いいもん見つけた&手作り・アウトドアー

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2007年06月16日
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テーマ: ■道具拝見(461)
カテゴリ: お話したい購入品


パーカー75スターリングシルバー



今回は心の旅路(笑)の道具たちの話。m(_ _)m

父が外出時の持出用として大切にしていた万年筆は、
銀無垢のボディーに格子模様の「パーカー75スターリングシルバー」。
ペン先の角度が変えられる機能が付いており、持ち主の癖に合わせる機構。
手帳に書く時は、ペンを裏返して極細のペン先として使っていたようだ。
父は流れるようにいろいろなことを書き留めていた。
子供心にその『粋』と『物欲』(笑)を感じたことを覚えている。

大正8年生まれの父は昭和30年代に本の執筆をしており、
筆や万年筆を多く持っていた。
大事そうに扱っていただけに、子供心に万年筆には触ることが
許されないと感じていた。

それでも父が不在の時、机の上の万年筆を覗いて観察。
いろいろなメーカーが転がっていて、国産品も多かった。
多くの万年筆にはよく見るとそれぞれ特徴があることが分る。
色だけではなく軸の太さやペン先の形状の違いなど、
どれ一つとして同じものはない。


シェーファー


当時の父は「万年筆は手が疲れないからよい」
「出版社の原稿用紙は万年筆と相性が良い。」
「万年筆は値段ではない。使い込むうちに自分に合ってくる」
「自分に合うようになった万年筆は財産だね」
と、ペンの手入れしながらうれしそうに話していた姿を覚えている。

万年筆は小さいころからのあこがれの逸品だった。
中学生になった時『入学祝』と称して親戚一同から国産の万年筆を貰った。
当時は入学祝に万年筆や時計などを贈ることが流行っていたと記憶している。
当方の場合は高価なため親戚一同で贈られたのだ。

昭和40年代は国産ブランドが主流で、プラチナ・セーラー・パイロット等。
当方を含めて中学の級友はもちろん国産品を自慢し合っていた。
外国の万年筆は『舶来品(今どきは使わない言葉)』として一般人には
なかなか持てなかった代物。パーカーやモンブランなどが輸入されいたが、
ポケットに差す「矢のマーク」のクリップや、蓋の頭の「星型マーク」が
物欲を駆り立てられた。(笑)


ガラスペン

高校生になった時は『舶来品』の万年筆を持つ学生が多くなった。
時代の流れや景気が影響したと思う。
何せ1ドル360円固定の時代だったからまだまだ高根の花には違いなかった。
よって当方は、学生時代はずっと国産品へ目が向いていた。


ウォーターマン


当時気になった国産品があった。
パイロット万年筆が出していたキャップレスという商品。
普通の万年筆とは違い、現在のノック式ボールペンのような機構で
ペン先を出す。欲しかった。とても欲しかった。
国産品と言っても当時の定価3500円はまさに高根の花。
手の届かない物は、諦めるしかない。
太いこともあり「使いずらいだろう」などと自己暗示にかけ
「物欲」へブレーキをかけたことを思い出す。


キャップレスデシモ

最近パイロットからこのキャップレスの細身(細軸)のものが出た。
キャップレスデシモ を見た時、当時のことを思い出し購入。
欲しいと思ってから40年経っての購入で自分の業の深さを感じた次第。
もうひとつ同じ頃「パーカー75スターリングシルバー」を手に入れた。
父の愛用品と全く同じ型だった。
中古ではあったが、書き味はとてもよくインクの出具合もちょうどよい。
40年代当時の情景が見えるような胸のすく使い心地。
万年筆は今もしっかり生きている文房具と感じた。

この万年筆を見せようと実家に持参したところ、
なんと、父も机の奥から当時の「パーカー75」を出してきた。
父のペンは「使い込んだいぶし銀」となっていて重厚さが増していた。
父はこの万年筆をいまだ「現役」として使っていたのだ。
一生物として『使う』とはこの様な事だと、父の『粋』に妙に感心した。






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Last updated  2007年06月16日 17時40分02秒
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