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百ちゃんを読了したが・・・うぅん。大丈夫かな・・・(汗) 分かり易すぎると、ハッピーすぎると、時々、有難くなくなるのはなんでだろう?"Tell all the truth but tell it slant."Emily Dickinson の言葉。真実は、そのままでは「当たり前」過ぎて、空気のようだから。言葉ではみんな知っているから。だから、ちょっとひねらないと、「意識」されない・・・:んじゃないかな~でも、また新たに、この作品の良さを引き出しましょう。うんしょ、うんしょと考えて。ZARDの坂井泉水さん、美しいな・・・今宵のミュージックは突然。私も自分らしく精一杯生きよう。:あの青い空のように いつまでもそばにいる
2008.10.30
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ちっちゃなことなのに、いつまでも心の中でこねくり回して、その周りをぐるぐる回っていたな。THE SECRET SITSWe dance round in a ring and suppose,But the Secret sits in the middle and knows. Robert Frost の詩だそうだ。ターシャがやっていたのも、これと似ている。たぶん、あれだ―どんなに通信技術が発達したとしても、それは手段に過ぎない。それは決して、人と人が「つながる」ことそれ自体を保証はしない。どんなに待っても何も返ってこないこともあるし、それでつながりが切れてしまうことだってある。案外、人間は面倒くさがりだ。その上、時々、疑い深い。ターシャもそうだ。最後は、人を信じることができなければ、つながらない。こっちが見限ったら、それで切れてしまう。こっちの心次第。昔、mentor's guidance の中でよく分からないことがあった。それは、こちらが相手を思っていれば、それが友情なのだ、という内容だった。それはあまりに辛いと思った。お互いに認め合い、思い合っていなければ、友情じゃないだろうと。でも今は、mentor の仰ることがどういうことか、少し分かった気がする。うまくいえないけれど、相手をまるごと包んであげられるような自分になればいい。たとえ現在の反応が、自分の期待にそぐわなかったとしても。自分の知っている相手が、本当は温かさと優しさを持っていることも知っているのだから。信じるのは、相手の人間性。本当に、人間には、美しさも醜さも、強さも弱さも、色々な面があるけれども、最後は、「誠実性」には勝てないのだと思った。そのことを、mentor ご夫妻が見せて下さるし、私の両親や、懸命に奮闘している友達が見せてくれる。色々な生き方があるならば、私もこの道を歩みたい。
2008.10.28
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あと1ヶ月と半月で、26歳になる。mama がpapa と結婚した年齢だ。:ゲロゲロドドンパーーーーッい、いけない。奇声を発してしまった。時の流れの早さに驚く。25歳の誕生日のとき妹と弟からもらったお祝いメールを、前のブログに書いた記憶はまだあるのに。あせらない。この時期になると、周囲の同年代が結婚や出産やエトセトラで変化を迎えているけれど・・・そして、まだ迎えていない、やはり周囲の同年代が機会のないことを危惧しているけれど・・・あせって策に走らない。キョロちゃんみたいにキョロキョロしない。自分を律して努力して、薄紙を剥ぐようにして、自立した強い自分を作った分しか、幸福もない。mama は、当時何も持っていなかった papa の「勇気」をかって選んだそうな。あと、daimoku をよくあげること。:mama、すっげーー!!!!私は、その人自身を見るんじゃなくて、「タイトル」に付された価値で人を選ぶのが大嫌いだ。mama は、いわゆる「安全」を選ばなかった。でも、本当の「軌道」が何かよく知っていたんだね。だから、my family は木が少しずつ、でも確実に大きく成長するように、幸せだ。みんな、それぞれの道で自分らしく頑張っている。私は今はまだ、みんなの羽にぶら下がっているけれど・・・すみません。はやく、ナウシカのように自分で飛ぶ羽を持ちたい・・・ 今日から倉田百三を始めました。今、ピアニスト Yundi Li のショパンを聴いている。クラシック大好きな Pagasa が教えてくれた名前だ。美しい・・・ 今宵もぐっすり眠れるように・・・
2008.10.27
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今夜、日本の友達とスカイプで話した。ターシャの数少ない、大切な親友の1人。実は彼女の様子を、去年からずっと心配していた。悩んでいた。ずっと暗いトンネルを歩いている感じだと言っていた。私は、彼女が元気であれば、本当はもうそれで十分なんだ。幸せで笑顔でいられるなら、どこで何をしていたっていい。本当に心が落ち込んでいると、「座る」こともできない。本当はそばで一緒に座ってあげたいけれど、それが出来ないから、彼女がそちらの方向に向かえるように祈りをおくる。「人の心が分かる」ということ。本当に、ただその能力がほしい。一番ほしい。「苦労した分しか、人の心は分からない。頑張ろうね」新聞で読んだ言葉が思い浮かぶ。「苦に徹すれば珠と成る」―か。
2008.10.26
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80%の状態をひとまず完成と呼ぶのなら・・・昨夜、Toson先生の章の下書き原稿、完成・・・:したポ~~~!書きながら、ゴールに近づいていると分かった瞬間のほうが、解放感があったな(笑)ゴールについてみたら、まだそれが最終じゃないと分かるからかな。:さあ、次よ、次。次は、百さんです。お世話になりますポ。1日のうち、午前と午後は新しい作家に。夜は、仕上げた下書き原稿のタイピングと英訳に費やそうと思う。今日は、またいつ行けるか不明な、新聞切り抜きのバイトに行こうかと思ったのだけど、なんと、目覚めたのが10時半だった・・・なんだか、思ったより体がだるかった。迷った末、延期。:明日にしましょ。天気も曇りで、いつ雨が降るか分からないし。夏の真っ青な大空のように、晴れやかですがすがしくないと、外まで出る気分にならないなり。今日はちょっとゆっくり、chanting day にします。それから久々にキャンパス内をウォーキングしよっかな。昨日の日記で、書こうと思って忘れていたポイントがあった・・・:あ、別にいいって?えっとですね。結局、何になるかより、何をするか、なんだな。「はじめにタイトルありき」でなくて、「行動ありき」なんだな。行動がその人なんだな、と。あるいは、その人の振る舞い、言動、していることが、その人が何であるかを本当に物語るんだな、と。タイトル(肩書き)と内実がずれている人間はたくさんいるし。もちろん、タイトルがなければ、自分の思い描くような仕事ができないということは当然ある。その意味で、タイトルの取得にまずは専念することも必要だ。そうでなければいけない時もあると思う。でも、その人が本当に何であるかは、何をしているか、何をするかで決まるのだと思う。タイトルを取得したら、その「何か」にゴールするのではない。続けなければ、そして向上しなければ、何かじゃない。たとえば、先の日記にあった絵描きさんのお話:美大に合格してそこを卒業したら画家になれるのではなく、描き続けることこそに、画家の内実があるように・・・そして、人は何にでもなれるけれど、幾つものタイトルをもてるかもしれないけれど、「何をするか」は、根本のところ、何になっても変わらない。その人の一念が、すべての言動・振る舞い・生活に浸透するから。そして結局は、何をしたかが人生の総決算なら・・・本当の充実感と幸福感はタイトルそれ自体で絶対に決まらないのなら・・・ボサツ行を行じながら、何かになるための努力をしていくこと。あるいは、今「何か」になっている自分で、ボサツ行を行じていくこと。papa が言っていた。:ニジョウはね、自分たちだけが救われようとは思っていないんだよ。彼らは、まず自分自身の修行を完成してから、人々を救おうと思ったんだ。でもね、そうすると、それだけで人生終わっちゃうんだよ。ターシャだったら、今この論文を通してボサツ行を行じ、そして、自分の周りの人々、友達、後輩のために祈り、見守り、必要なときは手を差し伸べられるように。ん? とすると、はじめに「一念ありき」なのかな。心こそ大切、というのは、そういうことなのかな。
2008.10.26
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日本のどこか。場所も知らない。名前も分からない。ただ、絵が大好きで、画家になる夢をもって、美大受験に挑戦しては何年も浪人している女性のお話。消え入りたいほど悩み続けている。悩み過ぎて、精神的に弱ってしまったほどに。「こんな自分でも、画家になっていいのでしょうか」という彼女の悩みに、その道に生きる多くの人たちがコメントやアドバイスを寄せていた。現実的な、具体的なアドバイスや、少し厳しい意見、いろいろあった。その中で、およそ10年、画廊で働いていたという、とある方が以下のようなコメントを寄せていた。・・・画家志望の美大生や、売り出し中の若手人気画家、そして全盛期を過ぎたベテランの方、絵が売れずに苦労しながら奮闘する人まで、様々な絵描きさんと交際しました。今も続いています。私がお付き合いした画家の中で本当に素晴らしい絵を描いていたのは自分の絵に常に疑問を持ち、自己の内面に問いかけつつ描いている人です。一定の才能に恵まれ、天命のように、つまり成るべくしてなったような画家の作品はなるほど技術的にも内容的にも優れていましたが、どこかに一本、軸が通っていないような物足りなさを感じました。貴方は今のその貴重な、迷いと疑問を、これからも維持するべきです。完成してはいけません。解決してはいけません。老成はもっといけません。悩みつつ、苦しんで制作してほしいのです。問題は大学教育の有無ではありません。勉強すべき場所はどこにでもあります。 出典は、発言小町ほとんどのコメントは、そんなに浪人していたら私大であっても、もう合格の見込みは少ない(彼女は私大はけって国立を目指していた)、自分で個展を開いて直接、世に作品を問え、というもの、あるいは、絵を描かずにいられるか? 描かずに生活できるなら画家になる見込みはない、大学を出たかどうかではなくて、絵を描き続ける人が画家だ・・・というものだった。いずれも正当な意見だと思った。でも、悩んでいる貴方でいいのだ、その悩みを大切にしなさいと言っている人は、この人しかいなかった。根本に、絵描きと絵に対する愛情があった。完成してはいけない、解決してはいけない、老成はもっといけない―なんだか、ぐっときた。自分に言われたような気持ちがした・・・今、「え?」って思いましたね? えへへ。学問においても、ソシキにおいても、自分より経験を積んだ先輩の話を聞くと、信頼している分、その方たちの物の見方が、自分自身の受けた率直な見方を圧倒することがある。彼らの意見は正しいのだが、でも、どうしても、切り捨てている部分もあるのだ。でも、先輩方は正しいと信じているから、その見方を疑いもしない。分かったふりをする。こんなものだと。これはこうだと。自分の中の「本当にそうなのかな?それでいいのかな?」という疑問の芽を、そのとき摘んでしまっている・・・いつか小さな個展をまわってみたいな。そして、無名の絵描きであっても、自分の感性に響く素敵な絵であったら、1枚でも購入できるようになりたいな。
2008.10.24
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70%、80%できれば、上出来!!:そう、じょうできなのよぉ。そう考えて、シャッシャカ、シャッシャカ、すぅすめぇるぞおぉぉおおおおおおお!!そして温泉にいくぞお~ぉお!!:にゃーーーーーー温泉、大好きなのです。フィリピンではずっと水シャワーだからね(暑いからいいんだけど)papa, mama とスカイプしたトゥナイト。papa にはグチりまくってしまった。ごめんね、パピー・・・ :なんかね、気持ち的に疲れていると、とことん寝れるんだね。私、ここ最近、先週末から今週のはじめ、本当に寝てしまったんだよ・・・:いや、寝れるのはまだ軽いほうなんだよ。生命力がないと眠れないんだから。眠れなくなったらやばいんだよ。:あ、そうなのかぁ。私は、本当は、いや、本当に、かる~い人間なり。空に浮かぶ雲のように。hehe.その後、ゼッタイタヌキ、じゃない、ゼッタイタリキを説くシンランの教えは果たしてブッキョウなのかという話題に。この教えはインガオウホウの否定であるから。papa、いつもターシャのために勉強してくれる。なんて有難いお父様なんでしょうか。(涙)なんでこんな話題かというと、論文で扱う作品に、倉田百三の「出家とその弟子」があるので。今、論文で扱う作家を1人、減らそうか考え中。でも、先生方が許して下さるかしら・・・汗誰? 志賀さんの暗夜行路を・・・誰もこれも大作家で、大変だぞよぉおおお。今年もあと2ヶ月。まだあわてる時間じゃない。(SLAM DUNK 仙道さんの言葉)いや。そろそろ。:そろそろぉおおおぁあああーーともかく、彼は一番最後に回して、今の藤村先生が終わったら、漱石先生ではなく、短編に入ろう。ももちゃんと龍ちゃんと賢ちゃん。はぁ・・・じゃない、はっひふっへほぉーーーー!:やばい。ちょっとおかしい。ばい菌マンに感染したようである。すみません。今宵はおバカ日記でござる。:研究は、ちょっとずつ拡げていくもの。だからmama も10回も論文出せちゃったのよ。(mama は看護師で、看護の分野の研究をしている。) いきなり100%やろうとしても、いいのはできないの。70%、80%出来れば上出来、そう考えて先に進んだほうが、人生も上手くいくのよ。教育論の本にそう書いてあったわ。論文も、ちょっとずつまとめていったもののほうが、論旨が明快で良いのができるのよ。:おぉ、そっかあ。70%、80%出来れば上出来・・・見つけたこと全部書かなくていいんだね。:そうそう。いきなり100%のものを出そうとしたら、ハカセで何も言うことがなくなちゃって、それこそ「苦悩」よ!:気ぃ狂っちゃうね。:そうよぉ。:・・・マイペースでごめんね。:マイペースだから、気違いにならないのよ。:あ、そっかあ! そうだね!・・・ありがとう。 なんとも天然な自分。そう、我輩は天然。だからここでやってこれた?うぅん。違う。本当に、本当に、本当に、皆様のおかげです。ただただ。心機一転。ドンドンガバチョ!ドンガバチョ! ひょっこりひょうたんじ~ま! すっすめえ~! ひょうひょう!
2008.10.22
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うぅ。夕飯に、味噌汁2杯も飲んでしまった。:美味しくて・・・ターシャは最近、人間と話をしていない気がする・・・今、大学はセメスターブレークで、寮も静かだ。隣に誰がいて誰がいないのかも分からぬ・・・ターシャのルームメイトも先週から実家に帰っている。明日か明後日には、寮に残っているボーイフレンドのために、理由を拵えてまた戻ってくるけどね。恋愛に厳しい保守的なお母様を持つ彼女は、ボーイフレンドのことを家族の誰にも話していない。あんなに仲が良いのに。こんな場合、親は、子どもを守ってきちんと手にとるように管理しているようで、実は出来ていないんですね。難しい部分だけど、あまり厳しすぎても本当の姿が見えなくなるんだなあと、はたから実感。あ、ずれた。そんなこんなで、最近、声を出すのは、chanting のときだけ。あと、猫に話しかけるときだけ?・・・ヤバイ。だからすぐ、眠くなるのかぁああ?? 会話の圧倒的不足のために? 最近、日記が書けておりませぬ。人と話していなくて、ヒッキー(ひきこもり)になって、なんだか同じことをずっとやっているから、疲れているのかも。今日は、久々にキャンパス内を歩いて運動しよう。勇気をもって!・・・あ、でも、もう外が真っ暗。もう、やる気がしゅーっと・・・。こんなんだからよくないのよねえ。やっぱり、ちょっと行ってくるか。:ドンドンガバチョ、ドンガバチョ!私の状況より、ずっとずっと大変な中を戦っている友達(ブログでつながっている皆様を含め)がたくさんいるのに、こんなようではすまない。自分のやっていることは本当に地味で楽なこと。どこか遠くにいくわけでもない。部屋にいて、お茶を何杯も飲みながら、文献を確認しながら、1行1行、原稿に書き付けていくだけのこと。エヴリデイ。エヴリデイ。自分との戦いが一番苦しいと、改めて実感する・・・空は変わらず青いのに。ちょうど1年前のこの時、体調を崩して日本に帰国する直前だったな。早い・・・本当に、みんなに支えられているのに。時間は冷酷に過ぎていくぞ。そういえば、最近、おかしな夢を見た。ターシャはなぜか、デパートか何か、建物のなかの公衆トイレにいたのだが、自分がどこかにバッグを置き忘れたことに気づいて、あわてて外に駆け出した。そしたら目の前を、母校の恩師である Mr. Gentleman が通り過ぎるところに出くわした。開口一番、おぉ、明日のプレゼンは出来ないの?Mr. Gentleman がこう仰った。:すみません。色々と準備が忙しくて。(←なんの準備じゃ?) しかし、Mr. Gentleman はまた同じ質問を繰り返された。明日のプレゼンは出来ないの?これにどう答えたか覚えていない。そのまま、バッグ探しの旅に駆け出したターシャ。エレベーターを上に駆けていったかな・・・プレゼンは、あれだよ、論文だよ。絶対。Mr. Gentleman が、まだかまだかと思っておられるのだ・・・(泣)バッグはなんのシンボルかしら? あと、トイレは?(汗)ふぅ。ともあれ。また頑張ろう。忍耐だ。ただ、それだけだ。もうちょっと進んだら、また光が見えるだろう。明日は久々に、数年来のお付き合いのジョシブの友と会えるから楽しみ。彼女とおいしい夕飯を食べに行くんだ。それでいっぱい話してくるニャ。
2008.10.21
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:よし! 明日からは早寝早起きするゾ!いつも昼食と夕食を食べるとき、ニュースをチェックするのがターシャの習慣。でも、経済と政治の欄にはあまり興味がない・・・特に経済。読んでも分からぬ。すみません、こんなんで。それでも大事なことだからきちんと理解しなきゃと思い、以前、「経済のことが手にとるように分かる本」というのを見つけて2度挑戦したのだけど、2度とも挫折した。:面白くない・・・あと、過去に、経済学部出身の同窓や教授の中に、不快な発言をする人が少なからずいたので、個人的に「経済」はあまり好かないのだ・・・:数学と金廻りは知っていても、人の心は読めねえかい?しかし、先日、Pagasa とスカイプで話した際、彼女が「セカイキョウコウ」ゆえに就職活動に不安があることをもらしていた。ニュースの中に、「さぶぷらいむ」や「りーまん」や、意味不明なカタカナ語がいっぱい出ていたのは見ていたが、もしやそれらが関連しているのか?ということで、今日、丹念に情報を検索したターシャ。それで、無知蒙昧な我輩にぴったりな情報を提供してくれるページを見つけた。NHK週間こどもニュース。:(笑)。とっても分かりやすいです。これから、このページをみてお勉強しよう。政治も経済も、どこか遠い別次元の、関係ない世界では絶対になくて、私達の生活の基礎を支えているのだから。たぶん、これらがきちんと機能していなければ、極端な話、電気も水道も使えないのだから・・・。
2008.10.19
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雨が降っている。雨の音は落ち着くな・・・・今月初めてのバイトに行った。ターシャは、実はこの6月よりバイトをしている。日本のある新聞支社のオフィスで、新聞記事の切抜きの仕事だ。ものすごく割りがいい。月に4回で1日4時間が基本だが、曜日も決まっておらず、いつ行ってもオーケーという、ものすごくルースで、「超」楽で、良いバイトである。忙しいときはいかなくても大丈夫だし、論文最優先の私の都合に合わせてできるので、お小遣い稼ぎのつもりでやっている。 ただ1つの難点は、交通時間が長いことかな。1時間半かかる。往復3時間。だから、すっかりヒッキー(引きこもり)になった自分は、よほど覚悟しないとバイトに出れない。(苦笑)そんなこんなで、久々に外に出たら、ものすごく疲れた。寮に帰るジープニーの中で寝そうになってしまった。いつも自分の部屋に閉じこもっているから、時折、こうやって外の世界に触れることが大事。電車から見える景色―遠くに見える高層ビル群、近代化された街並みの中に点在するスラム街、ゴミの浮いた汚い川、その岸辺に密集している貧困層の家々、周りのフィリピン人の乗客たち、あぁ、私はフィリピンにいるんだよな。・・・・そうだ、働くというのは、こんなにも疲れるものなんだと、(こんなんで私が働くなんて言ったら、世の方々にもう言語道断の失礼千万なのですが)夜の祈りを済ませてベッドにぐたーっと倒れたとき、思った。両親のことが思い浮かんだ。すでに働いている私の妹と弟のことも。私が一番、楽してるじゃないか。好きなことをさせてもらって。今すぐは無理だけど、将来、具体的な形で、みんなを助けられるように、勉強しなきゃ。そう思って本を開く。papa が送ってくれた本の1つ、「ジェンダーがわかる」(これは雑誌)を読んで学ぶこと・・・:多々、タタタタ!!!papa、この雑誌も送ってくれてありがとう。感謝、感謝。古本屋で見つけてくれたのだ。昨夜は、河合隼雄さんと柳田邦男さんの対談『心の深みへ』を手にとる。とても面白かった。そして同時に、癒された。学問する人間は、生きている人間の、具体的な苦悩を、忘れたらいけない。それこそ出発点なんじゃないか。
2008.10.17
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今年の春、一時帰国からまたフィリピンに戻るとき、papa が、日本文学専攻ではない私のために、古代から近代まで取り扱っている日本文学史の本を持たせてくれた。どこかの大学で使われていた教科書みたいだ。私が論文で扱うのは近代だが、8月だったかな、最初のページからめくってみて、とても面白かった。私は昔から結構、和歌が好きだった。:といっても、誰それに詳しいというのではまっちくありません。詠んですっと心に入ってくる、そういうのが好き。なかでも、額田王の歌が好き。以下は、その本に掲載されていた彼女の歌。熱田津に舟乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな :わおぅ・・・!!!と、いつも思う。これ、調べてみたら、実は、額田王が女官として仕えていた女帝・斉明天皇が詠んだ歌とされているそうだ・・・なにい? ちょっとショック。これは、友好国だった百済に救援軍を送る際に詠まれた歌だそうです。この歌が伝える高揚感の陰には、その実、切なく哀しき思いが秘められていたりして。あかねさす紫野行き標野行き野守りは見ずや君が袖振る:あなたの暗号、誰にも解読されてないでしょうね・・・?君待つとわが恋ひをればわが宿の簾動かし秋の風吹く:・・・切なすぎてノーコメントです・・・彼女の歌は、情景が思い浮かぶ。「動き」がある。次に、別の意味で切実な思いを歌った面白い歌を見つけたので一緒に。「貧窮問答歌」で有名な山上憶良。世間を憂しとやさしと思へど飛び立ちかねつ鳥にしあらねば:・・・むかしギリシャのイカロスは ロウで固めた鳥の羽 両手にもって 飛び立った 雲より高くまだ遠く 勇気ひとつを友にしてイカロスが飛び立ったのは牢獄。でも最後は地上に落ちてしまった。憶良は、世間を「生きて」じっと「眺めて」いたんだろうな・・・ふむ。なんか、今も昔も、人間は大して変わっていない・・・というか、人間の関係において感じること、思うことは「一緒?」と思うほど。でも、これらは7世紀に詠まれた歌だ。つまり、1000年は軽く越えているのだ。すごいな。:最後に、「源氏物語」情報。物語の時間は、4人の天皇が治める70余年そこに去来する登場人物、430余名:・・よっ・・・・・樋口一葉は、「紫式部はイッシンサンガンを体得していた」と言ったそうだ。私が思うに、人間の心のたった一部分でも、本当のことを描き切ることができれば、それは素晴らしい。紫さまはスケールが違いすぎる・・・「天才」という枠でおさまりきるんだろうか?:うぅん・・・もう一度、読みたいな。
2008.10.16
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目覚ましミネコ。今朝の珍事。無意識のうちに携帯の目覚ましアラームを止めていたターシャ。どこかの島に台風が来ているのか、今朝から外は真っ暗で雨が降っていた。雨が降っていると、いつまでもぐっすりと眠れるものである。それこそ100年も寝ていた眠りの森のオーロラ姫のように。しかし、ターシャの目を覚ましたのは王子ではなかった。(当たり前じゃ!)ニャーニャーふっと目を開けると、ぼやけた視界に映ったのは、私の机の上でなにやらうごめく物体・・・きりりとした2つの目が光る。:みぃねこぉおおおお!!!?思わず絶叫しながら起き上がるターシャ。注:ミネコとは、ターシャの愛猫。寮に住んでいるのら猫たちの中でも、おつぼね的存在である。ターシャをうまく起こしたミネコは、ひらりと机の上から降臨。そして言った。: I’m hungry.うぅ。まだ眠いのに・・・昨夜、2時半に寝た私は8時でも眠かった。どこから入ってきたのか・・・台所にある窓の隙間だ・・・廊下からジャンプしてわざわざ入ってきたのだ。こんな芸当をするのは彼女しかいない。かわいさの前には100年の眠りもかなわぬ。ミネコにミルクをあげて外に出す。:森へお帰り。机の上にあった開いたままのノートには、かわいいオキュウの足跡・・・のかわりに、正体不明のゴミがついていた・・・彼女の足裏についていたのか。ちょっと正直、嫌・・・? これぞアイロニー。かわいいだけじゃ物語は終わらないぜ。:でも、猫に起こされるなんて、ちょっと「不思議の国のアリス」っぽい体験かな?・・・いや、アリスの前を通ったのはウサギだった・・・あ、でもシマシマの猫が出ていたなあ・・・いや、そもそも誰もアリス起こしてないし。あれ、うぅん、よく覚えてないや・・なんて思いながら、また眠りについてしまったであった。以上でござる。明日もまたドンドンガバチョ。ココロアラタニネ。
2008.10.14
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春色の汽車にのって あぃうぃるふぉろぅゆぅ最近、You tube で、70年代~80年代から今も活躍している女性シンガーの曲を聴く。心に響く良い曲を発見すると嬉しくなる。今のところ、竹内まりやの「駅」「元気を出して」、松田聖子の「赤いスイトピー」「青い珊瑚礁」を見つけた。「元気を出して」より:涙など見せない強気なあなたを そんなに悲しませた人はだれなの?:ふむ、いい(笑) いい語りかけ。(←お前だれ?)「赤いスイトピー」より:4月の雨に降られて 駅のベンチで2人ほかに人影もなくて 不意にきまづくなる何故 あなたが時計をチラッと見るたび泣きそうな気分になるの?:な、なんと見事に、女性の微妙な心の揺れを捉えているのだ! 聴いた瞬間、驚きのターシャ。「泣きそうな気分になる」理由が何かは歌詞の中に書いていないけれど、似たような思いをしたことは誰にでもあるんじゃないかな・・・:・・・あ、一般化は駄目?ともあれ、彼女達の歌を聴くたびに、「歌、うま・・・!!」と驚きもものきの連続である。今宵は、夕食時に山口百恵さんを聴いてみた。まず、その美しさに驚嘆・・・:(画面)ジーー・・・なんだか、昔の人って歌がうまいな・・・それにきれいだな・・・と思う。「美しい」ってなんでしょうか。今は、みんな顔が似ていて、確かに整っていて可愛いしきれいなんだけど、ちょっとカンパンみたいな、カスカスな味しかしないことが多い。(なんちゅう表現) だからすぐ飽きる。ターシャが好感をもつ女優さんは、最近では、蒼井優さんと宮崎あおいさん。いわゆる完璧な美形では決してないけれど、人目見ただけですぐ分かる。そして、見れば見るほどにかわいく、魅力的に見えてくる。あれ、やはりターシャは「スルメ型」が好きなようだ・・・彼女達に共通しているのは、「個性」・・・ですね。あと、「自然体」の雰囲気にかもし出されている「優しさ」かな。:偉そうに批評してすみませんっぴ!!(夜なので変なテンションです):せぇんろぉのわきのつぼおみぃはあ あかぁいぃぃ すぅいぃいとぴぃいいい
2008.10.14
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リプトンティーとりんりんりん。お茶好きなターシャだが、毎日毎日、4杯も5杯も飲んでいると、ちょっと違う味を試したくなる・・・:人間って贅沢ですね。シャワーを浴びてまた机に向かう前、いつものお茶を入れようか迷っていたら、papa, mama が送ってくれた荷物の中に、リプトンティーが入っていたことに気づく。:まぁあ!!お湯を注ぐ。懐かしい、良い薫り・・・思わず笑みが・・・:こぼれるなり。部屋の外に出てみる。あたりは真っ暗。もう12時だからね。下の庭では、鈴虫がリンリン鳴いている。カップに注いだ熱いリプトンティーをちょっとずつ味わいつつ、その音に耳をすます。音も香りも目に見えないけれど、こうやって一直線の時間の隙間に、楽しみをもたらしてくれるんだね。それは、ほっとする瞬間。心がつまっていればいるほど・・・生活の中に幸せを創り出すキーは、ちょっとした心の余裕・・・なのかな。それにはやっぱり、逆説的だけど、「ちょっと足りない」くらいがちょうどいいのかもしれないね。
2008.10.14
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今日は長時間、一気に頑張った。あともうちょっと。踏ん張れ、踏ん張れ。 近くに花が咲いていなくて寂しい時はあえて遠くを見つめましょう。欲しがっていた花の小ささに気づくまで。遠くには夢がある。私がくるのを待っている。結局、手にすることができるのは自分で植えて刈り取ったものだけ。手にできる量は自分の器に入る分だけ。外からやってきたものは、みんな儚く消えてしまう。幸せも、人も、天から降ってきやしない。
2008.10.12
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Tarsha's papa & mama から送ってもらった本を読みながら思うこと・・・:人間は学び続けなければいけない。「過去」のこと・ものを学ぶのは、「現在」を「未来」に向けてより良く変えていくため。創造のために。究極のところ、人間は、良くなるか、悪くなるか、そのどちらかしかないのだと思う。そして、人間の作った文化も、文学も。
2008.10.11
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Mr.Gentleman より、嬉しいメールをいただいた。感謝、感激。嬉しい、嬉しい。祈っていたから、きっと意味がありますね。そちらに進めと。昨日、papa mama が送ってくれた荷物が届いた。沢山の食べ物と本。本当に本当に、すべてに対してありがとうございます。ターシャの内臓も、心も、幸せです。いつもの野菜たっぷり麺(これも送っていただいた「揖保の糸」を使用)に、送っていただいた、「超貴重」な納豆を入れて食しています。:う、うミャい。(涙) 日本は・・・ :美味しいよ。さっき、夜なのに、荷物の中に入っていたロッテのチョコパイを食べてしまった。:う、うま・・・!!!かなり、美味しい。こ、こんなに美味しかったっけ・・・? 食べ物ばかりですみません。今の楽しみは、夜、シャワーを浴びてすっきりした後、ベッドの上で「トド」のように寝そべりながら、送ってもらった本を読むこと。ちょっとの間、論文のことを離れて、違う世界の言葉を聴いてみる。:あぁ、面白い。心の栄養補給。それは、心を揺さぶられる「感動」のこと。楽しむことは、すなわち生きる喜びを感じることである。そしてこのことは、かならずしも精神の活動を停止させたり、制限したりすることを意味するものではない。実際、最も強烈な楽しみを与えてくれる生活の充足感と豊かさは、他の機能と同じように、精神を活動させなければ得られないものなのである。(R・メイヘッド著『文学へのめざめ』)さて、また机に戻ろう。
2008.10.10
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ノーベル賞を受賞された4人の日本人研究者、すごいな・・・私は理系については、否、理系についても、よく知らないので、初めて聞くお名前ばかりだった。この先生方の記事をあれこれと読み、感動と勇気をいただいた。はじめ、研究者の方々の顔写真をみたとき、その容貌の穏やかさに心を打たれた。:こんなに穏やかな顔をしているのか・・・自分自身の成果よりも、自分の恩師のことに言及されていた。何十年もコツコツと地道な研究を貫かれてきたその姿勢。そして、名誉や栄誉よりも、「なんでだろう?」という「好奇心」と現状に満足しない「向上心」が、研究の動機になっていること。そして、地味で地道な研究に耐える「忍耐力」と、壮大な「ロマン」を併せ持っていること。良い研究においても、そしてたぶん、良い人生においても、この2つはきっと、一体不二なんだ。スルメの味は噛み続けてこそ出るように・・・スルメ=ロマン、 噛み続けること=忍耐、 スルメの味=研究成果 or 人生の醍醐味?:あれ・・・ちっともロマンのある比喩じゃないですね・・・どの研究者の方も、本当に素晴らしい、そして素敵な「人間」だと思った。若い人たちに「夢」を与えられるという点においても。化学賞を受賞した下村氏の言葉。「今の研究者は、結果の出やすい目先の成果を追うことが多い」「元気のない若い研究者が多く、もっと根本原理に迫る研究者が出てきてほしい」:この言葉が当てはまるのは、理系の学問のみではない気がする・・・ついでに、あまりロマンもない気がする・・・「若い人は面白いテーマを見つけることがあると思う。それを一生懸命やって完成させることが大事。難しいからやめるというのはよくない。1つの研究を始めたらやり遂げることが大切」氏の言葉はとてもシンプルだが、励まされる。氏は、応用研究だけでなく、基礎研究の大切さも力説されていた。基礎研究に進展がないと、応用のそれにも画期的な発展がないと。:文学研究において、基礎研究って何だろう・・・? いや、むしろ、文学研究における「基礎」って何だろう・・・私はようやく、試行錯誤の道ながらも、自分のアプローチに「楽しみ」を見出せるようになってきました。だからちょっと嬉しいです。:・・・呼んでいる 胸のどこか奥で いつも心踊る夢を見たい・・・・・・繰り返すあやまちの そのたび人は ただ青い空の青さを知る果てしなく 道は続いてみえるけれど この両手は 光を抱ける・・・・・・いつも何度でも夢を描こう・・・ルルル・・・(「千と千尋の神隠し」主題歌「いつも何度でも」)
2008.10.08
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欲望が悲しみを招いてしまうというなら何もかも捨てるのが 幸せでしょうか最後はどうなっていたいか ちょっと思ってみるBy B'z “Burn フメツノフェイス”昨日、mentor のお話を聞き(たぶん3ヶ月ほど前の)、歌を聴いた。母校と、太平洋をこえたところにある母校の姉妹校(といっていいのか?)の歌があった。みんな若く、まっすぐな瞳と心で、懸命に歌っていた。感動した。どんな思いであの場に立っているんだろう。1人1人の裏にあるドラマ。涙が出てきそうになって、必死で押し戻した。若い彼らの活躍する姿を、mentor は本当に喜んでおられた。私も、喜んでいただきたいと強く思った。論文で、エゴイズムをテーマにしているからだろうか。実生活でも、似たような類の問題に遭遇する。この間、一生の間にあげたい chanting の総数?を決めた。ターシャには今、2つのご祈念帳がある。1冊は、Tarsha & Tarsha’s Family’s 未来想像図もう1冊は、Praying for Others:あ、これ、タイトルですぽ。1冊目は、自分と自分の家族のこと。2冊目は、私のまわりの人々のこと。名前が書いてある。でも、こちらはなかなか、書き上げられなかった。真のニジョウになりたい。ボサツ行が自分の進む道だと心に決め、そしてmentor のお話を聞いて、やっと2冊目のほうを昨日、帰ってきてから完成した。こちらのほうをなかなかまとめられなかったのは、やっぱり自分のことでいっぱいだったからなんだな。今は、この2冊を見ながら、chant している。この1年が終わるまでに、200万遍できるかな。ちょっとペースアップしなければ・・・
2008.10.06
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2008.10.04
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今日は本当に熱かった・・・最近、夜のほうが集中できる。日中は途中でバテて、お昼寝をしてしまう。そして目覚めて、しばし呆然とする・・・(汗) それが自己嫌悪だと気付くまえに、また立ち上がる。うぅん、どこか涼しいところに逃げたほうがいいだろうか。そのほうが気分転換にもなるよね。でも、大学の図書館は正直言って、イマイチ気分が乗らないんだよな。ほかに行けるとしたら、キャンパスの外のカフェテリアぐらいだ・・・スターバックスとか、シアトルズベストとか、コーヒーアンドビーンズとか。でも、コーヒー1杯、高いんだよね。100ペソ以上する。昔は、なんでもすぐ日本円に換算して、それに比べればずっと安いと思っていたけれど、フィリピンの物価からしたら、めっちゃ高いだろう? 大学の食堂のご飯が30~50ペソくらいだもの。仕方なく、部屋の外の廊下にイスを出して、思考を進めることに。外の景色まで、暑さ色に染まっている。光が熱さに満ちている。あまりさわやかな気分にならない・・・猫が周囲にいっぱい寄ってきた。ターシャの脚に体を擦りつけてきたり、わざわざ廊下の塀に登って、イスに座っている我輩と同じ高さに立って、ニャーニャー何か訴えてくる。「同じ目線」とはこのことである。&&&:エサオクレエサオクレエサオクレニャーニャーエサエサ:静かに考えさせておくれ。授業から帰ってきたルームメイトが、また着替えて部屋から出てきた。:また授業?うぅん、今日、本当に暑いでしょ。だから、エアコンが効いているコーヒーショップに行ってそこで勉強するの。スターバックスとか。授業から帰るといつもそうしてるの。:あぁ、いいアイディアだね。気をつけてね。ターシャの位置から、寮を出ていく彼女とボーイフレンドが見えたイラク人の彼はかなり背が高い。彼女の肩に手をかけて、おでこにサングラスをかけた彼女と仲良く寄り添っている。たぶん、ジープニーじゃなくて、タクシーで行くんだろう。万が一にも彼女と目が合わないように(!)、頭を引っ込めた。いつもそうしてるなんて、お金あるなあ。こんなこと書いているけれど、僻みなんてないですょ。:ニャイニャイ。ほんとニャイ。だって、人それぞれだものね。でも、好きな人がいるというのは、心躍るものなんだねえ。私にはいつ現れるのかなあ。というか、現れるのかな・・・というか、研究の道に進んだら、そういう人できるのかな? ma'am Artemis もシングル、母校の ma'am Rose もシングル・・・ 久しく、そういう種の美酒を味わっていない気がする。ターシャは、「女性の幸せ」という言葉は嫌いだ。イライラする。その指示内容が何にせよ、うそ臭くて押し付けがましい。誰が決めたの? じゃあ、「男性の幸せ」というのもあるのか?幸せって、ano ba yan?(フィリピノ語で「一体何なの?」) 2階から見える景色。寮の平らな広い屋根と、その向こうに腕を広げた大木の緑、そしてうすいブルーの空。ターシャの相手は猫・・・ プヒュ―。いいよ、フィリピンの猫、耳が大きくてシャープでかわいいし好きだよ。昨夜、たまたまインターネットで、NHKのプロフェッショナルという番組のページを見つけた。その中に、映画監督の宮崎駿さんがいた。一人じっと考えにふける宮崎監督の写真。その姿に、痛く心を打たれた。自分のやっていることは、本当に重要なことだと信じている。人間のエゴイズムとその超克。こんなにいつも考えてばっかりいるけれど。こんなにちっさな自分だけど。進め進め。
2008.10.03
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2008.10.01
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