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2015年12月27日
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カテゴリ: カテゴリ未分類



徳島県の祖谷地方、神山町について語っています。

(1)からの続き・・・

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>以下日経ビジネスオンラインから

この景色は「嫌だ」と思うことが大切です
ヘンな景観にも素晴らしい景観にも気付かなかった日本人
2015年12月25日 アレックス・カー、清野 由美

<土地本来の産業で地域の活性化を果たすのがいい>

カー:いや、地元の人もいるけど、ほとんどが都会からの人ですよ。竹田はUターンが多いんです。いったん都会に出ても、やっぱり地元が好きで帰ってくる。Uターンだけじゃなく、Iターンも多い。今の市長がユニークな方で、アイデアの発信とそれを実行していく力があるからだと思います。
 あと、仕事で関わっているわけではないけれど、日本で有望だと思う地域はいっぱいありますよ。例えば島根県の海士(あま)町。海士町がいいと思うのは、漁業という土地本来の産業で、地域の活性化を果たしていることです。
清野:第一次産業の活性ですね。
カー:アートも地域おこしのキーワードとしてすばらしいものですが、田舎の本当の課題として、農業、林業、漁業の促進というものが基本にありますよね。海士町発のヒット商品にレトルトカレーの「島じゃ常識さざえカレー」がありますが、島で食べられていたものを魅力的な商品にして、対外的に打ち出して、ヒットさせたでしょう。マーケットに対する感度もいいんですよ。
 その意味で祖谷はこれからだな、と思っているところです。古民家の改修で観光拠点的なものはできましたが、UターンやIターンはまだ活発になっていません。そういう面を支えるアイデアと枠組みを考えて、ゆるやかに実行していきたいと考えています。
清野:例えば祖谷にUターン、Iターンをした場合、生業はどういうものになりますでしょうか。
カー:ということが、少し前までは大きな問題だったんです。都会で一度サラリーマンをやってしまったら、農業や漁業にはもう就けないって。ただ、インターネットが発達してから、そのあたりの意識がずいぶん変化したと思います。祖谷に住むからといって、祖谷での仕事に就かなければ生活できない、という時代ではなくなってきていますよね。例えば竹田に移住したクラフト作家は、つくったものを地元に売っているわけではありません。竹田には中臣一(なかおみ・はじめ)さんという若手の竹細工作家がいるのですが、彼の作品はザ・リッツ・カールトン京都の内装に使われていたりします。
清野:ということは、ビジネスセンスがあるんですね。
カー:そう、ビジネスセンスがあって、もちろん制作のセンスもある。世界に認められる水準の作品をつくる人で、どこに住んでもやっていけるのですが、竹田市に「アート・イン」の仕組みがあるからこそ、彼は竹田を拠点にしている。
清野:交通インフラに加えて、ITインフラが整ったことは、ライフスタイルの幅を広げましたね。
カー:そう。ITインフラがあれば、ライフスタイルはかなり自由にアレンジできます。本を書きたい人、芸術や工芸作品をつくりたい人は、意外とどこに住んでも大丈夫ですよ。東京の起業家やフリーランスの人たちの間では、地方にサテライトオフィスを持って、両方を行き来するやり方も広がっていますしね。
清野:祖谷と同じ徳島県の神山町が有名です。神山町は竹田市に先駆けてアーティスト・イン・レジデンスの取り組みも始めていました。
カー:IT企業などの誘致だけでなく、観光面でも新しい展開ができて、観光産業が成り立っていくと、さらに地元は活性化するんですけどね。僕は竹田市、海士町、神山町などを見ると、希望を感じますね。

<「まちおこしの旗を振ろう」なんて人はいない>

清野:ただ、日本の地方、田舎は、「まれびと」として行く分には、温かくおもてなしをされて心地いいのですが、地域共同体の中に入り込むと、やっぱり日本の村社会ならではの人間関係が渦巻いていて難しいな、と思うことがあるんですよ。
カー:まあ、田舎というものは、日本に限らず、世界中で難しいよ。
清野:やっぱり。
カー:隣のおじさんがうるさいとか、詮索好きなおばさんがいるとか、水を回してくれないとか、それはどこでもあるの。
清野:どこでもある。
カー:それは、田舎に住むという、もう一つの……。
清野:もう一つの、何、でしょうか?
カー:付き物、ということですね。でも、こちらがよっぽど変なことをしない限り、まあまあやっていけると思うんだよね。
清野:やっていけますか?
カー:やっていける。祖谷もね、宿泊施設のプロデュースを本格化させる前から、いろいろな外国人、日本人が僕のところに来て、長く住んだりしていましたが、問題はたまに起こった程度。起こったにしても深刻なものはなかったですね。
清野:本当ですか? 日本社会のあの因習的な人間関係に巻き込まれないで済むには、どうしたらいいのだろう、ということは、ひそかに大きな問題なんです。
カー:ごくシンプルに言うと、自分の生活だけちゃんとやればいいんですよ。逆説的な言い方になりますが、たぶん、何かをやろうとすると、うまく行かなくなる。例えば、運動を起こそうとか、町のために何かを変えようとか、そういう意志を持つと、かえって軋轢が生じて、水面下でこじれてしまう。
清野:地域のためを思わない。土地に貢献しようと思わない――それは新しい視点です。そうか、そのぐらいの軽いスタンスが必要なんですね。確かに、自分一人が地域に入ったことで、何かが変わる、と思うこと自体、傲慢で世間知らずですね。
カー:ただ、その土地が好き。そこで自分はクラフトをつくる。そういうシンプルな動機とやり方でいいと思うんですよ。
清野:なるほど。
カー:僕にしても、祖谷で何かの運動を起こそうというつもりは、まったくなかったですしね。
清野:そうですね。ただ、ただ祖谷の景観に魅了されていた。
カー:ですから、誰かとグループを組んで、みたいなこともあまり考えず、一人ひとりで行けばいいのよ。竹田に移住した人たちもそうですよ。彼らの中に、「まちおこしの旗を振ろう」なんて人はいないですし。
清野:「運動をしなければいい」という一言は、もやもやしていた霧を晴らしてくれましたね。
カー:そうはいっても、最終的には僕のやっていることなんか、まさしく一種の運動なんだよね(笑)。
清野:最終的には。
カー:美しい日本の景観を日本人の中にリマインドしたい。地域が幸せになるやり方で、新しい時代に合った更新をしたい――そういう運動なんですが、古民家を改修したプロジェクトでは、お客さまを心地よく迎える「仕事」に徹します。だからこそ、公共事業としての意味があるわけですしね。

<日本の景観は「卒業」に近づいているのかも>

清野:私の周囲には、日本の景観がどんどん味気なくなっていって、その醜さと同時に、価値の損失についても心を痛めている人が多いんです。でも、なすすべがないという無力感にどうしてもとらわれてしまう。どうしたらいいんだろう、って。
カー:僕も、海外から日本に帰ってきて、空港から電車に乗るでしょ。最初にすることは、窓のブラインドを下ろすことになってしまいました。かつて、あれほど自分を感動させた日本の景観が、どんどんとひどくなっている。どんな田舎に行っても、看板、電線、ブルーシート、コンクリートの何か、プラスチックの何か、そういうものが視界に入ってきて、「何でもない」風景が日本からなくなってしまった。
 ただ、昨年の秋に『ニッポン景観論』を出した後から、変化も感じているんですよ。まず、政府の関係者からのコンタクトが各段に増えたんです。
清野:お上から、ですか? 懐柔じゃなくて?
カー:あの本では、日本の土木行政をブラックユーモアで笑っているでしょう。どういうことなのかな、と僕も最初は疑ったんですが(笑)、政治家の中にも日本の国土開発、景観を真剣に考える人はいます。僕は日本の景観は「留年中」と言いましたが、「卒業」は近づいているのかもしれません。
清野:新国立競技場の問題もそうですが、議論が巻き起こるようになった。まず、それは大きな意味がある。そうとらえていいですか。
カー:いいと思いますよ。
清野:そう思わないと、やっていられなくて。この先、「議論があって、でも、結局変わらなかったね」と、そういう虚無感に行かないといいな、と心から思っているのですが。
カー:まず、普通の人たちの間に、「こういう建物の形や、こういう景色は嫌だ」という思いがあることが大切なんですよ。その思いさえあれば、それは何らかの形でいずれ表面に上がってきます。そして次に行政、政治の課題になります。日本では今まで、その「嫌だ」という思いがなかったんですよ。
清野:ヘンな景観に気付かなかった。鈍感だった、ということですか。
カー:そう。「嫌だけど我慢している」ということすらなかった。
清野:……。
カー:嫌なんだけれども我慢している、という状態は、問題に気付いていることだから、だいぶマシです。みんな、そのうち我慢できなくなって、どこかで爆発しますからね。
清野:ということは、いったん絶望するのはいいことなんですね。
カー:そうです。
清野:必要なプロセスなんだ……。
カー:『ニッポン景観論』を出した後、知人から「アレックスは罪なことをしたよね」と言われました。「あの本を読むと、何ともいえない複雑な気持ちになって、落ち着かない」と言うんです。それを聞いて、僕はうれしかったね。大成功。日本人を取り巻いている景観がいかにひどいものか。一度嫌になって初めていい方向に進む。その、「嫌になること」という段階がないと、日本の景観は絶対よくならないですね。
清野:とても含蓄がある言葉です。
(この項終わります)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/111100012/112400004/?P=1&ST=smart






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最終更新日  2015年12月28日 02時49分08秒
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