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常々日本では犯罪者の人権への妙な優遇や弱者が持つ権力へのマスコミの遠慮、などにより「弱者こそが強者になる社会」と言われてきました。もちろん、今でもそういった側面はあるのですが、最近になって生活保護の不正受給などにより、一部の「得をしている弱者」に対するバッシングが増えてきました。これは「今、日本は不況で皆苦労しているのに、はたらかないでラクしている人間は許せない」という一般大衆の気持ちを生保不正受給者への怒りにメディアが誘導しているのでしょう。もちろん、本当の不正受給は問題です。しかし、それを追求するなら同時に「生保打ち切りになって餓死した人もいる。生保の審査は厳正に行うべきだがそのせいで本当に必要としている人まで生保を受けられなかったり打ち切られることがあってはならない」というバランスのとれた世論が必要ではないでしょうか。私はメディアの報道には作為を感じます。何故なら不正受給をことさらに取り上げている際、まっとうな受給者の存在が無視されていること。もう一つは不正に得をしている他の分野の人たち(利権にかかわるあらゆる人たち)にたいする批判が弱者のフリをして得をしている人たちに振り替えられていることです。このやり方は大阪の橋本市長と同じやり口ですね。確かに役人は無駄使いが多い。でも、全てにおいて役所が無駄なことをしているわけではない。でも、一部のムダをあげつらって全体を否定する。そうすれば自分は役所のムダを正す正義の味方、というポーズをとることができます。メディアも根っこは権力に抑えられている。だから最高権力は批判できない。でも、生活保護の申請、受理を担当しているのは都道府県や市役所、区役所など地方行政機関の福祉課です。地方を叩くのは簡単です。メディアも批判には遠慮がありません。そして「地方の行政は腐っている。だから強いリーダーが必要だ」的に地方改革から中央を狙っているのが橋本氏ですね。メディアの行政叩きも革新派(歌う人)には大いに利用できます。繰り返しますが不正受給自体は問題です。しかし、世の中にはもっとありとあらゆる問題があります。わかりやすい問題をことさらに取り上げるのはマスコミの常套手段ですが、それを利用する人がいることも頭に入れておきましょう。
2012年07月11日
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おひさしぶりです。こんにちは。恋愛セラピストのつきのせみおりです。今、被災地に出来ること、というのは物資の支援や義援金を送ることや現地に行って炊き出しをすることなど色々あります。それらは実際に被災者の役にも立っていますし、人としても尊い行動です。でも、被災者を「一方的に被害にあった気の毒で無力な人たち」のように扱うのはいいかげんやめませんか?彼らにだって、それは確かに家族や家や仕事を失ったり、失業しただならともかく事業をやっていた方たちは、生活の基本となるインフラを失ったわけですよね。比較にならないかもしれませんが、例えば私は自宅でネット基盤で仕事をしていますが、自宅が流されたら、PCの重要なデータが流されてしまっていたなら、と思います。今、インフラにおいて復旧しなければならないことはやまほどありますが、復旧というより、ここから新しいことを始める気持ちも大事です。今までコンピュータを使っていた人なら狭い避難所であれ仮設住宅であれPCがあればそこで出来ることがあります。被災者にこそ雇用を、とずっと思っていましたがこれをただ、不運な人たちへの援助ではなく、この先の自立支援に繋がる雇用を創出できるのではないでしょうか?雇用というかいわゆる雇われる形での雇用だけではなくセルエンプロイメント的な起業なども含めます。今のネット社会では可能ですよね。戦後の闇市は違法ではあってもまさに起業家集団であり、彼らが日本を支えてきました。これは戦後の時代だから「闇」市になってしまったのであって合法的な被災者による自立活動と考えれば本来良い物です。今は闇でやる時代ではないでしょう。闇でやったらむしろあこぎな人たちが跋扈します。今こそ合法的民間自立支援システムを考えるべきです。仮設住宅だって本来、被災者をその建設に雇うべきですよね。政府のお慈悲にすがりたい人はあまりいないと思います。彼らは仕事が欲しいのです。なぜ、そう断言できるかといえば私も被災者ではないもののいつも仕事が欲しいわけであって別に無料で何かしてくれる保証が欲しいわけではないからです。そして最後になりますが、5月5日、私もお世話になっているアメブロの有志によってチャリティセミナーが開かれますがこれを宣伝しても別に私にお金が入るわけではないことをご了承ください。このセミナーは今の日本を、世界を本当に考えている講師の人たちがオンラインで、従って会場の費用などはかからず全てネットだけでやるセミナーであり、参加費は1200円です。今までの「自分らしく生きて成功する」という話ではなく、「今、窮状に立っている人が具体的に何を出来るのか」といった話になります。と、いうか私がそうします。一般参加者の一人ですが突っ込むつもりです。開催は5月5日・10時から17時です。その間ずっと視聴できます。詳しくはここからお申し込みください今という時は確かに日本にとって最大のピンチといえます。しかし、ピンチはチャンスともいいます。今は日本が変わる最大のチャンスと思い、このチャンスに乗りたい方。いまこそ日本を、いや、世界を変えてやる!と思っている方は振るってご参加ください。
2011年04月29日
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お腹がいっぱいなのについ食べ過ぎてしまう。欲張っちゃいけないと思うのに、そんなに欲張りじゃないはずなのに、こんなに我慢しているのに・・食べ過ぎてしまう?ええ、それがストレスというものです。体重的なダイエットなら自分の心のメカニズムにはうすうす感づいていますよね?誰だって。でも、恋愛はどうでしょう?しらずしらず、恋愛過食症になっていませんか。ネットであれこれ情報を見たり、本を読んだり、こうやって私が恋愛記事を書いていることすら多少なりとも恋愛情報過食傾向に拍車をかけていることもあるのではないかと思うといたたまれません。ええ、冗談でもなんでもなく。でも、書いちゃう。まず、いくら私がセラピストでもなんでも私の意見は私の個人的な意見です。ただ、参考意見としては役に立つように書いているつもりです。それでも、何かの情報に翻弄されてしまうならいっそしばらくネット絶ちや読書絶ちしてみるのもテです。恋愛情報はグルメ情報に似ています。美味しい料理は食べられます。目の前にあって食べていいものならば。グルメ情報は確かに本当に何かをリアルで食べるための参考にはなります。でも、情報自体は食べられませんよね。恋愛情報はあなたを幸せにしてくれるでしょうか?勿論、してくれます。それを参考意見として使っている限りにおいては。でも、グルメ本が食べられないのと同じで恋愛本も恋愛情報もあなたと付き合ってはくれません。あなたは情報という恋人に毎回食事をおごらされているのかもしれません。しかも、情報さんはあなたのお金で「もっとお食べ」と言ってきます。それだと過食症になったりしまいに拒食症になってしまいます。いま、自分がどうだか知りたい、というなら身体の声を聞いてください。別に特別な装置は必要ありません。「もう、たくさん。もっと別のことがした」、と悲鳴を上げている自分がいませんか?ずっと心の奥にしまいこんで、いつもそこにいるのは知っていたのに無視しつづけたあなたの古い友人が。その存在に気がつくことは罪悪感に押しつぶされそうだから、あえて目を閉じていた。でも、いつもずっとあなたを支えてくれたのも、そのもう一人の自分です。そしてあなたはその存在そのものであった。当たり前です。あなたとあなたは支え合っている。長いことずっとそうしてきたからもう忘れかかっていた。でも、辛い過去ではありませんね。今考えると随分悩みは私を成長させてくれた。好きにしていいよ。目を閉じればもう、記憶は過去の幻だから。
2011年02月17日
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最近アメブロの読者登録を今更ながら頑張っていますが、(楽天と関係ない話でなんですが)実は結構反応はいい。 この場合、向こうから登録返ししてくれる率が高いということね。あと、あちこちに登録しているとそこからの流れで登録してくれる人も大勢います。もう、有り難いくらいで、というか有り難いのですが。 自分で言うのも何ですが私はどうも専門家ウケはいいらしい。既に功成り名遂げたようなかなり錚々たる人たちが「勉強になります、共感できます」というメッセージとともに登録してくれます。これは最初のうちは確かに気分がいいものです。モチベーションを高めてもくれます。でもね、専門家ウケがいいということは逆に言うと一般ウケはやや、いやカナーリ悪いのかも知れません。わりと理論的な内容が多いですからね。私のブログ。専門家ウケがいいのはいいとしよう。専門家に認められるだけの知識や見識があるのは自分のバロメーターにはなる。しかし、そこで踏みとどまっていてはダメ。やはり普通の人にも解りやすいように落とし込んでいくことと「自分が書きたいことなのか読者が望んでいることなのか」を見極めないと。楽天のスピリチュアルブログなどもそうですが、ある意味専門用語が通じる人たちの間での内輪ノリというかツーカーで話が通じる世界です。それが悪いというわけではない。でも、アメブロはもっと広い世界です。広く世界に発信していくくらいじゃないと商売にならない。専門家肌の人間の欠点はともすれば内輪ノリになったり話が通じない人にはイラっとしてしまうことです。でもビジネスなら「こんなことも解らないの?」では通じません。集客もできません。専門用語なんて知らない人には方言です。と、いうか外国語です。専門用語ばかり話す人は多分ガイジンです(笑)このことを今更ながら肝に銘じて記事を書いていこうと思っている。
2011年02月02日
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作ってます。最近。今日作ったのは蟹肉のピリ辛煮込み。それに鶏モモ肉の素揚げ、レモンソース。ごちそうっぽいですが、渡り蟹も鶏モモも材料費は300円くらい。しめて600円くらいで美味しい、見た目にもごちそう感のあるボリューミーな中華が出来ます。 なんかもう、普通の中華は外で食べるのが馬鹿らしいくらい。料理をやると何がいいといって自分を自分専属の料理人に出来るところですな。
2011年01月28日
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料理好きが高じて本格的な和包丁を買ってしまいました。ハイスピード鋼という金属切断にも使われている鋼材をその道70年の包丁職人、山口勇氏が打った渾身の一振りです。出刃包丁ですね。出刃にも普通の出刃、相出刃、薄出刃、黒出刃などがありますが、これは普通の出刃です。カテゴリとしては。ただ、モノがハンパじゃない。肉の骨などがさくっと切れます。もう、怖いくらいに。試しに鶏のもも肉などを切ってみましたが、すごい切れ味です。これで益々料理が楽しくなります♪ 今日作ったのはこれ。東安子鶏(ドンアンズージィ)です。鶏モモ肉を揚げて、一端取り出し新たに油を引いてショウガとネギを炒めます。スープを入れて鶏肉を戻し、唐辛子を入れすぐに老酒と塩を入れます。2,3分煮込んで煮詰まったら水溶き片栗粉を入れとろみをつけ、ごま油と酢を入れて風味をつけます。本来なら花椒粉をかけます。なかったから省略しましたが。 これは弱火でも作れます。炒め物のようですが、西洋のシチューやスープでも最初に肉に火を通したり、タマネギを炒めたりするのと同様、炒めるというプロセスを下ごしらえ的に使うとはいえ基本、煮込み料理です。じっくり煮込むほど手間はかかりません。数分で鶏肉のコラーゲンが出て味わい深い料理になります。
2011年01月25日
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自分は運がいいと信じていますか?よくあちこちに書いてありますよね。自分は運がいいと信じろと。 そして私も信じているつもりでした。でも、実際には運が開けないこともしばしば・・・これは何でしょうか?行動しないから?たしかにそれもあるでしょう。では何故行動できないか?これはやはり自分を信じていないから。運の良さを信じるにはまず、自分を信じていなければなりません。自信という言葉は文字通り「自分を信じる」と書きます。でもこれが一番難しいのではないでしょうか。何も自信満々になれとか自信過剰になることを奨励しているのではありません。普通に、ごく当たり前に、例えばトイレに行くことが普通に出来るように、水を飲むことが普通に出来るように(病気に人は別ですが)自分がやりたいこと、やるべきことを普通に出来ると思うことが出来るようになるといいですね。 これはやはり慣れです。成功体験と言っても大袈裟なものではありません。ちょっと出来たら成功にカウントすればいい。朝、10分早く起きるとかそういうことでいいです。 私も最近、小さな成功をカウントして生きています。
2011年01月21日
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クリスマスはローストチキンを焼きました。こんにちは。恋愛セラピストのつきのせみおりです。よく、成功系の本に「幸せになりたいと思うとかえって今の自分は不幸だという前提を強化してしまう」とか、だから自分は今幸せですと現在完了形で言えとか、そういうことが書いてあります。或いは「今の自分が幸せに生きることが将来の幸せも引き寄せる」だとか。これは解らないでもないのですが、人はそうそう自分でも本気で信じていないことは言えないものです。むしろ、今の自分は不幸だ!と本気で言えるならその裏には「幸せになりたい!」という強い動機が隠されているでしょう。ですから、一種の逆アファメーションを提案します。今の自分は不幸だ、こんなの本当の私じゃない。今みたいな生活ってありえない!絶対ここから脱出してやる、という意気込みを持つような言葉を口にするのです。実際、やってみて私には効果がありましたよ。部屋が散らかっている、お金が入らない、パートナーがいない、そんな生活は本来の自分が望んでいることではない、と言ったり考えることで行動出来るようになりました。今の自分を幸福だと思うのはいいのですが、これには決定的な錯誤があります。と、いうのも「今の自分は幸せと無理矢理自分に思い込ませる→現状維持でいいか→多くを望む自分は贅沢なのではないか、今だって楽しいことはあるし」というループに陥って現状肯定になりやすいのです。自分を変えたかったらある意味、現状を否定しなければなりません。自分を取り巻く環境のすべてを否定する必要はもちろんないのですが、今の自分の環境のなかで明らかに不快なもの、明らかに害になっているものを否定するのです。これは、いわゆる自己否定ではありません。或いは、他者への否定でもありません。否定すべきはモノであり、環境であり、今の自分の前進を妨げているライフスタイルです。これは一度徹底的に否定してみましょう。これをやると今の環境が不快に思えてきます。すると「ならどうすればいいか」という考えが必ず出てきます。あとはそれをやればいいのです。それに、チャンスはどこにでも転がっています。ただ、自分がそれを掴もうとしないだけ。そのことに気がついた人から幸せを掴むでしょう。ここまで読んでくださりありがとうございます。
2010年12月26日
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今日は地元、西荻窪の居酒屋「あじよし」でライブを見てきました。 演奏はこれまた地元のバー、ノーザンライツの店員さんでちょっと近くのおでん屋さんでも働いている絵本作家のあみちゃん他のメンバーです。テルミンという楽器をご存じでしょうか?ロシア人が発明した世界最古の電子楽器と言われています。これは楽器に触れることなく演奏します。世界一演奏が難しい楽器とも言われています。 コレをあみちゃんは見事に弾きこなします。ライブが終わった後にちょっと私も弾かせてもらいましたが、た、たしかに難しい。ただ、楽器が弾けない私にはどのみちなんだって難しい。でも、これ家にあったら一日中でも弾いていたいと思いました。来年自分でも購入しようかと思っているほどです。 とにかく、楽しいんですよ。
2010年12月16日
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豊かさの本質は文化的豊かさだと。勿論、文化的豊かさを達成するにはある程度の経済的豊かさは必要だろう。文化とは何だろうか?私の両親は私が生まれる前フランスに留学していたが、フランスではどんな田舎街に行っても美味しいものが食べられるという。一方、ロンドンではお金さえ払えば美味しい物は食べられるが一般的には食生活は貧弱だという。 日本は本来文化的には豊かなはずだ。世界中のものが食べられる。でも、日本では祖国の料理で本当に美味しいものを食べるにはカネをかけるか地方に行くか、だと思う。 これは本当にそう思う。しかし、自分で料理を作れば話は違う。ちょっと手間をかければ対してお金をかけなくても美味しいものは作れる。私は確かに料理はすきでだいたいどんな国のものでも作るし、また、それが好きだ。 でも、和食を自分で作るのはことさらに楽しい。別に愛国的な話をしているのではない。日本にいるなら本来、日本の食材を使って日本料理を作れば美味しいに決まっているのだ。そういうところから始めると、また外国料理の良さもわかってくる。例えばフランスのある地方の郷土料理は料理に使うワインもその土地の水を吸って育っているし、肉になる牛や豚や鶏も本来その土地の水で育っている。勿論野菜も。とはいえ現代ではどこの国でもそう理想的な食環境ではないし、外国であれ日本であれ幻想を持つ傾向があるのは考え物だが、私たちが身近なものを食べていたのはそう昔の話ではない。1000年も昔の話ではない。そこのところを考えれば現代でも身近なもの(か、それに近いもの)を食べるのはそう難しいことではないと思うのだ。
2010年12月04日
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この場所ならこういう表現も許してもらえるのか知らないが、今は疾走しているこの何かを・・そうここで青いヤツらなら「受け止めて欲しい」とか書いちゃうんだよね。でもさあ、受け止めてくれる人がいるウチが花よ? いつまでも、あると思うな親とカネ、というし。(別に親が死にかかっているわけではない) ただ、何かやりたかったら何かやれ ただ、そんだけ。俺たちはワイヤードで繋がっているんだから。 以上(時にはブレードランナーなつきのせより)
2010年11月29日
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今日は誕生日でした。すみません。嘘です。まあ2日前の日付で投稿しているのですが。とうとう40です。よく、大台に乗るとすっきりするというか落ち着くといいますが、私としては通常進行です。ただ39のときは何かカウントダウンの発射台に乗せられているようで(笑)一度発射してしまえばもうなるようにしかならない。それでいい。タイトルに戻りますがブルガリア式というのは、ブルガリアでは誕生日にプレゼントを貰うのではなくプレゼントをあげる日なんですね。自分が生きて誕生日を迎えられたことに対する幸せをお裾分けするのです。まあ、ブルガリアに行ったこともなければブルガリア人に知り合いがいるわけでもないのですが、ブルガリアに住んでいる日本人女性のブログでそのことを知ったので、西荻のお店の知り合いにシュークリームやらタルトやらを配ってきました。タルトのほうは西荻南口にある荻窪のフランス料理屋さんの支店です。シュークリームのほうは昔メロンパン屋だったところです。お裾分け。これは日本でも昔からある習慣ですよね。今の結婚式などでは新郎新婦の写真つきの絵皿などいらんものが(笑)後から送られてきたりしますが本来は引き出物というのは幸せのおすそわけであり、かといって独りよがりにならないものなら本当にお裾分けになると思います。私は長いこと一つも誕生日のプレゼントらしいものは受け取ってはいません。ただし、それは形に残る物品ということでです。でも、ブルガリア式にスイーツを配っていたらなんと3人の女性にお酒や料理を一品ですがご馳走になってしまいました。たまに行く居酒屋さんのマスターにも「わらしべ長者みたいだねえ」っと今は40代を楽しんでいます。これからはもっと与える人生でありたいと思います。見返りを求めようということではないですが、それでも一つ言えるのは与える気持ちで生きれば与えられることもある。ただ、「こっちのほうが与えているのに」というのは愛ではありません。全て手放す必要はありませんが、手放すものは手放し取っておくものはとっておけるといいですね。
2010年11月23日
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吉本ばななさんの新刊、「もしもし下北沢」読みました。最近行っていない街なのですが、美味しい店がいっぱいある街でもっと攻略したいです。この作品、西荻に住んでいる自分にはすごく共感できます。詳しい内容は省きますが、主人公の女性は辛い思いを経験して、下北沢に引っ越して暮らしています。ここまでならどこにでもある設定です。でもそこからが違う。結局、主人公の女性は辛いときを何かドラマチックなありえないような出来事によって乗り切るのではなく、日常で乗り越えようとするプロセスにあります。主人公とその母親は辛く、重い気持ちを持ったまま食欲もないとき、下北沢のレストラン「レ・リヤン」にたまたま入ります。そこで麦の入ったサラダを食べ、「これなら食べられるね」といいます。その後主人公の女性、よっちゃんはそのレ・リヤンで働き始めます。そこでよっちゃんは自分がここで働いているからにはここの料理と自分をセットでお客さんはこの店にくるんだ、瀬金重大だ、と思います。作品には書いてありませんが、おそらくよっちゃんの連想はこう続くかもしれません。「ここで私が出した料理がまた別のお客さんに生きている実感を与えることもあるだろう。そのお客さんがまたどこかの店にでも勤めればそこのお客さんに生きている実感を与えることもあるかも知れない。そのまたお客さんも・・」と。この作品は個人の力がどれだけ人に影響を与えうるか・・ということが一つのテーマになっています。現代社会では政治や経済、大企業や一部の勝ち組と言われているお金もあり有名な人たちだけが人に大きい影響を与えられると思いがちです。そして自分には何の社会的影響力もないと。でも、実際には違います。皆さんは誰から普段大きい影響を受けていますか?有名な人や大きい影響力を持つ存在からの影響も勿論あるでしょう。例えば、ここに外国の有名アーティストに影響を受けてビッグなミュージシャンになろうとしている人がいるとします。最初の影響はビッグスターから受けたと言えます。しかし、その人が実際にビッグになるプロセスで実際に影響を受けるのはスターになるプロセスで出会った先輩アーティストであり、ライブハウスの人だったり、エンジニアの人だったりファンの人たちだったりするでしょう。日常的な影響のほうが本来はその人に大きい影響をあたえるわけです。そうなると何をやっていても人間、自分も人に影響していると思えば責任は大きいのです。私もこれからもっと自分のささやかだけれど時には大きいかもしれない影響について考えてみようと思います。自分の言った一言が将来有望な人の芽を摘み取ってしまったら・・ひょっとして世界的損害にもなりうるのです。多くの人は自分を小さい人間だと思って生きています。別に世間一般的な大きい人間になる必要はありませんが、それでも自分の存在は他者にとっては時として大きい、そのことを実感させてくれる作品でした。ちなみにこの作品に出てくる飲食店などは全て下北沢に実在しています。と、いうかレ・リヤンに関しては実在していました。作品にもレ・リヤンの最後の日々を主人公が過ごす話が出てきます。店長や作品ではみちよさんとなっていますが、実際のレ・リヤンの店長兼料理長だった人はみちこさんと言います。今では別の新しいお店、オー・ペシェ・グルマンを幡ヶ谷でやっていらしゃいます。今度食べに行きます。ミーハー的な動機ではなく食べることが好きなのと料理が好きなので、作品のよっちゃんを惚れ込ませた料理がどんなものか是非味わってみたいです。皆さんも作品を読んで興味を持ったら是非行ってみてください。
2010年11月11日
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最近読んだ話でもないのですが、今年前半に読んだ小説として司馬遼太郎の「龍馬が行く」とアメリカ人作家のデイヴィッド・L・ロメックの「カストロ暗殺指令」があります。龍馬は自分は天の定めるところにより自分は生きていると思っていました。そのときがくるまでは役目があるから自分は死なないと。そして大政奉還という大役が終わった途端に暗殺されてしまったのは周知の通りです。カストロはまだ生きていますが今までに数百回不可解な幸運によって助かっています。ただ、私はこれを不可解とは思いません。役目がある人はそれが終わるまでは死なないものです。カストロ自身「私は死を恐れない。私は天が死ぬと定めたその日より一日として長くは生きないのだから」と言っています。しかしこれは本来全ての人に当てはまるでしょう。誰でもその日が来るまでは死なない。その日より一日として長くは生きないでしょう。ただし、自分を粗末にしたり、生きる目的を失ってしまったり、自分が必要とされる存在ではないと思っている人は本来の寿命より早く死ぬこともあります。これは自分を見失ってしまうと天のリズムで生きられなくなるからでしょう。勿論、天命の寿命は人それぞれです。長生きすることだけが天寿ではない。本来なら全てが天寿であるはずです。ただ、全てを任せられたら結果的に多くの人が長生き出来るとは思います。
2010年11月04日
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さて、これは何に見えるでしょう?もやしそっくりでしょう?これは朝食べたスパゲッティです。パスタ鍋の縁に残って引っかかっていたんですね。上は干からびていて、下はかつてお湯だった水に浸かってふやけています。パスタでもやしが出来るとは思いませんでした(笑)
2010年11月02日
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電子たばこ、なんとなく以前は馬鹿にしていたのですがものは試しと購入してみました。セブンイレブンで売っているやつで、なんと宝島社が販売している商品です。宝島社もブランドムックなどユニークなヒット商品を開発する会社で今後はもっと多角的な会社になるんだろうな、と思います。エコカーとか作って売るようになるかもしれない(笑)話がそれましたが、この電子たばこ、吸ってみるとおもしろい。先端にはLEDが付いていて、吸うと段々本物の煙草と同じように赤く火が燃えているようになります。まさに日本的ギミック。つまりこれはギミック商品だと言え、本来ならおもちゃのようなものですが煙草だけに大人のおもちゃです(エロい意味ではなく)しかしこれ、今でこそ煙草の値上げや世の中の禁煙傾向によってHIT商品になっているものの、一昔前なら王様のアイディアで売っているようなアイディア商品、というかむしろ面白グッズで終わっていたのではないでしょうか。どんなに画期的なアイディアでも機が熟さないと売れないものがありますが、電子たばこは正に時節を得たタイミングで世に出た商品ですね。で、肝心の吸い心地といえばかなりリアルです。吸い過ぎるとむせるあたりも本物っぽくて面白い(笑)まぁ、水蒸気とはいえ肺に何か吸い込んでいるので当たり前といえば当たり前ですね。あと、電子たばこで節煙出来るか?私に関しては答えはイエスです。ただ、全ての人に言えるかは解りませんので保証はしませんが、電子たばこを吸っている時間が長ければ相対的にリアルたばこを吸う時間は減ります。従って、本数は減ります。あと、こまめに充電しないとすぐバッテリが切れてしまうので旅行中はキツイかも。電子たばこへの私の感想はこんなところですが、導入初日からリアル煙草の本数がかなり減ったので私的にはHIT商品です。すぐ元が取れそう。
2010年10月30日
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最近クマが建物内に侵入して建て物の中で射殺される事件が相次いでいる。猛暑でエサがなくなったのが原因らしいが・・・建物内でクマが射殺されるなんてアメリカでもあまりないことだと思う。と、いうかアメリカならそういうとき警察が出動すると思う(さすがにSWATまでは出動しないだろうけど、GLOKあたりで弾倉が空になるまで撃つのではないだろうか)日本の警察はこんなときにも発砲できないんですね。いつも地元猟友会の皆さんにお世話にならないとならない。考えてみると銃規制の厳しい日本でも銃を所持した一般人が一定数いることは十分に必要なことなのだと実感します。
2010年10月18日
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トンノというのはイタリア語でツナのことですが、これはツナ缶を使えば簡単に出来ます。まず、ニンニクと鷹の爪のアイウオリソースを作ります。それからタマネギ中半個のみじん切りを炒めます。中火で。それから水気を切ったツナを入れ、ツナの香りが出るまでしばらく炒めます。そして、アンチョビも入れて少しまた香りが出るまで炒めます。白ワインを入れ、強火にして水分を飛ばしうまみを凝縮させます。トマトソースを入れます。このとき、水分が少なすぎたらパスタのゆで汁でのばしてください。味を見て塩、コショウをします。茹で上がったパスタをソースにからめ、お好みでパルミジャーノチーズを和えたり、オリーブオイルをかけてください(私はトンノパスタはシンプルにあっさりていて好きです。相変わらず見栄えはアレですが・・・
2010年10月14日
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よく、人生は「死ぬまでの暇つぶし」とかいう。これは、一つのとらえ方だ。しかも悪いとらえ方ではない。でもね、もうちょっとアクティブに生きていたい人のとっては暇つぶしなんてしている暇はないだろう。久しぶりにスピリチュアルな話題について書いてみようと思う。輪廻転生のような価値観においては人は学びのために生まれてくる、と言われている。それに特定のカルマを消化するために生まれてくる人もたしかにいる。どれか一つが生まれてきた目的ということはない。これは巷の精神世界系の人もあまり言わないことだ。だから、これも自分自身のこととして言うし、必ずしも他の人には当てはまらないと思うが私はどうも、この世界には「物見遊山の観光旅行」に来ているらしい。そのついでに人助けの仕事もすればクリエイティブな活動もする。まあ、なんつーか水戸黄門のようなものだと思う。実は私はもう普通の意味での人としての修行は終わっていて、あえてこの世に降りてきているだから。もう、遊び半分でいいんですよ。あひゃ。でも、生まれてきた限りなんかやることがあるのだろう。と、いうかやりたくて生まれてきたのだろう。物見遊山の世直し道中。これが多分自分の生きる道なんだろーな。
2010年10月13日
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最近また料理に凝っています。エキナカの店でチュニジア産のパスタが90円で売っていたのでまとめ買いしてしまいました。開発途上国は物価が安いので最高級のデュラムセモリナ粉のパスタがこんな値段なんですね。これでこんなパスタを作りました。水菜とエビのパスタです。これは簡単に出来ます。ニンニクとシシトウを使ってアイオリソースを作り、エビを炒めます。白ワインを入れて水分をとばし、パスタのゆで汁を入れてソースを乳化させます。茹で上がったパスタを入れ、バターを溶かし入れ、火を止めて水菜を絡めます。
2010年10月13日
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はい、季節外れの冷やし中華です。ふと作ってみたくなったので。冷やし中華、外で食べると結構高いと思いませんか?最近では高級食材を使った付加価値系(?)冷やし中華も増えていますが、本来ならもっと気軽に食べられるもので、夏はそうめん同様食欲がないときの手軽な自炊メニューであっていいものです。と、いっても私は今年の夏は冷やし中華を自宅では作らなかったのですが、思ったよりずっと簡単に出来るので来年は結構ヘビロテにしてやろうかと思っています。
2010年10月07日
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今日は我が町、西荻窪の昼市でした。昼市というのは西荻窪南口の柳小路という小さな路地で毎月第三日曜日に開催されている縁日のようなものです。普段、柳小路の店のほとんどは夜にならないと開かない飲み屋街です。ただ、食べ物屋さん系の飲み屋が多く、普段食べ物があまりない店も昼市の日だけは食べ物を出品します。写真をまた取り忘れてきてしまったので雰囲気が伝わらず申し訳ないのですが、西荻の店は皆が好き勝手に好きなことをしていてそれで成功している店が多いです。ナンバーワンよりオンリーワンなんていいますが、その伝で言えば西荻の店こそオンリーワンの店が多い。西荻では「いま、何が流行っているか」なんてマーケティングは必要ない。いやむしろマーケティングなんてしてはいけないんです。各自やりたいことをやりゃーいい。好き勝手にやればいい。ただし、自分なりにクオリティ高く。実際、西荻住民は舌が肥えているせいか美味しくない店は自然と潰れてしまいます。誰かが誰かと競争した結果潰れてしまうのではなく、全体のクオリティが高いので自然と潰れるのです。美味しくない店は。だから、競争社会の原理なんて私ははなっから信じていません。自分なりのクオリティの高さを誰と競争するでもなくひたすら追求する人だけが生き残るのだと思います。
2010年09月19日
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お墓というのは生きているでしょうか?勿論、墓石は生きていませんよね。それにしても刻みつけられているものはある。自分に墓碑銘はいらない。思い出だけが誰かに残っていればいい。そういえば笑ってしまいました。レストインピースという言葉があります。「安らかに眠れ」という意味合いですが。この言葉の入った銃に惹かれてレストインピースのロゴが入ったタトーを入れたいと思ったのですが、大阪にあるタトー除去業者に「レストインピース」というのがありました。あらかじめ裏切られた革命みたい。
2010年09月14日
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こんにちは。恋愛セラピストのつきのせです。スピリチュアルと恋愛。これは一つのテーマでもありますが、最近は便宜上(?)スピリチュアルとは特に縁のない世界にいます。大体そんな世界(といってはなんですが)に長くいすぎては人生が進展しなくなります。人生のすべては本来スピリチュアルです。これは当たり前のことです。今、主にアメブロで活動しているのですが、スピリチュアルであれ他の施術系セッションであれビジネスです。メンタル起業なる概念がありますが、施術系であれスピであれそれをビジネスにするのなら起業家です。すなわちビジネス知識がないといけません。私は今田淵さんという方のネットコンサルを受けています。「ありえない稼ぎ方」の田淵さんです。かなりアクセスも上がってきました。自慢話ではありません。数年前のアチューンメントバブルを覚えておいででしょうか?色んな人が色んなサイトで多数のアチューンメントをメニューに載せていましたよね?これで稼げたのは数年前のことです。スピリチュアルブーム=スピリチュアルバブルだったのです。私はこれに全く乗らなかったといえば嘘のなりますが何かおかしいものを感じて今日の(というか数年前の)スピリチュアルブームには乗り気ではありませんでした。今は「なんちゃらアチューンメント」では稼げません。やることをやった人だけが稼げます。「スピリチュアルなのに稼ぐなんて言葉には抵抗がある」なんて人は稼げません。稼ぐと決意した人だけが稼げるのです。
2010年05月06日
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っていきないですが。1許さない まあこれは当たり前ですね2何とか折り合いをつける3生きるか死ぬか(おいおいこれは永遠のテーマなのでしょうか?それとも誰かがそういうものだと設定したドラマなのでしょうか。だいたいねー、と言いたいですが、私は別に自己弁護のつもりはないですが浮気したことってないです。道徳的理由からというより、ですね浮気も何も一人の相手すらいなかった時期のほうが長かったので。では、無心(?)というか初心(これも違うな)に還って今、素晴らしい大事なパートナーがいる状態で自分は浮気なんてするだろうかと、虚心坦懐(あ、この表現を探していたのだ)に考えてみると、する気がおきない、ですね。とはいえ浮気する気持ちは人それぞれ。世の中にはDVとか言葉のDVとかも沢山あるので一階に今の人に忠誠を尽くすべきだ、とは言いませんよ。ただ、誰か他の人と付き合うなら、付き合いたいなら今の相手とは別れてからにすべきです。当たり前のことを書きましたがこれも単に道徳的理由からでなく、そうでないと「話がややこしくなるから」です。何も好きこのんで人生をややこしくすることはないでしょう。そんな理由ですね~~久しぶりに楽天書いて見ましたよ。最近アメブロに張り付いているので。こちらも見てね。絶賛(?)連載中です
2010年02月18日
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貰うより手作りチョコが作りたくなってしまう料理好きな私です。外国ではバレンタインはあらゆる愛を送り合う日。親子兄弟友人知人恩師、であれ贈り物をします。それにチョコを作るなんて楽しいことを女の子だけの楽しみにしてたまるかぁ~~ってのもありますね。そんなわけで私は今年手作りチョコなるものを作ろうと思っています。私には酒を下さい。なんちって。もう3種類くらい作りたいですね。気合い入れて。クックパッド見さー。ほんと楽しみですね。作るのは。今まで生きてきて思うのは貰うより与える気持ちで生きるほうが幸せということかな。
2010年02月09日
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スパゲッティ・アマトリチャーナ、始めて作ってみました。何で今まで作らなかったのだろう、という話ですが。ブロックベーコンがかなり余っていて賞味期限も近く、うまいこと白ワインも残っていたので挑戦しました。いや、そんな難しい料理ではないのですが。ベーコン130gくらい使ったのでパスタといってもちょっとした肉料理です。カロリー高そうだけど美味しかったです。ちなみに「ラ・ベットラ」の落合シェフのレシピで作りました。シェフの本には散々お世話になっています♪
2010年02月02日
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昨日はアメブロのご縁で知り合った人に教えてもらったピーター・セージのオンライン・セミナーに行ってきました。なんと、ドバイからスカイプで生中継です。(途中途切れ途切れになったりしましたが、それも一種の臨場感ですな)ピーターは世界ナンバーワンコーチと言われるロジャー・ウイリアムズの元で最年少トレーナーになりました。まだ37,8だったと思いますが20年ロジャーのそばでコーチングを学んできた人です。ピーターが言いたいことの趣旨はしっかり受け止めました。特にライトワーカーの方に私も前から言いたかったことは「自分はミッションを持っているから特別な人間なんだ」とか「相手を変えてやる」とかエゴによって人を助けようとしてはいけない、ということです。それをピーターも言っていました。自分が今、やろうとしていることは本当に利他の気持ちでやっているのか?それを鏡の前で自問しろ、と。引き締まる思いです。利他の気持ちでやっている自分が好きでやっているのなら、それはまだまだ自己愛の領域を出ていません。今、目の前にいる人はあなたとは違う他人です。だからこそ尊重できるのではないでしょうか?相手はあなたの一部ではないし、あなたの人生のエキストラでもありません。相手はその人の人生の主人公なのです。アメブロ鋭意更新中。こちらも見てね
2010年02月01日
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今日は近所のちょい高級スーパーであれこれ買ってきました。このブログではどれだけの人がいわゆる「スピリチュアルハマり組」なのか、日常にちょいスピを活かして生きているなのか解りませんが、実際、料理人とか職人さんとかと話しているとですね、彼らにとっては仕事こそが祈り、仕事をし続けることこそがある意味スピリチュアルなことです。いわゆる精神世界の知識なんてなくてもそういった人のほうがよほどスピリチュアルだと感じることがあります。私もこちらのブログから手を引いたわけではありませんが、スピリチュアルなメッセージや事柄についてかなり情熱を持って書いていた時期は、あくまで「スピリチュアルのプロ」であろうとしていたときです。仕事に対する情熱です。ただの個人的な思い入れではありませんでした。今、そちらのほうからは少し距離を置き、自分なりの世界を模索している、というか具体的な計画はもうあるのですが、スピとは関係ないセミナーをやろうとしています。思っているだけでなくすでに実行段階です。月乃瀬水織のあの人ときっとうまく行く!実践恋愛コミュケーションスキルこちらのサイトで恋愛系ブログを書いていたりしてます。さて、私にも夢があるように、もう一人素晴らしい夢を持った人を紹介します。それは世界一周バイヤーことともみさんです。ともみさんはカラメルというサイトが主催している世界一周バイヤーというものにエントリーしています。5000人中80位まで上がったのですが、今様々な人の応援で64位まで上がっています。私がともみさんを応援したい気持ちが何からくるかと言えば、一言で言えば彼女が「本気」だからです。引き寄せの法則といいますか、ともみさんは自ら結果を、夢の実現を引き寄せている!信じる心は人の心も動かす!みなさんもともみさんのブログを見て、よかったら是非投票してあげて下さい。一日1投票できます。毎日でなくても一回でもいい。最終選考まで残れるのは上位20人だけ。それは25日までです。あまり時間はありません。でも彼女はやれるところまではやるでしょう。ともみさんのブログはここです投票受付はここです是非応援してあげて下さいね。
2010年01月18日
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スタイリストのともみさんという方がいらっしゃいます。彼女は世界一周バイヤーというものに応募しています。5000名の応募者の中で今80位です。あともうちょっとです。これだけ勝ち抜いたのですから。普段ならこのような場で告知することではないのかも知れませんが私はともみさんの夢を叶えたく思い、ある種の男気で転載させていただきます。以下、コピペです。今、わたしは、カラメルというサイトの世界一周バイヤーというものに応募しています。ぜひみなさまに、応援していだだきたいのです~ 世界一周は、子供の頃からのわたしの夢 この企画を見つけた時応募しないと絶対後悔する!と思って応募することに決めました! 12月中旬から受付が始まっているのですが1/25までの期間中の累計投票数で決まるらしいのです 応募が半月出遅れてしまったのですがブログやmixiのお友達が宣伝してくださり約5000名の応募者のなか、現在80位まで上がることができました ぜひみなさま一日一回、投票ページから応援してくださったら嬉しいですこちらから、一日一回投票ができます♪(PCのみ) 携帯の方は、私のブログこちらからお願いいたします。突然のお願いですが・・みなさんの力を貸してください!!! どうぞよろしくお願いします
2010年01月16日
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着々と準備が進んでいます。YUKOさんとのコラボイヴェント。テーマはズバリ「恋愛」プライヴェートでも着々と進んでいますが(笑)やっぱり恋愛するとパワーが違いますね。今までの10倍働けるような気がします。恋愛って何かというと脳の中でPEGホルモンという快楽物質が出るようでだから恋愛は大いにしたほうがいいんですね。脳の為にも。今はレジュメの作成をしていますがアイディアが形になって来ています。セミナーは2月10日。ヴァレンタイン直前決戦(?)イヴェントです。アメブロで恋愛ブログ執筆中
2010年01月16日
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馬鹿げたことをずっと思っていたような気がします。「自分探し」なんて言葉をさんざん馬鹿にしてきた私ですが、ひょっとして私も自分探しとやらをやっていたんじゃないか??と思います。今私はブロガーであり、セミナー講師であり、セラピストであり作家であり、心は傭兵です(笑)なんてたってコントラクターですからね。普通の意味でのキャリアは無きに等しい私はそうやって生きて行くしかない。そうそう、忘れていました。今私はある人の恋人でもあります。人はそういうものではないでしょうか?親にとっては息子であったり娘であったり兄弟にとっては兄貴や姉貴だったり弟や妹であり、上司にとっては部下、同僚にとっては同僚、部下にとっては上司や先輩。自分を定義しているのは社会的には他者です。そして自分が何かを定義出来るのは確かに自分だけですが、社会的定義にこだわらぬよう。それはしかし、よく言われるようにかりそめの姿ではあってもそれは大事なものです。ただし、社会にとって大事なのでなくやはり自分にとって大事。これはエゴでしょうか?そうでもないと思います。例えば、マザー・テレサは全世界の人を我が子のように愛していました。それはそうするべきだから愛していたのでしょうか?そうではないと思います。やはり自分にとって心から全世界の人が大事だったんだと思います。愛を持ち、しかも自分にとって大事なもののためにこそ自分のために生きる。それはまだ私の段階では人類愛は持てれば持ちたいもののなかなかそこまで行きませんし、行けませんよ。私は長らく恋愛はエゴだと思っていましたが恋愛こそ多くの人を愛せるようになるためのレッスンなのだと最近気がつきました。アメブロ書いてます。
2010年01月15日
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今日は朝からほとんど食べていなかったので、夜、地元の巨大なステーキを出すステーキハウスでたっぷり食べられて満足でした。おいしかった~。さて自爆系とも言える女性のことはアメブロにもちょっと書きましたが女性がそうなるのも男性のコミュニケーション不足が原因のことが多い気がします。男女双方の問題について書かなければ平等ではないですからね。女性はよく「どうしても、解って欲しいの・・」という気持ちが高じがちです。これはジェンダーだけの問題ではなく女性脳というのはやはりあって、女性はコミュニケーションを重んじる傾向にあります。女性は何故あんなに長電話出来るのか、と不思議に思う男性は多いことでしょう。ある調査によると男性は特に今のパートナーとのコミュニケーションに不満は感じていない人が90パーセントくらいなのに対して、女性の実に80パーセント以上がパートナーとの間にコミュニケーションが不足している、と考えています。これは脳の違いだけで片づけていいものでしょうか?それだと歴史上何度も繰り返されてきたおなじみの男女のトラブルは一向になくならないと思います。ところで女性に一言言っておきますが男性のほとんどは黙っているとき特に怒っているわけでもなければ何か特別なことを考えているわけではありません。(まぁ、私は相手が誰であれ人を前にして別のことを考えてしまう癖があるうんですが)あと、別に男性擁護のために書いているわけではないですよ。このブログ、男性も結構いるようなので今回は特に男性読者向けに書いています。人は素のままでいいのでしょうか?一種の「素信仰」ってありますよね。ありのままでいい、とか。でも政治家がありのままでよかったら国際政治は成り立ちません。そんな政治家がいたら無能な政治家であり、たちまち国は潰れてしまうでしょう。男女の関係も国際政治と同じです。違う人種を相手にしているのです。あなたが男性でも女性でも別れてもそれで国は潰れません。でも、自分たちとしては潰れたくないでしょう?人はもっと演技するべきです。男性は演技しない傾向があります。男はありのままでいい、とでも思っているかのように。その点、女性のほうが遙かに演技しますよね。男性ももっと演技するべきです。その点、営業畑の男性は結構演技の大切さを知っています。技術系の男性ともなると・・まぁ私も我ながら耳が痛いですが自分のやるべきことさえやっていればそれで食べていけるような人ほど演技が苦手なようです。私はセミナーに向け、今演技の特訓してますもん。セルフで。ボイトレとかね。そこまでいかなくても、もっとしゃべればいいんです。男性は何か言うとき中身のあることを喋らなければならない、という強迫観念にかられがちです。男はとりとめのない話は割と苦手なようです。でも思い出してみて下さい。男性のあなただって学生時代などに友達ととりとめのない話をしていたのではないですか?社会人になると中身のある人間であろうとするあまり、中身のある話しかするには値しない、と考えるようになりがちです。これはキャリア指向の女性にも当てはまるかもです。もっととりとめもなく話しましょう。私も文章は理屈っぽいですが、今とりとめもなく書いています。そう、こんな感じで喋れとは言いませんがもっととりとめもないお喋りが二人を親密にもさせるし、緩衝材にもなってくれますよ。月乃瀬水織のあの人ときっとうまく行く!!恋愛コミュニケーションスキルこちらも見てね。あ、今変なモンがUPされていますが気にしないで下さい。
2010年01月15日
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馬鹿げたことをずっと思っていたような気がします。「自分探し」なんて言葉をさんざん馬鹿にしてきた私ですが、ひょっとして私も自分探しとやらをやっていたんじゃないか??と思います。今私はブロガーであり、セミナー講師であり、セラピストであり作家であり、心は傭兵です(笑)なんてたってコントラクターですからね。普通の意味でのキャリアは無きに等しい私はそうやって生きて行くしかない。そうそう、忘れていました。今私はある人の恋人でもあります。人はそういうものではないでしょうか?親にとっては息子であったり娘であったり兄弟にとっては兄貴や姉貴だったり弟や妹であり、上司にとっては部下、同僚にとっては同僚、部下にとっては上司や先輩。自分を定義しているのは社会的には他者です。そして自分が何かを定義出来るのは確かに自分だけですが、社会的定義にこだわらぬよう。それはしかし、よく言われるようにかりそめの姿ではあってもそれは大事なものです。ただし、社会にとって大事なのでなくやはり自分にとって大事。これはエゴでしょうか?そうでもないと思います。例えば、マザー・テレサは全世界の人を我が子のように愛していました。それはそうするべきだから愛していたのでしょうか?そうではないと思います。やはり自分にとって心から全世界の人が大事だったんだと思います。愛を持ち、しかも自分にとって大事なもののためにこそ自分のために生きる。それはまだ私の段階では人類愛は持てれば持ちたいもののなかなかそこまで行きませんし、行けませんよ。私は長らく恋愛はエゴだと思っていましたが恋愛こそ多くの人を愛せるようになるためのレッスンなのだと最近気がつきました。アメブロで恋愛系書いてます。小説まで初めてしまいました。よろしければ、ぜひ。
2010年01月15日
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まず己を治め、家を治め、しかるのちに国を治めるべし、というようなことを孔子は書いています。まったくその通りだと思います。でもそれを完璧に行える人間がいるでしょうか?自分も治められない人間が人様にセッションの仕事をするなんて、と思いそれから離れていってしまえばますます己を治められなくなってしまいますよね。ただ、孔子だけは本当に己を治めていたんだろうな、と思います。論語にあるエピソードに、孔子の弟子が口では大きいことを言っておきながら、実際には居眠りをしていた。人は口で言うことと実際の行動が違うこともあるらしい。これからは気をつけよう、って。ある意味怖いですよね。それに言行不一致はどうしても普通の人ならしてしまうのに、それに気がつかなかった孔子もかなり天然さん。でも、孔子はその分、完全に言行一致していた人なのだと思います。だからこそ言行不一致な人に驚いた。実際にパーフェクトに言行一致している人は滅多にいません。だからこそ孔子は世界三大聖人の一人なのでしょう。君子危うきに近寄らず、といいますが、私は君子は危ういので近寄りたくない(笑)それに私は危うきを好む性質もある。怪力乱神を語ることもある。孔子が唯一解らなかったことがあるとすれば人はそれぞれに学びのテーマがあるということでしょう。君子もそれなりに大変だったとは思います。当時の中国ではインテリ階級は皇帝にさえ物申すことはできたけれど、政策立案において失敗すれば死罪が待っていました。それに論語を読めば解りますが、孔子はそれなりに人を正当に評価している。ここはよくないが、ここはいい、とちゃんと評価しています。それに、今君子になれないからといって人はやはり君子、というと大げさですが人格者を目指すべきではないでしょうか?昔の私はエゴの塊のような人間でした。攻撃的であることを身を守る武器として、それは、そのときはそれしか生きる手段が見つからなかったからで・・ここに書いていても私は何も自分をスピリチュアルな人間だと自称するつもりもない。かつて全てを憎んで生きていたような自分が偉そうなことを言うのも片腹痛い。その点、最初からおだやかに、なおかつ人の為を思って生きていきたような人は若い人にもおり、恥ずかしいくらいですよ。ただ、人間、改心というのはあります。昔は改心というのはありえないと思っていましたが、今ではあると思います。心を正して生きようと、今までの自分とは違う自分で生きようとしたのはもう何年前でしょうか。そのプロセスでもまあ、色々ありましたけどね。でも改心するまえの自分が生きるために身につけたスキルまで捨ててしまっていた時期もあります。もう忘れたかったから。過去の自分をなかったことにして。しかし、そうは問屋が卸さない。結局しばらくの間戦うことに疲れていたのかな。以前にもちょっと書いたけど、今段々、戦線復帰しています。今は殺すためでなく活かすため。それでも近いうちにキルゾーンには入るでしょう。今はまだグリーンゾーンだけど。大体今、私はブルーバッジャーではない。グリーンバッジャーだ。そう思っていたい。コントラクターではあってもセルフエンプロヤーではある。コントラクターとして生きて行くには個人事業主であることだ。クライアントは将来的には色々だが、今のところは自分で見つけるしかない。だから、ブログで人集めをしている。私の本質は傭兵だ。傭兵は仕事はありませんかとは言わない。御用聞きではないからだ。自分が必要であることをクライアントにアピールするし証明する。こっちも甘いことは言わない。だから今日も明日もその先も自分を証明していこうと思う。
2010年01月15日
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写真とかUPしようかと思い立ちました。何しろ相方も載せていますから。あはは。 これなんですが→怖いですか?怖くないよね?まぁいいんですが・・・先日彼女が髪を切りまして私も美容院に行こうかと思っています。さて期間限定といえば今月一杯までメール恋愛カウンセリング実施中。アドレスはtsukonose-miori@memoad.jpです。明日からまたガンガン書いていきます。今日アメブロのほうは4記事も書いたんですけどね。月乃瀬水織のあの人ときっとうまく行く!!実践恋愛コミュニケーションスキル
2010年01月14日
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最近家飲みを控えています。まぁ、お金もかかるし、はっきり言ってデート代を捻出したいので結構節約生活です。他に欲しいものもあるんですけどね。ただ、自分だけのためにお金を使っていたころとは違う感じで生きています。こういうのもいいものですね。あ、新しい服も欲しいかなぁ。美容院も行きたい。さてMEタイプとWEタイプとはセラピストの石井浩之さんが提唱している概念ですが、MEタイプは文字通り一人タイプで恋愛しても相手がすべてにはなりません。一人の時間を大事にします。恋愛においても二人で成長できる関係を望みます。WEタイプは恋愛においては今が大事です。文字通り二人でいるとき「一緒に」という親密さを大事にします。この二つのタイプが付き合うとWEタイプのほうが寂しくなってしまうことが多いようです。どちらかというとWeタイプは女性におおいですが男性にもいます。恋をすると寂しくなってしまう人は相手がMEタイプである可能性も高いですね。MEタイプはちょっと冷たい印象を与えることが多いようです。自分がそうなのでよく解ります。今、好きな人がそうだったらそういう性格だと思ってほしいのですが、そういう人は結構マニアックなこだわりを持っていたり、秘めた情熱を持っていたりするのでそれについては熱く語ったりします。相手のそんなところを尊重し、尊敬を表せばあなたはその人にとってかけがえのない人になれますよ。月乃瀬水織 あの人ときっとうまく行く!!実践恋愛コミュニケーションスキル こちらも参考にして下さいね。恋愛メールカウンセリング始めました。先着10名様。料金は3000円です。アドレスはtsukinose-miori@memoad.jpです。どんどんお待ちしております。
2010年01月14日
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「自分らしく生きる」とか一昔前で言えば「輝いている女性」的なマスコミで流布される言葉ってありますよね?確かに自分らしく生きていないより自分らしく生きられるほうがいいでしょう。輝いていないよりは輝いていたほうがいいでしょう。女性に限らず、男も、女、も。それにマスコミが作る需要は確かに、その時代の潜在需要とマッチしている。しかしこれ、現代では特に女性に多い傾向らしいのですが「何者かにならねばならない」という欲求が強迫観念的になっていることもあるようです。恋愛も一種自己実現になっていたり。恋愛がうまくいくと自分の存在が一気に認められたような気持ちになる。自分が必要とされている人間になった気持ちになる。勿論、仕事でも必要な存在ではいたい、でも人にはプライヴェートな欲求もある。私は別にこれを贅沢な悩みとは言いません。恋も仕事も頑張っている姿は美しい。それに向上心が高いのも大いにいいことです。ただ、そもそも恋愛ってそんなに頑張る必要があるのでしょうか?仕事なら頑張ったら頑張った分の成果は出ます(昨今ではそうでないこともありますが)でも、恋愛は少し肩の力を抜いたくらいのスタンスが丁度いいと思う。人は10割の力より8割くらいの力でやったほうが物事が上手くいくんですよ。恋愛に100パー入れ込んでしまうと相手も自分も疲れてしまう。100パー恋愛に入れ込んでいるとき、必ずしも自分らしい自分で居られるでしょうか?むしろ、自分の人生を相手に明け渡してしまったような、自分が自分でなくなってしまったような気分になることがあるでしょう?それにそんな自分が案外楽しいこともある。でも、自分を確保しておかないとやはり余裕がなくなってしまう。余裕なんて持てるわけがない、という人もあいるでしょう。それでも言いたい。あなたの余裕を忘れないで欲しいんです。誰かを好きになる前にあなたはどういう人でしたか?それなりに趣味の世界も持っていたでしょう?本を読んだり、習い事に言ったり、美味しい物を食べ歩きしたり。人を好きになってその人と付き合っても、実際に会っている時間よりはやはり一人で過ごす時間のほうが多いでしょ?だからその時間は通常進行でいままでやってきたことを楽しんで下さいね。楽しんでいればそれは幸せなオーラとして相手にも伝わります。幸せそうな女性は魅力的です。そんな女性を目指してくださいね。2月10日に都内で恋愛セミナーを行います。詳細は追ってお知らせします。こちらも参考にしてね。現在、限定10名様で3000円でメールカウンセリングも受け付けております。アドレスはtsukinose-miori@memoad.jpです。
2010年01月14日
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それは、いわゆるクリエイター系の仕事をすることだけではありません。そもそもあらゆる仕事ってクリエイティブなものではないでしょうか?自分で企画を作ってなにかやること、これは今私は自由業ですが、サラリーマンでも同じなんですよ。例えば営業の人なら「どういう営業スタイルを確立するか、それを発展させていくか」ということを考えるのもクリエイティビティだと思います。お客さんとの関係も造っていくもの。そう、関係性を造るというのはとてもクリエイティブです。恋愛もそれと同じですね。人生はクリエイティブだと思えばいくらでも自分で造っていけるんですよ。本当はロジカルシンキングよりクリエイティブシンキングの話がしたい。ロジカリズムはクリエイティビティのためのツールに過ぎません。クリエイティブであるために時に論理的であることも、時に感覚的であることも必要なんです。ビー・クリエイティブ、です。スイングしなけりゃ意味がないね、というジャズの名曲がありますが、私はいつも何か造っていなけりゃ意味がないね、と思っています。ホントはこれについては熱く語りたいくらいですね。情熱を、パッションを。今は一時的に情熱を失ってしまったあなたも、もう一度熱く生きられるならそうしたいと思っているのではないですか?いますぐに、とか焦ることはないですよ。でもいつか人は情熱を取り戻せるはずです。今恋愛系のブログにばかり書いていますが、久々にスピリチュアルのほうに書いてみました。なぜってスピリチュアルな人は癒し系は多くてもちょっと大人しい人が多い感じがする。もっと熱く生きようぜ的メッセージをいつか届けたい、と思っています。今、アメブロで恋愛コラム系ブログ執筆中。こちらも参考にしてね。あと、恋愛相談メールカウンセリングも実施中です。先着10名様無料・・・・でやろうとしましたがそれはやめました。なぜなら、お金が発生するからこそ責任も発生するのではないでしょうか?一名様3000円で半月メールカウンセリングをします。アドレスはtsukinose-miori@memoad.jpです。
2010年01月13日
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最近頑張ってブログを更新していますが自分も結構偉そうなことを書いているな、と思うこともあります。じゃぁ、そういうお前はどうなんだ、と人に言われなくても自分に問いかけてみることもあります。私のここ数年のテーマとして「地に足の付いた生活をする」というのと「執着を手放す、しかし自分のやりたいことはやる」の主に二つがあります。このうち前者と後者は勿論密接に繋がっているんですね。最近やっと人生が回り始めたような気分がしますが、単に好きな人が出来てその人と一緒にいられるからだけではありません。そこで立ち止まったらまた人生が止まってしまうでしょう。時として立ち止まることも大事ですが、それにしても人生は短い。長生きはしたいものですが、永遠の時があるわけではない。本腰をいれた人生を今から始めたいと、いやすでに始めていると考えていいでしょう。(どこまでやれば本腰を入れていることになるのか、なんて考えているとまた答えが出ないことに気がつきました。「自分はまだまだだ」と思うことは努力したり謙虚であるためには大事ですが、またそれに捕らわれてしまうこともあるのでとにかく今は前進したいです。来月10日にはセミナーも開催します。詳細は追ってお知らせします。自分が頑張っていること、それは大事なことで今の自分にとっては張り合いですが、相手がいることは相手のためを思ってやること。自分のことと人様のことを半々くらいに考えられるようにすることが今のテーマかな?当日、不手際もあるでしょうが、プロとしてお話するならそのときだけは一切の甘えを排除して、なおかつ双方が楽しめるようなセミナーにしたいですね。我もよし、人もよし。このビジネスで当たり前であるべきことを実現させたいです。ここまで読んでくださりありがとうございます。こちらも併せて読んでみてね。
2010年01月12日
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恋愛に限らず、人は何かにおいて「どうしたらうまくいくのか」と、考えます。それは私もいつも考えています。でも、この考えは何故か容易に「どうしてうまくいかないのだろう」という考えに変換されがちです。よく言われるように考えることと悩むことは違います。「どうしてうまくいかないのだろう」という考え方は本来なら人が持っている知的好奇心、分析肌なところから来ているのでしょう。しかし、うまくいかないことにフォーカスしすぎる人の根底にある考えは「どうしてうまくいかないか解れば先に進める」という基本的な誤解があります。でも、原因がわかればそれでうまくいくのでしょうか?よしんば解ったことしてもそれまでに多大な労力を費やしてしまいます。「どうすればうまくいくのだろう」と考えているうちに、「今のうまくいかない自分」のことが気になり出してしまうことも往々にしてありますよね。そうならない為にはよく「考えすぎないことだ」といいますが、それが出来ないから苦労しているんじゃぁ~という人も大勢いらっしゃることでしょう。これはですね、今までの自分の経験上から言わせていただきますが、「他のことに眼をむける」「興味の対象を分散させる」ことがいいでしょう。と、いって別に自分磨きにばかり頑張れということではありません。自分磨きというのも言葉としてはいいし、実際大事なことではあるのですが、世の中にはもっと他愛のない日常の楽しみがあるはずです。一人でお酒を飲みに行くだけでもいいんですよ。それに今までやってきた趣味を今後とも普通に続ける。そういうことでいいんです。誤解のないように言っておきますがいわゆる「自分にご褒美」的な話ではありません。ただ、少し気を抜いて生きるためにちょっとしたことをやってみるのがいいんじゃないかな、という話です。お金も時間もさほどかからない楽しみが探せば沢山ありますからね。こちらも読んでみてね。
2010年01月12日
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人を好きになるというのは素晴らしい。相手が何かしてくれるから?昔ならそうだったかもしれませんね。でも今は好きな人に何かしたい、そうさせてくれること、そばにいてくれることに対する感謝の気持ち、いいえ本当は感謝という言葉では言い表せないくらいその人が好きです。むしろ相手にはいくらでも我が儘になって欲しいくらいですが(自分が受け止められる範囲内なら)いつも相手には何か助けになれるものならなりたいと思っています。決して上から目線ではなく、対等であり、お互いの尊敬を持った状態においてその人の為なら何でもしたい、という気持ちを持っています。そういう気持ちを持てることが今の自分にとって大事なことなんですね。感謝してもしきれないくらいで。詳しいことは書けませんがお互い人生のサバイバーでそれは臭いで解る。ずっと戦ってきたからこそ休息を得られた今という時がとても幸せなんです。そしていくつになっても人を好きになれること、これは「勝者の言葉だ」とか「勝ち組の言葉だ」とか言われるモテないヤツでも」とか思って欲しく、希望を持ってほしくて書いています。それなら説得力があるのかな?と。人には権利なるものははっきり言ってないと思います。ただ自由はある。私にも自由があるようにあなたにも。全ての人がそうであるようにあなたにも。そのことを忘れないで。2月十日に恋愛セミナーを開催します。詳細は追ってご案内します。こちらも参考にしてね。
2010年01月10日
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眉唾だと思っていました。しかし、これがあながちウソでもない。ただ、ダイエットに励むようになるからだとか恋の病(?)で食事な喉を通らなくなるからとかいうことではなく。私の場合今まで単純いに言えば外で毎日飲み過ぎていたんですね。食べるものも余分に食べていたし。それはそれで楽しかったのですが、人生の楽しみはもっと分散させたほうが健全なのは言うまでもありません。私は料理が好きで家で作るとレシピって二人分くらいからが多いでしょ?だから作りすぎたり食べ過ぎたりしてしまうんですが、最近は恋人の家で料理を作ったりして、「やはり料理は人に食べてもらってナンボのものだよなあ」と思っています。食べ過ぎることもないしね。そんなわけで(?)恋愛はダイエットにもいい。痩せたいそこのアナタ。どんどん恋愛して下さい。ただ、苦しみのあまり痩せたりしないで下さいね。あと、女性は体型を気にしすぎることがありますが、あなたを好きな人はそんなに気にしていませんよ。あなたが好きな人もそんなに・・気にする人なら仕方ないかもしれませんが、それより何よりキレイになるのはあなた自身のためであって他の誰かのためではありません。自分自身のために生きるのは我が儘でもなんでもありません。人の命のように絶対に相対化してはいけないことを別とすれば全てはあなたの自由です♪こちらも読んでみてね。
2010年01月09日
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私は決して恋愛経験豊富なほうではありません。正直に言えば。でも、今は好きな人がいてその人と付き合っています。長いこと旅こそ我が住処だと思っていたし、深い癒しなどを求める甘い風潮などを軽蔑していた時期もあります。しかし、出会ってしまったものは仕方がない。今までの人生を変えるのは自分にとって勇気のいることでもありました。今までのぬるま湯のような日々でも別にそれでよかったと思っていたし、今でも相手と出会っていなかったらそういうふうに暮らしてしたでしょう。あと、もういい歳なんだし、とか思っていたでしょう、というか思っていました。何も求めてはいけないと、自分はもう落ち着いて生きていればそれでいいじゃないかと。ずっと自分はタフだと思っていました。今でも別に自分を弱いとは思っていません。よもや。でも、違う自分を最近発見していてそれが楽しかったりします。大事にしまっておいたビックリ箱をあけているようで、いつかそれを開ける日がくるのではないかとうすうす気がついてはいました。実際にそうなるには長い時間がかかたっとはいえ・・・今20くらいは若返った気分ですね。今、少し前の私と同じ気持ちでいる人。それはたまたま私がが運がよかったのだろうと思われるかも知れません。運は自分が引き寄せるものです。今の人には自分から付き合って欲しいといい付き合っています。最初から諦めないで欲しいんです。一人目がだめでも二人、三人と誰も相手にしてくれない人などいるでしょうか。誰かと幸せになりたいと思っている限り、その誰かはきっといます。最近スピリチュアルからは距離をとっている私ですが、自分が必要としているものはそれを必要としている誰かがいる、ということは法則として正しいんですね。よかったらこちらも読んで下さいね。
2010年01月09日
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やるとは思いませんでした。2月10日、バレンタイン直前決戦(?)イヴェントです。セミナーといっても堅苦しいものではなくエンターテインメントでやりたいと思っています。相方は楽天ブログでおなじみのYUKOさん。当日はよろしくお願いします。これは、バレンタインに合わせたイヴェントのようですが、決して際物ではありません。実は某所で恋愛相談に乗っているうち「かなり多くの人に共通した悩みがあり、その本質は同じものがある」というある種の確信からお伝えしたいことがあってやろうとしてることなんですね。詳細は追ってお知らせしますが、一昨日YUKOさんとのディスカッションでひらめいたこともあります。やはり女性の意見はとても参考になります。一昨日は楽しい一時を過ごさせていただきました。さて、これに併せてメールで無料恋愛カウンセリングを限定10名様で受け付けております。先着順にしようと思いましたが、公正を期するため、10名様を超えたら、抽選にしました。メールでのカウンセリングですので、お力になれることには限度があるのは予めご承知おき下さい。また、締め切りは14日までとさせていただきます。それまでのお申し込みの方なら14日以前から相談受付を開始させていただきます。相談をお受けするにあたっていくつかお願いがあります。1・悩みの内容(別に悩みというほどのこおtでなくてもよいのですが)はなるべく具体的にお願いします。カウンセラーが一番困るのは「人とうまくうちとけられなくて・・」といった抽象的相談です。例え打ち解けられないのが悩みだとしても具体的にどういうシチュエーションでどういうふうに打ち解けられないのかを書いてください。2・スピリチュアル的リーディングの類は一切しません。また。「ソウルメイトと出会えるでしょうか」とか「結婚できますか」とかいうご相談には乗れません。占いではありません。3・メール以外、電話などでの相談には乗っておりません。また、個人情報の類については一切口外しないことをお約束します。メールアドレスはtsukinose-miori@memoad.jpです。よろしくお願いします。
2010年01月06日
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今日は明日のYUKOさんとの打ち合わせのため、調べ物をしていました。他にもamazonで本を注文したり。手帳にあれこれ書き込んだり。まぁこれはカフェでやっていたのですが。あ、明日の打ち合わせも西新宿のカフェですね。一瞬ノートPCにあれこれ書こうかと思ったのですが、手書きのほうが早いので止めておきました。明日はPCも持っていきますが、メモ用のノートも忘れず持っていきます。さて、今日から体力作りもかねてトレーニングを再開しました。以前はダイエットが主要目的でエクササイズしていたのですが、今度のはトレーニングです。器具を使ったものなどもいいですが、まずはお金のかからないことから・・と、いうことで腕立てとスクワッドです。あとはピラティスをまたやるかな。それにコアリズムもいいな。毎日やると飽きる&続かないので気分次第のローテーションでやろうと思っています。明日あたりは近所をランニングしてきます。皆さんも今年を充実した年にして下さいね。ではでは。
2010年01月04日
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あけましておめでとうございます。普段からブログ無精(なんて言葉があるとすればですが)の私ですが、今年はもっと書き込みをしたいですね。今年は、というか去年から思うところあってスピリチュアルからは距離を置いていました。と、いうのもそもそもスピリチュアルな、つまり一般的な意味でのスピリチュアルな行為が自分の人生を全く上向きにはさせてくれなかったからです。といって、何も私はスピリチュアルを占いやおまじないのように依存対象にしていたわけではないのですが、スピリチュアル周辺の人たちの存在が相性に合わないな、と感じ始めたのがそこから離れていった原因でしょう。細かく書くときりがないので割愛しますが、うわごとや妄言の類を聞くことも多いような気がしていました。そこで再びこちらの世界に少し戻ってみようと思ったのが、偉そうな言い方ですが、未だ生ぬるい(といってもいいでしょう)スピリチュアル界に剣を投げ込んでみようかな、と。地に足が付いたスピリチュアルといえば聞こえはいいですが、結局自分が日常に根ざした幸せを感じているかどうかなんですよね。厳しいだけが人生ではない。スピな人は真面目な人が多いですが、悪い意味でのくそ真面目になっている人も多いようです。もっと人生を楽しんで欲しいんです。それは何もお金をかけた遊びなどではなく、日常の中で例えば駅までの道で一戸建ての家の庭や塀にある草木を見てそれに感動できるような感性です。自分で作った味噌汁を飲んで「ああ、旨い」と思えるような感性です。何も特別になる必要はない。というかあなたはすでに特別な人です。誰でもそうであるようにあなたも。私も長いこと目標だけを見て生きてきました。その途中にある風景になど一切価値はないものと思い今を楽しめないでいました。私もまだその点完全ではありません。今を楽しめない気持ちになることや、自分が全く駄目に思えることもあります。それでも楽しめることを探して生きています。今のテーマはお金をかけないで楽しむ、かな。勿論お金を掛けないとできない楽しみもありますが、愛する人がいて一緒にいられればそれで幸せです。今現在そういう人がいない人もいるでしょう。私も長いこと誰もいませんでした。それはそれで学びだったと思います。孤独は私を強くしてくれました。ただ、今の私はまた別のフェーズに行っているようです。今年、お約束できることがあるとすれば、今の私にはまだ期待する人は少ないと思いますが、その期待に完全に答えることは出来ないにしても、裏切ることはしないでしょう。ではみなさん。よいお正月を過ごしてください。
2010年01月02日
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この言葉をご存じでしょうか?剣に生きるものは剣に死すともいいます。私は長いこと戦うことを放棄してしまっていました。しかし、戦うことは人を活かすこともあります。私の手にあるこの刀が人を活かせるようになりたい。そのためにまた立ち上がりたい。と、いうか立ち上がれそうです。私は長いこと寄る辺ない人でした。そして、そのことをある意味誇りに思ってもいました。自分は誰もいなくても生きていける人間だと。実際それでほとんどの人生を生きてきたからなのだと。それはそれで学びだったのでしょう。ある種の強さは人一倍だったと今でも思っています。一人でいることの強さにおいては。でも、今は人生が他のフェーズに入ったようです。そしてそのことで強くなれるような気がします。人には一人でいることで強くなれることもあれば、大切な人がいるからこそ強くなれることもあるのですね。とりあえず今までの学びは一段落ついて今は新しい世界の学びのなかで私はまた、戦いを始め、強くなれそうです。そのことを共に歩んでくれそうな人にはどんなに感謝と愛を感じているでしょう。戦友であり、誰よりも愛している人に。いつもありがとう。これから一緒に戦おうね。あなたの本質は戦士だから。
2009年12月26日
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何故かやる気を出すとほったらしておいたブログにアクセスが上がる。ここ数日ネットショップのサイト作り、頼まれたバナー作り(ちなみに初めてデザインの仕事でお金貰いました。プロデビューっすか?)、昨夜から今までイラスト製作、で創作欲求を全快にしてます。ま、バナーのほうは顔見知りの某広域の人に頼まれてデリヘルのバナー作ったんですが(笑)とにかく、何かやるって大事なことだと思う。すぐお金になることをやっていなくても何かやっていると思わぬほうから仕事が入ったり。久々にイラストも長時間かけて描けました。もう12時間くらい。SAIというソフトとフォトショを使ってます。次はもっとストーリーのあるイラストを描きたいな。今日のはキャバい、というか小悪魔agehaを参考にage嬢っぽく描きました。加工したらファンタジックに(笑)
2009年11月12日
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私が住んでいる街ははっきり言って村です。東京出身の人間ははっきり言って田舎者です。六本木ヒルズなんて行かないし、行こうとも思わない。東京タワーだっておのぼりさんの付き合いで行った程度。そんな私は地元では妙に顔が広い。ここは下町なんですね。いったい、私鉄の小さい駅の沿線に住んでいる人は何をやって生きているんだと思う。この街はゼロ地点だと思う。今も私はこの街で色んな人の話に耳を傾け、ゼロ地点から、まぁ、なんとかやっている。これまでもそうだったように、これからも、きっと。
2009年05月02日
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