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米国のドナルド・トランプ大統領による一連の名称変更提案は6日、意外な新たな対象へと広がり、ニューメキシコ州の名称を「ニューアメリカ州」へ変更することを示唆した。 隣国カナダとの貿易摩擦が続く中、トランプ氏はオンタリオ湖を「アメリカ湖」に改称する大統領令に署名したばかりだが、今回の提案はニューメキシコ州の知事により即座に一蹴された。 トランプ氏はSNSに「多くの人々がニューメキシコの名前をニューアメリカに変えるよう提案してきた」と投稿。「その秘めたる可能性を持つ素晴らしい州の人々にとって、はるかに名誉ある美しい名前だ。ワオ、気に入った!!!」と主張した。 ホワイトハウスの公式アカウントも、同州の名称にある「メキシコ」の部分にバツ印をつけ、「アメリカ」と書き加えた画像を転載。米メディアの一部は、このアイデアが元々インターネット上のいたずら(ミーム)から始まったと報じている。 これに対し、同州のミシェル・ルーハン・グリシャム知事は米FOXニュースのインタビューで、「名称を変更する議論の余地などない。米国が建国される前から、この名前は私たちのものだ」と反論。大統領の狙いについて、ガソリン価格の高騰などの問題から米国民の注意をそらそうとしていると述べた。 トランプ氏は、2025年の大統領就任初日にもメキシコ湾を「アメリカ湾」に改称すると宣言してメキシコ側から強い反発を受けたほか、今回のオンタリオ湖改称方針についてもカナダ側が拒絶姿勢を示している。 また、先週にはホルムズ海峡を「トランプ海峡」に改称する案に言及したのち、数時間後に冗談だと示唆していた。【時事通信ネット版から引用】 もうね、この大統領ってここまで来たら「頭大丈夫か?」って真剣に思ってしまうなぁ。 いくらなんでもやりすぎやろ、こんなのでもアメリカ国民は笑って許せるのか? ありえんわ~ 以前にもメキシコ湾をアメリカ湾に改称するという頓珍漢なことを言いだして失笑を買ったところだったと思うけど、それに次いでカナダとの国境にあるオンタリオ湖をアメリカ湖にすrと言い出してカナダの反発を買ったところなんだけど、今度はニューメキシコ州からニューアメリカ州への名称変更って、本文には「多くの人々がニューメキシコの名前をニューアメリカに変えるよう提案してきた」って書いているけど本当なのか? 本当に「多くの人々が」っていうなら、その証拠を出して披露してくれればいいんだけど、そんなことはできるのか? 出してきたとしても捏造かもしれないしね。逆にそれが嘘だったりすると大変なことになるんだけど、それすらわかってないんだろうな。居酒屋で酔っ払いのじじぃが飲んだくれてしゃべっているわけじゃないんだし、自国民から反発を食らうことを平気で言うということは、前出のとおり「頭大丈夫か?」につながるわけです。この大統領の頭の中ではニューメキシコ州はアメリカではなかったんだな、ほんと頭大丈夫か? そういえば、日本に近い国にも日本海のことを東海ってよんでいた国があったけど、だったら黄海のことも西海とよべばいいのにシューキンペーには逆らえないのかそれはしないんだよな。 とすれば、国際的にも名前が決まっているものを勝手に変更することが好きなこの大統領、あの国と同じっていうことなのか(苦笑) ホルムズ海峡をトランプ海峡にするという話は初めて聞いたんだけど、ここまでくると「アメリカ国民の皆さん、こんなのが大統領で本当に大丈夫ですか?」って他国のことながら心配になりますよ。おそらく、近いうちに行われる中間選挙に向けていろいろアピールしたいというところからきているのかもしれないけど、一連の流れはアメリカ国内はわからないけど、外交的にはマイナスにしかなってないと思うけどね。イランへの攻撃もよくわからなくなってきているし、落としどころもみえないしね。 それにしても、どこかでこの話題を取り上げたいと思っていて、メキシコ湾の名称を勝手に変えるというバカげたコメントを発表したときにしたかったけど、タイミングが悪くてできませんでした。だからちょっと残念に思っていたし、その後も似たようなバカげたコメントが出るたびに取り上げたかったけど、ようやく取り上げることができてよかったです。 言いたくはないけど、大統領にしても政治屋にしてもちゃんと選挙に行かなければならないし、耳に心地よいことをいうヤツほど気をつけろ、っていうのは(→亡き父がよく言っていました)あながち間違ってないなぁって思いました。
2026年09月07日
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今日は家族でIKEA鶴浜へ買い物へ行きました。孫も早く起きて機嫌がよかったし。 IKEAへ行くと、レストランもあるのですが、孫を連れていますので昼食はこんな感じで簡単に済ませました。 私はホットドックとハッシュドポテト、オレンジジュース。日曜日の昼食だからね、そんなに多くなくていいんですよ。晩御飯でがっつりいただきましたから(笑)。 今日はデリカD:2で行きましたが、孫は車が好きなのか車に乗ってからもご機嫌で、そのうちぐっしりと目的地まで寝ていました。
2026年09月06日
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今日、豊水梨を買いに行った話をアップしましたが、そのお店のある奈良県大淀町へ行く前に御所市にある喫茶店へ立ち寄りました。私がデリカSWを購入してしばらくしてから同じ車の趣味を持つ人たちのグループに入れてもらったことがあったのですが、そのグループのうちの一人、Tさんが営まれている喫茶店なのです。毎年年賀状のやり取りを続けていたのですが、同じ奈良県内に住みながら、またお店のある場所も分かっていながらなかなか訪問できずにいました。そして先日、暑中見舞いのはがきをいただいたこともあって、大淀町へ行く前に久しぶりに行ってみました。お店に行くのは20年ぶりくらいかな・・・。 お店に入ると懐かしいTさんがおられました。20年ぶりくらいに会ってコーヒーをいただきながら車の話をしていました。やはり車好きって車の話が止まりませんよね(笑)。Tさんは2代目のパジェロに乗っておられたのですが、10年以上前にエンジンが故障してその修理が高額になるということで泣く泣く廃車にしたそうです・・・。まだ乗っておられたら、私のデリカSWと並べて写真が撮れたんですけどね・・・。っていうか、まだ私がデリカSWに乗っていることにびっくりされていました。ちょうど今日の走行で総走行距離が29万キロになりましたが・・・。 それから、お店には当時のグループで高槻の方へ芋ほりイベントに行った時の集合写真があってそれも見ることができました。今から25年くらい前かな、芋ほり後に淀川の河川敷のどこかでBBQしたときの写真だったように思いますが、まだ30歳代前半で髪の毛がまだ黒かった時の私も写っていました。ただ、その当時のメンバーで今でも連絡を取り合ったりしている人は私を含めてごく限られているとのこと。それでも、写真を見ながら写っている人の名前とその当時乗っていた車をリンクさせたりしていましたが、さすがに写真を見ても「だれだったかな・・・」「車は何に乗っていたかな・・・」と、25年の歳月は仕方ないのかな。それでも、懐かしい名前とその当時乗っていた車を思い出してとても懐かしい気持ちになりました。 ちなみにそのグループというのは、元々デリカSWやデリカSG、パジェロといった三菱車に乗っている人が集まったものでしたが、三菱車から他社に乗り換えても継続OKだったし、他社の四駆に乗っている人でもOKだったりと最盛期には15台近くが集まっていたかな。住んでいる場所も大阪市内やその周辺、伊丹や奈良、滋賀と割と広範囲で、私は西宮に住んでいるときにメンバー入りしました。そして、年に数回集まって芋ほりとかBBQしたりしていましたが、メンバーの転勤とか子どもが大きくなったり仕事が忙しくなったりして、自然に消滅してしまいました。 前出のとおり、Tさん自身も当時のメンバーの現状はあまりわからないようで、数年に一回当時のメンバーがふらっとお店にやってくることはあるそうなのですが、私の場合は同じ奈良県内だし奈良県南部の方へ行く用事があれば、また立ち寄って当時の話に花を咲かせればと思っています。
2026年09月05日
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今日は,毎秋恒例の奈良県大淀町へ豊水梨を買いに行きました。 亡き父が梨好きだったこともあって毎年同じお店で購入しています。その梨を持って実家のあった堺までい行きまして墓参りしました。墓前に供えましたが、今年1月に亡くなった母と一緒に食べてくれたらいいなぁってね。もちろん自宅にある仏壇にも備えました。 ここの豊水梨は大粒でジューシーで甘いんですよ。毎秋の楽しみで、これが食べられるようになると秋が来たんだなって思っています。
2026年09月05日
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7月に九州へ旅行した話は何回かに分けてごらんいただきましたが、立ち寄った小倉駅での警察官とのやり取りもなかなかおもしろかったのです。 小倉駅で買い物しようと小倉駅北口にある駐車場に車を駐車。その駐車場に入る前から二人の警察官の姿は見えていたのですが、全く気にすることはありませんでした。多分、駐停車禁止についてアナウンスしているんだろうくらいだったのですが、なぜか私の車の方にやってきました。二人とも女性の警察官です。 私に用事があるとは思わなかったので、そのまま車から出ようとすると速足で私の車までやってきた警察官。何事かと尋ねると、(警察官)「(車が)奈良ナンバーなので珍しいから声掛けました」 その日乗っていた車って、これですよ。決して怪しい車じゃないって(爆)。 それに、北九州でも奈良ナンバーは走っているだろうし、神戸や大阪からフェリーも来ているから普通に見かけるだろ? 実は目的は違うところにあったようで・・・。(警察官)「最近はトクリュウとか犯罪が多いので、ちょっと調べさせてもらってもいいですか?」 そうです、要するに職務質問です(爆)。 この日はアロハシャツを着ていて、薄い色の入ったサングラス、短髪の白髪頭で色黒とくれば怪しさ満点とでも思われたか・・・。 まぁ私の知り合いには、親せきや友だち含めて警察関係者が多いからここは協力しておこうということで応じました。(警察官)「では免許証を・・・」 免許証を差し出すと、(警察官)「奈良からなんですね。観光ですか? ちょっと確認させてくださいね」 息子が小倉にいることなどを話していると、その免許証をもう一人の警察官に渡して番号紹介などをしているようでした。指名手配になっていないかなどを確認していたのかな?(警察官)「ズボンとか上着に入っているものをだしてもらっていいですか」 車のカギとパスケースくらいしかもっていなかったし、ケータイはケースに入っているからそれを確認してもらいました。(警察官)「かばんの中も確認させてもらっていいですか?」 ここまで来たら完全に犯罪者扱いだなって思いましたし、「何か事件ですか?」と聞いてみたくなりましたが、何にもやましいことがないから素直に応じました。 かばんの中には財布とレシート、喘息の薬(ひどい咳が出たとき用に念のため持っています)くらいしか入っていません。(警察官)「かばんの外のポケットのところも確認させてください」 かばんの外にはファスナーのついていないポケットがあるのですが、そこも確認したいとのこと。そこにはこれが入っていました。 そう、自撮り棒です。一人旅だからね、自撮り棒も使いますよね。 ところが、これを取り出して見せようとしたら、一瞬その警察官に身構えられました(苦笑)。 多分、特殊警棒か何かと間違えられたのかな・・・。 「自撮り棒ですよ、ほらっ」と、現物を確認してもらって事なきを得ました。 免許証の照会も終わって職務質問は終了。まぁやましいことは何もないから全然問題ないんだけどね。 それにしても、真昼間に職務質問されるとは思いませんでした。過去に職務質問されたのは真夜中でしたね。駅からの自宅への帰り道で自転車に乗っている時だったかな。今ではアウトだけど当時は酔っぱらって自転車に乗って帰っていたから、パトカーに止められて自転車の防犯登録と身分証(=免許証)の確認をされましたよ。 話を戻して、最近は外国人犯罪が多いし怪しいと思えば問答無用で職務質問したらいいと思っています。やましいことがなければ応じることも問題ないでしょ。警察官は犯罪の未然防止に努めてくれているんだし、市民の安全を守るためには必要だと思っています。まぁ確かに急いでいるときに職務質問されると困るけどね・・・。
2026年09月04日
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私の家の隣にガレージがありまして義弟が管理しているのですが、道路の隅に雨が降った時に流れる水路があります。この水路のつなぎ目から水がしみこんでいるので修理してほしいとのことを妻からリクエストがありました。業者を呼ぶほどではないということだろうけど、義弟は足を怪我していて動けないということで代わりに対応することにしました。 修理前の水路です。水路といっても深いものではありません。道路の隅にあって雨が降った時に水が流れていくものです。普段は水の流れはありません。このブロックのつなぎ目から水が漏れているとのこと。補修するならセメントで固めるか、ということで作業を行いました。 最近は便利なものがありますね。広い面積でなければこういうので十分です。 セメントの入った袋があって、それを容器に入れてカップに所定の水を入れて混ぜ合わせるのです。カップもできたセメントを塗るためのへらも入ったオールインワンです。 園芸用の折れた支柱を使って混ぜます。意外と早く固まろうとするんですね。 作業中は撮影していませんが、セメントを塗る前に施工か所を水で濡らしておくのは鉄則でしたね。 へらで手早く塗っていくのですが、手早くといっても意外と難しいのです。 左官作業をされる方はさすがに上手ですね。 作業完了後は、このように養生して約6時間ほど放置です。 乾いたらこんな感じ。もっとうまく施工したかったんだけど、とりあえず水さえしみこまなかったらいいや、ということで(笑)。 ちゃんと施工できているのか心配だったのですが、今日の大雨でも水がしみこむことなく、ちゃんと機能しているようでした。余裕があれば少し手直しもしてみたいです。 そういえば、私の家のガレージの一部も亡き父と一緒に補修したのを思い出します。亡き父は建築士だったのですが、このような補修作業も手掛けていましたので、知識はあるし。作業も本職の人にはかなわないけど仕上がりはそん色なかったです。私もその血をほんの少しは引いているかな、って思いたいけど(笑)。
2026年09月03日
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三菱自動車は9月2日、全面改良した「パジェロ」を世界初公開した。パジェロの国内復活は約7年ぶり。フラッグシップモデルとして日本やタイ、豪州など100カ国に展開する。生産はタイで、国内では10月1日に予約注文を始める。 パジェロは1990年代の“RVブーム”で人気を集めた本格オフロード車で、同社を象徴する1台となった。しかし、RVブームの終焉に加え、ミニバンや都市型SUVの需要拡大もあり台数が低迷。2019年に国内生産を終了した。 今回、同社のフラッグシップモデルとして復活する。日本市場を含めグローバルに展開していく。 新型は、「悪路快適性」をキーワードに開発した。初代からの特徴である悪路走破性や信頼性、快適性などを継承しつつ、上質さや先進性を加えた。 ピックアップトラック「トライトン」のラダーフレームにクロスメンバーなどを追加し、パジェロ専用フレームとして設計した。パワートレインもトライトンに搭載する排気量2.4リットルのディーゼルエンジンをベースに、新開発の8速オートマチックトランスミッション(AT)を組み合わせた。操縦安定性では、パジェロとして初めて車両運動統合制御システム「スーパーオールホイールコントロール(S-AWC)」を採用。さまざまな路面の変化に対して、自然な運転ができるという。 内装では、14.3インチのモノリスディスプレーなど先進機能を採用した。歴代パジェロの象徴である3連メーターを再現して映し出すとともに、メーター背景が時間の経過に合わせて変化する機能も搭載した。また、遮音ガラスをフロントに加え、前後のドアガラスにも採用し、上級モデルにふさわしい快適な室内空間を実現した。 車体サイズは、全長4920×全幅1925×全高1910ミリメートルと、先代モデルより拡大した。外観ではT字型のヘッドランプを採用し、先進感を表現したという。【日刊自動車新聞から引用】 パジェロが復活する、という話は少し前からネット上でみかけましたが、本当に復活したんですね。 パジェロといえば、三菱自動車の「オフロード車」の代名詞みたいなものでRVブームの火付け役でしたね。初代が1982年に登場、その後フルモデルチェンジを繰り返しながら2019年に惜しまれながら終売。時代がRV車を求める時代ではなくなったのか、と思ったものです。それは三菱だけではなく、ニッサンもサファリやテラノといった車種がありましたし、いすゞにもビッグホーンがありました。そのあたりもどんどん整理されてなくなり、今ではトヨタのランクルのシリーズだけ。今はミニバンですからね、RV車の出番じゃないっていうことです。 そんな時代に再びもどってきたパジェロ。残念ながら日本製ではなくタイ製。しかも、車体サイズが全長4920×全幅1925×全高1910ミリメートルでしょ、全長はまだしも全幅が広すぎる! ランクル300も全長4985で全幅が1980ですからそれに近づけようとしたのかもしれませんが、ショッピングセンターの駐車場にとめるのも一苦労っていうか、枠からはみ出るでしょうね・・・。 デザイン的には、ヘッドライトやテールランプがT字型になっていて無骨なRV車というイメージではありません。高級SUV車っていうような感じかな。ランクルもそんな感じだもんね・・・。 価格的にはどの程度かはわかりませんが、おいそれと買えるような価格ではないでしょう。日本国内で販売するというよりも、海外メインなんでしょうね。 でも、三菱党としては「パジェロ」という名前が復活しただけでもとりあえずはよかったなぁと。あとはこの大きなモデルを少しダウンサイジングして、日本の国内でも走ることができるような大きさにしてくれたらいいのにね・・・。
2026年09月02日
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先日、立ち寄った大和郡山市内のコンビニで見つけた灰皿です。 大和郡山市は金魚の街。こんなところにも金魚がいましたよ。 口にあたるところは、灰皿を移動させるための取っ手なのかな? 私自身タバコは吸わないので、灰皿には何の関連もないのですが、思わず写真に収めました。たまたまタバコを吸っている人もいなかったしね。
2026年09月01日
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昨日の怪しいメールが届く話に関連して、今日は「怪しい不在伝票」が入っていた話です。 昨日は夕方近くまで出かけていたのですが、家に帰ると佐川急便から不在伝票が入っていました。送り主は「MINAMIHANAHATA4」と書かれていました。通販とかネットショップから買ったとしても、そのお店の名前が送り主になるはずなのに、「MINAMIHANAHATA4」ってなんなんだ? ネットで調べてみると、私のところだけではなくて過去にも同じようなものがあったんですね。それによると、アマゾンなどで送り主が海外(特に中国)から送られてくる荷物に多いようです。匿名発送っていうのかな、そんな感じのようです。佐川急便なので、ネットでいつ集荷して配送してという記録がありますので、それを確認すると海外ではなくて東京から送られてきている模様。 ここで思いつくのが「送りつけ詐欺」。要するに注文していないものを勝手に送り付けて、その梱包を解かざるを得ない状況とするもの。怪しい荷物は受け取らないに限るんだけどね。 あと、ネットで注文したホンモノの荷物であること。受取人は娘になっているんだけど、その娘自身の話では「確かにネットで購入したものはあるけど、まずそのネットショップからのメールには『ヤマト運輸が配送します』と書いている」とのこと。しかも、MINAMIHANAHATA4なんていうお店でもないらしい。ちなみに注文したものは、台所で使うラックを2つ注文したとのこと。 これはますますわからないし、佐川急便のドライバーからの電話では受け取り拒否でもOKとのこと。そこで、持ってきてもらって判断することにしました. 佐川急便(実際はその下請け)のドライバーがやってきて荷姿を見ると、80サイズの段ボールが2つ、ガムテープでとめられたものとなっていました。段ボールの一つあたりの大きさは、注文したラックの大きさ相当のものらしい。怪しさ満点だったけど、とりあえず受け取って何かあったらそのショップに文句を言うか、そのショップも知らぬ存ぜぬだとしたら、その次のステップで考えるかということにしました。 さて、梱包を解いてみると、娘が注文したものでした。人騒がせなって思ったけど、ショップからの「ヤマト運輸が配送します」とは全然違うし、そのショップにおける荷物の発送状況は「配送準備中」のまま更新されていない。なんていい加減なんだろう、ってそのショップの会社概要を見たら、「あぁ・・・なるほどね。私ならほしい商品でもここでは買わないな」というものでした。ここまで書けば、私のブログをよくご覧の皆さんだったら、どういったお店なのかだいたい察しが付くかと思いますが。 ということで、無事に注文したものは届きましたが、そのショップの評価をするのであれば。注文したものは届いているから星の数は「☆」ではないけど、せいぜい「☆☆」くらいかな。コメントを入れるとすれば、「ヤマト便ではなく佐川便になっているけど、事実と違うのであればきちんとメールで知らせるべきでは」ということと「MINAMIHANAHATA4なんていう匿名配送するってどういうつもり? そんなに販売している商品に自信が持てない、あるいはNCNRだったらその旨もネット上に書いときなさいと」(二度と買わないけど)ということかな。 みなさんはネット上でほしいものがあった場合、どの辺に注意されていますか? 私は利用されている方の口コミを参考にしながら、会社概要は必ず確認しています。会社概要が書いてないあるいはぺらっぺらの内容だったら、その店はパスですね。っていうか、実販売店があるなら極力そこで買おうとするし、それが遠方だったりするとやはり会社概要や口コミで判断しているかな。 そんなこともあって、私自身はネットショップはあまり利用していないのですね・・・。
2026年08月31日
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自宅や職場のメアドあてにやってくる実にくだらないメールをさらすこのシリーズ、職場のメアドには最近新たな迷惑メールはやってきません。システムがちょっと変更になったからかな。ありがたいんですけど、逆に来なければ来ないでちょっと寂しいなってね(笑)。 でも、自宅のメアドあてには毎日毎日やってきますよ。アマゾンは毎日複数やってきています。最近多いのは、「ご注文のお荷物についてご案内します」という本文なのですが、メールの件名が「お荷のお受け取り用意が整いました」、『お荷物』と書けていないところがクオリティの低さがわかります。 あと、ANAのマイレージに関するメール。マイルが自動で加算されていないというもので、そのマイルの数が6402マイルのものとか2497マイル、24152マイルと様々。あのな、もっともらしいマイルの数にしとけって。っていうか、通知してくるならマイルの数をそろえて来いって。ちなみに、私は飛行機に乗ってもマイルは貯めていないのでこの手のメールは完全無視です。ちなみに、ANAからの通知でマイル以外で最近多いのが、「搭乗便補償申請の取り下げに関するお知らせ」。何なんでしょうね、最近は飛行機に乗る仕事やプライベートもないんだけど(笑)。 それから、カード会社からのメール。これも保有ポイントが有効期限切れになりますよ、っていうメールで、そのポイントも8643ポイントとかね。そのカード会社名をみて私の利用していないカード会社も完全無視。私が使っているカード会社だったとしても、ポイント管理は別途しているのでメールの分は信用していないから、そんなもので騙されません。 ETCカードとか国税庁を騙るものもまだまだやってきていますね。えきねっともそうですね。私のところはJR東日本管内じゃないんだけどさ・・・。 いろいろブロックをかましているんですけど、うまくいかないね。 まぁ、この手のメールは一切信用しないのでいいんですけど。 皆さんもご注意ください。
2026年08月30日
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夏の果物といえば、ぶどうがありますよね。わたしが子どもの頃だったら、デラウエアとか大粒のものなら巨峰がありましたが、最近はシャインマスカットなどが有名ですよね。そのシャインマスカットは岡山県産が有名ですが、私の住む奈良県でも作られています。 私の住む王寺町のとなり、三郷町の涌井ぶどう園です。こんな感じのテント状のお店で販売されています。テントの中は写真を撮っていませんが、シャインマスカットを中心にほかのぶどうもあって見た目でも楽しめるような状況でした。 テントには一組ずつ入るようになっているので、混雑していたら結構待つことになるようですけど、今日はたまたまタイミングよく少し待っただけで入ることができました。 また、駐車場はあるのですが、4台程度しか置けないのが難点かな・・・。 大粒で甘くておいしくいただきました。 こんなに近いところにいいお店があるとは思いませんでした。
2026年08月29日
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今日は金曜日、カレーの日ということで、例によって今日ではありませんが先日食べたカレーです。先日、姫路の方へ出張したのですが、そこへ行く前に阪神梅田駅近くのミンガスでいただきました。 この日の出張は、ちょっとしんどい仕事だったので気合を入れるために、ミンガスのチキンカツカレーです。これを食べて乗り切りました! ただ、このチキンカツカレーも気が付けば1000円間近の値段になっていてびっくり! いろんなものの値段が上がっているけど、これも高くなっていて気軽に食べることができなくなってきていますねぇ。
2026年08月28日
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先月旅行に行った宮崎県では、なかなか懐かしい路線バスをたくさんみかけました。経年車なのですが、とても大事に使われているのがうれしいですね。私の住む奈良県の奈良交通ではこのところ経年車が減ってきているところです。 宮崎交通では、いすゞ、日野、三菱、日産ディーゼル(UD)の4メーカーの車両が導入されているようですが、このいすゞ車が多いように思えました。これはいすゞのキュービックシリーズの中型のLRですね。奈良交通もいすゞのヘビーユーザーなのですが、これは意外と少なかったなぁ・・・。 あと近寄って撮影できなかったのですが、三菱のエアロバスです。 個人的には、ここ20年くらいの観光バスの中では好きなスタイルです。観光バスやリムジンバスでたくさん使われていましたね。ここでもリムジンバスで使われているようでしたが、経年車ながらもとてもきれいに保たれていました。 ところで、地方のバス会社では中古バスを導入されるところも普通にありますが、この宮崎交通でもそうなっていまして、写真は撮れませんでしたが、宮崎駅から泊まったホテルのある橘通まで乗ったバスは特徴で来なフロントデザインでわかるのですが、神奈川中央交通の中古でした。もちろん、新車も導入されていまして、宮崎駅に向かう際に乗ったバスは最新のいすゞエルガでした。 さて、そんな経年車が多い宮崎交通の中で私がびっくりしたのが、このバスが今でも現役で動いていることでした。 石崎浜で撮影したこのバス、日野のレインボーRJなのです。二つ目のヘッドライトというのがなんともレトロな感じですよね。 1980年に登場したこのバス、私の実家のあった南海電鉄バス(現:南海バス)でも多く導入されたものでした。南海では前後扉でしたけどね・・・。 大きさ的には中型バスになるので、大型バスが難儀する狭隘路線で使われていました。 このバスは何年式かはわかりませんが、40年近くは稼働していることになりますね。 石崎浜で駐車した際に、このバスが時間待ちをしているのが見えたので、思い切って運転手さんに写真撮影していいかを尋ねたところ、OKをいただきました。さらに運転手さんからバスを少し移動させようか? とご提案いただきましたが、とてももったいなくて「いえ、このままで結構でございます」と答えました。本当は両サイドがきれいに映る場所に動かしてほしかったんだけど、それはぜいたくというものだから・・・。もう一つぜいたくを言えば、今回はekスペースでの移動だったんだけど、私の愛車のデリカSWと並べて撮影したかったなあ・・・。 宮崎交通は経年車を大切に使っているということは話には聞いていましたが、まさかこんな感じで突然出会うとは思わなかったし、できればこのバスに乗って移動したかったなぁって思いました。バスのダイヤとか全然調べていなかったからね・・・。そういったところが残念かな。 それにしても、人生で初めて訪れた宮崎県はいろんな出会いがあったり、おいしい食べ物やきれいな景色を見られたし、機会があればもう一度行ってみたいなぁって思っています。
2026年08月27日
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千葉県と千葉市は25日、千葉豪雨で水没するなどして放置され保管場所に移動させた車両のうち、持ち主や連絡先が不明な車両のナンバーを「連絡をいただきたい仮保管車両」としてウェブサイトで公表した。 公表したのは県管理の車両6台、市管理の車両44台の計50台。3桁の分類番号とひらがなを伏せ、地名と4桁の車両ナンバー、メーカー、車種、色を掲載している。 市土木管理課の担当者によると、25日朝の段階で約200台を保管していたが、持ち主や連絡先が分からない車両が44台あった。保管車両のナンバー公表は初めての試みで「今後も持ち主不明な車両が増えていく可能性があり、(公表によって)持ち主の特定が進むといい」と話している。【毎日新聞ネット版から引用】 千葉県でのゲリラ豪雨で水没したり冠水した道路で動かなくなる車をみていると、「なぜそこへ行ってしまうかな」って思ってみてましたけど、あのような大雨の時には極力動かない方がいいですよね。もちろん、その場所が低地だったらできるかぎり高い場所を目指すしかないかもしれませんが。私も大雨の時に車に乗らなければならないときは、冠水した道は要注意していますが、どこにそんな危険が潜んでいるかわかりませんからね。 さて、そんな冠水した道路で動かなくなった千葉の事例。道路上で動かなくなってレッカーを呼ぼうにも一度に運ぶことができないので、しばらく放置車両になっていたようですね。それもなんとかレッカー移動されているとは思いますが、本文にもあったように「持ち主不明な車両がある」というのはどういうことなんだろう? ちゃんとナンバープレートがついているはずだし、車内には車検証もある。車検証には所有者と使用者の記載があるから持ち主不明になる要素はないはずなんだけど・・・。 そんなことから、行政では「3桁の分類番号とひらがなを伏せ、地名と4桁の車両ナンバー、メーカー、車種、色を掲載している」とのことですが、もうナンバーがわかっているんだから持ち主の所在地、氏名も公表したらいいんじゃないの? 「転売した」といわれたとしても、その新たな買主が名義変更しないクソタワケなヤツなんだから、その元の持ち主からそのクソタワケに「名義変更してないから名前が公表されただろ、ばかやろー」って言えばいいんですよ。 でも、なぜ持ち主は引き取りに来ないんだろうか? 水没した車には未練がないから、行政で勝手に処分してくれっていうことなのか? それも自分勝手な言い分だよな。自動車税だって廃車にしない限りずっと払い続けないといけないし、そういったことは考えてないんだろうね。 まぁ連絡先はわかっているんだから行政としてはその持ち主に電凸したり、それでも無視するなら警察に遺失物ということで届けて、あとは警察で措置してもらうとか。 それにしても、愛着があるなしにかかわらず、自分の車だったわけだから最後まで面倒見るのが当然だと思うんですよね。冠水して動かなくなった車は、エンジン系統や下回りは修理するのは困難だと聞くし、車内に水が入ったリするとカビの発生など元の状態に戻すのはかなり難しいようですね。愛着のある車だったりすると余計つらいですし、ローンが残っていたり最近はやりの残クレの場合はどうなるんでしょうね・・・。 これからまだ台風がやってくるシーズンですし、いつゲリラ豪雨に見舞われるかわからない。せいぜい「冠水した道路は極力通らない」くらいしか予防措置はないのかな。
2026年08月25日
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昨日とおととい、私の住む王寺町では「王寺町鉄道フェスティバル」が開催されました。 王寺町は古くから鉄道の街、国鉄(現JR)関西本線と和歌山線、近鉄二路線(生駒線、田原本線)が交差するところで、かつては国鉄の王寺機関区もおかれていたとこ バス路線も充実しているという街でして、そういうのをさらにアピールしていこうということで毎年このようなイベントが催されています。 昨日は鉄道に関する小間があったのですが、今日は「王寺あるある」の紹介が行われていました。そのコーナーの担当をホリプロの南田裕介さん(→王寺町出身)とNHKで不定期で放送されている「鉄オタ選手権」にも出演されているメーテル(演:旭堂南鈴さん)がされていました。特に、メーテルの登場はなかなか面白くて・・・ 当初予定していたところと違うところから登場・・・ もちろん、あらかじめルートは決まっていたと思うのですけどね(苦笑) 軽妙なトークを繰り広げておりました。 さて、「王寺あるある」というのは、王寺町における「ありえること」をSNSや会場で募集していたものを紹介するものでした。その中で、一番多かったと思えるものがこれでした。「王寺駅と王子駅を誤記・混同されがち」→これは私もエントリーしたのですが、やはりそう思っている人が多いんだなぁって思いました。 王子駅はこのブログでも紹介しましたが、東京の京浜東北線にある駅ですね。漢字変換ではまず「王子駅」が先に表示されがちかな・・・。 ほかにはこんなものがありました。「JRの始発が早い 終電が遅い 新大阪始発の新幹線に乗れる」→王寺発の始発は436発ですから、天王寺で地下鉄御堂筋線に乗り換えれば新大阪に534に着。新大阪で600発の「のぞみ230号」に乗れると、東京には823に到着できるという地方の小さな町なのにこんなことができるんです。 終電も王寺着103ですから、かなり遅いですよね。「天王寺から慌てて奈良方面に行こうとして『高田行き』に乗ってしまいがち」→これは私のように王寺駅で下車する人には関係ないのですが、王寺から先の奈良方面へ帰る人にありがちなのかもしれません。要するに、大阪で奈良方面に行くと思って乗った快速列車が実は王寺で前4両と後ろ4両に切り離されて、後ろ4両は和歌山線に入る列車だったということを指しています。ちゃんと行き先に注意、というアナウンスをしているのですが意外と聞き漏らしているんですね。 これら以外にもいろいろありましたが、私がこの後気が付いたあるあるとしては、「近鉄田原本線と近鉄生駒線のことを、それぞれ『やまてつ(大和鉄道)』『しぎでん(信貴電)』と言ってしまう(→特に年配の人)」→これは亡き義母さんとかがよく話していたのですが、現在の近鉄になる前はそれぞれ別会社だったことによるものです。1961年に大和鉄道は信貴生駒電鉄と合併、1964年に信貴生駒電鉄も近鉄と合併して現在に至っています。 あと、あるあるとはちょっと異なるかもしれませんが、「地方の町レベルなのに、金融機関の支店が多い」→現在、王寺町内には三井住友銀行、三菱UFJ銀行、南都銀行、京都銀行、大和信用金庫、奈良中央信用金庫、ゆうちょ銀行、奈良県農業協同組合と8行もあるんです。数的には奈良市や生駒市には負けるけど、町のレベルとしてはかなり多いのではないかと。 それはさておき、そんな地元民ならくすっと笑えるようなネタもあってなかなか楽しかったですよ。 そういえば、このコーナーが終わってから南田裕介さんとメーテルははけるのですが、そのメーテルにサインをねだる子どもが・・・。ちゃんと色紙も持っていてメーテルはそれに応えていました。鉄オタ選手権を見ている子どもなのかな、ちょっと微笑ましかったですよ、
2026年08月24日
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夏の風物詩といえば花火。私の住む王寺町ではかつては大規模な花火大会があったのですが、50年の歴史に幕を閉じて以来、夏の花火は見られなくなってしまいました。その分、秋には規模を縮小してみることはできているんですけどね・・・。 さて、王寺町では夏には見られなくなった花火大会ですが、隣の三郷町では今も夏祭りにおいて花火を打ち上げてくれています。その花火を今日、見ることができました。 2030過ぎにあがることは事前にHPなどで紹介されていたので、それを待っていました。近所の方も三々五々やってきました。 次々にあがると、ギャラリーも増えてきました。 やはり、夏には花火だなあってね。 フィナーレ近くになってきました。30分近く打ち上げ花火と仕掛け花火をあげてくれましたよ。 本当にきれいな花火を打ち上げてくれて感謝です。 この花火は、孫も一緒に見ることができました。今日の奈良地方は37℃もあったそうですけど、夜は風が心地よくて気持ちよかったです。花火を打ち上げる位置が離れているから、孫は音に驚くことともありませんでした。むしろ、近所の方が抱っこしようとすると嫌がって泣いていましたが(苦笑)。
2026年08月23日
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今日21日は、孫の八か月の誕生日。早いものですね、もうそんなに経ったんだってね。なかなか寝返りをしてくれなくて、それが心配かな。それはあるんだけど、すくすくと大きくなっています。 今日はそれを記念してケーキを買ってきてお祝いしました。久しぶりに不二家のケーキでした。 それと、香芝市の紅乃屋のおはぎや赤飯でした。ハイボールもいただいて、いい気分でした。
2026年08月21日
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今日は金曜日、カレーの日ということで、例によって今日ではありませんが、先日17日の私の誕生日の時のカレーです。 コロッケカレーですが、カレーには豆も入っていておいしかったですよ。 誕生日ということもあって、ちょっとプレミアムなカレーでした。
2026年08月21日
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ふらっと立ち寄った駅を紹介するこのシリーズ、第79回目は山陽電鉄網干線の終点、山陽網干駅です。山陽電鉄は西代~山陽姫路間の本線と途中の飾磨から分かれてこの山陽網干に向かう網干線の二つの路線があります。本線は複線ですが、網干線は単線となっています。 駅舎はこんな感じ。左側は駅舎ではなくて店舗のようですが、よくわかりませんでした。 駅の改札口とその左側に駅務員室がありますが、基本的には日中は無人になっているようです。 日中は15分おきに運転されています。途中駅で二回対向待ちがありました。 網干線の沿線は観光地ではなく、途中の広畑には日本製鉄、平松には大和工業といった鉄鋼の会社があったり、網干にも日本触媒といった化学工場が立地するなど産業の集積地となっています。 網干駅で折り返す山電6000系、山陽電鉄で一番新しい車両です。 さて、この日はこの網干駅に出張でやってきましたけど、とても暑くてたまりませんでした。風は多少吹いているんだけど、まだまだ暑いね・・・。 そういえば、網干駅といえばJR山陽本線にもあるのですが、この山陽網干駅からはかなり離れています。間違える人はいないとは思うけど、歩こうと思うような距離ではないのでご注意を。
2026年08月20日
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先日廃車したワゴンRのラストランで行った北九州市門司区にある和布刈公園。ここは関門海峡を望むところにあるのですが、その一角に関門トンネルで活躍した電気機関車のEF30形が保存されています。 経年劣化しているところはありますが、意外と車体は錆の浮いているところは少ないかと思います。それもそのはず、ステンレスの車体だからです、関門トンネルという海の下を通るトンネルであることから海水の漏水によって車体がさびるのを防ぐための措置なんですね。 さて、EF30形は1960年にこの1号機が登場、その後1968年までの間に22両が製造されました。関門トンネル自体は1942年に開通して直流1500Vで電化されていて戦前の国鉄の貨物用電気機関車の名器EF10が活躍していたのですが、1961年に九州側の門司港~門司~久留米間が交流20000Vで電化されることになり、その両方の区間を走ることができる車両として登場したのがこのEF30形でした。 その後は関門間で活躍していたのですが、1987年までに廃車されました。この1号機は一足早く1987年に廃車になり、保存されています。 私は現役で活躍しているときは見たことがなかったのですが、動いているときのモーター音とか聞いてみたかったなぁってね。 さて、このEF30形単独でここに保存されているのではなく、旧型客車と連結されています。EF30形が現役の際にも、東海道・山陽本線を走ってきた急行列車を下関で引き継いで門司までけん引、門司で九州の機関車に引き継いでいたんでしょうね。 このような案内看板も設置されています。旧型客車はオハフ33形、私も何度も乗ったことがある客車です。 ここでは喫茶店のような使われ方をしているようです。 入ってみたかったけど、フェリーの時間の関係でスルーしました。
2026年08月19日
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先月末に職場の健康診断を受けまして、その結果がやってきました。 今回は聴力にC判定。周波数の高い音が聞こえていないようです。まぁ加齢とともにそれは仕方ないのか、耳鳴りも常時しているしなぁ・・・。あとはメタボじゃないけどその予備軍だとか。メタボはずっと予備軍なんだよね。20代の頃からさ。予備軍もここまで長いと予備軍ではないように思うんだけど。 気になったのは腹部超音波検査で「わずかに異常」、それと心電図検査で「わずかに異常」。ともに日常生活に差し支え無し、との判定だけど、「わずかに異常」というのがなんだかね・・・。前者は「肝臓-のう胞」というもので、色々調べてみると放っておいてもいいようなものかなってね。次の検査でも見つかるようなら気にした方がいいかも。後者の方は、高血圧とか加齢によるものとのことなので注意するに越したことはなさそうだけどね・・・。血圧は献血の際に測っているけど高めに出ることがあるので、最近は気にしているところ。 でもまぁ、直ちに治療しなければならないようなものが見つからなかったのはよかったかな。人間ドックではないのでどこまで安心していいかわからないけど、来年は60歳だし久しぶりに人間ドックを受けてみようかな・・・。
2026年08月18日
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今日8月17日は、私の59回目の誕生日。50代最後をむかえました。この50代というのもなんだか早かったなぁ、って思いました。ここまでの50代って仕事では出向もあったし、日々いろんなことに追われていたなぁって思うし、実家の母親が衰えて介護の関係や施設入所からの入退院の繰り返し、ついには今年見送ることになったし、家庭では新しい命の誕生もあったし、思い起こすといろんなことがあったんだなぁってね。あと一年の50代は穏やかに暮らせたらいいけどね。 今日の晩御飯は、カレーや冷製パスタ、フルーツがふんだんにあってありがたかったです。これにビールもいただきました。 誕生日プレゼントは、娘から・・・ ベルトをもらいました。 ずっと使っていたベルトが古くなってきたので更新を考えていまして、実は近々自分で買おうと思っていたところでした。ありがたいですね、そういうところを見ていてくれたのは・・・。
2026年08月17日
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2017年12月に我が家にやってきたワゴンR。ついに今日、娘と孫に見送られて廃車回送となりました。娘にとっては初めてハンドルを握った車、思い出も深かったと思います。 意外とデリカD:2と並んだ写真を撮っていなかったなぁということで、義弟のお店の駐車場で並べて撮影しました。 2007年式のワゴンRと2025年式のデリカD:2。世代交代ですね・・・。 この後、いつもお世話になっているモータースさんへ廃車回送。モータースさんから引き上げるとき、ワゴンRの方を見ると「おいおい、置いていくのか?」とさみしそうに見えました・・・。 我が家にやってきたときの走行距離が36200km、廃車回送でモータースさんに到着したときには89,860kmとなっていました。息子が北九州で乗っていた時期を含めて、53,660kmもよく走ってくれました。 ホントにありがとう、そして長い間ありがとう!
2026年08月17日
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先日の九州旅行でのミッションの一つは、我が家で使っていたekスペースと息子が北九州で乗っているワゴンRを入れ替えるものでした。そしてワゴンRを引き取って以来、我が家で休車としておりましたが、明日廃車回送することになりました。今日は、これまで労をねぎらって洗車しました。 息子は車に興味がないのか、あまり手を入れていた様子はなく、12カ月点検もオイル交換も行っていなかった模様・・・。車の音でわかるんです、手を入れていないことが・・・。 今の若い子ってそんなものなのかな・・・? 私が若い時って前にもこのブログで書いたけど、車にかける情熱というのかそういうのがあったんだけど、今は興味を持てることがたくさんありすぎて、車まで行かないのかな・・・。 借りている駅前の駐車場へ移動して写真も撮りました。 通勤の際に家からここへ乗ってきて、帰りは妻が載って帰ることをよくしていましたね。 コラムATというのも、最近は見なくなりましたね。たいがいはパネルシフトになっているから。 コラムATというのは使いやすいんですけどね・・・。 さて、このワゴンRがやってきた経緯は、それまで乗っていたサンバークラシックが妻の不注意でオーバーヒートを起こして修繕不可能となった際に代替でやってきたものでした。その時の話はこのブログでも紹介しましたが、この車は元々はいつもお世話になっているモータースさんで使われていたレンタカーだった車で、しかもサンバークラシックに乗っているときに車検の代車で借りたことがある車でした。 やってきて以来、こんな雪の積もった日も大雨の日もありましたが、本当に良く動いてくれました。 遠出することは少なかったのですが、時折同じ奈良県内の曽爾村に行ったこともありましたね。 また、亡き母の通院やお買い物にも活躍してくれました。 そして、北九州に住む息子に譲るために2024年秋に北九州へ転属。走行距離は約73000kmを指していました。 せっかくなので、大分まで遠出して引き渡しました。 その後は、北九州周辺で活躍。走行距離も89800kmを超えていました。 そしてこの度、ekスペースと交換することとなり、先日引き取りました。 九州でのラストランも行いまして・・・ フェリーで新門司から神戸へもどり、2年ぶりに奈良へともどってきました。 今日は朝からワゴンRをきれいに洗車しましたが、よくここまで活躍してくれたなぁと感謝です。 2017年12月に我が家にやってきて9年弱、本当におつかれさまでした・・・。
2026年08月16日
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今日は朝から堺市にある私の実家の墓参りに行きました。妻と一緒に行きまして、手を合わせてきました。亡き父も母も喜んでくれたかな・・・。 また、今日の晩御飯は娘が春巻きを作ってくれました。 娘は「お盆だし、おばあちゃんが元気な時に教えてもらったレシピをもとにつくった」とのこと。亡き母は春巻きとか餃子を手作りしていて、娘が高校生くらいになった時に実家へ行った際に一緒に作ったりしていて、レシピを教えてもらったり手順を教えてもらったりしていたようです。それと一緒にビールもいただきました。 お盆ということもあって、妻も娘も亡き父や母のことを思い出してくれてありがたいなぁって思いました。
2026年08月15日
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今日は金曜日、カレーの日ということで、家に帰るとカレーでした(笑)。 我が家の定番、具だくさんのカレーでした。 世の中はお盆休みなのですけど、私の職場は関係ないので今日も仕事でした・・・。
2026年08月14日
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最近は街中歩けば必ず外国人の姿を見るようになりましたが、わたしが子どもの頃は大きな駅に行ったとしても見かけることはほとんどなかったように記憶しています。そんな外国人は最近では旅行者だけでなく定住している人も数多く、コンビニなどでも普通に働いている姿を見かけます。 しかし、犯罪に手を染める外国人も少なくなく、日本国民の不安があるのは事実かと思います。そのようなことを背景として、外国人に対する規制を強化しようという動きになっているとか。私は賛成ですけどね、っていうかもっと早く動かなければならなかったのではないか? 高市政権が外国人政策の厳格化を加速させている。 在留資格を巡る手数料の大幅引き上げを7月に打ち出したのに続き、8月に入って永住許可の取得要件を厳しくする案を公表した。外国人急増に伴う一部の国民の不安や不満が背景にあるが、関係者からは「日本は外国人に選ばれない国になってしまう」と懸念する声も上がる。 「公共の負担とならないことをより確実に担保する」。平口洋法相は4日の記者会見で、永住許可ガイドラインの改定案を発表した。 入管難民法によると、永住許可の取得要件は(1)素行が善良(2)独立の生計を営める資産・技能を保有(3)国益に合致―の三つ。改定案はこのうち(2)について「日本人世帯の平均を上回る年収水準」と「その年収で厚生年金に30年間加入した水準の年金受給見込み」を要求。(3)に関し「積極的かつ具体的に日本に利益をもたらす」ことを求める。10月から順次スタートする計画だ。 見直しの背景にあるのは、生活保護を受給したり、税金や社会保険料を滞納したりしている一部の外国人への不満だ。政府関係者は「この時期の見直しは小野田紀美外国人政策担当相がとにかくやりたいと急いだ結果だ」と明かす。 改定案の年収要件は4月申請分にさかのぼって適用する異例の立て付けとなる。外国人問題に詳しい指宿昭一弁護士は「法律に匹敵する厳しい要件を(ガイドラインで)勝手に定めるのは国会の権限の侵害だ」と問題視した。 厳格化の例はこれだけではない。高市政権は4月に日本国籍取得の要件を厳しくし、必要な在留期間を「5年以上」から「原則10年以上」に延長した。先の特別国会では入管難民法を改正しており、永住許可を得るのに必要な手数料を10月から現行の20倍となる20万円に引き上げる方針だ。 7日には在留外国人の比率を管理する「量的マネジメント」の是非に関する議論を開始した。在留外国人は2025年末時点で412万5395人と過去最多を更新しており、自民党閣僚経験者は「外国人の急速な増加は社会不安を招き、国民の排外感情を高めかねない。受け入れには高い基準が必要だ」と語った。 もっとも、外国人増加の背景にあるのは日本の生産年齢人口の減少だ。韓国などとの外国人材の獲得競争も激化しつつある。立憲民主党議員の一人は「このままでは日本はどんどん魅力がなくなる。外国人に選ばれなければ経済活動は縮小し、地域活動は成り立たなくなる」と危機感を示した。【時事通信ネット版から引用】 いいねぇ、厳格な取り扱いでビシバシ行こうよ。 勝手に日本に来て、生活保護とかありえんでしょ。そんなに生活に困窮しているなら、日本政府に頼らずに自国の政府に泣きつけよ。なぜ日本政府が面倒見なければならないねん。 それに日本で生活しながら税金や社会保険料を滞納って、もう話にならないな。そんな連中、今すぐ簀巻きにして流してしまえよ。 これもそれも、今までの政府の方針や考えが甘すぎたんでしょうな。日本の労働力が落ちてきて外国人に頼らなければならない。「外国人研修生受け入れ事業」なんかもその施策のひとつだったんだろうけど、何でもかんでも受け入れていいわけではないはずなのに、そこらへんのハードルが低すぎて気が付けば何でもありに近い状況になってしまった。そして、今や外国人の犯罪というのも珍しくない状況。先日、大阪・天王寺駅近くの地下街で女性が刺される事件があって、今日犯人二人が捕まったけど、これも外国人が絡む事件だったしね。そんな状況だから、ようやく日本政府としても重い腰をあげたっていうところかな。 永住許可の要件を強化するとか、外国人が日本の運転免許を取得する際も厳格化するというのもあったかと思いますが、そもそも今までなぜやってなかったの? って思うところです。施策などを展開する前ににそんなこと、普通は考えるだろって。ほかの国が外国人を大量に受け入れてどうなっているのか、見えてなかったのか? って思いますよ。 ところで、ほかの国からやってくる外国人にとって日本ってどんな国だと思われているのかな? 自然環境がいい? 食べ物がおいしい? 文化財がたくさんある? 旅行にやってくるならその程度かもしれないけど、定住するとなればもっと深いところで日本文化を知らないとやっていけないと思うんですよね。日本人の行動パターンとか慣習、ルール、しきたりなど日本人でもわからないことや知らないことがたくさんあるのに、外国人に理解できるのかって。 で、結局は自分の国のルールを押し付けて、例えば 列に並ばない、 列に割り込む、 ごみは散らかして片付けない、 公共の場所で大声で話す、といった感じになるんですよね。 日本人だったらこんなことはしませんからね。中には日本人の心を忘れてしまったかのようなのもいるけどさ。 本文には立憲民主党の誰だかわからないが「このままでは日本はどんどん魅力がなくなる。外国人に選ばれなければ経済活動は縮小し、地域活動は成り立たなくなる」なんてコメントしているみたいだけど、その魅力をなくしているのがわけのわからん外国人の行動の結果であるし、日本に犯罪のために来ているのかって思えるような外国人が増えるよりもいいだろ? それに永住許可が厳格化されたとしても「ヤッパリニッポン、スバラシイ!」と選んでくれる人がたくさん来てくれる方がいいわけだしね。永住許可だけでなく、旅行者に対しても入国審査を厳格化してほしいね。 そして、オーバーステイとか犯罪を犯した者は日本の法律で裁いたのちに「二度と来るな、クソタワケ!!」で強制送還ですね。 長々とコメント書きましたが、以上はあくまで私個人の考えなので、それに対する批判はいりませんから・・・。
2026年08月13日
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大分県宇佐市にある宇佐神宮にお参りした話は先日紹介しましたが、駐車場からお参りに向かう際に蒸気機関車が保存されているのを見つけました。 左奥に鳥居が見えますが、この右奥の方に駐車場がありまして、写真の右側には国道10号線が通っています。そして、しっかりと雨露がしのげるようにしっかりとした片支持の屋根がついています。 その片支持屋根の支柱のせいで撮影できるポイントが少ないのが玉に瑕ですが・・・。 案内看板によると、この蒸気機関車は当時の九州鉄道が1894年にドイツから輸入したクラウスで、1948年に国鉄から大分交通に譲渡され、1965年まで使われていたとのこと。 「クラウス」ときくとご存じの方はおられるかな、わたしが子どもの頃に絵本だったか子ども向けの本に「はしれ クラウス」というのがありました。最近は便利ですね、Copilotで調べることができるのでその本について調べてみると、「1979年の絵本」「クラウス17号を主人公にした児童向けノンフィクション」との紹介がありました。おそらくですが、1979年といえば私が小学6年生のころですから学校の図書室で新しく入ってきた図書の一つとして読んだのではないかと思います。 話の内容は全然覚えていないのですが、「小さな車体だけどもできる仕事を精いっぱい行う」というような話だったのかな・・・。 そのクラウス17号もこのクラウス26号も同時期に九州鉄道~国鉄で活躍していたのですが、クラウス17号はその後東京の東横鉄道を経て北海道へ渡り、留萌鉄道で活躍、引退後は1970年の大阪万博での展示や静岡県の大井川鉄道、岩手県内での保存を経て、現在では栃木県那須烏山市で保存されているとのこと。 このクラウス26号も大分の人たちの手で大切に保存されているのはありがたいですね。 保存、といっても設置してそれで終わりではないですから、しっかりとメンテナンスしないといけないのですが、このクラウス26号はきれいに保存されていてよく手入れされていることがわかりました。 キャブ(運転台)には上がることはできません。っていうか、あがらないようにしておかないと、部品が盗まれてメリカりで転売なんていうことになれば大変ですからね。 それにしても、思いがけない出会いにうれしくなりました。
2026年08月12日
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先日の九州旅行でいろいろお土産を買いましたが、今日紹介するのは娘が「買ってきてほしい」というリクエストがあったものです。宮崎で宿泊したホテルの近くにありました。 「つきいれ餅」というものです。 金城堂というお店の商品で、その外観はこんな感じ。ちょっとお上品な建物です。 駐車場もありまして、宮崎のお土産としてよく知られているのかな・・・。 日向夏と小豆の二種類が入ったものにしました。 小豆は粒あんとなっています。 食べた感じは福井県の羽二重餅のような感じでした。 日向夏の方はこんな感じでした。 お店のHPの説明によると、「求肥の餅の中に小豆や日向夏を掻き入れた宮崎銘菓」とのこと。 「つきを入れる」という縁起菓子にもなっているとか。 それにしてもわが娘、よくこのようなお菓子を知っていたなぁって思いました。
2026年08月11日
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世間は盆休み真っただ中、北九州市に住む私の息子もその盆休みを利用して8日に帰ってきました。しかし、今日の夕方に北九州市へ戻っていきましたが・・・。 そして昨日、私の体調が悪くなる前だったのですが、先日も行ったことがある近鉄大阪線五位堂駅近くの「小風神」へ。息子が戻ってきたら、ここでランチと考えていたのでちょうどよかったです。 ランチは先日と同じものにして、追加でいくつか頼みました。 息子も満足で喜んでいたし、妻も「食べ放題のお店よりも、ここの方が落ち着いて食べられる」とお気に入りのようです。 ランチだったので、この日もアルコールは無し。私は飲みたかったけど車だからね。妻や娘に運転してもらって息子と飲むのも悪く無いなぁと思っていたのですが、息子はアルコール類を控えているようなので・・・。
2026年08月10日
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世間はお盆休み真っただ中。私の職場は盆休みの概念がありませんので、明日も普通に出勤です。 さて、昨年の春ごろから夏ごろにかけて咳が止まらなくなることが時折あり、近所の呼吸器科のある病院で診てもらったところ、ぜんそくの疑いとのことでした。子どもの頃にぜんそくにはかかったことはないのですが、大人になってからかかることもあるとか・・・。吸引薬を処方してもらってそれを続けてなんとか治ったのですが、先日来また同じような症状に・・・。衰えてきているんでしょうね、やはり。 とはいえ、前出のとおり盆休みでどこも病院はやっていませんので、とりあえずは我慢するしかありません。
2026年08月09日
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今日は金曜日、カレーの日ということで、例によって今日ではありませんが、昨日食べたカレーです。残業して帰ってきてレンチンしました。妻が夏風邪をひいてしまったので、早めに休むからレンチンしてとのこと。 カレーは無印良品の辛めのカレー、ごはんにはトウモロコシ粒が入ったものでコロッケが載っていました。残業したし、疲れたし、私も早めに寝ましたよ・・・。
2026年08月07日
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昨日の夜、仕事が終わってから難波へ行きました。その帰りに南海難波から新今宮まで南海で移動しました。その際に、高野線ホームでみかけた急行橋本行きは昔の南海高野線当時の塗装に復刻された6000系でした。 1994年の関西国際空港開業に合わせて、「南海=緑」(ただし高野線はステンレスカーなので銀)のイメージを払しょくさせるべく塗装変更を行いました。高野線ではステンレスカーの車両がほとんどなので、ベースはそのままで紺色とオレンジ色のラインを追加されましたが、今一つなんだよなぁ。それもすっかり慣れてしまったけど。 そう考えれば、ステンレス車体そのままの昔の塗装(→厳密には塗装ではないけど)がシンプルでよかったんだよなぁってね。 この6000系の登場は昭和37年(1962年)と60年以上前ですよ。ここ数年では新しい車両に置き換えられつつあるのですが、それでもなんとか残っています。ステンレス車体ということで普通鋼の車両と比べると錆には圧倒的に強いですからね。だから、こんな古い時期の車両であっても長持ちしているというところです。 この日の編成は、橋本側から6028+6907+6002+6602+6601+6001の6両編成でした。私にとっては、阪和線ユーザーだったので高野線は三国ヶ丘で乗り換えて堺東とか難波へ行くときに使っていたのですが、「片開きドア」というのは珍しい存在だったので気に入っていましたね。その当時は、冷房装置はなくて、行き先表示器もなく丸い円盤状の行き先方向板が取り付けられていたし、貫通扉のところに車番はなかったけどね・・・。 話を戻して、このような登場当時の状況を維持してくれているのは懐かしいし、昔の南海の社章にも戻している念の入れよう、ありがたいです。なんとか一日でも長く維持してくれたらなぁってね。 それにしても、思いがけなくこの編成を見ることができて、乗車することもできたのはラッキーでした。
2026年08月06日
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プロ野球 パ・リーグではソフトバンクホークスにマジック37が点灯ということで、パ・リーグの首位を独走状態ですね。対するセ・リーグのカープは「3連勝したら罰金!」とドケチオーナーに厳命されているのか、開幕3連勝以来3連勝はない状態。そんなんじゃ上位に食い込むことなんて無理で、最下位転落も時間の問題と思いきや、なかなかそうならないんですよね、不思議なことに。 それはさておき、ホークスは今や福岡のチームとして多くのファンを集めていますが、現在のソフトバンクの前のオーナーがダイエー。その前はというと1950年代から1960年代前半にかけてパ・リーグの強豪チームだった南海でしたね。私の亡き父は古くからの南海ホークスのファンで、子どもの時は当時南海難波駅至近にあった大阪球場に試合を見に連れて行ってくれました。 しかし、1970年代後半以降は選手層が薄くて毎年のように下位をさまよう斜陽球団になってしまい、1988年限りで南海ホークスとしての歴史に幕を閉じました。そしてチームはかつてのライバルである西鉄ライオンズの本拠地だった福岡へ旅立つとは思いもしませんでした。そこで「福岡ダイエーホークス」としてホークスの名前をそのまま残してもらって再出発。当初はなかなか勝てず、王さんが監督をしても勝てない状況が続いていたわけですが、そこから徐々に力をつけて今やパ・リーグの強豪チームとなっています。 もう若い子にとっては産まれてからずっと福岡にあるチームなので、「まさかかつては大阪のチームだったの?」という状況かもしれませんが、ホークスの名前を消さずに残してくれたダイエー、そして現在のソフトバンクに対して、他チームファンですが敬意を表したいと思います。やはりチーム名というのは大事だし、それを引き継いでくれるというのはありがたいです。 そして、かつて大阪にあったチームということで、昨日の北海道日本ハムファイターズ戦は京セラドームでソフトバンクの持ちゲームで開催してくれたんですね。1988年10月の大阪球場での南海ホークスとしての最終戦以来の里帰りだったようです。 通算187勝を挙げた元南海のエースで、元監督の杉浦忠さん(享年66.2001年他界)のひ孫、林夏望(なつみ)さん(小5)が始球式を行った。杉浦さんの現役時代の背番号「21」が入ったユニホームでマウンドに上がると、サイドスローで一世を風靡した曾祖父とは違い、オーバースローで投げた。投球は2バウンドして捕手のミットに届いた。 杉浦さんはプロ2年目の1959年、38勝4敗の成績を残し、日本シリーズで4連投4連勝で初の日本一に導いた伝説的な投手として知られているが「あまり知らなかった」。水泳に打ち込み、野球やソフトボールなどにも縁がないというが、試合前にビジョンに現役時代の映像が大映しになり「おじいちゃんすごいなと思いました」と話していた。【サンケイスポーツネット版から引用】 南海ホークスとして最後の監督、そして福岡に移ってのホークスの監督を務めた杉浦忠さんのひ孫さんが始球式に登板したとのこと。こういうのもいいですよね。杉浦さんの現役当時はもちろん知りませんが、映像で見るときれいなアンダースローのフォームが格好いいんですよね。アンダースローってそんなに球速が出ていないように見えますが、杉浦さんの投球は決して遅くはなかったとのこと。1959年のシーズンの38勝4敗や日本シリーズ4戦4連投と今では考えられないくらいの活躍でした。その無理がたたったのか、200勝はあげられず引退してしまったのはとても残念です。 さて、ダイエーへの身売りが決まって最後の大阪球場での南海ホークスとしての試合。対戦相手は同じ大阪の近鉄バファローズ。そう、1988年といえば近鉄が西武ライオンズとのデッドヒートを繰り広げているまさにそんな時期だったんですね。そして、その最終戦に南海ホークスは6-4で勝利。私は最後の雄姿を見たいと思ったのですが、同じことを考える人たちで超満員という話を聞いたので、家でテレビ観戦していました。テレビの画面からも普段ならガラガラの球場がかつての黄金カードだった西鉄戦はこんな感じだったのかも、と思えるような感じでした。 テレビでは、最後のセレモニーも放送されていまして選手一人ひとりの名前と背番号が球場のウグイス嬢によって読み上げられ、杉浦さんの「ホークスは不滅です」「(福岡へ)行ってまいります」という名言で締めくくられたのを覚えています。 ところで、当日球場で観戦された方の話では、試合後に近鉄ファンから「今までありがとう、ホークス」というエールが送られたそうで、それに対して南海ファンから「優勝しろよ、バファローズ」というエールが送られていたとか。普段の試合なら「勝った 勝った また勝った 弱い近鉄(または南海)にまた勝った 赤い(緑の)電車で はよ帰れ」というのが定番だったといわれていますが、大阪球場最後の試合では感動的なエールの交換があったんですね。 話を戻して、亡き父が生きていて元気だったら、昨日の試合は一緒に見に連れて行ってあげたかったなぁ。もっとも、かなり以前に京セラドームで行われた南海と阪神のOB戦は一緒に行きましたけど、やはりうれしそうだったのを覚えています。
2026年08月05日
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先日の九州旅行で食べたあれこれです。 23日に北九州へ行って息子と一緒に昼ごはんを食べに行きました。 「うどんや 山福」です。 11-14時しかオープンしていないというお店だそうです。そんなこともあって、混雑していまして少し待ちました。 こんな感じのメニュー。この日は暑かったので、冷たい麵でいただきました。冷たい麺の方はゆでてからしめる関係で少し時間がかかるとのことでした。 基本的な食べ方はこんな感じだそうです。 ぶっかけうどんでいただきました。 やってきたのがこれ。「淡雪ぶっかけ」です。 九州では珍しい讃岐うどんです。ご存じのように九州のうどんは腰のないうどん、讃岐うどんに慣れている私にとっては、やはりこのうどんがしっくりきますね。前出のとおりしょうゆをかけていただきました。 息子の話では、うどんはここが人気だしおいしいとのこと。混雑しているのもよくわかります。 それから、先日も取り上げましたが、この日の夜にフェリーに乗っての夕食は、個人的に九州一の駅弁と思っている「かしわめし」でした。元々は鹿児島本線折尾駅の駅弁です。折尾駅以外でも売っていることがわかったので今回は小倉駅で、前回は戸畑駅で買いましたが、知らなかったときはわざわざ折尾駅で途中下車して買っていました。紐掛けしている駅弁、昔ながらの駅弁の雰囲気が出ていますね。 包み紙を開けると経木を使った入れ物が目に入ります。これも昔ながらの駅弁の雰囲気ですね。 経木のふたを開けるとこんな感じのお弁当が。とりのそぼろが載っていておいしいんですよ。 こんな感じでお弁当自体を温めることもできるそうです。そういえば、お弁当の入っているパッケージが以前と変更になって温められるようなものになっていました。以前のパッケージでは無理だったんじゃないかな・・・。 食べ終わってから元通り組み立ててみました。その際に、包み紙の右下に貼付されている表示を取ってみました。この表示には、お弁当に使われている素材の情報などが書かれていて、昔のお弁当にはこのような表示はなかったのですが、最近は表示しなければならないんですね。無粋といえばそれまでなのですが、仕方ないことです。それがために、その表示が貼られてしまっているところの元々の絵がみられなくなっているんですよね・・・。
2026年08月04日
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先日の九州旅行で別府で食したあれこれです。 事前に今回泊まるホテルの近くで居酒屋がないかなって探していましたら、ホテル専用駐車場から見えているところにあることがわかりました。 「居酒屋こいのぼり」です。 私のような一人のみの観光客でも温かく迎えてくれました。 大分といえば、関アジ・関サバなど海のものが有名でしたよね。ただ、一人で注文するにはちょっとお高め・・・。そんなことを考えて、いつもの居酒屋メニューを最初に注文してメインを何にするか散々迷った結果、これにしました。 大分といえば、しいたけの産地でしたね。大相撲の優勝力士がしいたけ一年分を大分の農協(だったかな?)から贈られていたのを思い出して、本場のしいたけを注文してやってきたのがこれです。シイタケを焼いてもらってポン酢でいただきました。 その次に焼酎をいただきながらもう一品食べたいということで注文したのがこれ。 やはり大分といえば鶏からですよね。これは外せません! 街中でも「大分のから揚げ」という文字を見るのですが、共通していえるのが「もも肉+衣は時間が経つとしんなりする」というものです。個人的には、鶏の唐揚げは「むね肉>もも肉」、要するにジューシーよりもしっかりとした肉を味わいたい方なのです。 さてこのお店の鶏から。なんと冷めても衣がサクサクでした! 温かい時はもちろんなのですが、冷めてもサクサクは初めてでした。お持ち帰りしたくなるようなものでした。 ところで、今回宿泊したホテルはスーパーホテル別府駅前でしたが、ここにはウエルカムドリンクがあるのですが・・・ ドリンクはなんと、アルコール! だからウエルカムドリンクではなく、「ウエルカムバー」なのです。 こんな感じで日本酒や焼酎、梅酒など種類がたくさんあって、少しずつ全種類制覇したくなるようになっていました(笑)。私も飲みに行く前に3種類ほどいただきましたが、外に出かけるのが嫌になるくらい雨が降ったりしていたら、ここでヘロヘロになるまで飲んだっていいじゃん! って思いました。 ちなみに、ホテルへの感想を入れたところ丁寧に返信がありまして、このホテルの支配人(元日本料理店勤務)のこだわりでたくさんのアルコールをそろえているとのこと。ホント、いいサービスだと思いました。
2026年08月03日
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私の母親は今年1月7日に亡くなり、昨日が初盆の法要を行いました。 私の家では、初盆だからと言って特別なことを行うのではなく、普通にお寺さんにお参りに来ていただくというものです。よって、昨日も実家のあった堺市のお寺さんにきていただきました。暑い中で遠いのですが、家の近所のお寺さんで同じ宗派のところもあるのでしょうけど、これまでの流れがあるから来ていただいています。お寺さんも「奈良までなら何ら問題ない」とのことですので。 それにしても、日にちがたつのは早いものだなぁって思いました。行政の手続きでバタバタとしましたが、その辺は後回しにしたくないし、仕事柄ある程度の仕組みはわかるので、早めに行ったので大丈夫ですし、あとから何か出てくることもないと思っています。前にも書きましたが、実家では資産になるものは何も持っていなかったからね。亡くなってからいろんな手続きをしなければならない、なんていうことを聞くけど、私のところでは決して裕福ではなかったけど、それが逆に良かったのかなぁって思いましたね。 ところで、次の法事は一周忌です。正月に亡くなっているので、正月明けにお願いすることになるのですが、それもお寺さんに相談したところ、「正月明けに普通にお参りさせていただきます」とのこと。火葬場は12月31日と1月1日はお休みだが、それ以外は基本的には業務を行うことからそれらの日以外の年末年始や正月でも声がかかれば対応しているとのことで、なかなか大変なんだと思いました。
2026年08月02日
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いつも「あけやんの徒然日記」をごらんいただきまして、まことにありがとうございます。 2005年8月1日に開設したこのブログ、今日で21年目をむかえました。 毎日たくさんの方にごらんいただき、コメントもいただいておりますこと、ありがたく思います。 また、片乗り入れのFACEBOOKにおきましては、「いいね」をいただいておりますこと、ありがとうございます。 こんなブログですが、引き続きよろしくお願いします。
2026年08月01日
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先日の九州旅行の宮崎市内で食べたものあれこれです。 宮崎といえば地鶏でしたよね。せっかく宮崎に行ったのだったら、おいしい地鶏が食べたいもの。そこで、献血で行った献血ルームの方に尋ねるとベタだけどいいお店があるとのこと。 それが丸万というお店でした。地元の人も多いけど観光客も多いということで、献血ルームの方がわざわざスマホの画面をみせて教えてくれました。そこまで言われるなら行ってみようということで。 地鶏をバラシてくれていて食べやすくなっていました。これとビール、最高でした。 妻にこの写真を送ると、「これ、食べたいやつ!」って返答がありました(笑)。 ちなみに、鶏のスープも絶品でした。いい出汁がでていて、何杯でもお代わりしたくなるようなものでした。 さて、いいお店を紹介してもらったのですが、実は自分で調べたお店もあったのでそこへ行ってみましたが、なんと定休日・・・。そこで、献血ルームの人にもう一つのお店を聞いていたので行ってみると、そこもまた定休日・・・。なんでやねんっていうことで、あきらめてコンビニでチューハイとおつまみを買って部屋飲みしていました・・・。 翌朝、ホテル近くにうどん屋さんがあることがわかったので行ってみました。そのお店が「きっちょううどん」です。 九州のうどんというと、讃岐のうどんや関西のうどんに慣れている私にとって「こしがないうどん」というイメージ。博多はそうでしたよね。果たして宮崎は・・・というところだったのですが、やはり九州のうどんということで、こしのない柔いものでした。 そんな私がチョイスしたのは、冷やしうどんに竹輪の天ぷら載せです。冷たいから冷や麦みたいな感じで食べられるかなって思ったのですが、やはり柔かったです。これはこれでありだと思いますが・・・。 ちなみに、ここに青唐辛子のペーストを少しずつ入れて食べるのが宮崎風とのこと。青唐辛子はとても辛いことで有名ですから、入れすぎると大変なことになります。ピリ辛感を感じながらいただきました。 このお店は朝6時からオーブン、四国のお店も早いところはそれくらいの時間から始まりますから、その点ではよく似てますね。お客さんの方も朝早いから満員ということではないのですが、私のような観光客を含めてたくさん来られてましたね。
2026年07月31日
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今日は金曜日、カレーの日ということで、例によって今日ではありませんが、先日の九州へ行くときに乗ったフェリーで食べたカレーです。 阪九フェリーのレストランでの焼きカレーです。焼きカレーは門司港が有名でしたね。 アツアツでおいしくいただきましたよ。
2026年07月31日
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先日の九州旅行では、おいしいものをいろいろいただきました。それを何度かに分けて紹介します。 宮崎県を代表する果物といえば、今の時期はマンゴー。ちょうど今の時期が熟れておいしいそうです。でも、関西で撃っているのを見るとなかなかいい値段しますよね。だから、現地で購入できればいいなぁということで、産直品を扱うお店へ行ってお話を伺うと「持ち歩くのであればお勧めできない」とのこと。デリケートな果物なので、近場であればまだしも奈良まで車で持ち帰るのはちょっと・・・とのことだったので諦めました。自宅に送ることも考えたのですけどね・・・。 そんなこともあって、旬のマンゴーはいただけなかったのですが、それでもせっかくの機会なので本場のマンゴーは食べたい。ということで色々調べてみると、行った当日は休館日だった「石崎の杜 歓鯨館」の近くにアイス屋さんがあることがわかり、そこへ行ってみました。 そのお店が「バニラスカイ」。幹線道路からは外れているのですが、アイスとクレープのおいしいお店とのこと。この日はとても暑い日だったので、迷わずマンゴーの載ったアイスをチョイス。ほかにもいろんな種類もあって目移りしたのですが、やはりマンゴーが食べたい!ということで。 マンゴーは冷凍ものでしたが、暑い体にしみこむ感じでした。 冷凍もののマンゴーだったのが逆に良かったかも。お店の中で座ってゆっくりといただきました。ほかのアイスも試したかったし、クレープも食べてみたかったなぁ~ お店を出るときにお店の方と話をしました。奈良からやってきたことを伝えると、とても喜んでくれました。宮崎に行ったらまた行ってみたいお店です。 宮崎での二日目に訪れた道の駅フェニックスでもマンゴーのアイスをいただきました。 このポスターが目についたこと、それにやはりこの日も暑くてたまらず、「そうだ、アイスを食べよう」ということにしました。しかし、どれもおいしそうなのですが・・・。 やはりマンゴーだよな、ということで(爆)。 いつもこの手のソフトクリームはペロリといただくのですが、この日は美しい景色を見ながらゆっくりといただきましたよ。
2026年07月30日
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今回の九州旅行2026夏のミッションの一つ、宮崎県で献血をすることですが、これも達成しました。 場所は、宮崎県の繁華街、山形屋や橘通にほど近い商業施設のカリーノの3階にありました。 宮崎県もここしか献血ルームがなく、広い県内を献血バスがカバーしているんでしょうね。 商業施設の「カリーノ」は、元々九州最大のスーパー、寿屋が1973年に開店し、その後寿屋が経営破綻し、2003年から現在の形になったとのことで、ちょっと古いつくりの建物ですが、献血ルームは最近の献血ルーム同様にきれいでした。 今回も成分献血だったのですが、献血する前に心電図の検査がありました。これは、年に一回心電図を撮らなければ献血できない仕組みのようです。いつもなら、年に一回の健康診断で心電図は撮るので問診の際にその旨をデータに打ち込むのですが、去年7月16日に健康診断を受けたものの、今年は7月31日に受けることになっているため「年一回の心電図」の規定に合わなかったことによるものです。 さて、献血は血漿の成分献血でしたが、針を刺すところがなかなか決まらず何度か確認されていました。大阪以外の献血ルームではよくあることなんです、私の場合は・・・。それでも何とか針も入って献血することができました。そう考えると、大阪の献血ルームの方ってほぼ何の躊躇もなく針を刺しているのはすごいことだなぁって改めて思いました。 献血が終わってからの飲み物は、関西とはまた違った構成になっていまして、私の大好きなリアルゴールドはありませんでした。あれって関西だけなのかな・・・。アセロラドリンクはありましたが。 献血の結果は、総蛋白が下限値を割り込んでおり、これは前回に続いています。 それから、アルブミンも下限ギリギリという結果に。これも前回とほぼ同じなのです。 なぜなんだ? さて、今回宮崎県で献血できましたので、九州ではあと残るは長崎県だけ。そして、それ以外は新潟県、秋田県、岩手県、青森県が献血未達成なので、献血の全国制覇まであと5県ということになりました。長崎県か青森県、近いうちに行ってみたいなあ・・・。
2026年07月29日
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板東英二さんが22日、慢性心不全のため86歳で亡くなった。タレントとしてのイメージが強い板東さんだが、身長170センチと小柄ながら高校野球、プロ野球を駆け抜けた記憶にも記録にも残る投手だった。 板東さんが、全国の野球ファンから注目を集めたのは、徳島商時代の1958年春季四国大会だった。1県1校出場の同大会で、初戦は高知商と対戦し延長16回2―1でサヨナラ勝ち。雨で1日空いた高松商との決勝戦は、延長25回、右手を負傷し血染めのピッチングで投げきるも敗れた。一人で3日間、計41イニングを投げたことを重く受け止めた日本高野連は同年夏、健康管理を理由にそれまで無制限だった延長戦について「延長18回を過ぎて新しいイニングに入らず、後日再試合を行う」という新たなルールを導入した。 同年夏の甲子園大会で、このルールが初適用されたのが、徳島商と魚津高の準々決勝だった。魚津・村椿輝雄投手と0―0の投手戦を展開した板東さんは25個の三振を奪った。翌日の再試合で1失点完投。準決勝の作新学院戦も1失点完投したが、3日で36イニングを投げた板東さんに余力は残っておらず、決勝戦では柳井高に0―7で敗れた。この大会で板東さんが奪った83三振は、現在も夏の選手権大会、個人1大会の最多奪三振記録だ。 ドラフトのなかった時代、プロ野球各球団の争奪戦を経て中日入り。契約金は巨人入りした王貞治さんよりも上だったとされている。変化球は杉下茂さんに教わったフォークボールくらいで、ほとんどが直球勝負だった。2年目、3年目に先発として2ケタ勝利を挙げた。1964年以降は「先発完投型」が当たり前だった当時としては異例の「抑え投手」に起用された。守護神の先駆けの一人だった。 通算成績は435試合に登板し、うち先発は103試合。77勝65敗、防御率2・89だった。ちなみに巨人・中日戦でしのぎを削ったONとの対戦成績は、長嶋茂雄さんには6本塁打含む打率2割6分9厘だったが、同期の王貞治さんには3本塁打を許したものの2割6厘に抑え込んだ。【スポーツ報知から引用】 プロ野球中日ドラゴンズで活躍、その後はマルチなタレントとして活躍した板東英二さんがお亡くなりになったとのこと。板東さんが中日ドラゴンズで投げているのは全然知りませんでしたが、プロ野球に興味を持つようになって、「この人が元プロ野球選手?」ということで調べてみると、今でいうセットアッパーのような役割だったようですね。打たれることもあったようで、ある日の登板で観客にヤジられたことにキレて、その回を無得点に抑えるとベンチに帰らず真っ先にその観客のいる近くのフェンスによじ登って、その観客目掛けて唾をかけていたとか・・・。その横で当時のピッチングコーチの近藤貞夫さんもその観客に向かって唾をかけていたとかwww ただ、プロでは77勝しかできなかったのでしたよね・・・。 しかし、本文にもありましたが板東さんのすごいのはプロ入り前の高校野球での活躍。徳島商のエースとして1958年の地区大会からその剛腕ぶりを発揮し、夏の甲子園では奪三振83! これは現在の高校野球のルールではほぼ達成不可能であろうといわれています。特に圧巻だったのは、あまりにも有名な魚津戦での延長18回で引き分けになったものの、奪三振25というのはすごすぎます。たしかご本人の話では「それまでの四国での試合は、どの四国のチームの投手も速球派ばかりだったのだが、魚津の村椿投手は技巧派だったので、チームもなかなか打てなかった」とコメントしていたと思います。 そんな高校野球界ではレジェンドといってもいいくらいのレベルですから、プロ野球の時のことはいくらでも面白おかしく話すものの、高校野球についてはそうではなかったのを覚えています。ご本人も高校野球の記録だけはそんなに茶化していいものではない、って思っておられたんでしょうね。 プロ野球をやめてからはいろんな事業に手を出していた(→現役当時からいろんな事業をやっていたとも言われていますが)のですが、テレビでの活躍ぶりをみていると、プロ野球引退後のセカンドキャリアとしては大成功した一人なんでしょうね。 板東英二さん、お疲れさまでした・・・
2026年07月28日
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まずは、九州熊本の地震の被害に遭われたみなさんに、心からお見舞い申し上げます。 私もつい一週間前に九州へ行っていたのですが、その一週間後にこのような地震が発生するとは・・・。 ホントびっくりです。一日も早い復興をお祈りしています。 さて、今日は今回の九州旅行でのミッションの一つ、我が家で2024年9月から活躍してくれたekスペースを九州へ、現在九州で息子が乗っているワゴンRを引き取るということについて紹介します。 まず、出発前にデリカD:2と並べて写真を撮りました。 2024年9月に群馬県からやってきて、今度は九州へと向かいます。 三菱の軽四は岡山県の水島工場で造られているので、製造後にかなりの移動をしているんですね。 ちなみに、この車の過去の点検記録をみると、製造後は大阪ナンバーだった模様。その後、群馬ナンバーになったようです。 現在、息子が乗っているワゴンRもこのようにフェリーに載せて九州へと運びました。今回も同様のルートで運びます。 宮崎までドライブ、まさかここまで走るとは思わなかったでしょうね。 そして、無事に北九州へ到着。息子に引き渡しました。 ワゴンRは2024年10月から北九州で活躍していまして、確か持って行ったときは70000kmくらいだったのですが、89700kmも走っていました。仕事で移動したり、息子が所属しているバスケチームの移動、奥さんと一緒に博多などにも行っていたようなので距離も伸びたようです。基本はきれいに乗っていたようですが、エンジンからカタカタという異音がしているし、グルーブボックスの蓋が脱落したりと老朽化が著しいことはわかりました。 九州でのラストランは、昨日も紹介した和布刈公園へ。関門橋がみえるところで写真を撮りました。 そして、2年ぶりにフェリーに乗って奈良へと戻りました。 車検切れまでまだ少し間があるのですが、状態があまりよくないため、このまま一時休車して廃車となります。
2026年07月28日
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昨日の続きです。 最終日となった23日は別府から北九州へ行って息子と会って車を交換、夕方のフェリーに乗船となりました。 まずは、朝早く起きてホテルのすぐ近くにある「駅前温泉」へ。 「あつ湯」「ぬる湯」があるとのことだったので、「あつ湯」へ。あつ湯は本当に熱かったです。湯船にゆったり漬かる、には熱いけどね。ちゃんとぬる湯も同じところにありました。それにしても思ったこと、「夏の暑い時期に温泉はきつい」ということ。今度は激寒の時期に行ってみたいと思いました。 別府を後にして、宇佐神宮へ行きました。 宇佐神宮は、全国4万社あるといわれる八幡さまの総本宮とのこと。そして、『御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になった』とHPで紹介されていました。 気温が高くて蒸し暑いのですが、きちんとお参りしました。昨日の高千穂神社や天岩戸神社もそうだったのですが、神社の水がとてもきれい! この時期の特徴である「茅の輪くぐり」もありました。 神様と仏様が日本で最初に出会ったのがこの宇佐神社だったんですね。 今では交流があるのでしょうけど、大昔は相いれない関係だったのかも。 駐車場からお参りをしながら歩いていきますが、日陰はあるものの本当に暑い! 汗を拭きながら歩きますが、風がないからね・・・。 やっとのことで最終の目的地である「上宮」へ。その前に「下宮」にお参りしています。 この宇佐神社での参拝の作法は「二礼 四拍手 一拝」となっています。一般的な神社とちょっと違うんですね。そういえば出雲大社もこの「二礼 四拍手 一拝」でした。 予備知識なしに行った宇佐神社でしたが、厳かな雰囲気がよかったなぁってね。暑さだけはどうしようもないけど・・・。 宇佐神社をあとにして、一路北九州へ。息子に会って車検切れ間近のワゴンRを引き取りました。その辺の話はまた後日に。 フェリー乗り場のある新門司港へ行く前に、ワゴンRのラストランとして和布刈公園へ。 かなりの急坂を上がった頂上にあるのですが、眺望がいいところでした。こういうところへ行くと、「アマチュア無線の移動運用」のことを考えてしまいますがwww この和布刈公園へのルートは一方通行となっていて、狭い区間もありました。急坂だし対向するとなれば危険だもんね。いい仕組みになっているなぁと思っていたら、一台の軽四車が降りてきてきました。うまくかわしたからいいものの、なんでやねん! よくみたら高齢者が運転していました。 大事故せんうちに免許を返しとけ!! 関門海峡を行き交う様子を見て出発。ここから阪九フェリーの新門司港までのラストランです。 新門司港へもどってきました。 この車もここから奈良へ戻るのは久しぶり、奈良へ戻ったら廃車となります。 往路もそうでしたが、復路も団体客が多かったですね。それに、小倉駅や門司駅からこのフェリーの乗客用の無料バスも2台で運行されていました。夏休みに入って神戸方面へ出かける人が多いのかな。 そんなわけで、ここまで大まかなルートとその様子を紹介しましたが、今回の旅行でもいろんなことがありましたので、それについても紹介していきたいと思います。
2026年07月27日
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今日は土用の丑の日ということで、我が家でもうなぎをいただきました。スーパーで買ったものだけど、一応鹿児島産ということで。 私の実家では、土用の丑の日とかに関係なく、晩御飯のネタに困れば亡き父がうなぎが好きだったこともあって、スーパーでウナギを買ってきてそれをどんぶりに載せて食べることがありました。もちろん、国産ではなかったと思いますけど、私もそんなうなぎをいただくことが楽しみの一つでした。 結婚してからはそれはぜいたくということで、なかなか口にすることは減ってしまいましたが(苦笑)、それでも今日は食べたいというリクエストをしていただいたというわけです。 ところで、いつだったかテレビでみた内容で、「市販のうなぎをおいしくいただく方法」というのがありました。ちゃんとは覚えていなかったのですが、市販のうなぎは一度身にまとっているたれを洗い流して、たれつけてオーブンで焼くんだったかな? 妻は別のところで市販のうなぎをおいしく食べる方法を調べたようでとてもおいしくいただきました。 それとデザートには、北海道から送られてきたメロンです。息子の奥さんのお母さん(函館在住)が送ってきてくれたもので、あまくて柔らかくてとても贅沢な夕食となりました。
2026年07月26日
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昨日の続きです。 当初の予定では、高千穂からやまなみハイウエイ展望台へ行こうと考えていました。しかし、高千穂神社へ行った際に目についた観光案内の看板から予定変更しました。 高千穂峡の滝を見てすぐ近くにある高千穂神社へ。本来なら滝のところから歩いてここへ行くつもりだったのですが、あまりの暑さに車で移動しました。 高千穂神社は、高千穂町のHPによると『約1900年前の十一代垂仁天皇の御代の御創建で、六国史にも掲載されている国史見在社です。高千穂郷八十八社の総社で神社本殿と所蔵品の鉄造狛犬一対は国の重要文化財に指定されています。御祭神は瓊々杵尊をはじめとする高千穂皇神と十社大明神で武神、農産業、厄払い、縁結び、交通安全の神として広く信仰されています』とのこと。暑い中でしたが、時折通る風が気持ちよかったのですが、やはり暑くてたまりませんでした・・・。 高千穂神社の駐車場でこの案内看板を見ると、天岩戸神社が近いことが判明。ほかの観光客もそのようなことを話していたので、予定を変更して天岩戸神社へ行くことにしました。 天岩戸神社もなかなかの人気スポットのようで、一番近い駐車場は有料駐車場かつ満車でした・・・。そこで暑い中ですが少し離れた無料の駐車場へ置いて歩くことにしました。 天岩戸神社は、HPによると『天岩戸神社は宮崎県高千穂町に鎮座し、日本神話(古事記・日本書紀)の中に書かれております天照大御神様のお隠れになられた天岩戸と呼ばれる洞窟を御神体として御祀りしており、天岩戸神話の舞台となった場所でございます。岩戸川をはさんで西本宮と東本宮が鎮座し、両社とも、天照大御神様を御祭神として御祀りしております。川上には八百萬の神々がお集まりになり、御相談をされた天安河原がございます。』とのこと。 まずは西本宮にお参りです。ご神体がこの奥にある天岩戸とよばれる洞窟となっており、ここからはうかがうことはできません。 ここでは神楽が行われているようです。機会があればみてみたいところです。 西本宮から徒歩10分くらいのところに、天安河原というところがあるということで行ってみました。 天安河原とは、『天照皇大神、天岩戸へ御籠り遊ばれた時に、八百萬神は天安河原へ神集神議りになった事を古事記等に記してありますが、天岩戸神社より500メートル川上の此の天安河原は其の御相談の場所であると伝へます。此の河原の一角に「仰慕窟(ぎょうぼがいわや)」と称し間口40メートル、奥行30メートルの大洞窟があり、全国から願事がかなうとの信仰があります。』とのことです。 木立の中を歩いていくと、川の音が聞こえてきました。とても水がきれいでいい雰囲気のところです。 手つかずの自然というのかな、そういうのを感じさせるようでした。 ここが天安河原とよばれるところ。なんだか厳かな雰囲気で身が引き締まるよな感じがしました。 時間の関係であとは車をとめたところにある東本宮にお参りしただけになりましたが、ここはもっとゆっくりと見てみたいところでした。でも、初めてやってきて少しだけパワーをもらえたような気がしました。 この天岩戸神社を出発したのが17時前。この日泊る大分県別府市までは2時間強の道のり。できるだけ日暮れまでには到着したいと車を走らせましたが、スマホのナビはわざとに遠回りさせているのではないかと思えるような道をチョイスしてきました。だから、急坂のアップダウンが続く道や地元民しか通らないような道などバラエティ豊かな山岳路を走りに走ってようやく1930に別府に到着しました。
2026年07月26日
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昨日の続きです。 22日は、堀切峠と高千穂峡へと向かいました。まずは、堀切峠へ。宮崎市内から30分ほどで到着。 国道220号線からわかれて、海沿いへ向かう県道377号線沿いにあります。こちらが元々の国道なのかもしれません。 本数は少ないながらも、宮崎駅からの路線バスも運行されています。 このバス停の手前に少ないながらも駐車場がありました。 「鬼の洗濯岩」って聞いたことがあるかと思いますが、まさしくその場所です。 先ほどの堀切峠から少し進んだところに「道の駅フェニックス」があります。 昭和レトロチックな建物ですね。この中には、お土産屋さんも入っています。 駐車場も十分あって、海側には展望台もあります。 鬼の洗濯岩が見られる景勝地、初めて見ましたけどきれいですね。 海の方へも降りていけるようになっていますが、この日も暑くてそれはやめました。 あとで道の駅の方にお話を聞くと、展望台のところから10分余りで海まで降りれるそうですが、登りきつくて今の時期は熱中症になる人もいるとか・・。やらなくてよかったwww その後は、再び宮崎市内を経由して高千穂峡へ。高千穂峡のある場所は宮崎県でも県北の方なので、宮崎市内から高速経由して2時間以上かかりました。宮崎県って広いんですよね。 高千穂峡といえば、ボートに乗って滝を見上げる光景をテレビなどで見たことがあろうかと思いますが、ボートは予約制。しかも、乗船日の二週間前にwebで申し込むことになっていました。ところが、その日にアクセスしてもすでにその日はいっぱいというありさま・・・。仕方なくボートはあきらめて遊歩道から眺めることにしました。 高千穂峡周辺には、何か所か駐車場はあるのですが、できるだけ空いていれば遠くない駐車場へ置かれることをおすすめします。特に、夏場は遠いところは歩くだけで汗が噴き出ます。実際、この日は第三大橋駐車場へ置いたのですが、第二あららぎ駐車場が近いようなのでそちらがよかったなぁって思いました。その分金額も高くなりますが(1000円でした)・・・。 高千穂峡といえばこの光景ですよね。本当はボートに乗りたかったけど、滝を俯瞰してみるなら、遊歩道からかなって思いました。 滝の音が聞こえて、水も冷たそうで気持ちいいと思いきや、風がほとんどなくて蒸し暑く、日差しもきつくてたまりませんでした・・・。 それでも、いい景色を満喫できてよかったですよ。
2026年07月25日
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20日から今日まで、九州へ行っておりました。主な目的は次の二つです。(1)息子の乗っているワゴンRを廃車にして、現在奈良で乗っているekスペースと置き換える。(2)宮崎県で献血をする これに観光を組み合わせることにしました。宮崎県はこれまで58年生きてきて一度も足を踏み入れたことがないところなのです。(秋田県もそうなのですが、秋田県は寝台特急で「通過」しているので・・) よって、予定としては次の行程を計画しました。 20日 奈良~神戸港 フェリー乗船 21日 北九州(新門司港)~宮崎 22日 宮崎~別府 23日 別府~北九州(新門司港) フェリー乗船 24日 神戸港~奈良 ということで、この先何回かに分けてその様子を紹介します。まず、今日は宮崎までの様子です。 奈良から神戸港(六甲アイランド)までは勝手知ったる道なのですが、ekスペースで走るのは初めて。軽四、しかもエアコンかけての移動なのでこの先もそうなのですが、なかなか動力性能的にはしんどいものがありました。ターボ付きでもないしね。 フェリーの中に車を積み込みました。車の台数はそうでもなかったのですが、団体客が多いようで特に私立高校の合宿なのか静岡県の学校が学校のバスで来ていました。 今日の船は、阪九フェリーの「せっつ」。全長195m、総トン数16,300トンと瀬戸内海航路の船としてはなかなか大きな船です。 そんな阪九フェリーのweb会員になっているし、乗船する車や人もあらかじめ登録しているので予約は割と楽なのです。今回も予約開始の日にすぐに予約しましたが、復路はほしかったランクの部屋が確保できず、割高になってしまいました・・・。 ちなみに、阪九フェリーの公式キャラクターは「ふねこ」というねこのキャラクターのですが、船ごとにも別のキャラクターがいるのかな? この「せっつ」のキャラクターは「せつこ」になっていました。 船に乗ってしまえば、あとは風呂に入って食事して寝るだけ。でも、天気が良ければ、こうして明石海峡大橋を眺めることもできるのです。 船は明石海峡大橋の下をくぐりますからね。この船旅の楽しみの一つです。 風呂に入って食事して、あとは部屋飲み(爆)。車運転しなくていいからねwww 翌朝、新門司港へ定刻の710に到着、一路宮崎を目指します。東九州自動車道は対面通行区間が多いのと、前出のとおりアップダウンがきつくてノンターボのekスペースではかなりきつい行程でした。 写真は900頃に別府湾SAに到着して休憩のために、少し小高くなった丘から撮影したもの。ずっと運転ばかりだと体を動かしたくなるのですが、外は夏の空気のせいで蒸し暑くてすぐに汗が吹き出します・・・。 別府湾SAを出発して東九州自動車道を南下、人生で初めて宮崎県に入ってしばらくすると工事のために北川ICから先が通行止めとのことで強制的に降ろされてしまいました。降ろされたところにあった道の駅はゆまで休憩です。こんなハプニングがあるのも旅のだいご味なんですけどね・・・。ここから延岡市内まで一般道で移動しました。そして、再び東九州自動車道に乗って宮崎を目指します。 そして、宮崎での献血の前に立ち寄りたかったところの一つ、「石崎の杜 歓鯨館」へ。温泉施設があって、すぐ近くにはウミガメの産卵地でもある石崎浜があるということだったのですが、温泉施設はまさかの休業日・・・。月曜が休業のはずと思ったら、月曜は祝日だったのでその翌日が休みになっていたんですね・・・。なんとも残念! そこで、せっかくなので石崎浜へ行ってみました。 砂浜が広がっていて、とてもきれいなのです・・・。 でも、それ以上に「暑すぎる!!」 海に入りたい気分だけど、温泉は休業だしどうしようもなく、車に戻って服を着替えました・・・。それくらい尋常でないくらい暑かったです。 このあと、宮崎市内中心部へ行って献血を行いました。献血の様子はまた後日ということで・・・。
2026年07月24日
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この三連休はとんでもない暑さになっていますね。 18日(土)は朝から愛車の一つ、ekスペースを洗車してWAXがけもしたのですが、汗だくで作業していました。一応日陰で行っていたのですが、お日様の移動に従って炎天下に・・・。作業終了後にシャワーを浴びて本来ならビールを飲みたい気分でしたが、さすがにそれは無理なので(笑)炭酸ジュースで我慢しました。 19日(日)は職場へ行ったりその帰りに実家の墓参りに行ったりしましたが、暑くてたまりませんでした。もう外に出たくないって感じ・・・。 今日も妻との買い物で移動しましたが、風は多少あっても熱風なので暑い・・・。 でも、今週はかなり暑いんですよね。週末に向けて奈良でも38℃にもなるとか・・・。マジか~ 月初めにみた予報では、海の日以降は割と落ち着いた気温になっていたようなのだけど、全然違うやん・・・。湿気がしんどいですよね~ とりあえず、この暑さに耐えるしかないのですが、適当に休憩を取りながら無理せずに乗り切っていきましょうね・・・。
2026年07月20日
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