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音楽と空間。その二つが幸福な出会いをすると、登場人物が不思議な魅力で輝きはじめる。『オー・ブラザー!』は、まさにそんな映画である。舞台は1930年代。ミシシッピー州の広大な大地だ。盗んだ大金を手に入れるため、エヴェレット(ジョージ・クルーニ)は、鎖で繋がれていたビートとテルマーを引きつれ脱走する。早くしないとお宝がダムの底に沈んでしまうからだ。それにしても、「脱走」ほど映画的な題材も珍しい。狭い空間から、広々とした自由空間を目指し、疾走するときの開放感!こればかりは演劇では表現できない。と云いつつ、話の腰を折るようだが、『オー・ブラザー!』は、数多い脱走映画とは毛色が違う。『大脱走』や『ショーシャンクの空に』は、綿密な脚本で脱走までの経緯を、サスペンス豊かに描かれているが、『オー・ブラザー!』には、そういう意味でのサスペンスは存在しない。その代わり脱出後の迷走ぶりを、奇想天外なエピソードで綴っていく。おまけに、この風変わりな作品には、奇妙な調味料がふりかけてある。映画の冒頭のクレジットに記された、この物語はホメロスのオデュセイアに基づかれている、というのがそれだ。だからといって、ジャン・リュック・ゴダールの『軽蔑』ではないから、肩肘張る必要はない。盲目の偉大な叙事詩人ホメロスを想起させる老人が、三人の逃避行のゆくえを預言めいた言葉で暗示してくれるからだ。というわけで、彼らは様々な人間と出会うことになる。ライフル銃をぶっぱなす小生意気なガキ。白い僧衣を纏う怪しげな宗教の信者たち。悪魔に魂を売った黒人のギタリスト。伝説の銀行泥棒ベビー・フェイス・ネルソン。川辺で歌いながら洗濯をしている美女三人。聖書販売の営業を騙って金を奪う乱暴者の大男・・・・・・。そんな奇抜な人物との遭遇と別離が、音楽と絡み合いクレイジーな笑いを惹き起こす。懐かしいカントリーとフォークソングが奏でる音楽と緩急の効いた空間。その戯れが、登場人物たちの醸しだす皮肉なユーモアを盛り上げてくれる。こういう人間図鑑を描かせたら、まさにコーエン兄弟の独壇場である。
2009年06月14日
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快作とはこんな映画のことをいうのではないだろうか。ラッセル・クロウ演じるマックスは、高度資本主義社会の最先端で、日々戦っている豪腕トレーダーだ。セレブのような生活。女好きの独身貴族。マックスの人生のすべては、ロンドンのオフィスの中にある。そこは現実というより、ヴァーチャルリアリティーと呼ぶ方が相応しい世界だ。羨望、嫉妬、憎悪で敷きつめられた人間関係。それらが醸す空気がマックスのまわりには常に漂っている。そんな彼のもとへ、名優アルバート・フィニー演じるヘンリー伯父さんの訃報が届く。少年の頃のマックスは、ヘンリーの住むプロヴァンスで夏休みを送っていたのだ。懐かしい思い出が頭をよぎるが、マネーゲームに明け暮れているマックスには、感傷に浸る時間も無い。彼は、莫大な遺産相続の手続きを済ませるために、陽光の降りそそぐ南仏プロヴァンスを訪れる。プロヴァンス生まれの画家セザンヌが描いたような、美しい風光の地に独身男がひとりでは似合わない。ここまで書けば、話の筋は見当がつくだろう。少年の頃、不思議な出会いをした少女と再会し、当たり前のように恋に落ちる。もちろん、ヘンリー伯父さんの娘だと名乗る若い娘も現れる。そんな場景を、リドリー・スコット監督は、軽快なワインを想わせるようなタッチで爽やかにつづる。ユーモアだって忘れはしない。天国のヘンリー伯父さんは、10年間も疎遠になっていたマックスにチャーミングな復讐をする。砂と間違い、鳥の糞をつかんだり、犬にはおしっこをかけられる有様だ。しまいには、水の入っていないプールに落ちて泥だらけになってしまうのだから、ロンドンのセレブも台無しだ。リドリー・スコットは、下品な通俗ドラマになりかねない題材を、カットバックを多用しながら爽やかに織りあげていく。するとどうだろう。イギリス人でありながら、プロヴァンスで悠々自適の生活を送っていた謎の多いヘンリー伯父さんと、マックスの将来が重なってくるではないか。
2009年06月07日
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