え、それを耳に当てて、「海の音が聞こえるよぅ」なんてことをやってました。(確かに「ゴーーーーッ」という音は聞こえますよね)気分がよいので、「このことを誰かに教えてあげよう!」と思い、隣の席だったブッシュに、(ブッシュはあだ名ね☆)「コップをこうすると海の音が聞こえるんだぜっ」と、カラのコップで仕草をやってみせながら、教えました。スゲーことを聞いたと はしゃぐブッシュは、「マジで!!」と言って、すばやく自分のコップを、そう、まだ牛乳の入っているコップを耳に当てたのです・・あとはご想像にお任せます☆牛乳当番の配置場以上に大変なことに・・そんな牛乳もしたたるいい男、ブッシュもどうやら結婚をするんだか、したんだか、地元に帰ると、そんな噂を聞きます。あぁ、僕らも大人になったんだね。幸せな家庭を築いてください☆
2004年10月17日
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松峰という名前は、昨年末、小学生のころから今もずっとお世話になっている書道の先生からいただきました。松峰の「松」は日本三景の松島の「松」そう、僕は宮城県出身なので。そして、「峰」ですが、僕の先生の名前から一字いただきました。先生は「清峰」といいます。その「峰」です。尊敬する先生の名前から一字いただいたのです。こんなにもうれしいことはありません。これからも書に勤しんでいきたいと思います。何度も書くようですが(w僕、書家なんですよ。そうそう、そうなんですよ。普段は書道家、気分で書家。それではまた。松峰でした。
2004年10月11日
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僕はけっこう嫉妬深いのだろうなと思います。相手の過去をとても気にしてしまいます。すべてを知りたくなってしまいます。みなさんはどうでしょうか。でも、最近は思うのです。べつにどんな過去があってもいいやんけ、と。どんな人にも過去はあって、そして、今のその人ができあがっていて、そしてそんなその人のことが好きなのだから。その人の過去が、今のその人を作っているのだから。僕だってそうなのだから。すべてを愛して、やわらかくあたたかく君を包もう。
2004年10月10日
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君はきっと早死にするよ。なるほど、僕は早死にするそうです。って、嫌だよ!長生きさせてよ。昔、ゼミの先生にいわれました。君はきっと早死にするよって。先生に嫌われているわけじゃありません。むしろ、僕は先生のお気にです、きっと。いや、たぶん(笑)どうだろう・・・ まあ、いいや。 でもホント☆僕が早死にするという理由、それは、賢いからだそうです。賢い人は早死にするんだって☆てか、おいっ!!賢いからって早死にさせられては困りますよ、先生!あ~、早死に早死にって書いてたら、ほんとにしそうで怖くなってきたわ。閑話休題。そんなこんなで、今日はそんな先生と飲んで来ました☆サシではなく、ゼミでだったのですが。とにかく久々にこうやって話をするので、おおいに語って来ました!と言いたいところですが、実は、僕も先生も口下手☆それでもいいんです。語ってきました。 これからについて。周りの教授にあまり好かれていないという噂の教授ですが、僕は先生が大好きです。とても熱い先生ですが、言うことはけっこうファジー☆でも、すごく気持ちで伝わります。ファジーだろうが、なんだろうがそんな先生が僕は大好きです。今のゼミに入ったとき、先生が、好きなことなんでもしていいよ、というので、本当に好きなようにやってきました。好きなようにやりすぎて、あまり学校行かずすみません。でも、たくさんのことを学んできましたよ、先生。ありがとう。先生、俺 ビッグな人間になるわ。見ててね。でも、早死にはしないよ。
2004年10月04日
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空にはすごいパワーがあると思う。じゃなきゃ、あんなにも偉大じゃない。なんで、空はずっと見つめていても飽きないのだろう。どうして、空を見つめていると、いろんなことを思い起こせるのだろう。幸せになるのだろう。気持ちをすべてゆだねられるのだろう。小さいころのように地面に寝っ転がって空を見つめたいな。雲を何かにたとえて笑いあいたいな。朝焼けも、夕焼けも、青空も、星空も。いつまで見ていても空は飽きることはない。空は僕らにたくさんのものを与えてくれる。空を見つめることは、必要なことだ。でも、なかなかそんなにたくさん時間をとることもできなくて。他で無駄な時間をたくさん過ごしてしまっているのに。。。今度、空をただぼーっと見れる時間を作ろうと思った。手帳に書き込んでおこう。空を眺める時間、と。とても楽しみだ☆
2004年10月03日
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地元に帰ると、懐かしく且つ新鮮な感覚をおぼえ、よい気分転換になります。本来の自分を思い出すきっかけにもなりますね♪ちょろっと話を変えよか。つぶやきます。人間は環境で思考が変わり、そして行動が変わります。なので、ボクがつらいときは、ちょっと頑張って自分の環境を変えようとしています。口で言うほど簡単にはできない事なのだけれど。そうね、何かに例えてみよう。例えば、サルを捕まえる道具。これって、オリの向こう側に、そのスキマよりも少し大きめな透明なボールがあって、中にナッツを詰めてあるの。サルは喜んでそのボールをつかみ、自分のほうに取り寄せようとするの。でも、ボールが大きくて隙間からはずれない。サルはナッツがほしいから、どうにか取ろうともがく。そんなこんなでもがいているところを、人間がうしろからアミで捕まえてゲームオーバー。ここで出てくるナッツ入りのボールが今の環境。サルは、ナッツ入りボールを放して他のところに行けば、ゲームオーバーにはならなかったのに。人も今の環境を、手放して旅立てば、新たな世界が待っているのに。でも、それがなかなかできないんですよね。今が満足いかない立場・環境だろうと。変化の方が怖かったりするから。みんな自分がかわいいの。自分もそうです。ひとは、安定を好み、乱れることを嫌うしね。環境を変えるということは、安定していたところから抜け出さなければならないこと。だから、今いる自分の環境からは、なかなか抜け出そうとしない。だって、怖いですもん。もしも今の環境を捨てて、失敗したら。。財産を失ったら。。愛を失ったら。。何もかも。。。。でも、環境を変えなければ今のまま。残念。頭で考えるだけだったら、誰だって夢は見れます。でも、それは夢のままです。環境にはすごい影響力があります。プラスにもマイナスにも。絶対値での値が大きすぎます。やっぱ、安定は好き。でも、動き出さなきゃね。ガンバロ。
2004年09月22日
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別れはつらいです。でも、つらくない別れの恋愛は嫌です。本気で恋愛ができた分、別れはつらいけれど、それは本気で恋愛できた証拠でもあるのだな、と思います。事実は1つだけれど考え方は2つ、もしくは2つ以上あります。つらいとき、僕はいつもそう考えて答えを探してみます。別れの言葉、実はそれは相手からの何かのメッセージかもしれない。恋をすると、好きな人のために自分のすべてを変えたいと思うことがあります。でも、僕は相手にそれを-僕色に変わってくれることを-完全には望んでいないし、相手だって僕に自分らしくいてほしいと思っているだろう。お互いそこに惚れたのだろうから。きっと夢を追っていてほしいのだろうと思う。夢を失うと輝きが薄れ、なくなってしまいます。そんなのは嫌で、やっぱりお互いに輝いていたい。だから、お互いに夢の方向を見つめていたい。星の王子様のようだけれど恋愛は向き合うじゃなくお互いに同じ方向を見つめることなのだなとつくづく思います。
2004年09月21日
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きみという雲を大事に大事に集めて抱きしめたけれどきみは雨となって僕のそばから落ちて離れていってしまったね。君の新しい旅またどこかで出会うかもしれないけれどそのときまで さようならありがとう
2004年08月23日
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