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母tocoの病棟には、会社でいえば3つの課がある。4,5階 6,7階 8,9階 の3チームそれぞれに名前はないが3人の師長さんが仕切っている。で、うちは、6,7階のチーム。今朝は、「早出の会長さんが来ない」と大騒ぎしていた。会長さん?後で聞けば、会長出勤をする看護師さんだそうな。女性で、遅刻の常習。そういう人が早出になっても来るはずないんだが早出 日勤 居残り 夜勤という体制で24時間回しているんだから当然のことながら、早出のローテーションに入れなきゃならない。早出とは、7時45分の出勤。今朝、私が着いたのがちょいと遅めの40分だった。日勤の出勤は8時30分なんだがほとんどの看護師さんが8時には来られている。う~む、そういう雰囲気の中堂々と遅れてくる会長さんの神経はすごいぞ。遅刻はいつものことながら今朝に限って大騒ぎしていたのはかなりキツク注意したばかりだったせいという。一人で夜勤をこなす看護師さんにとって早出の看護師さんはすごく頼りになる存在なのに仕事の意味を把握してないとしか言いようがない。会長さんの人となりを考えてみるとチームでただ一人の「ケアマネージャー」師長さんより10歳位年上ってことは、怒られても私は有資格者なのよ上司といっても年下じゃん的な考えがあると思われる。が、仕事はいつも中途半端で家族との契約書類もよく注意していなければ抜けていることがよくある。先日は、うちの母の薬がいつもと違う形態だったので申告すると「あれ~そうでしたかぁ~、知らなかった」って、いつも通りにしてたらいいだけのことなのに(汗)そのまま飲ませていたらどうなっちゃったのか。。。(怖)ミスってのは誰にでもあるが会長さんの場合、その対応がよろしくない。実際、遅刻してきても皆さんが朝の引き継ぎをしてる時にコーヒー缶を持って堂々と現れるという。実際、その現場を見たことがあるが居残りの方が遅出出勤ながら早めに出勤してきたのかと思いこんでいた程の堂々ぶりであった。ちゃんと仕事をして患者さんとは家族みたいに接してくださる看護師さんが多い中ルール無視の人がいるとどうしても不協和音が流れてくる。患者の家族としてもケアマネージャーの仕事とてちゃんとできてるんだろうかと不安になってくる。会長さんは、8時30分になっても現れなかった。いつものように「忘れていた」で済ますんだろうか。それでも、いつものように何食わぬ顔で勤務するんだろう。いくらいつものことといっても一緒に働く皆さんはかなり頭にきているらしい。こんなことで務まるって人材不足だからなんだろうか。せっかくいい雰囲気の病棟なのに。。。「腐ったミカン」という言葉を思い出してしまった。
2009.05.29
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パソコンが壊れてしまい再起不能になった。で、新しいパソコン購入になり勝手に悪戦苦闘。でも、新しいことにわくわくする毎日だったりする。が、こんな日々の中、一昨日、母tocoの病棟で介護されるご家族が高層階からダイビングしてしまった。高層階といっても、9階かその上の屋上。病院だから医師は駆け付けたがもう助かりようがないということで現状保存のためにビニールシートもかけられないままだったそうだ。事故が起きたのは早朝6時ご遺体は私が介助を済ませて帰る8時半過ぎに警察の車に載せられて病院を後にした。現場を見ようと思えば見られたんだがビニールシートもかけられない凄惨さとともにずいぶん悩まれたんだろうなという思いが胸をしめつけた。詳細は判るはずもないんだがうちの母のように今の状態に悩む間もなく次々と新しい病気へと進んでいったのなら家族も新しい敵と闘う毎日だからそういうことをするという考えさえ及ばないかも。さっきまで元気だった人がある種 植物人間状態になり現状維持が決まり介護病棟へと移されたのならやはりそういう考えに及びがち?なんて、ついつい考えてしまった。しちゃいけないことだけどダイブされた方は、果たして楽になったんだろうか。早朝の出来事で知らない職員さんも多いが何事もないかのように一日が過ぎてゆき患者さんたちはいつものようにご飯を食べている。当事者の患者さんは、どういう状態であれ辛いだろうなぁ。
2009.05.27
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基本的に私は朝昼夜の食事と3時の水分補給のために母tocoの病棟へ手伝いに出かけている。当然の事ながらヘルパーさんや看護師さんはローテーションで仕事をしているので食堂での三度の食事全てに関わっているのは私だけである。食事の世話はもちろん大変なのだが実は、食事を待つ時間にいろんな事が起きている。とろみのついたお茶をお手ふきにバターのように塗るお婆さんご飯まだ、ご飯まだぁ~))))と大声で叫ぶお婆さんその奥様をあの手この手でなだめるお爺さん車椅子から立ち上がろうとするお婆さん隣の人のティッシュを拝借しようとするお爺さんおっとそうはさせるかと闘うお爺さんもちろんそれぞれが軽い重いがありながらの認知症。。。ヘルパーさんは、他にも用事があるので私が早めに出かけると私一人を残して他の部屋に行く事がままある。そんな時に、いろんなことが起きると大事にいたらない範囲なら私がなだめたり、手助けをすることになる。今、いちばん手がかかるのはご飯まだですかぁ~のお婆さんである。食事前にお茶が出るのだがそのお茶すらこぼしてしまう人が多いのでエプロン(というより、長い前掛け)をさせて車椅子に座らせているのだがまだですかぁ~のお婆さんはエプロンを嫌がって外してしまう。ま、普段はそのままにしておくのだが配膳間際には、ちゃんと前にかけとかないと食事をこぼして服は汚れるわ周りに飛び散るわで大変な事になる。今朝は、エプロンしようと促したらどうして? どうして しなければならないのか。と、デカイ声で怒鳴られた。ヘルパーさんも居なかった事だし大騒ぎになったら他の入居者さんたちの気持ちによくない。この気持ちによくないってのもなかなか慎重に考えなければならないモンダイでちょっとしたことでもシックになって食事の量が減ってしまう事がある。食は、命の源なので、気をつけなければならない。で、エプロンの件は配膳時にヘルパーさんにお任せしようと私は、母の食事介助に専念した。ら、エプロンは たらりと垂らすのではなくテーブルに敷いてその上に食事ののったトレイを置かねばならないのに面倒だったんだろう垂らしたままにしていた。案の定、まだですかぁのお婆さんはパックに入った牛乳をエプロンにぶちまけそうになった。ヘルパーさんは、知らん顔。。。ってか、目が行き届かない。うちの母の方にまで牛乳が飛び散りそうになったので遂に立ち上がりちょいとごめんね と言いながらエプロンを正しく着けて差し上げた。もちろん、トレイをどかしてエプロンをかけ直す理由をお婆さんが納得ゆくようにちゃんと説明しなければならない。こぼしたら、あとで拭けばいいじゃないというのは、理想論である。こぼすのが判っていたら本人の衣服に染みないよう床にまでこぼさないようある程度のガードしなくっちゃ。液体を床にこぼしてしまったら足を滑らせるもとにもなるんだから。最初の一手間でお世話される方もする方も気持ちよく食事ができるのだ。ま、そゆことは日常茶飯で家族の方が手伝いに来ない方の方が圧倒的に多いので私も手助けをしながら母の世話をしている。のだが、だ。まだですかぁのお婆さんのご家族は夕食にのみお世話に来られるのだが大体、食事が終わった頃に遅くなっちゃって~とやって来るのだ。で、全然食べてないじゃないのぉとか言いながら毎度毎度大騒ぎしながらお世話されている。お婆さんは、食事前にひと騒ぎ食事始めにひと騒ぎやっと落ち着いた所へ来られるものだから夕食は、朝昼にまさる大騒ぎになってしまう。先日、スーパーでそのご家族とバッタリ会い小一時間立ち話に付き合わされた。3度の食事の世話に来ようと思えば来られる事でも、それなりの利用料を払ってるので家族をアテにされてはいやなので夕食の世話にだけ来るようにしている事それも、早く来ようと思えば来られるのだが自分のお腹が空いてもたないのでどうしても遅くなってしまう事あなた(←私)も、三度三度行くのをやめたら的なアドバイスうむむむむ。最後のヤツは、いつもどうしてそんなにお世話するの?と話しかけられるが生きて居てこそ世話ができますから。と答えるようにしている。まるで こっちが世話しすぎって感じでいわれるのでつい「ウルサイ!」と言ってしまいそうになる。ってか、せめて夕飯のちょっとでも前に来てご自分のお母様のお世話をちゃんとしていただきたい。そのご家族は、6時前に夕飯を済ませてきて帰宅する7時頃には、夜食を買って帰るお方。それで、痩せてるんだからほんとに食べないともたない方なのかもね。家で看てあげる事ができないから病院でお世話になっているけれど出来る事はしてあげたい。それくらい世話が出来るんだったら家で診れば?というのもまた極端な話である。介護病棟では人の世話の仕方に立ち入らないのが暗黙のルールだと思う。三度も来る必要がないとニコニコ笑いながら言われる私はウチの事はほっといてよっ!と非常に言い返してやりたい。 もちろん、言わないけどね。母の世話以上にストレスたまります。ふぅ~。
2009.05.16
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介護病棟は、2011年秋の廃止に向けて真っ直ぐに進んでいる。今朝は、母tocoの隣のベッドにいたSさんが別の施設に行くべく退院して行った。廃止というのがなければ、病状が悪くなったための転院か亡くなった場合の退院となるのだが今は、別の施設へ行くための退院が多い。偶然、その退院の場に行き会わせたがSさんのご家族は、こちらが挨拶しても知らんぷり。ま、いいや。と思いSさんに「またね~、バイバイ」と明るく手を振ったが「だ~れ?」という感じで一瞥をくれられた。Sさんとは、食堂でも一緒だったのでよく言葉を交わしたが病院での生活を全く知らないご家族にとっては「誰?この人」なんだろうなぁ。Sさんは、非常に言葉の少ない方だが頭もちゃんとしてられるのでもっとお別れを惜しみたかったようだったが私に声をかけようとしてもご家族にガードされてしまったのでこちらとしても明るく手を振るしかなかった。ま、シメっぽくなるよりいいか。。。Sさん、元気で、長生きしてね。
2009.05.12
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「医食同源」という言葉があるが「食」は命をつなぐもの。そしてまた、ハミガキもそれに準ずると思う。認知症が進むと、もう入れ歯が作れないので、幸い(?)自分の歯が残っている母のような高齢者は元気な時以上に歯のケアをしてあげなければならない。で、手慣れている私が居ない時のために、以下のようなマニュアル(?)を作って車椅子の後ろに差し込んである。食事介助とハミガキ時の対処の一例(長女の所見) 2009。04あくまでも長女の自己流ですので、介助をしていただく際の参考になさってください。よろしくお願いいたします。【水分補給時及び食前】1:まず、スプーンで口の動きを円滑にする。 口を閉ざしていても、唇の中央部をソフトに刺激すれば 自然と開くことが多い。 お茶などで湿らせたスプーンを使うと 本人の唇への負担が少ないように思われる。 2:さらに、口を固く閉ざしている場合は、口の中の状態を見る。 舌が丸くなっていれば、水分を含んでしまうことが多い。 この際、舌の中央部からスプーンを少し差し込み くるりと回すように刺激すれば舌が平らになり活性化する。 水を口いっぱいに含ませて吐き出させることを 何度も繰り返せば活性化に繋がる。いずれも根気よく。 舌がスプーンを迎えに行くようになれば食事もOK 。3:水分や食べ物を含んでしまったら、 とろみの付いたお茶ではなく、 水を多めに含ませるとうがいのように一気に吐き出す。 吐き出しても少量残っていることがあるので注意。【食事時】1:なめらかな物を好むので ぽそぽそしたおかず(とろみの薄いミンチや魚、野菜類)の時は ご飯を混ぜたり、それでもぽそつく時は、 とろみ入りのお茶を混ぜて濃度をつける。2:基本的に、口の中に物が残っている時は、次を食べようとしない。3:飲み込んだのを確認してから、スプーンを持って行くと 口が開きやすい。4:途中で口を閉ざしたら スプーンで唇を刺激して口を開ける。 無理して横に口を開こうとするよりは 唇の中央をソフトに刺激して隙間を作り そこから入れる方が有効と思われる。5:最後に、ご飯4,5口分とお茶を3分の1ほど残して まずご飯を食べさせ、お茶を飲ませれば ハミガキの時に比較的食べかすが少ない。6:ご飯を食べにくそうにしている時は、 とろみ入りのお茶を混ぜると、スムーズに運ぶことが多い。【食後のハミガキ】1:ハミガキを嫌がることが大変多く、特に内側を磨く時は暴れるので できるだけ、エプロンをしてその内側に両手を置くようにすれば、 急に手が出てくることが少ない。 2:口を開けようとしない時は、 介助者の片手で顎の方から左右の口角を挟み 口をとがらすようにすれば、唇に隙間ができるので 水で濡らした歯ブラシを差し入れ歯磨きをする。 内側は、本人の左側の歯の上部が欠落しているので そこから歯ブラシを差し入れると比較的やりやすい。 3:特に、本人の右手側の口の中上部に、食べ物がたまりやすいので それを掻き出すようにしてあげてください。
2009.04.26
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夕べは、用があったので 夕飯の食事介助を介護さんにお願いした。朝、いちばん、母tocoの席に着くなり「神様が来た」と言われた。「つい家族さんをアテにして来るのが当たり前と思っていますが、そういうことではいかんのですよね・・・」と初老の介護さんは慌てて付け加えていた。たしかに、ほぼ毎日毎食、食堂の全員が見渡せる席でtocoの食事介助をしている私は、当番が巡ってきて何日かに一度食事介助をこなす介護さんより、ずっと事情通。隣の繁さんの入れ歯が入っているのかいないのかまで問われることもある。介助のチェックで、食事の項目があるが、こんなことで病院側は、一人ひとりの正しい状況を把握できているのかなぁ。と、いつもギモンに思う。ま。病院の食堂では、夕べもいろんなドラマが繰り広げられたことだろう。さてさて、今朝の食堂は、眠りこけている入所者さんが多く、静かだが、困惑に包まれていた。私は、いつも通り、とっととtocoに食べさせ、ハミガキを終えて、部屋に連れて帰った。と、ここまでは順調だったが。。。車椅子からベッドに座らせようと立ち上がらせたら、尿のニオイがツーン!ゲッ!車椅子の座布団は濡れていない、が、羽織らせてあった長めのベストのすそがちょっと湿り気味。それをはぐって、上衣を触ると明らかに濡れていた。そのままベッドに座らせるわけにもゆかず、tocoをどこかに座らせることもできず。。。社交ダンスのスタイルよろしくtocoを前から支え、隣の部屋にいる介護さんが見える位置まで移動。「漏れてるみたいで、スミマセ~~~~ン」と声をかけた。で、とりあえず、長方形のオムツをベッドにしいてくれて、まずそこにtocoを座らせ、その腰を起点にしてクルリと寝ころばせた。うむうむ、パッドとオムツの吸収能力いっぱいいっぱい。しかも、横から漏れていた。でも、オムツカバーは無事だったので不思議なのよね。tocoは、オムツ交換の最中、世話をしてくれる方のエプロンや腕を全力でつかむ。何をされるか理解ができないようで、時には、足をばたつかせたり、上半身を左右に動かしたりする。ま、今朝は、比較的おとなしかったが、大量の尿がふとんについちゃったら、シーツを替えたり介護さんの仕事が増えるので、私も手伝って、再び大容量吸収のオムツをセットした。と、前置きがすご~~~~~く長くなったが、私が着替えをさせている間に、介護さんが尿の量を計り「おめでとうございま~す。新記録達~成♪」と明るく笑う。なんと『1,198cc』。午前4時に替えてもらってから、4時間半でこの量。因みに、これまでの記録は「1,100cc」。漏れてた分を合わせたら、もっと多くなるだろう。このようにたくさん出るのは、腎臓の働きが活発な証拠とはいってくれるが、腸に行き渡る水分量も排出されるので、いつも便秘だったりする。ま、バルーン(常に管を通して尿をとる器具)をつける必要がないだけ、いいなと、オムツ交換をお手伝いしながら、いつも思う私である。さ、くだんのベストが洗い上がったようだ。
2009.04.24
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朝食の介助から帰ってきた。うちの介護病棟では、車椅子に座れて、口からご飯が食べられる10人ほどの方々が7階の食堂に集められ、専用のテーブルの前に車椅子ごと並んで食事をしている。母tocoは、意識はあるが意志がない。気の向くままに、どこを見ているのやら、一見すると遠くの景色を見ているようにも思える。顔周りを触らない限り、極めておとなしく座っていることができる。さてさて、食事はいつもある意味ドラマチックだ。今朝の出だしは、隣の夕べは一晩中寝なかった、というよりも、起きていた「繁さん」の一発から始まった。繁さんは、tocoの隣にいつも座るおばあさんで、昔、夫婦で散髪屋さんをされていたせいか、90を超えた今も会話が尽きることがない。独特のハスキーボイスで、いろんな言葉が次々でてくる>脈略があったり、なかったりだけど。。。ま、一発といっても、いつものことなんだが。。。私が食堂に入り、tocoのところに行こうと、ふと隣の繁さんを見ると、いつものように、カ~ッと痰を吐き出していた。が、ティッシュを持ってきていなかったので、自分のマグカップにペッ!うっひゃぁ。これを見逃してそのままにしていると、そのまんま、また飲んでしまうので、介護さんを呼ぶより早く「ちょっとゴメンネ」をカップを取り上げ、介護さんに状況を告げ、繁さんのベッドサイドからティッシュを持ってきてもらった。我が母よりも先に、今日は繁さんのお世話をすることになろうとは(笑)ま、今朝は、マグカップへやっちゃったからまだよかったようなものの、なんにもなかったら、直接床にペッ!ってするので、お世話する方が知らずに踏んで足を滑らせたりしかねない。朝食の準備は、夜勤さんの仕事で、鼻や胃から注入する方も含め50人分を2人の介護さんと看護師さん1人の計3人でこなす。食堂に連れてくる時に、ティッシュを一箱、一緒に持ってくれば済むことなんだが、人手不足のせいかそこまで気が回らなかったんだろう>しかも、一晩中、しゃべり続ける繁さんの相手で介護さんは精神的にくたくただったのだ。ま、こんなことは日常茶飯なので、気付いて良かったで済むんだが、やっとこさtocoの隣に座れば、そんなことな~んにも知りませんよって感じで、気持ちよさそうに船を漕いでいた。食事が運ばれてくるまであと数分。その前に、とろりととろみのついたお茶を飲ませておかなければならない。呼びかけには一切応える事が出来ないtocoだが、名前を呼び肩をトントンしていると目がうっすら開きかけたので、スプーンで口のマッサージのようなことをしながら、徐々に舌を目覚めさせいった。tocoは、目を閉じていても、舌さえ、目覚めさせると飲み込みがちゃんと出来るのだ。自分なりにこの技を習得するまで、1ヶ月はかかったなぁ。なんて思いながら、朝食をすませた。ふと隣の繁さんを見ると(←自分で食事することが出来るおばあさんだ)、最初の元気はどこへやら、白いごはんを半分ほど残し、食事に飽きた様子で突っ伏していた。今日は、週に2度ある入浴日。ほとんどの入所者さんは、お風呂に入るのを嫌がるんだそうだ。tocoも、家に居る時は、入浴させるのが大変だったなぁ。今は、かなり暴れるらしく、もう一人では入れられない。というよりも、ブラックリスト入りしているらしい。でも、介護さんは「今日も、元気に暴れてましたよ」と笑顔で言ってくれる。これを、皮肉ととるか、どうとるか。私は「いつもスミマセ~~~ン、元気な証拠で」と笑顔で返すようにしている。こっちの方が皮肉かしら・・・(笑)と、書き出すとキリがない。何げにつけているテレビで、SMAPの草薙君が酔っぱらって裸で騒いでいたため逮捕されたと言っている。これから、どうなるんだろね。こっちの方も、勝手にシンパイな私である。
2009.04.23
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必然的に訪れる「偶然」というのがあると思う。それが何かの「きっかけ」になり、後でふり返ってみれば、人生の転機だったりする。「偶然」を装って訪れる「きっかけ」は新たな展開への搭乗口のようなものかもしれない。」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」ということで、いつも気にはなっていたが日々の介護生活に翻弄されというよりも、その気になれずここで日記を書くことができなかった。しかし、なんとなく、ほんとになんとなくここに来て、もうどのくらい書いてないんだろうと見てみたらその日付は、2年前の明日だった。これも、また偶然を装った必然?朝、大切な友人と、このようなメールのやりとりをしたばかりだったので思い切って再開してみようと思った次第です。あれから、母、tocoは、回復期リハビリ病棟を経て入院先の病院に付属している介護病棟へと移り実にあれこれあったが食べさせれば刻み食を食べられようになり、支えがあれば歩けるようにもなった。発熱が1ヶ月ほど続いた事もあったし今年の初めには、心臓ペースメーカーの入れ替えもあった。この2年で、私は、介護の現場というものを家族という立場ではあるが身をもって体験した。もちろん、今も。。。介護病棟では、介護さんと呼ばれるヘルパーさんの人数が看護師さんよりも多い。正確な数は把握していないが現在、定員50人の入所者さんに対して介護さん16人、看護師さん10人足らず。みなさん、とてもよくしてくださるが何よりも体力勝負なところがあるので夜勤の多い不規則な勤務で体を壊す方が多く人手の要る入浴日の日勤の場合平常8人だが4人しか来られない日もある。入浴に時間がかかるということは食事の時間にまで影響がある。介助すれば口から食べられる入所者は食堂に集められるのだが食事を始めるまでにはベッドから起こす。席に着かせエプロン装着。お茶配り(ストレートか、とろみ付きかその把握)またその準備がありとりあえず全員を席に着かせても大あわてで、食事の度に洗うエプロンを干場から取り込み種分けし、装着し、作ったお茶を配り、必要な方には介助し飲ませるという仕事がある。食事はもちろん給食で外部の業者が決められた時刻に運んできてまた、きっちりと回収してゆくので待ったなし。入所時は、介護さんを手伝っては邪魔になるかもと思いおとなしく母の世話だけしていたのだが慣れるにつれ、入所者の方々とも顔なじみになり自分で責任のとれる範囲でお手伝いをするようになった。私の一日は、朝 7時半~1時間ほど(食事介助)昼11時半~1時間ほど(食事介助) 15時~1時間ほど(父を連れて水分補給)夕17時半~1時間ほど(食事介助)毎週火曜日は9時20分~歯科衛生士さんの補助。これが基本的なスケジュールで病院へ出向いている。母はもう、全くといっていいほど言葉を発しなくなり意志の疎通は全くできなくなった。特に、顔周りを触られるのを嫌い、手を出すので水分補給や食事介助は、手間がかかるので本人に気持ちよく食べさせるためにはどうしてもつきっきりで食べさせる事のできる家族という存在が欠かせないのだ。ま、たまには、介護さんにお願いするのだが食事介助と書いても食事の後のハミガキやベッドへの搬送、寝かしつけまでできて初めて完了である。母は、特にハミガキに手こずる。幸い(というんだろうか)自分の歯が20本以上残っているので食べかすが残らないように掃除するのはかなり大変。しかも、うがいが出来ないので私が体得した奥の手でなんとかうがいもどきをさせているという状況。病院でも、よく家族あってのtocoさんですねと言って貰えるのが励みになる。今や、私は、食堂のベテランさんになり介護さんからもちょっとは頼られる存在になってしまった。もうまったく、いろ~んな人がいるから毎日がドラマのよう。これからは、そんな様子を書いていきたいと思っています。
2009.04.21
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母tocoは、鼻に挿していた栄養を入れるチューブを勝手に抜いてしまい、それが幸いして口から食事を摂るようになった。が、これがまた。。。もともと食の細いtocoである。この2年間、がんばってがんばって食べさせて、やっと10kg増やして健康的な体重にまで持ってきたのだ。そう簡単には食べてくれない。やはりお腹が空いているのだろう快食な時もあるが、気が向かないと口をつぐんで食べ物を受け入れようとしない。それどころかお茶も口に含まない。大体のパターンが、初めは口をつぐむがそのうち開けて食べる。で、また食べなくなって。。。の繰り返しなのだが、昨晩は、30分ほどでぱったり口を開けなくなり、1時間あまりねばったが堅く口を閉ざしてしまった。食べさせるのが上手なヘルパーさんに手伝ってもらったが、一切受け付けず、終了!歯磨きをしたが、もともと口に物を入れるのが嫌いなので、歯の外側は何とか磨けたが、内側にブラシを当てようとして歯ブラシをがっしり噛んで磨かさないよう抵抗した。また、tocoはもともとうがいが苦手で(自分ができないので、子供である私にちゃんと教えることができなかったため母娘そろって正しいうがいができないのだ^^;)何とか口に水を含んでも吐き出すことができない。tocoの歯磨きは、歯ブラシを口に入れて磨き、出した歯ブラシをすすいでまた口に入れるよいう方法をとっている。同じ病室では、tocoよりも体は動かないが意志の疎通がとれるおばあさんが2人いて、お一人は、夕食時に娘さんと看護婦さんをしているお孫さんがほぼ毎日やってきて(そのお二方が来られない場合は他の娘さんや息子さんが複数でやって来る)二人がかりで楽しく食事させている。うちは、父と私しかいないので、tocoの食事は、私が行ける時にしか行かないし、日頃から無理矢理ご飯を食べさせてきた私ではどうも抵抗があるらしい。楽しそうな食事風景を眺めながら、私も楽しませながら食べさせなければと思うのだが、あちらの方は食にどん欲な方で、メロンとかトマトとかプリントか、欲しいものを要求しそれに応えている。こちらといえば、食べたい物が言えないどころ、たまに「これはマズイ」と言ってはみるが「イヤ」としか意志の疎通らしき物はできず、全然別の話を延々とし始める。しかも、話の大半が架空の愚痴で、日本語になっていない箇所の方が多く、こちらの方も聞き取りができない。昨日の愚痴は「養子をとるってことで。。。。。。(私の目を見すえて)あんたが、ちゃんと手続きを。。。。筋道を立てて話をしないからいけない。私は全部見ている。。。。そこにいる二人の女の人が。。。。」てな調子。以前寝たきりになり、一時的に惚けていた時は「おとうさんが家を売り払ったが、あんたはどこで暮らしている?。。。また今日も私を置いて、あの人は飲みに行った。。。」という話が主だった。ま、これは言葉が明瞭だったために、また空想の世界なのね。と、思えたが、今回は、時空を超えて私の諸行や人の目に見えない霊とかが全部見えているの?とついつい怖くなってしまう(私もかなりの妄想家^^;(笑))。昨晩は、あまりにも凹んでしまったので、電話で父に話したら、「あ、そう」で終わりだった。さらに凹んだ私。話は飛ぶが、先日、特別養護老人ホームの入所申込書をケアマネさんのところに持っていった時に、「先ほど、看護師長から電話がありまして、お母さんは歩いているそうですね。ごはんも口から食べているようだし。特養というよりも、グループホームを考えられたらどうですか」と告げられた。ちょっと待った!グループホームは、共同生活ができる方というのが前提なのでは。。。tocoが歩くといっても、ベッドから車椅子に移る時に立たせてから手を添えれば2,3歩足を進めるのであって、自分の意志で歩くのではない。立ち居が自在にできるというわけではないのだ。口から食べるといっても、気分にムラがあり、やはり胃に穴を開けて流動食を入れる「いろう」と併用しなければならない模様。ケアマネさんは、確かめもせず電話一つで判断しているんだろうなと思った。私任せでOK!と気楽に考えている父はまったく話にならないので、ケアマネさんだけが頼りなのに。。。ガッカリだった。他にも利用者さんがたくさんいるから、いちいち取り合ってられないだろうが、私にはアンタしかいないのよっ!なのだ。ケアマネさんは、状態が改善されたら、特別養護老人ホームには入れませんよと、暗に言っているのだろうが、父のこれまでの態度を見ていると、負担が全部私一人にかかる在宅介護は、精神的に絶対無理である。まだ意志の疎通がとれれば、もう少し気が楽になるのだが、今でさえ、気の抜ける日がないのだから、早めにバンザイをしておくしかない。知人が、自転車に乗っていて「このまま後ろからトラックにはねられて、死んでしまえば楽になれると何度思ったことか、といつも考える」と言ってたことがホントよくわかる。tocoの世話をしていると、幼い頃から「アンタは私の面倒を見させるために産んだ」と言い聞かされてきたトラウマが蘇り、正直、常にニコニコ世話をすることは困難だ。こっちの頭までおかしくなってきそうなこの頃である。
2007.04.22
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母tocoの病棟の看護師長さんは若い男性で、いつもキリッとテキパキされている。で、今日、今後のtocoについてのお話を伺った。結局、脳外科での治療は終了。これ以上の改善は見込めない。よって、退院するか、リハビリ病棟へ行くか、特別養護老人ホームへ行くか。この3つの道があるという。師長さんとしては、リハビリ病棟である程度のカラダの動きの改善に励んだ後、特養へ。というのが最善ではないでしょうか。とのことだった。むろん、すぐに特養に入れるワケはないのだが。父と私の見解も、まったくもってその通り。がんばって在宅介護の道を選んだとしても、とうてい頑張り通せるものではないし、一旦退院してしまうと、入院は難しく、特養の入所待ちをしている間に肉体的にも精神的にも、父と私のダウンは必至。カンファレンスの後、丁度、叔父の特養へ行く予定だったので、早速、相談員さんに事の次第を話し、入所申込書を頂いてきた。この素早さには、師長さんもビックリ☆(@o@)☆!遠からず特養のお世話になる日が来るだろうと、父と話しており、その時には、叔父と同じところにしたいと決めていたのだ。が、やはり、脳外科的に、これ以上の改善は見込めないとハッキリ言われてみると、ショックはショックだ。まぁ、父にしてみれば、在宅介護には計り知れない不安があり、特養入所まではリハビリ病棟や療養病棟を行き来しながら病院でお世話になれるということが、ハッキリ判ったので、気持ち的に楽になったようだ。叔父のことも、全面的に特養にお任せしたいという気持ちがあるようだが、私としては、できる範囲は関わり、足りなくなった衣料を調達してきて名前を刺繍する程度はしてあげたい。ま、これまた全部に全部なので、父は見かねているらしい。tocoの正式な申し込みは、新しい介護度の認定がおりてからになるが、現在、女性は50人待ち。中には軽度の方も含まれるので、実質的には2~30人待ちだそうだ。ここは、老朽化した施設なので、待っている人が少ないが、何しろ、お世話してくださる方が皆さんハートのある方ばかりなので、入ることができれば安心することができる。分からなくなる直前まで、自宅でいつものように暮らすことができたこの2年間。一旦は、寝たきりになっていただけに、神様からのプレゼントだったともいえる。意志の疎通はムツカシイが、少しでも笑顔が見えますように。一日一日悔いのない時間を過ごすことの大切さをしみじみ感じる。と言いつつ、今日はこれから、ビアガーデンへと向かう雪絵である。
2007.04.17
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辞書には、コンファレンスと書いてあるが、こちらの病院や施設ではカンファレンスといわれている。直訳すると会議とかいう意味らしいが、病状や状況を病院や施設側から説明され、家族や患者とともに今後、何をゴールに治療やリハビリを進めて行くか話し合うことを指す。で、明日はtocoのカンファレンスだ。tocoがミラクルを起こしてくれるのは嬉しいが、ミラクルは起きている時のみ。1時間も起きていると、いつのまにか、睡魔という魔物に吸い込まれるようにして、ふ~~~~~っと目を閉じてしまう。で、10分ほど眠っていたかと思うと、パチッと目を覚まし、またすぐ、ふ~~~~っ。深い眠りの時は、まったく無反応で、カラダを動かそうとしても丸太棒のようにまっすぐ固まっている。今日は、朝、ず~っと付いていたのだが、11時ごろにやっとパチッと目を覚まし、うじゃうじゃ独り言を言っているとリハビリの先生がやって来てくれた。で、車椅子に乗せ、リハビリ病棟へ。今日は少し歩いたらしい。が、自分の意志ではなく、手を添えられて引かれると本能的に歩くのだと思う。これは、自宅でのリハビリの成果がカラダに染みついてのことだと確信する。自宅で過ごしている時も嫌がるのを無理矢理手を引いて歩かせていた。もう動けないと言っても、少し引っ張ると足が出たのだ。元を辿れば、子供の時から蓄えたカルシウムのお陰といえよう。で、丁度、食事時に目を覚ましていたので、今日はゼリーを「おいしい」と言って食べたそうだ。このように、頭の回線が正しく接続されている時間は1日の内、10分あるかないかだ。tocoが、自分の名前や私たち家族の名前を思い出すってことは、アルツハイマーの症状であるからこちらの方の改善は全く見込めない。なにしろ、その細胞が死滅しているというのだから。。。病院でも、どこまでが脳外科で、どこからが精神科なのか、よく判らないんだろうなぁ。今の病院には、長期療養病棟が併設されているので、しばらくそちらでお世話になりたいと願っているのだが、歩けるようになれば、すぐに退院という話も伺った。こうしたいという自分の意志が持てないtocoにとって、カラダが勝手に動くようになるということにでもなれば、四六時中付いていても手を握ったり、時には拘束しなければならない為に、本人にとっても良いことではないと思える。今も、顔を見に行けば、手を動かさないように抑えてあるバンドを外してあげるが、少し目を離すと鼻に通ったチューブを抜きにかかる。またチューブを入れ直すとなると本人にもかなりの負担なので、ずっと手を握っているが、これがこちらも重労働。少しでもストレスを和らげてあげようとして、お互いストレスをため込んでいるような気もする。そうそう、大阪のケアハウスにいる叔母は、ずいぶんと体重が落ちたせいで足の痛みがウソのように消え、手押し車や杖の助けを借りなくても滞りなく歩けるようになったそうだ。物忘れがひどい、以前の入院の記憶がない、だから私も認知症。などと彼女はのたまうが、タクシーに乗ればちゃんと行き先を告げられるし、人に訊くことが得意なので、思い立って飛行機にでも乗ってしまえば、tocoのもとへ一直線に会いに来そうでドキドキしている。近頃、叔母を見舞ってくれている叔母の従兄弟の娘さんの話によると、足腰が回復したので、故郷に帰り十分独り暮らしができると確信しているらしく、本当に実行に移しかねないそうだ。もちろん、決行するなら、息子夫婦に無断だろうから。今度こそ、親子の縁切りになり、叔母の実家であるウチが面倒を見ざるを得なくなる>ひぇ~~~。ま、叔母は年齢を超え、百歳アップまで愚痴をこぼしながら長生きするだろう。ここんところ、その叔母の従兄弟の娘さんと頻繁に電話で話し、なるべく大阪の実の息子のもとで心安らかに暮らせるよう意見の一致を見た。その娘さんも、実のお父さんが、脳の左の方が出血し、なんとか特別養護老人ホームにお世話になっているものの、大阪の施設の事情は厳しいようで、ご自分も世話をしに行かなければならないそうだ。が、在宅介護は限界なので、入居できているだけでも有難いと仰っていた。あ~あ、右を向いても、左を見ても~♪ ま、それは、それなりに、がんばりまっしょい!である。
2007.04.16
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昨日から今日にかけての母tocoの回復ぶりは実にめざましい。一昨日まで、車いすに10分ほどしか座っていられなかったのだが、昨日から結構長くても平気になり、今日は2時間ほど座っていた。そして、車いすからベッドに移る時、少しの支えで数歩歩いたそうだ。そして、お約束通りの食べる練習。アイスクリーム一口からゼリーへと進歩した。が、リハビリの先生とも話したのだが、「動く」「食べる」に自分の意志がまったく介在しない。言ってみれば、実力はあるのに自らは発揮できないのだ。まぁ、カラダが勝手に動くよりはコントロールがきくのだが、アルツハイマーとの兼ね合いは実に予測がつかないモノだなぁと改めて感じる。昨日は、10年ぶりに知人とバッタリ出くわし、話し込んでしまった。というのも、彼女のお母様もアルツハイマーで、今は特別養護老人ホームに入居しているとのこと。カラダを動かす時に痛がる話など、経験者でないと微妙に理解できない事をお互い、そうよね、そうよね、とついつい話し込んでしまった。そして、今日も数ヶ月ぶりに、アルツハイマーの母をもつ友達とバッタリ。まだ自分の意志があるので、施設を利用するのを嫌がるが、深夜に徘徊に似た行動を繰り返すので家族ではもう見きれないとのこと。お二人とも、tocoにとってここ2年間劇的に効いた新薬がカラダに合わず、服用を断念し、家族が手を焼いたそうだ。そして、お二人とも、その薬が効く人もいるのねぇ。と感心していた。やっぱりtocoはミラクルな人だ。そうそう、tocoの言葉もだんだんハッキリしてきた。が、やはり脈絡がなく、意志の疎通ができないが、それなりに周りの皆さんに返事を返したり、一人でブツブツ語っている。時々、頭の回線が繋がるらしく、昨日も今日も「私は、誰?」と訊いてきた。「tocoちゃんよ」と返したが「わからん!」と言う。一応、疎通ができたと見るか見ないか、いやはや、判断がムツカシイ。明日も、ミラクルなtocoでありますように。
2007.04.13
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はらはら川面に落ちた桜の花びらが群れて浮いてる様子を、花筏(はないかだ)というんだそうだが、う~む。大量すぎて、これでは風情がないんじゃないと思うのは私だけ?母tocoは、今日、アイスクリームをなめることができて、明後日から流動食の練習を始めるそう。なかなか大きな歩みがあった一日だった。
2007.04.11
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近所の公園の桜が葉桜になりつつあり、淡いピンクと新緑を感じさせる薄緑がやさしいコントラストを映し出し、いつまでもじっと眺めていたい今日この頃である。さてさて、入院中の母tocoは、アルツハイマーの影響なのか、手を触ると痛がって、ひどい時には泣き叫ぶようになってきた。元気な頃も、朝起きる時、カラダを触ると痛がったが、動かすことで痛みが治まるというので、なだめながらカラダを「起動」させていた。今も、さすったり、もんだりしているうちに痛みが和らぐようだが、急にチカラを込めることがあり、そうなればまた痛がる。意志の疎通が全くできないために、どうしてあげることもできず、動かさないままだとカラダが固まってしまうので、リハビリの先生方もtocoをなだめながら、一日二回、気長に気長に、車椅子に座らせてくださる。そんな中、不思議なのは、足を動かしても全く痛がらないということ。それどころか、ベッドから車いすに移る時、軽くカラダを支えるだけで足はきっちり運べるらしい。これも、元気な頃に、嫌がるtocoをなだめながら日々スーパーを歩かせた「脚力の貯金」があるからだと勝手に確信している。そうそう、一昨日は、介護度の認定調査に担当の方が来てくださった。「5」ってことになるんだろうな。一般病棟で3ヶ月が経過すれば、通りを1本隔てた長期療養型の介護病棟へ移してくださるということらしい。総合病院の有り難さを改めて感じている。その一昨日、同じ病院で近所の幼なじみのお婆さんが97歳で亡くなった。病状が安定しているという理由で、再三、在宅介護を勧告されたそうだが、ベッドから落ちたり肺炎にかかったりを繰り返し、介護病棟と一般病棟を数年往復された。お婆さんも頑張ったが、仕事をしながらお世話をされたお嫁さんであるお母さんは、いくら歩いて数分の近所の病院だとはいえ、毎日毎日足繁く通い、本当によく頑張った。今度は、そのお母さんにお疲れがでませんようにと願うばかりだ。
2007.04.11
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昨日、今日と母tocoは、うとうとと眠り続け、父が訪ねても、ち~っとも目を開けようとしない。父もがっくりの様子。で、気分転換のドライブがてら、土佐山田というところの「八王子」の桜を見に行った。昼だというのに、外は寒くて辟易。が、車の中はぬくぬくで、少しは気分も明るくなったようだ。
2007.04.05
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入院中の母tocoに、少しずつ言葉らしき物が戻りつつある。とはいうものの、意味とか脈略とかは成り立っていないのだが。。。今日は、私の顔を見るなり「あんたが、お母さん?」と真顔で言われた。う~む。「そうだったら、わたしゃ、100歳以上よん」と、返しておいた(笑)。朝、様子を見に行くとほとんど寝ているtocoだが、目を覚ましていると機嫌が悪く、調子が上がってくるのは、昼過ぎから。今日の「お言葉」は、3時頃の出来事だった。手の方も活発に(とは言っても、以前と比べるとだが)動くようになってきた。本日は、珍しくリハビリの先生の髪の毛に手を伸ばし、引っ張っていた。いやはや。そして、終了したら挨拶をするのだが、いっこうに「ありがとう」も「さよなら」も言わず、「よくやった!」というような感じの言葉を口走った。これには、みんな大笑いである。が、本人は、意識しているのかいないのか。それなりに、舌が回るようになってきたので、食べ物の方も口から摂取できるようになればいいのになと、欲が出てくる。鼻から胃へとチューブを通しての食事はシンドイだろうなぁ。が、特養に入っている叔父は、一時(とは言っても長い間だが)このチューブを通し、それでもダメになったのでお腹からチューブを通す「胃廊(いろう)」という方法で食事を摂っていた。病院を移り、リハビリをしていただいたお陰で、今は、口から摂取できるようになったが、口から食べるということの有り難さが傍で見ていてもしみじみと判ったような気がする。ところで、tocoの実姉から「毎日毎日心配で夜も眠れない」という葉書が届いた。なんと返事を返してよいやら、いっそのことtocoの実際を写メして送りそうになる。しか~し、そんなの見たら「卒倒」してしまうに違いない。毎日毎日報告しても、1日でめざましい進歩はないので、すれば心配は増すばかりだろう。週に一度なら進歩の様子もまとまるかもしれないので、文書で様子を知らせようと思う。明日のtocoの口から発せられる「お言葉」が楽しみだ。
2007.04.03
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今日は、公私ともにお世話になっている方のお誕生日で、お祝いをするはずだったが、肩すかしで、後日ということになった。夕方早くから出かけるためには、母tocoが入院中とはいえ、こちらも色々と用意がある。さらに、急な仕事が入り、ドタバタ。ま、なんとか一日を充実感をもって過ごすことができてホッとした。さて、tocoは、少しずつ、発音が単語になり、こちらの言うことが判るかも?ってことが多くなってきた。病室も、ナースステーションから遠い部屋になり、牛歩の歩みではあるが、着実な回復が見られているようだ。明日はどうかなと思うより、来週はどうかなと思うことが励みになる今日この頃である。
2007.04.02
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3日前まで、まだ咲かないのかと憂いていた桜が、ボンッ!と一斉に咲き始めた。画像は、近所の思い出の桜。あるお爺さんが何年も何年も丹誠込めて手入れをしていて、亡くなった後も、毎年目を楽しませてくれている。さて、母tocoは、相変わらず、うつらうつらと眠り、時折目を覚ましている。まだ、受け答えができないが、一日に数回、判ったようなことを言うこともある。今日は、看護師さんに「いつもお世話になって、すみません」と言ったそうだ。私には、顔を見て「嬉しい」と発した。だが、発する言葉は、ほとんど日本語になっておらず、こちらの言うことには興味を示さない。道のりは長そうだが、この2年で日々がんばって増やした体重と身につけた体力をもってしてなんとか乗り切って欲しいものだ。この桜も、見せてやりたかったなぁ。来年に、期待っ!(o^-')b
2007.04.01
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一昨日、母tocoの部屋のメンバーが入れ替わり、なかなか癖のあるお隣さん(正確には斜めなんだけど)がやって来た。昨日は、痛み止めについて、これまで服用していた薬Aと今もらっている薬Bはどう違うかについて、先生に直接聞きたいとかで、先生がわざわざ来てくれて、Aは慢性的な痛みに効きBは急な痛みに効く薬で、今回は急な痛みなのでそちらを処方したと答えていたが、患者さんは、慢性的でも急性でも自分にはAの方が合うといって譲らなかった。そこまで言うなら、Aにしますか。と先生がおっしゃったが、せっかく出してくれたBでもいいけれど、やっぱりAが、いや、でもBが。。。と自分で堂々巡り。いやはや、ものすごく温厚な先生なんだが、さすがに最終的に「どうなさりたいんですかっ!」と切れ気味になっていた。そして、今日は、くも膜下で手術した方なのだが、手術の時に使った「なんとか膜」は健康な膜を使ってくれているでしょうねぇ。もし、健康な膜でなければヤコブ病になることもあるときいたので、健康な膜かどうか検証したい。と看護師さんを呼びつけて詰め寄っていた。看護師さんもタジタジである。わざわざ病気のもとになるような物を使用するはずもなく、どうやって検証するんだろうと、tocoの手をさすりながらぼんやりしていた。その方は、まだまだ安静が必要なのに、何度もベッドに起き上がり、頭を動かしている。看護師さんに静止されるのだが、なかなか聞き入れず、頭が痛い痛いと大きな声で叫んでいる。先生にも、今、安静にしておかなければ、手術が成功してここまで回復したとはいっても、どこかに障害が出ることだってありますよ。と脅かされるのだが、いっこうに聞き入れず、動かないことでストレスがたまり出血する方が怖いんです。とおっしゃる。聞くとはナシに聞こえる様々な言い分に、こっちの頭が痛くなってきそうだ。tocoは、少しずつ単語らしい言葉や、文章になりそうなニュアンスで独り言を繰り返している。さ、夕方の見舞いに行って来ます。
2007.03.28
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桜がまだ咲ききらないというのに、今日は久しぶりに「暑」かった(汗)今日は、私の誕生日だが、母tocoの足元側のベッドにいらっしゃったFさんとおっしゃる方が亡くなられた。延命処置をしないという書類に家族の方がサインされてから2時間ほどで命が果てた。これも、何かの御縁かと思った。朝、私がtocoの様子を見に行った時には、珍しくFさんが目を開けていらした。が、ザンネンながら、その時にはご家族が誰一人いらっしゃらなかった。その次、昼過ぎに行った時は、親戚の方々が10名ほど集まり、書類にサインされている所だった。叔父の特養に出かけなければならなかったので、席をはずし、2時過ぎに行った時にご臨終。tocoが寝ていたので、用事をしに家に帰り、再び4時過ぎに行ったらご遺体を病室から運び出すところだった。その時、tocoは目を開けており、私の顔を見るなり、大きな声で「あはは」と笑った。うっひゃぁ~。である。状況が全く飲み込めないので仕方がないが、よりにもよって静粛な場面で「あはは」は・・・(汗)とにかくご冥福を祈るのみです。さて、画像は、土佐二十四万石の市街地風景。まだ桜が咲きそろっていないのに、手前の桜はもう葉桜。異常気象の連続に、自然もどうしていいか右往左往しているようですナ。
2007.03.26
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これは、母tocoの髪の毛の伸びるスピードの事である。手術のため3月12日の夕方に髪を青々と剃ってから、もうすぐ2週間。今日はそれ以来ずっとかぶせられていた帽子のような保護ネットが外れた。で、見てみたら、髪の毛が7mmほど生えてきていた。元気な頃、いくら染めてもすぐ白髪が出てきていたが、それもそのはずだわと妙に納得した。しかも、縫った跡も、ほとんど残っていない。なんという自然治癒力。またしても、tocoミラクルだ。さて、昨日、点滴が外れたというのは、私のとんだ早とちりであった。数時間お休みしていたようだったのだ。tocoは相変わらず、鼻から液体のカロリーメートみたいなのを注入されている。言葉も不明瞭。ちょっと目を覚ましたかと思うとすぐに目を閉じてイビキをかいている。今日は、カラダを拭いてもらって心なしか気持ちよさそう>よかったね、tocoちゃん^^v
2007.03.25
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たしかに。お医者さんのおっしゃる通りである。お陰様で、母tocoは、少し言葉のニュアンスが判りかけたような感じになる時がたまにあるようになってきた(>って、すごくまどろっこしいが、まったくもってこういう状態なのである)し、巻き込んだようになっていた舌がよく前に出てくるようになって時々レロレロとするためか、口腔内の汚れが目に見えて減ってきた。何より、驚いたのは、今朝は点滴が外れていた。ってことは、口から食べる練習が始まるのかしらんと、希望的観測も増してくる。tocoは、俗にいう「血管が逃げる」タイプで、点滴できる血管を見つけるのに一苦労。それも、一日もてばいい方で、すぐに液が漏れたりして看護師さん泣かせである。そういう所だけ私も似ていて、点滴できる血管を探し当てるのに30分ほどかかったことがある。具合が悪いので点滴になるのだが、そういう時って血管自体も具合が悪いのだろう。そんなところは遺伝しなくてもいいのにぃ(笑)この「なだらかな回復傾向」。日々見ている私たちにすれば、ずいぶんしっかりしてきたわと喜びであるが、例の叔母が今の状態を見れば卒倒するかもしれない。髪の毛が生えそろい、ベッドに起きあがれるようになってきたら、デジカメで写して送ってあげようと思う。
2007.03.24
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東京で開花宣言が出されたというのに、南国高知では、ち~~~~っとも咲く気配なし。一体、どうなっているのでしょう。ちなみに、こちらでは、早咲きの桜と一般的な桜があって、早咲きの桜はとうの昔に咲き、ぽかぽか陽気のせいもあり、とっとと葉桜になってしまった。が、その後、急に冷え込んだため、一般的なヤツが、とんだ遅咲き状態になって、早咲きの桜の後を追うようにチラホラ咲きはじめ満開へと目を楽しませてくれるはずの桜並木は、秋の風情さえ漂わせている。さてさて、母tocoは、相変わらずの状態。先生によるとなだらかに回復傾向だそうだが、景気回復のようにち~っとも目に見えては来ない。鼻から流動食をとり、発する言葉は言葉にならず、しかして「痛い」とだけはハッキリ言う。あとは「あはは」と笑うのみ。目を開けていたかと思うと、急にいびきをかいて寝てしまうし。。。本人が少しでも楽しげな夢を見てくれていればいいんだがと思う。たまには、リハビリの格好いいおにいさん先生に笑顔を見せてあげてよ>tocoちゃん。
2007.03.22
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いやはや、母tocoの調子は、1歩進んで2歩下がる。。。みたいな感じ。言語のリハビリが土曜に始まり、脳の状態が落ち着いたのかなと思われるので、ちょっとは前に進んでるのかなと思うことしきりだ。tocoは、一日のうち、目を開けている時間が不定期、しかも、1時間開けている時もあれば、数秒で閉じてしまうこともある(目を開けている時にリハビリができればいいのだけれど)。本当は、一日中付き添っている方がいいのかもしれないが、長丁場になること必至のようすなので、家が近いことを利用して一日4回、ちょこちょこ様子を見ている。ところで、tocoの実姉に「言葉が不自由になったので、しばらく母からは電話できない」と告げたら、いろんな人に電話をかけまくった様子。ま、こちらに在住の親戚にまでは話してはいないようだが、意識はあるものの意志の疎通のできない状態では、せっかくお見舞いに来てくださっても、絶望感を与えるだけだ。と思う。先日、隣のベッドで眠る母と同じような状態の方を親戚や友人の方が大挙して見舞っていらっしゃったが、何度も何度も大きな声で名前を呼び、ほとんど反応がないので、看護師さんを呼び、病状を伺い、身の回りのことをあれこれ指図して10分ほどで帰られた。よほど、時折目を覚まされますよ。と告げそうになったが、看護師さんを呼ばれたので、余計なことは言うまいと黙っていた。看護師さんも、ヘルパーさんも、たま~に来られる方に、あれこれ指図されてはたまったもんじゃないだろな。と思ったことだ。tocoの場合は、アルツハイマーが進んでいたとはいえ、話しかけられたら全く判っていないにもかかわらず、適当に相づちを打っていたので、いくら私たち家族が認知症が進んでね~、と親戚に言っても「まぁ、みんな、同じ事。年を取ったら。。。私も同じよ」としか返事が返ってこなかった。よって、この状況を見れば、急にこんなになって。。。と驚くことであろう。たしかに、脳内出血は急に起こったが、脳の内部が壊れてきていたので必然だったのかも知れない。脳内出血の日にまでとは行かないだろうことは父も私も覚悟の上だが、医学的に意識はあるといえるものの、ほぼ植物人間状態の母に接して、父は相当に精神面でのダメージを受けている。こっちのケアも怠らないようにしなければと思う次第だ。tocoの実姉は、tocoの様子伺いをいいことに、頻繁に電話をしてきては、自分の状況を相談しはじめた。嫁のすることなすことが気に入らないので裁判を起こすなんて、飛躍も甚だしく、よりにもよって、私の従兄弟に当たる息子に、私が嫁の事をすごく嫌っていると告げたというのだ。ったく。以前、嫁が私とtocoのことが大嫌いだと言っていたと、叔母の口から聞かされた時には、なんて人だと思ったが、なんて人とは、叔母の方だったのだ。余計なことを言わないで欲しいとキツク言ったら、叔母からの電話はピタッとかかってこなくなったが、私の知らないところでどんな爆弾を落とされているのやら。そんなことを考えると胃が痛いワ>ヤレヤレ。そんなこんなの日々だが、そろそろ叔父の方へも様子を見に行かねばならない。背中一面にできていた吹き出物はどうなったのだろう。昨日は、彼岸の入りだったので、父を連れてお墓参りに行ってきたが、帰りに父の具合が悪くなり、ヒヤヒヤした。人付き合いの下手な両親のもとで育った一人っ子というのは、こういう時頼る人が居ないので本当に困る。私本人は友達が多いので、自分がどうにかなった時には、助け合いネットワークがあるのだが、親の事ではそうはいかない。頼っても、頼れるのは以前の職場で一緒だった母の従兄弟しかいないなと改めて思った次第だ。母のことは、その方に。父のことは、関西で暮らす父の妹たちに相談しようと思う。それまで、皆様、元気でいてください。と祈るのみだ。さてさて、3時になれば、病室の方も落ち着いて、tocoも目を覚ましている確率が高い。これから父を迎えに行ってきますゾ。tocoちゃん、目を覚ましてねっ!
2007.03.19
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時折、目を開け、一人でおしゃべりをしている母toco>相変わらず、外国語のようでち~っとも伝わらないが^^;。今日は、ケアマネさんが様子を見に来てくれて「ま、言葉も発してるし、手も動くようだし、時を待てばいいですよ」と言ってくれた。隣のベッドの方のご家族も「21日間眠りっぱなしの方も、ひょいと目が覚めて、今はリハビリして歩けるようになっている」と声をかけてくださったし、まったくもって有難い。私も、入院以来、てんやわんやの一週間を過ごしたが、先週末に納品した仕事の校正が今日やって来て、私の担当以外の所もこまかくチェックを入れさせてもらった。自分の仕事の進め方のスタイルに合ったお客さんからの仕事は、どんなに内容が込み入っていても、発注が的を得ているのでやりやすく、パーツで頼まれても校正時に全体を見せてくれるので、バランスを考えて手を加えることができるゆえ、結果的に納得の行く仕事ができる。仕事に愛があるかがポイントなのよね~。今日は、tocoの容態とともに、仕事も気持ちよく仕上げられて気分がとっても軽くなった。明日も、いい一日でありますように。
2007.03.16
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昨日は、母tocoの誕生日だった。なのに、今や植物人間状態。一週間前の今日は元気だったのに、いやはや判らないものである。昨日のtocoは、夕方目を開けて、言葉が判らないなりに「なに?」とか「えっ」「おとうさん」と発していた。が、今日は、まったく目を開けず、布団を直してやると寒いというようなそぶりを見せた。ったく、どうなるのか見当もつかない日々。父がどんどんしょんぼりして行くのをただ一緒にいてたわいもないハナシをしながら、時を過ごすしかない。医師からも「とにかく時間を下さい」と言われているので、時間が薬なのだろう。細かく観察していると、昨日に比べて、今日は痙攣が見られなくなってきた。明日は、またひとつ、どこかが改善されますように。tocoちゃん、がんばって!
2007.03.15
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って、これ、母tocoのことです。実は、彼女は、入院したのだ。8日(木)ろれつが回らず言葉が不明瞭。頭痛アリで救急外来へ。くも膜下&脳挫傷という病名で入院。しかし、頭部打撲の心当たりナシ。出血部が溶ければ退院ってことで、予定は4,5日。9日(金)入院生活が理解できないらしく、顔を見に行けば常に話しかけてくるtoco。仕事が入っていたので、打ち合わせに出て、仕事の合間に二度面会に。10日(土)徹夜で仕事を仕上げ、朝のうちに納品。先方には事情を説明してあったので先日受けていた仕事の訂正分は先方で処理してくれるとのこと。四半世紀のお付き合いに甘えてしまう。本当に有難い。で、tocoは朝食を完食。常に話しかけてくる。昼食後から父も交え病院で団らん。夕食後に面会に行くと、帰るを連発しながらも、なかなかのおしゃべり。暗算もできるし、病院の壁に貼ってあるムツカシイ漢字も音読できる。病院の指示で、8時過ぎまで車いすに座らされ、その間ずっと付きっきりでtocoと珍問答。徹夜明けにはこたえたです。で、8時過ぎにベッドに入れて「明日の朝も、来てね~♪ バイバ~~~イ」というtocoの笑顔に送られながら帰宅。11日(日)朝食後に行くと、車いすで眠りこけるtoco。朝7時半に自分でトイレをした後眠くて眠くて仕方のない状態が続いているとのこと。どうにもならないので、ベッドに寝かせる。昼には起きて、昼食は9割方食べるが言葉が不明瞭。日本語になっていない。朝から、様子がおかしいと告げるが、先生に報告しておくとの返事。退屈しのぎにとノートとペンを持っていったが、ペンがもてないtoco。夕食後に様子を見に行ったが、食べないまままた眠りこけていたので父と帰宅。私たちの帰宅直後から暴れ出したため、頭部CT撮影し、二度目の出血が確認される。12日(月)朝食後に様子を見に行くと、先生からお話があるとのこと。最初の出血は、打撲によるものではないかもしれない。アルツハイマーの薬として処方されているアリセプトによって、出血が見られるという例もあるという話を聞いたことがあるというハナシ。明日、頭の血を抜く為のクダを入れる手術を行いたい。とのこと。心臓にペースメーカーを入れているのでMRIが撮れないため頭の中がどうなっているのか詳しいことはわからないけれど命には別状ありませんのでご安心をということだった。tocoは、意識はあるものの、相変わらず日本語にならない言葉を発している。ハナシが後先になったが、患部は、左で言語や理解力などの部分。自分で何か訴えることはできても、こちらの意志は伝わらない状態。それでも、自分でトイレをしたいという意志だけは固い人なのでtocoったら、朝のトイレは手伝ってもらいながら自分でしたそうだ。動かない方がいいので、オムツになった後も私に、おしっこという意思表示をするのでオムツにしなさいと言うが、なかなか理解できずやっと通じた時には、かなり我慢していたのだろう驚くほどの量が出ていた。午後5時、剃髪。tocoちゃんは瀬戸内寂聴さんのような尼さん頭になりにけり。13日(火)10時から手術。12時前には集中治療室へ。他の重篤な患者さんもいるので面会時間は、2分以内。というのが、事の顛末。この病院は、総合病院で、何度も入院しているが脳外科の階は初めて。各階とてもカラーが違っていて、今回の階は、食事時に家族が来るのを露骨に嫌がるので終わった時刻を見計らって行かねばならない。ま、脳外科という性質上、色々あるのかなと思い郷にいればなんとやらで、お任せしている。が、気になるので結構ストレスなのよね。とまぁ、数日は集中治療室なので、父も私もお任せして気の休まらない骨休めをしようと思う。脳の事は気長に待つしかないらしい。tocoちゃん、またしてもミラクルを起こしてねっ!
2007.03.13
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いやはや、どっちゃりこんとまとめ仕事が入ったので、しばし日記はお休みします。しっかし、tocoのお世話に休みはないのであ~る^^;。
2007.03.09
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母tocoが、新薬を飲み始めてから5月で2年になる。医師からは、2年から2年半で効き目がなくなるといわれていて、通院の度に「そろそろかもしれません」と告げられる。今、tocoは、水分の不足からきた便秘によって、トイレに座ることがある意味仕事になっている。土曜から少しずつ出始め、残尿感というものがあるように、残便感みたいなものがあるらしく、トイレから出たらまたトイレへ入る。当たり前のようにオムツも汚す。本人の自尊心を傷つけないよう手助けしながら換えたり、拭いたり。月曜には落ち着いたので、様子を見ていたが、火曜日、リハビリの帰りに、外科へ行ったら、レントゲンを撮ってくれて、まだまだかなりの量が滞留していることが分かった。急にピ~~~~~ッとくる下剤ではtocoも家族も対応しかねる旨話したら、穏やかながら確実に効くという緩下剤を処方してくれた。緩下剤とはいうものの「夜中に効くように飲ませたらいけませんゾ」という指示通り、夕べ飲ませた。やはり私も気になり、朝早くから世話に出かけた。早朝にドカンと出たらしく(父談)、落ち着いてはいたが、朝食を食べさせ薬を飲ませてトイレへ行かせたら、ちょっとオムツに漏らし自分ではきかえていた。が、ここからが、モンダイ。汚れたオムツを外さずに、その上から新しいオムツをはこうとしていた。本人は、どうやら間違っているようだと自覚しているものの、何が違うのか分からずに困っていたのだ。うちでは、トイレのドアを少し開け、時々覗くようにしている。本人も羞恥心があるので、自宅での付きっきりやドア全開はまだしていない。ちょうどタイミング良く声をかけたので、処理にも時間がかからず、デイサービスのお迎えにも何とか間に合った。今日はデイの日で、昨日「下剤を飲ませるので休ませた方がいいのか」職員さんに相談したら、対応してくれるというのでオムツと着替えを持たせてお任せした。本当に有難い。日中の世話は私。夜の様子見は父がしてくれているが、父も高齢で、二晩ほど気を張りつめていたので疲労の色が見えていたのだ。それともうひとつ、昨日のtocoは、箸の持ち方を忘れてしまい、一瞬、自分で食べることができなくなっていた。茶碗蒸しを食べる時も、スプーンの背ですくおうとしてダラダラとこぼしてしまった。気長に思い出させることができてなんとか自分で食べてはくれたが、本人はどうしていいかわからず本能的に手で食べようとしたのでビクッとした。水分が足りないのも、コップの傾け方が分からず、中身が口に充分には注がれないというのが一理あるようだ。コップを傾けず、頭を反らそうとするのだが、思うように反らすことができず、結局飲むのをあきらめてしまうのだ。この頃、朝食は食べさせないと食べない傾向にあり、食べさせることが多いのだが、今日は、いつもの父に代わり、私が食べさせた。おむすびやバナナを口に運んでやりながら水分を注ぐと300ccはゆっくり飲んでくれた。父も一生懸命やってくれているので、あれこれ口出しするのもどうかと思うが、今朝はじっと見ていて、こういう風にすれば飲むんだと納得してくれていたようすだった。デイの職員さんに感謝しながら、今日も一日無事に終わることを祈る。tocoのトイレのお世話をしていたら、便秘でない私が、ピーピーになってきたわ(笑)
2007.03.07
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この頃、母tocoの機嫌がすこぶる良くない。というのも、どうも便秘らしいのだ。まったく出ないというわけでもなく、ちょこちょこは出ているらしいが、本人がスッキリしたくてもできないので、不機嫌状態が続いている様子。今朝も、11時前からトイレに入ったり出たりで1時間あまり。昼食の時間も遅れ、午後の予定がこなせるかシンパイだったが、なんとかトイレに行きたい気分が収まったようなので、叔父の特養へ行って来た。というのも、体に湿疹ができたという電話があり、様子を見に行かなければならなかったのだ。その湿疹は、背中一面にできており、隆起している箇所も見られた。皮膚科の先生によると、ホルムアルデヒドなどの物質によってできる湿疹ということだが、施設の内装を新しくしたなんてことはないし、生活環境が変わったって事もない。食べ物にも思い当たることはないとの事。経過を見て、治療を進めてくれるということなのでお願いしてきた。そして、一つ、気になる報告があった。叔父は、昨年続けざまに転倒し、何度も怪我をしてしまった(目の上を10針ほど、後頭部を数針縫うなど)。その怪我予防もあり、ヘッドギアをつけているのだが、それが、先日入った市の監査によって、拘束にあたり、虐待ともとられかねないというのだ。食事の時間もずっと装着しているのが目についたらしい。叔父の転倒は、椅子やベッドから車椅子に移る時、またその逆の時が主で、聞き分けができないので、ほんの少し目を離した、というより逸らした時に、スッと動いてバタンというパターンが多い。が、調査員さんが調べている時には、一度もそのような動きがナイので、ヘッドギアは必要ではなく、お世話してくれる職員さんが楽をしたいがために着けさせているととられても仕方ないというんだそうだ。家族からの希望があり施設内でも話し合って装着している、と告げたそうだが、ヘッドギア装着は、あくまでも本人の同意が必要!と突っぱねられたそうだ(本人は気に入って着けているようすなんだが。。。)。さらに、今後、こういうことがあると、介護保険の適用から外すとまで。。。なんか、話が飛躍しすぎているようにも思われるのだが、市としては、入居者を入居者のしたいように、自由にさせることを目標としているんだそうだ。ヘッドギアは、転ばぬ先の杖と思っている私たちがいけないんだろうか。転んで痛い思いをするのは、叔父本人なのに。叔父は、幼い時の脳膜炎がもとで、知的障害者になり、70歳位の時に、お世話になっていた精神科の先生から「この状態なら、認知症の老人と変わらないので障害者の括りからは外します」と告げられ、保健所に掛け合っても医師の診断が通り、認定から外された。知的障害が治るなんて考えられないのに。。。まったく、理不尽である。話が逸れたが、叔父のヘッドギアは、食事時には外すという事で一応落ち着いたらしい。施設に迷惑もかけられないので、スポーツの汗留めなどで使うヘアバンド(?)を持って行こうと思っている。それにしても、市の監査によると、ベッドの柵は布団が落ちないようにするための物という観点なんだそうだ。利用者さんがベッドから転げないようにするための物と考えるのは、間違いってことだ。ベッドから転げる危険性のある場合は、ベッドを止めて畳敷きに布団を敷くようにという指導があったそうだ。監査の調査員さんは、実際の現場を体験しているのだろうか。最低でも三ヶ月は現場で働いていただきたいものだ。
2007.03.04
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実は、本日の父の検査とは、癌を発見する為のものだった。父曰く『血液検査の結果、癌がある事が分かったので、MRIをしてもらうことになった』って事だった。そりゃ、家族としてはMRI及び、その後の結果説明を聞かねばならぬ。で、タイトルにもあるように、結果は、癌ではなかった>よかったよかった。が、またしても父曰く『よく考えてみると、あの先生は、数値が少し高いようですが、初期の癌ができているということもままあるので、安心のためにもMRIをしてみたら?と言っていた』う~む。どうも、最初に聞いた話とはニュアンスが違うぞ。いやはや、このニュアンスの違いは大きい。癌というワードを聞かされ、気が動転したからだろうが、父の中ではその部分だけが増幅され、『癌ができている』事になっていたのだ。私としては、検査結果を聞く時、はじめて先生とお会いしたのだが『どうしてお家の方が来てるの?』という表情だった。これからは、ホームドクターからの紹介で専門医を訪ねる時は、もれなく私が付いて行こうと思う。話はちゃんと、納得の行くまで伺わないと、勝手に病気を作られると、心身共にこっちが疲れてくるんだもん。大量にあった仕事は、奇跡的に朝までに仕上げ納品。頭を超ハイスピードで使うと寝付かれず、少し体を休めただけで、母の世話→父の検査→追加発注のあった仕事→母の世話 とめまぐるしい一日だった。が、つい晩ご飯を作るのがめんどかったので、近所の友人と居酒屋へ行ってしまった(笑)。私ってタフなのね~♪ 来週もまた違った怒濤が待っていそうだけれど、父が元気でいてくれるだけで有難いことである。
2007.03.02
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今日は、母tocoの心療内科診察日。2週間前から受診している整形外科とリハビリと合わせて、3つのカテゴリーを午前中にこなすべく、最も効率のいい「巡る順」を考えて出かけた。心療内科では、緊急入院の患者さんが居たものの45分待ち。リハビリでは、順調に行けば30分のところが1時間。ところが、先日1時間待ちだった整形外科が30分ほどで終わり、案外ラッキー!3時から仕事の打ち合わせが入っていたので、家にとって返して、昼食を摂り、近所のスーパーへ運動がてらの買い物に出かける。3時前には、お客さんの所に到着し、結構な量の仕事をいただいた。なんたって打ち合わせにたっぷり2時間半。で、仕上げは、明日午後3時半まで。ま、明日は、tocoがデイサービスなので夕方のお世話ギリギリまで時間があるから、楽勝だわ。とタカをくくっていた。ところが、打ち合わせが終わり、日中に薬局へ頼んでいたtocoの薬を届けに行ったら、父が「明日の朝は、私の検査なのでよろしくね」ときた。うそぉ~ん。アンタの検査は『月曜』だといってたじゃないのさ。そう、父が曜日を間違えて、私に告げていたのだ。ってことは、検査の結果によっては日中父につきっきりってことも考えられるので、実家に向かわなければならない朝8時までには、仕事を仕上げて送信しておかねばならないじゃないのさ。あ~あ>できるのか>自分>やるっきゃないわ。これからは、父の言うことも二重三重に確認をしなければならないとつくづく思った。ってことで、これからがんばります。
2007.03.01
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母tocoは、その上に並べられていた『ボラ』の大きさに目が釘付けだったが、私は、この時期ならではの『白魚』をつい激写。このお値段は、安いと思うけれども、自宅で食べる気にはなれないなぁ。まさに、躍り食いしなければ。。。さて、今朝のtocoは、昨日を引きずっていたようで、不機嫌MAX。なんとかなだめてデイサービスへ行った様子。ますます、家の者に対して不機嫌な事が多くなってきた。が、他人さまと接することによって脳が活発に働くのだから、根気よく送り出さねば。出かけるまで嫌がりはするのだが、お迎えが来るとニコニコ。帰宅早々、もうあんな所は嫌っ。とは言うのだが、こっそり覗きに行けば、活発に人と話し、楽しそうにしているtoco。まったく、この病気はムツカシイ。こっちが混乱しないようにしないと。家族で、ふぁいとっ。だ。
2007.02.28
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ったく、今日はtoco劇場だった。ケアマネさんが代わるので自宅まで来てくれたのだが、tocoは上機嫌で応対し「あなた、大好き!」とか言って見送りまでしたのに、姿が見えなくなるや「あの人たちゃ、誰?どうして来たの?」と、不機嫌顔になり、とっととコタツに潜り込んで、2時間ほどぐずぐず。やっとの思いで座らせても、目を閉じて、起きないぞという体勢で、結局入浴も明日に持ち越し。なんとか、なだめつすかしつ日記だけは書き上げた。正直、今日は、疲れました私。さ、ワインでも飲んで、和みます。
2007.02.27
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母tocoも、目立った変化がなく、先週末は気持ちのんびり過ごすことができた。23日金曜日は、デイサービス。朝も機嫌良く出かけ、機嫌良く帰宅。24日土曜日は、デイケア。ケアの方は、重度痴呆症のケアということで、月に一度はロングドライブに連れ出してくれて、レストランで食事をするというプログラムを組んでくれている。で、この日は、自宅前を通り北山へ梅見に出かけたらしい。が、どこへも出かけなかったとのたまうtoco。父はここで話を切るが、ケアからの連絡帳に、梅見に出かけ、途中レストランに寄ったと書いてくれていたので、ずっとお部屋の中にいたの?お昼は何処か外の食堂で食べなかった?何を食べた?と、具体的に、糸口を探りながら聞き出すと、外へ出すことは認めたが、梅見には絶対に行ってないっ!とのこと。ま、それ以上、こっちが言うと不機嫌になるので、梅見には行かなかったが、ドライブをしてレストランで食事したというセンで双方の一応の納得と相成った。てんやわんやの日記を終え、夜は外食。tocoに食べさせながらの居酒屋は慌ただしく、家に帰てごろごろしていたらつい寝入ってしまっていた。25日日曜日は、昼にドライブをし、買い物を終えて、髪を染めてやって入浴。朝ゆっくり寝かせたので一日が短かった。夜は、春日八郎なんかが出ていたテレビの歌番組を見ていたらしい。今日は、デイサービスの日。上機嫌で出かけたというから、安心安心。明日は、リハビリを終えて外科の診察、食事を済ませ一息ついたら、ケアマネージャーさんの訪問があり、夕方から入浴。木曜には心療内科の診察も控えているし。。。また、慌ただしい1週間が始まった。ご機嫌でがんばろうねっ>tocoちゃん!
2007.02.25
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先月は、歯科の入り口で門扉にしがみついて、行きたくないと駄々をこねた母tocoだった。今月も、まためっちゃ嫌がる歯のお掃除の日が巡ってきた。今日は、朝、病院のリハビリ~食事~自宅で休息の後、コタツでぬくぬくしていたいというtocoをなんとか乗せ、ひとまず買い物に連れ出した。歩いている間もこっくりこっくりしそうな母。そこを色々と話しかけ、ゆっくり買い物をしたが、歯科の時刻までにはずいぶん間があったので、ちょこっとドライブをして時間稼ぎ。ちょうどの時刻になったので、今日は歯科へ車で乗り付け、父と三人で待合室に入った。嫌そうな顔はしていたが、駄々をこねるということもなく、ほとまず、ほっ。歯茎に腫れがあったりで「来て良かったね」と連発しているうちに、tocoも納得したらしい。「来月も来てくださいね」という先生のお言葉に、満面の笑みで「はい~」と答えていた。いつも、帰り際にはそのいいお返事を返しているのだよ>tocoちゃん。その気持ちを忘れないでほしいものだわ。が、やっぱり、帰宅するなり「もうあんな所へは行かんっ!」だもんなぁ。来月も、あの手この手でがんばろっと。
2007.02.22
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昨日、母tocoが湯船ですべって、ころんでしまった。いつも、湯船に浸かっている時は、私が見に行くまでは立ち上がろうとしないのだが、つい自分で立ち上がろうとして足を滑らせ、湯船の中にころんだため、大事には至らなかった。で、ころんですぐに発見し、そのまま湯船でじっとしててと言い残し、1分ほどリビングに戻り肩に貼る湿布薬を取りに行き、バスルームに戻ったら「今度はちゃんと出られたよん」と、洗い場に立っているtocoが居た>ったくぅ。この頃、聞き分けが悪くなってきたので、だんだん目が離せなくなって行くことを実感する。で、今朝は、ひょっとしてどこかを打っていて、起きられないんじゃないかと、早くからtocoの様子を見に出かけた。幸い、痛がることもなく、本人はころんだことさえ忘れていた。明日痛くなるということも考えられなくはナイので、明日も要注意だ。
2007.02.21
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tocoの帰宅後、デイサービスから電話があった。帰り支度をしていたら、送迎のバスには乗ろうとせず「家が近いので、私歩いて帰ります」とおっしゃるんですよ。なんとか納得させてお送りしましたが、ここ1週間ほど、この状態が続いています。なるほど。。。これは多分、バスに乗るのに手間取るので、その時間が待ちきれないからだ。>って、本人が一度こぼしていた時があるのだ。家にいる時も、トイレに立ってなかなかリビングに戻ってこないことがあり、見に行くと、玄関から庭に出ているってことがここ1ヶ月ほど多くなった。これは、どこに戻ればいいのか分からなくなり、ふと玄関に出て庭へ。。。というパターンだが、家の前の道に出るまでは至らないので、今のところ目配りをしている程度で済んでいる。デイでのそれは、早く家に帰りたいというサイン?いやいや、待つのにイライラするからだと直感する。デイのスタッフさんの心配をよそに、帰宅したtocoは、少しコタツでくつろぐと、出かけたことをすっかり忘れている。「今日、私は何処へも出かけていないっ!」とキッパリ言い放つのだ。ま、こういうことも日常茶飯になると、ヾ(・・;)ォィォィ とも思わなくなってきた。明日は、朝からリハビリ。私もホットパックとマッサージをお願いしたいモノだ。
2007.02.19
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只今、年に一度の大イベント、ゆうみんの苗場コンサート開催中につき、今年現地に行くのを止めた私は、ネットパーティで忙しい。さらに、珍しく仕事がたて込んできた。ちょっと大きな仕事をもらったモノだから、じっくりやろうと一旦制作して原稿を寝かせていたら、また新しく仕事が複数入ってきた。どうしてなのぉ~。苗場時期にかぎってぇ~♪が、明日でこのイベントも佳境を迎える。楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。さて、忙しいと言っても、最優先は、母tocoの世話である。病院でのリハビリが始まったので、実は、生活のペースを作りやすくなってきた。が、その分私が忙しい。ま、それはいいのだが。。。全く出かける用事のない日曜日は、通常なら、昼ご飯を持って実家に行き、叔父の特別養護老人ホームへ家族で出向き、買い物をし、入浴させるのが常だが、今日は、急な仕事が発生したので打ち合わせに来て欲しいと昨晩電話をもらい、出向いたために、昼食後、買い物に連れて行き、すぐに打ち合わせに出かけた。実家に戻ったのが4時過ぎ、tocoはというとずっと寝ていたらしい。案の定、寝起きがすこぶる悪いがそこをなだめつすかしつ起こして、風呂に連れて行く。今朝は起きる時も機嫌が悪く、だだをこねている時に、私ったらちょいと自分の腰をひねってしまったので、入浴の世話が腰にこたえてヤレヤレ。。。一日中一緒にいられれば、ここまで不機嫌の要素を作らずすんだのになとちょと後悔した・゚゚・(>_
2007.02.18
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夕方、tocoのデイサービスの近くを通りかかったら、ちょうど玄関先で帰り支度をしていた。で、声をかけたら、連れて帰ってもいいとのことだったので、1「私と一緒に歩いて帰る」2「一人で送迎の車に乗って帰る」と質問を投げかけた。ら、「アンタと一緒に送迎のバスに乗って帰りたい」と、なかなかナイスな答えを返してきた。それは無理だってば、おかあちゃ~~~ん。歩いても、私の足で5分。一緒に歩いて10分足らずなので、1にした。手をつないでの帰り道、「この辺りに食堂があるらしい」「そこで、食べてみたい」「今夜のごはんはあるのだろうか」と珍しく積極的に発言するtoco。今夜は、何か食べに行こうか?と聞けば、「うん、うん」と乗ってきた。足早に帰り、日記一式を済ませて、私の家の近所の焼鳥屋さんへ一家総出で出かけた。ここには、焼き鳥だけでなく、鍋料理やお寿司、スパゲティ、ピザといったメニューがあり、時折、思いつき創作料理も登場するので、行くたび驚きも味わえる。で、今日は、いつも食べる焼き鳥のほかに、父が前回食べたかったというピザ(自家製のピザ生地にシャモの薫製とチーズをのせ、こんがり焼き上げたところに、ルッコラなどの生野菜をのっけて特製ドレッシングを振りかける)を注文した。これが、自分で食べる分には美味しいのだが、tocoにとっては自分では口に運べない代物。ゆえに、適当に契ったり巻いたりして食べさせた。8切れ中2.5切れを食べたということは、味を気に入ったってことだろう。以前は、先入観から、あれもイヤこれもイヤ!と偏食だったのに、分からなくなってからは、とりあえずなんでも口に入れてくれるので、体がますます健康になってきたようだ。しっかりしている時から、偏食がなかったらよかったのにぃ(笑)。食わず嫌いだったモノでも、口に合えば美味しそうに食べるtocoを見ていると、人って不思議とさえ思えてくる。さて、昨日から飲み始めた痛み止めが効いたようで、今日のtocoは痛みもなく、手もよく上がるようになり、機嫌もすこぶる良かった(機嫌はたまたまかもしれないけど^^;)。tocoが嫌がることでも、世話する方に信念があれば積極的に動く大切さをまたしても再確認だ。しっかし、痛いとか、だるい、とかは、ホントのところがなかなか見分けられないのよね~♪
2007.02.16
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このたび、心療内科の診察が月曜から木曜に変わり、2週間と3日ぶりの診察となった。ここ1ヶ月、これまで上が100を越えるか越えないかの母tocoの血圧が、120前後、高い時には140になっていたので、アルツハイマーとの因果関係があるのかもと、先生に尋ねた。いちいちメモをとってなかったので、正確ではないかもしれないが、大体の所・・・脳の中心部の脊髄へと続く部分に支障が出てきたために、血圧が高くなることがあり、180ほどになれば、安定剤を飲ませる必要が出てくるが、今は経過観察。本人に自覚症状はなく、自律神経がやられる為に、血圧の上昇が見られるとのこと。着々と進行しているんだなと、またしても改めて思った次第である。また、心療内科へ向かう階段で、tocoが手すりに手をかけなかったので、どうしたのか聞いたら、右腕が痛くて上げたくないという。このことを先生に話し、整形外科で見てもらった方がいいか聞いたら、頷くので帰りに整形外科に寄った。朝や昼寝の寝起き時に、病気のせいで体が痛くなるそうなので、実際のところが分からなかったのでそのままにしておいたが、改めて診てもらうと「肩関節周囲炎」というものだった。原因は、デイサービスで楽しんでいる「風船投げ」というキャッチボールのような遊びで、いわば熱中し過ぎ。初めてやった日に「やりすぎた~」と帰ってきて、ちょっと痛いというので、筋肉痛と思い、次はあんまりやりすぎないよう注意したが、デイサービスでは相変わらず魂を込めて投げていたらしい。で、デイでは痛さを隠して頑張るモノの、家では痛いので動かさない、動かさないからその部分が固まって動かなくなる、で、デイでだけ動かして、家では動かさない。。。そんな繰り返しが悪化させたらしい。おかげで、今日から病院でのリハビリが始まった。よって、火曜日に通っていた通所リハビリを休んで、来週からは火曜と木曜に整形外科的リハビリに通うことになった。それが、このリハビリがなかなか魅力的。私もやってもらいたいほどだ。まずは、患部を15分ほどホットパック。これがとにかく気持ちいいのよね~。で、マッサージ、軽くストレッチ。これで終了!腰のヘルニアで1ヶ月整形に通った日々の極楽気分を彷彿とさせる内容だ。今日は、最初の診察からリハビリまで3時間半もかかった。10時から出かけたので、終了は1時半。よって、昼食が2時すぎになった。tocoは昼寝をしていたが、私は、調剤薬局へ頼んでおいた薬をとりに行ったり、通所リハビリを休む連絡、デイサービスへの報告などでバタバタし、ふと時計をみれば、tocoを入浴させる時刻になっていて、超不機嫌なところを無理矢理起こして、なんとか入浴完了。日記にもちょいと手こずって、予想に反しててんやわんやの木曜日だった。来週から、また新しいリズムで1週間が始まる。私も頑張るから、tocoちゃんもがんばって、ねっ^_-v。
2007.02.15
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昨日は、母tocoの通所リハビリの日だった。食後、少し休ませてから出かけるが、体が休んでいるということは、頭も動いてないので、その状態から体を動かすには、「不機嫌」の儀式を通過しなければならない。が、昨日は幸い、駐車場の片隅に薔薇の花が一輪咲いていたので、薔薇を見に行こう!と促したら、ひょいと立ち上がってくれた>ラッキー!ちょっと薔薇を見た後、車に乗せて、リハビリへ。車中では、案の定にがむしを噛みつぶしたような顔をしていたが、なんとか送り届けることができた。迎えに行き家に着くなり、お風呂へ。スムーズに事が運んだ。お風呂では、入浴剤のバブ(ユズ)が溶けるのを楽しみにしていて、「ユズちゃんとお風呂に入ろう」というのも誘い言葉の一つ。が、いい方を少し誤れば「人を子供みたいに馬鹿にしないでよっ!」と怒り出すこともある。こちらも頭を使い、言葉遣いにも注意しながら。あの手この手で興味を持たせればなんとかなるものだわと改めて思った一日だった。さ、そろそろデイサービスから返ってくるゾ。ご機嫌さんでありますように^^。
2007.02.14
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昨日書いた作品展に行って来た。様々なデイサービスや会場近くの小学生の図画工作などが、200点ほど並んでいた。が、母tocoの名前は見当たらず、デイサービス全体として2点の工作(?)が展示されていた。父と顔を見合わせてガッカリ。が、tocoは、展示されている作品を見て「これ、お母さんたちが作ったの?」と聞いても、「私は作らない。が、見たことはある」とのたまう。多分、作ったのだと思うが、それ以上追求しても思い出しそうにないので、話を終わりにした。作品は、土の中で冬眠する動物たち。。。とでもいうものだろうか^^;この頃、思い出しそうな場合とそうでない時の区別がなんとなくつき始めた私たちである。深く追求すれば、それがやぶ蛇になって、手がつけられないほど怒り出すことがあるから、ほどほどにしておくことを覚えた父娘なのだ^^;。さて、作品展の見学を終え、叔父の特別養護老人ホームへ行った。昼食前ということもあり、叔父は食堂へ行くことにばかり気をとられ、まさに気もそぞろ。tocoは、着てきたベストに付いているポケットの具合が気になり、父を手こずらせ、どっちもこっちもどっちつかずな状態になってしまったので、食事を見届けることなく施設を後にした。あ、そうそう。tocoがポケットを気にし始める前に、叔父と窓の外を眺めていた時、コートを着込んでバッグを持ち、足取りのしっかりした老婦人が近づいてきて、「この横の道も広く綺麗になりましたねぇ」と話しかけてきた。適当に会話を交わしたが、その方も入所者で、施設内をぐるぐる歩き回っていろんな人に声をかけていた。初めて見かけたので、ここ1週間くらいの間に、入居されたらしい。一見、しっかりした風にみえるのだが、認知症なんだろうなと思った。家では症状が出ても、他人の前ではしっかりふるまえるって状態なのかもしれない。tocoも私たちから離れて入居すれば、結構しっかりやっていけるのかもなと思った。さてさて、帰宅し、ちょっと昼寝をさせてからが、今日は大変だった。寝起きに体が動かなくなったり、痛くなったりするのがこの病気の症状で、今年になってこの症状がきつくなってきたtocoだが、起こそうとしたら今日はとにかく痛がる痛がる。が、そこを乗り越えて動かしていたら、脳の働きが活発になり動かせるし痛みが消えるそうなので、ムリムリ体を起こして立たそうと後ろに回ったら、tocoったら素早くコタツに潜り込み、体をまっすぐにしてしまった。10分ほどかけてゆっくりコタツから引き出し、後ろから抱え込むようにしてなんとか立たせて、車に乗せ、近所のスーパーへ出かけた。歩くのはイヤと言ってたくせに、ご機嫌を取り戻しちゃんと歩いてくれたので、ほっ!帰宅し、入浴を少し嫌がったが、休む間を作らずに入浴させた。日記も無難にこなしたが、やはり、こちらは根比べ。入浴から日記音読まで2時間以上かかってしまった。tocoはそろそろ寝ている頃だろう。明日の朝は、機嫌良く起きてくださいよ>tocoちゃん。
2007.02.11
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昨日から、ゆうみんの苗場ネットパーティ(http://www.npn2007.net/)を夜な夜な楽しんでいるので、勝手に忙しい^^;。お葬式もあったしねぇ。が、寄る年波というヤツで、寝不足がこたえる(って、仕事ならこたえないんだけどなぁ)、が、家の用事は待ってくれないので、できるだけ笑顔を心がけている。さて、今日明日と、デイサービスの法人が日頃制作したモノの「作品展」を開いている。1施設から5点出すんだそうだが、tocoの作品も選ばれているという。今日は、別のデイケアへ行かせたので、明日、朝から家族で見に出かけることにしている。が、tocoにその話をしても、ピンと来ず、それどころか「デイでは何もせず座っているだけなので、私は何も作ったりはしていない。誰かが私の名前をかたって作品を出したに違いない」と言い張るので、まったくヤレヤレである。今日は、デイから帰ったとたん、お腹が空いたというので、軽くクッキーを食べさせ、夕食までのつなぎをするつもりだったが、ものの30分も経たないうちに、またしても空腹を訴えるので、さっきお菓子を食べたでしょと言ったが、「そんなモノは食べてない」と言い張った。日記にも書き、音読をした後だったので、ヾ(・・;)ォィォィ と思ったが、「もう少しでごはんだからちょっと我慢してね」と促した。拒食気味なtocoに、お腹が空く感覚が蘇ってきたことはいい傾向だが、食べたことを忘れ、食べ物を欲しがることが多くなったので過食しないよう気をつけていなければならない。これでも、進行が遅い方なんだろうかとふと考え込む今日この頃である。明日、自分の作品を見てtocoはどんな反応を示すんだろう。父も私も作品を見ていないので、どんな作品を仕上げたのか楽しみだ。
2007.02.10
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朝から母tocoの視野検査に行って来た。一緒に検査室に入ることはできないので、待合いで待っていたが、ものの10分で出てきた。「どうも、検査方法がご理解いただけないようで^^;検査ができませんでした」。tocoに問えば、光が見えたら押せと言われても、押そうと思ったらもう消えて押さずじまいとのことである。さもありなん。。。結局、測定不可能ってことで、眼圧は高くないので、今後は、眼圧だけで経過を見ましょうとの先生のお見立てだった。tocoは、白内障の手術には成功したモノの、緑内障があり、ちょいとキツイ目薬を毎日差している。が、このごろは、目に染みるのでもう差さないと駄々をこねるのを無視して差している。そのことも気になったので先生に告げると、我慢して頑張って続けてくださいとの返事。これで、気にすることなく点眼することができる。さて、今朝は、眼科に行く前に、ちょいと気になったので、早めに実家へtocoを迎えに行った。ところが、いつもはなんとか起きているはずのtocoが、ベッドに石のように横たわったまま動こうとしない。父も辟易として、困り顔。体を鉄骨が入ったように堅くして、少しでも触ろうモノなら、痛い痛いと繰り返す。が、先日、心療内科の先生に詳しく症状を伺っているので「体を動かす最初は痛いけど、そのまま動かずにいたら寝たきりになるよ」と告げ、以前入院していた時の病院のヘルパーさん仕込みの起こし方でひょいと起こした。本人がどうこういう前にひょいと体が起きてしまうので「痛い」という間なんてありゃしない。「腕が痛、痛~~っ」とはいうものの、首を起点に起こすので、私は手に触らずじまいなので、ひるむことなく「手は触ってないヨン」涼しい顔の私。でも、痛いといってはばからないので、「そりゃ、痛かった、痛かった」と言いながら、腕をなでてあげた。頭をよしよししてあげたら、機嫌が治った。ま、そんなこんなで、バタバタと家を出て、視野検査で測定可不能。起き抜けのぼんやりも相まったかなと思いつつ。人様から見れば、やっぱり着々と病気が進行しているんだなと胸に染みた一日であった。明日の朝は、機嫌良く起きてねっ>tocoちゃん!
2007.02.08
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今日は、母tocoの通所リハビリの日。午後から送って行かなければならないが、出かけるのを非常にむずがるようになったし、トイレに行く時間を余分にとっておかなければ間に合わないことが多くなってきたので「朝のうちに体を動かしておいて、昼食後、ゆっくりトイレをさせて、送り出す」作戦を思いついた。が、大失敗。トイレから出て、庭で機嫌良くひなたぼっこをしていたと思ったら、姿が見えなくなった。で、玄関先に出たら、家の中に入ろうとしていたので、リビングにくるだろうと思い待っていても来ない。様子を見に行ったら、なんと自室のベッドに潜り込もうとしているではないか。ムリムリ起こして、リビングに連れてきて、リハビリに行こうと促すが、頑固一徹!テコでも動かない。1日休むとダラダラになるので、嫌がってもトニカク連れて行かねばならない。で、強制連行となったが、着けば着いたでニコニコ顔。毎度の事ながら、ヤレヤレである。新たな作戦を練らねば。さ、迎えにGO!帰れば、お風呂が待ってるゾよ>tocoちゃん!と、ここまでは4時過ぎに書き、4時半のお迎えに向かった。tocoは、美空ひばりのDVDをご満悦で見ながら迎えを待っていた。「来週もまた来ますね」とかなんとか言っちゃって^^。「来週も」ではなくて、「来週は」で、よろしくお願いしますよ。今日のお風呂は、発泡系入浴剤バブの「ゆず」(←うちでの通称は「ゆずちゃん」)と一緒にご機嫌で入ってくれた。「ゆずちゃんが溶けると寂しい」そうで、私が居なくなると、まだ溶けていないゆずちゃんを、手すりのところに上げ溶けないようにしている。なんとまぁ、微笑ましい、こういう時は、天使にみえるのよね~。ま、今日も無事終わって良かった良かった。
2007.02.06
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今日は、母tocoはデイサービスへ。別にど~ってことのない1日だった。こんな日は、日記のネタに本当に頭を悩ませる。近頃、父をうまくのせて、tocoが塗り絵をするためのイラストを書いてもらっているが、さすがに今日はネタが無く、デイサービスの「連絡帳」を書いていた。とてもシンプルなモノで、塗り絵もピンク一色だけだった^^;。で、文章担当の私は、昨日に比べて寒かったことや、デイで連絡帳にtocoが色をのせた塗り絵を貼り付けてくれたこと(もちろんイラストには複雑な塗り絵の描写ナシ)、連絡帳の中に一ヶ月分の献立が挟まっていること、今日のお昼に食べた物などを書かせた。tocoちゃんのペン先は、最近、全くといっていいほど漢字が出てこないし、「を」と「お」の使い方も妖しくなってきた。平仮名と片仮名も混在し始め、今日は「鮭のレモン焼きを食べた」のくだりで、「レモン」が「レもん」になり、音読をさせる時に、案の定「しもん」と読んでいた^^;。分からない漢字を教えてと言うのだが、他の紙にその一文字だけを書いて見せても、どこを見ていいのか分からなくなるらしく、字としての体をほとんど成さない。それならば、平仮名で書いてみて。と促すが、とっさに平仮名が出てこないことが目に見えて多くなってきた。それに、「っ」「ゃ」「ゅ」「ょ」などの小さく書かなければならない字をどうしても大きく書いてしまうし、「とって」「ちゃ」などと言っても、書き方が分からない時の方が多い。「とつて」とか「ちや」と言えば書くので、そうしている。読む時に、言いよどめば、助け船を出すということでそれなりに過ごしている。しっかし、一番「ガクッ」とくるのは、昨日写した写真を見せてtocoとしても納得していたのに、一旦写真から目をそらし、昨日の話題をふると、「だれが?どこへ?いつ?行っていた?」と聞く。ま、昨日今日に始まったことではないが、またかい!と思いつつ、古いギャグにある「ハラホロヒレハレ・・・」って感じでズッコケてしまう。日記にデイでの献立を書いている途中「あんたはこんなものを食べているの?どこで?」と問うてきた。よくあることなので「tocoちゃんが食べたのよん」と言ってあげるが「私は、そんなものは食べんっ!」と怒り出したり、目をまんまるくして「へぇ~~~~私が?ほんとかね~」と返してくる。今日は、後者。機嫌のいい方なのでほっとした。ま、こんな事の繰り返し。しかも、日々衰えるばかりなり~で、どこまで日記を続けることができるのか、まったくもって不安だ。しかし、根気よくペンを握らせることで、なんとかこっちの気持ちに応えてくれるのが幸いである。あ、そうそう、簡単な漢字をたっくさん忘れている癖に、「昨日の写真の私は、とても美人に写っていました」と書かせたら。「美人」という漢字だけは、すらりと書いたヾ(・・;)ォィォィ (爆)ところで、昨日、父の歳の離れた従兄弟(90いくつのおばあさん)が亡くなった。このおばあさんには逸話があって、早くから子供たちは県外に住み、ご主人亡き後、故郷で独り暮らしを全うした。で、5年ほど前、新聞受けに新聞がたまっているのを不思議に思った配達の人が中を覗くと、廊下で倒れていたという。それが3日間倒れっぱなし。もちろん飲まず食わずだったが、救急車に乗せられる時、近所の民生委員さんが一緒に行きましょうかと救急隊員さんに申し出たところ「こんなにお口が達者なら、付き添いはいらないでしょう」と言われたそうだ。そんな話を聞いて1ヶ月後には、また元通りの一人暮らしに戻っていたのにもこりゃまた驚かされた。しかも、井戸端会議の主役として立ち話をしているところを偶然発見してしまったので、パッと見、幻?と思ったほどだ。昨日というから日曜日に亡くなって、葬儀は金曜日。日にちが随分空くけどどうしてなのか父に問うと、孫たちがニューヨークに住んでいて帰国するからなんだそうだ。そりゃぁ、孫自慢もたくさんあり、楽しい井戸端会議のネタがたんまりあったことだろうと、おばあさんの「話す幸せ」を垣間見たような気がした。で、こちらとしても、tocoのお世話との兼ね合いがあるので、葬儀は何時からか父に聞くとい、どうも「朝10時頃かららしい」と電話で言ってきたんだそうだ。それも、葬儀を仕切る子供から直接聞かされたあやふやな情報。葬儀社に尋ねる方が確実なので、明日電話をすると言う父。う~む。うちの血筋は変わり者が多いのかも、という思いが頭をかすめた。ま、この話は、日記には書けないが、父としても、今日の重大な出来事だったので、私が実家へ顔を見せるやいなや、立て板に水の如く話してくれた。なにはともあれ、冥福を祈るのみです。
2007.02.05
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あまりにも天気がよい日曜だったので、車を走らせ、阪神タイガースのキャンプ地「安芸」へと出かけた。途中のレストランで、この時期恒例の「タイガース弁当」を平らげた。結構ボリュームがあるので、後半は、tocoのお口に入れてあげた。いやんいやん、と言いながらも小気味よく食べるtoco。そのお陰だと思うが、レストランを出て、大山岬ということろにある道の駅に着くなり、トイレ~と言い出すtoco。あいにく身体障害者用の広いトイレが使用中で、和式のトイレに二人で入る。パンツを下ろして腰をおろすと、間一髪でセ~~~~~~フ。久しぶりの和式にtocoの膝はガクガクだったが、後ろから抱え込んで用を足し、立たせて、いやはや。が、洋式よりも和式の方が介助はしやすいなと。怪我の功名的納得をしたことだった。いやはや、美味から、クサイ話へと。。。失礼しました^^;
2007.02.04
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今日は、節分。近所のお店で、鬼に金棒!ってパンを見つけた。デイケアから帰ってきた母tocoも、めざとく見つけて目が釘付け。きょうのデイでも豆まきをしたそう(ち~っとも覚えていなかったが^^;)。今夜は、北北西を向いて、恵方巻を丸かじり。多分7時すぎには、この鬼に金棒パンもあっけなく鬼退治されることだろう。
2007.02.03
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おやまぁもう2月。水曜日に何故か上機嫌でデイサービスに出かけたtocoは、今日金曜日には、めちゃ不機嫌で同じデイに出かけた。いつもは、前日に「明日は、デイだね~」というと、いきなり不機嫌になるのだが、今日は、豆まきのイベントがあり、楽しみにしていた節があったので、夕べ「明日が楽しみだね」と言ってしまったのが、どうも不機嫌の始まりだったらしい>とほほ。昨日の木曜は、昼頃ゆっくり起き、昼食を摂って、ちょっと遠出した。空港まで行って、飛行機の離発着を見たり、スーパーで買い物をしたりと、なかなか行動的に動いた。連日書いているように、動き出すと活動的になるのだが、一旦休んでしまうと、いやはや、なかなか。帰宅して、車を降りる時、庭の梅が咲いているのを見つけ、自分で何枚も写真を撮っていたのが、珍しく積極的な行動だった。そのあと、すぐに入浴させようとしたのだが、ちょっとテレビを見てしまい、またしても強制入浴させた。ふぅ~。ゆうみんに教えてもらいたわ「コンナコト イツマデ クリカエスノカシラ~♪」さ、今日はこれから、tocoの帰りを待ち、日課の日記を済ませて、家族で居酒屋へ出かける。ストレスのたまった父に少しでも発散してもらわなければ。アップした梅は、私が携帯で写したモノです。
2007.02.02
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