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朝7時、改めて小屋の外を見ると、そこは銀世界だった。

左奥に屋根が見えているが、「屋根小屋」と呼んでいて、本当に屋根だけで、BBQコンロやテント・マット・椅子などが置かれている。眠ることができるのは右奥の小さな小屋だけだが、朝起きた時も部屋の中で吐く息が白かった。
かように寒いところから抜け出すように娘たちが待つ、安曇川荘へ向かう。

幹線道路などはすべて除雪されているので安心して運転ができる。
標識の道の駅「新本陣」の朝市へ立ち寄り、ホルモンうどんを注文すると、お店の人がすっかり覚えてくれていて、辛味の調節をしてくれる。
辛いもの好きな妻には青唐辛子を追加、私は「おこちゃま」なので、追加なしでも十分に辛い。よくあんなものを入れるなぁとぞ思う。
娘も辛い物を食べるとじんましんのような表情が出るので、ホルモンうどん以外のものを注文するようにアドバイス。
天然酵母パンを仕入れてから、もう一つの「朝市」へ。
農土花のすぐ脇を流れる清流、麻生川の上流に住むAさんご夫妻の骨董店、すぐ下流のTさんご夫婦によるイノシシ汁「十六汁」とは、シシにかけた駄洒落だが、ファンが多く、惜しまれながらの引退だった。他にも朽木のさっちゃんが作る「サバずし」「ニンニク卵黄」「大名煮」「山菜おこわ」などなどを目当てに、京都・大阪・滋賀の人たちが集い、釣り人が釣り上げた獲物や、猟友会の仕留めたシカやシシなどの地元にとっての害獣の肉が献上され、豪快なたき火によって調理され、来る人たちに振舞われる。
地元の野菜なども店先に並び、早々に売り切れてしまう。どのお店も利益などは度外視しているので、とにかく安いと好評だった。
小さな田舎町の社交場のように、次々に人が訪れ、客同士がここで仲良くなてしまい、お互いを名前やあだ名で呼び合うところでもある。
十数年前に「共同学童保育所・指導員」をしていた私は、「先生」と呼ばれていたが、市会議員になった今も同じように呼ばれている。


今日の市を最後に、店を閉めてしまうので、次々に各地からのお客さんたちが差し入れを持ってやって来る。私たち親子もそうしたメンバーの一員。
雪が降りしきる中で振舞われたものは、長年お世話になった娘夫婦の差し入れたケーキ(クリスマスだからこれにしたと娘)をはじめとして、シカ肉・おでん・みそ汁・ホットコーヒー・ゆずジャム・カブの漬物・各種お菓子類などなど、食べきれないほど沢山の善意が集まっていた。
黙々と炭火でシカ肉を焼いているのは「オムロンさん」、90年代に小学館の月刊誌ビーパルに投稿した私の記事を読んで声をかけてくれた人だ。
麻生川の上流にある公民館前に車を停めて寝泊りをしながらアマゴ釣りをしたり、山菜や木の実、キノコなどを採取したり、地元では子どもたちを対象としてアウトドアスクールを開いたり、木地山にハイキング道路を整備したりと、自然大好き人間だが、このたびの東日本大震災の被災地にも長期にわたり6回ものボランティア活動をしているそうだ。
先日、ボランティアに行ってきた妻と同じ被災地にも行っており、話が弾んでいた。 大阪では忙しくしていた私も、今日だけは無理を言って休ませてもらって良かったと、心のタガを外して大いに歓談を楽しんだ。
今日を限りに、この朝市が無くなってしまうのがとても残念であり、本来ならば私も手作りおもちゃなどで出店して、一緒にやっているはずだったのだが、来年の4月には2期目に挑戦することにしたので、叶わぬ夢となりつつある。
ホワイトクリスマス。 ちょっぴり切なく、心温まる雪国での一こま。
近くの桐の実、役割を終えて雪をかぶっているが、死んだわけではない。

同じ木の梢の頂には次の花芽がスックと立ち上がっていた。
大阪に戻り、娘夫婦を家まで送り届けた時にドレスアップされた自分の車に気がついた。

ご近所の山茶花が写り込んで、まるで車に花が咲いたかのようで、ついつい嬉しくなってパチリ!娘たちはあきれ顔? まっ、気にしない!
軽トラ 外食 注文 2025.07.25
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