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2013.08.16
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朝日新聞(夕刊)2013.8.16 (カレーライスをたどって:1)辛さ抑えて「ヒデキ感激」

  (ここでは「ライスカレー」と呼ぶ。「昭和」を演出している=東京都目黒区目黒3丁目の「ぺろり」)


 詩人で歌人で劇作家でと、あれこれ肩書の多い寺山修司によると、ライスカレー人間は現状維持型の保守派が多いのだとか。これに対し、ラーメン人間は欲求不満型の革新派という。

 その理由を評論集「書を捨てよ、町へ出よう」でこう書く。

 「ライスカレーが家庭の味であるのにくらべて、ラーメンが街の味だからかもしれない」

 50年近く前の本なのに、両者の立ち位置を的確に言い当てている。それどころか、この言葉が指し示す方向により深化しているのではないか。カレーライスは簡単には捨てられないほどの「家庭の味」に。

 1962年3月、ハウス食品工業(現ハウス食品)の副社長だった浦上郁夫は、開発担当者が試作したカレーを口に運んだ。リンゴとハチミツを加えて辛さを抑えてある。「よし、これでいってみようか」

 日本は高度経済成長のただ中にあった。食卓の主導権はもはや父親にはない。狙いは子どもと若い女性に絞った。

 ただ、当時のカレーは辛かった。カレーは大人の食べ物、子どもはハヤシライスというのが各メーカーの姿勢だった。浦上は以前から「子どもにカレーを食べさせるときは牛乳を入れている」といった話を聞いていた。今と違って辛いのは苦手という女性も多かった。



 ハウス食品でカレーの味を管理してきたソマテックセンター研究主席の白水崇(57)によると、「辛さ」には全体の味を引き締める役割がある。ごはんの甘さや野菜のうまさをまとめながら、芯の通った味に仕上げる。辛さを抑えてそれを実現するのは至難の業という。

 商品名は「フルーツカレー」に決まりかかっていた。開発段階でバナナやミカンなどの果実、エキスを試したからだ。ところが、その頃、米バーモント州に伝わるというリンゴ酢とハチミツを使った「バーモント健康法」に関心が集まる。浦上が断を下した。「バーモントカレー」。美容と健康に良さそうな印象を与える名前だった。

 63年に発売。その後、西城秀樹を起用した「ヒデキ、カンゲキ!」などヒットCMの後押しもあり、半世紀にわたってトップブランドの座に君臨している。今もハウス食品の年間売り上げのほぼ1割にあたる200億円を稼ぎ出す。

 消費者の超保守的な購買パターンにも要因がある。「いつもと違う」と言われるのが嫌で、なじみのパッケージを手にしてしまう。だから家庭で食べるカレーの銘柄はめったに変わらない。初めてのルーを買うには冒険する覚悟が求められる。

 浦上は66年に創業2代目の社長に就任。85年8月12日、日航ジャンボ機墜落事故で亡くなった。47歳だった。=敬称略(大阿久修)



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Last updated  2013.08.26 01:34:36
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