ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2003年11月07日
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 鶏つくね入りそばがき食べて身支度……おっと、その前に昨夜書いた原稿の冒頭が気になって書きなおし。

 岸本葉子さんのエッセイ『がんから始まる』(晶文社)に出ていた、「日本人の3分の1はがんで死ぬ」という部分をそのままアレンジして使ったが、「本当かなあ?」と気になり、厚生労働省のHPで人口動態統計を調べてウラをとる。

 2002年の死亡者数は約98万人、そのうち悪性新生物(がん)で亡くなった人の数は約30万人。なるほど、3分の1である。

 約100万人の人が、この世から出て、あの世へ旅立って行ったのか……。人生には、入り口があり、出口がある。誰にでも、出口をくぐらねばならない順番が回ってくるのだなあ。

 電車の中では岩波新書『当事者主権』(中西正司、上野千鶴子共著)を読んだ。ううむと唸ってしまう。自立や自己決定権についての深い思索が展開されている。私の細い目が見開かされる感じ。

>私たちは当事者を「ニーズを持った人々」と定義し、「問題をかかえた人々」とは呼ばなかった。というのも何が「問題」になるかは、社会のあり方によって変わるからである。(9ページ)

 この定義がすばらしい。古いカウンセリングの考え方では、不適応者を適応させることを目的としていたが、それでは、適応すべき対象に問題があった場合や対象との間でミスマッチがある場合は、適応は必ずしも本人のためにはならないのではないかと思い、私はずっと反発を感じてきた。「適応、不適応モデル」の考え方では、なにも解決しないと。

 そうなのだ!「ニーズを持った人々」のニーズを明確化してお互いに確認を取った上で、そのニーズを満たせるように支援することがカウンセラーの役割だ。ニーズのないものについて教えたり、指導したり、導こうとしたり、アドバイスするのは間違いである。

 しかし、人間って教えたがりなんだよなあ。

 さて、本日のセミナーは10時から15時まで。午前中は、再就職志望の主婦に対するキャリアカウンセリングの際に使用する各種のチェックシート(キャリアの棚卸、ライフプラン、日常生活の点検等々)について、どのようなニーズをもった人を対象に、どのようなタイミングで行うか、使うときの注意点は何か、使う意義やねらいは何かについてディスカッションを行い、プレゼンして、成果を分かち合うというもの。

 午後はキャリアカウンセリングのロールプレイを試みた。キャリアカウンセリングといっても、今回はごく初歩的なもので、同じ立場の主婦が行うピアカウンセラーとしてのそれである。

①再就職したいが、自分には何が向いているか分からない人
②働くことについて夫の理解が得られなくて悩んでいる人
③履歴書や面接でどのように自己PRすればよいか分からない人
④子どものことが心配で、働く踏ん切りがつかない人

 以上の4つの事例を想定して、ロールプレイをしてもらった。

 どのカウンセラーもしゃべりすぎ、教えすぎ。これではカウンセラーではなく、セールスウーマンである。

 相手が何を求めているのか、まず、相手の話をじっくり聞いて、相手のニーズを明確化しましょうねと助け船を出すのだけれども、次のグループも同じ失敗を繰り返す。

 人間って、教えたがりなんだなあ。

 カウンセラーは沈黙を恐れちゃいけない。導くのでなく、寄り添う。教えるのではなく、ともに考え、引き出す。してあげるのではなく、本人がその気になるまで待つ。変えるのではなく、変わろうとするのを支援し、行動の障壁を取り除く手伝いをする。

「でも先生、私が相談者の立場だったら、できるだけ多くのことを教わって、答えをもらいたい」という質問が出た。

 相談者の立場に立って考えたところまではいいが、もう一歩だ。教えることは、結局は本人のためにはならない。本人が求めていないことを教えても、結局は役に立たない。

 キャリアカウンセラーの目的は、相談に来た人が自己決定できるように支援することであって、本人に代わって決定してあげることではないのだ。

 受講生自身が自己決定の意味をよく分かっていないから、こういう質問が出るのだろうなあ。

 自己決定については、もうひとつ大きな問題に突き当たった。午前中に検討したチェックシートの中には、今後のライフキャリアプランについて記入させるものがある。こんな意見が出た。

「5年先、10年先なんて、遠すぎてどうなるのかわからない。それよりも、1年後、2年後といった近い未来のことを考えてはどうでしょうか」

 ううむ。女性からよく出る意見だ。若い女性に対してキャリアプラン研修を行うと必ず出る意見が、「女の人生なんて、誰と結婚するかでどうにでも変わってしまう。結婚する前にその後のことを考えても無意味だ」。

 そんな「あなた任せ」の人生でいいのだろうか。

 自己決定と自立の意味についての自覚がなければ、ライフキャリアプランを組み立てろといわれても、ピンとこないのは当たり前だろうなあ。

 さてもうひとつ別の見地から吟味する必要がある。

 35歳のある女性からこんなことを言われた。

「専門職としての仕事もひと通り覚えたし、人生のパートナーも見つかった。やるべきオプションはみなやり終えたけれども、次の目標が見えてこないんです」

 分かるなあ、その気持ち。私も9年前、自分の家を建てたときに同じような気持ちを味わった。家があれば結婚しなくても、まあ、なんとかなるだろうという安心感はあったものの、なぜか心のすき間に風が吹き込んできたのだった。

 次のステージに上がる前の戸惑いというか、心の風邪みたいなものだったと、いまの私なら整理づけられるけれども、当時の私はかなり悩んだものだった。

 ライフキャリアプランを立てるというのは、そのあと、どうやって生きようかという自分の意志を確認するために必要な作業だ。変わりたい、もっと成長したい、もっとよりよく生きたいという気持ちが根底にあるはずだ。

 しかし、変わりたくてもどう変わればいいのかがハッキリ見えてこないということがある。それはなぜだろう。そんなときには、どのような支援が必要とされているのだろうか。

『当事者主権』の続きを読みながら、この週末、じっくり考えてみたい。







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最終更新日  2003年11月08日 15時25分03秒


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