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オランダに関して日蘭通称400周年記念サイトをみつけました。福島県の安積疏水について検索するうちにCorlnelis Johannes Van Doornのように開拓の歴史の基礎に大きく貢献したオランダからの功労者は非常に多く、また土木建築の分野に多く、復興計画振興中の現在の日本において江戸時代からの先人達の河川、海岸工事を歴史に学ぶかのようでもあると感謝するのです。鎖国体制であったからでしょうか不明な歴史も多く、貢献して頂いたにもかかわらずオランダや外国からの功労者についてウェブ上にもっと新しい記述も増えているのですね、しかも当時の文化や言葉の違いから事実について幾通りもの記述を見るようです。Wikipedia を参照させて頂き、日蘭関係は日本語での記述多いと感じられました。スネル兄弟(Edward & Henry Schnell )についてWestern Samuraiと記述され日本人との意思疎通を肯定されます。スネル兄弟についてWikipediaの英語の記述詳しく、参照させて頂きました。例えば幕末の歴史で有名な河井継之助は福島県の河井継之助記念館において出来るだけ犠牲者の少ないように努めたと解説され、あまり語られていない歴史と感じられました。オランダ出身と言われるスネル兄弟はプロシア出身とも言われ謎とも言われますが、最近ではプロシアからの来日後に河井継之助と横浜で親交を深め、やはり出来るだけ犠牲者の無いように努めたとも言われるのです。会津と長岡で離ればなれになりながらも犠牲者の少ないように日本人とともに生き抜かれたとされる事実も知られていません。鎖国体制下で日本と最も国交の深かったオランダから貢献された方々について更に理解を深めることによって1940年代の歴史すら誤解を原因とするのではないかとさえ想うのです。もう戦争は繰り返さないという信念を貫き過去の戦争時代の反省心から学び平和主義の日本を誇とする日本の方々の主張も正当に受け入れられますように、海外の真実についても理解を深める努力をします。。
Jul 13, 2012
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映画”フラガール”の記憶はまだまだ新しく1950年代にいわき市はフラダンスの普及を通して炭坑の町を活気づけたことは広く知られ、半世紀以上に渡るハワイ文化への理解の交流はフラダンスの流行や定着で日本にとても根強いですね。ハワイで話されているハワイ語もポリネシア諸語、実は原ポリネシア語と日本語は近い存在であると唱える方々も多いのでしょうか。例えば”富士”、”筑波”、”町田”などは縄文の原ポリネシア語に由来しているそうなのです。縄文人についても諸説ありますね、もしも縄文人とはポリネシア人だったのだろうかと疑問を抱くと一層にポリネシア文化に対して理解を深めたくなります。福島県いわき市のハワイアンズも本当に熱心なフラダンスの先生によってハワイの大切な文化としてのフラダンスを一から多くの女性達に普及させた経緯を辿りハワイ文化に対する熱意こそ原点だったのだろうと感じられ、ポリネシア・ハワイとして理解しようと特にハワイアンズで現在も頑張る方々の報道によっても強く刺激されます。フレンチ・ポリネシア(Polyn?sie Fran?aise)について参照させて頂きました。WikipediaGeneawiki原ポリネシア語について参照させて頂きました。相模原の歴史シリーズハワイ、ポリネシア語について参照させて頂きました ハワイの神話の伝説豆腐料理について参考にさせていただきました おいしいベジタリアン料理中国ブログお豆腐屋さんのとうふレシピ 世界文化社ビキニ環礁、第五福竜丸に関して参照させて頂きました。Atolle de Bikini東京都立第五福竜丸展示館脱原発に関して非常に参考にさせて頂きました。Une France sans nucl?aire脱原発世界会議2012 オルダムさんインタビュー平和主義となった日本にとってハワイと日本の交流は貴重です。脱原発世界会議において戦後の平和主義にもかかわらず、原発をかかえている日本はポリネシアのタヒチから同情されつつも批判されているといえます。脱原発を唱えると同時に平和主義の理由について再考するべきなのですね。原爆の投下された広島・長崎の地域は遠方にも福島の脱原発に対して極めて協力的であり、辛い戦後の近代史を前向きに変える努力に違いありません。そして未だ苦しむ方々もいらっしゃる第五福竜丸も被災したビキニ環礁の水爆実験からの反省を放射線への恐怖として脱原発以前に忘れてはならない、とポリネシアの方々も訴えているとしかいえません。フレンチ・ポリネシアにおいては日本の戦後どころか1996年までムルロア環礁で核実験も続けられていたと公式に発表されており、タヒチを含むソシエテ諸島をはじめとするマルキーズ諸島、トウアムトウ諸島、トウブアイ諸島、クリッパートン島、ガンビエ諸島、ラパ島など広い海域の多くの方々の核実験に対する苦しみを身を持って伝えて頂いているのです。放射線への脅威とは世界においては平和主義と直結していると言って全く過言ではないでしょう。ポリネシア文化について考えている時に以前に読んだ、インドネシアの豆腐料理を憶い出しました。豆腐の起源は2000年前の中国だそうで禅宗の開祖といわれる達磨に由来するそうです。日本には奈良時代に伝わったそうですね、ポリネシア文化に属する日本料理としての豆腐と想うと食を通しても原ポリネシア語について考えたくなりました。川に集まる鯉達の写真です、川の環境守りたいですね!
Jul 12, 2012
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東京電力は”東京電灯”という前身である時代に猪苗代湖と非常に深い係わりを持っていたことはあまり知られていないのではないでしょうか。1900年頃それ以前に電力の普及していない頃に東京電灯の歴史は相当な苦労を伴ったそうです。当時の郡山絹糸紡績会社は五百川にエネルギー源を持つ沼上発電所によって電力を供給されたそうです。そして製糸、タバコなどの工場の電力として発展し、安積疏水の開拓と電力の歴史は非常に近いといえたのではないでしょうか。1888年に磐梯山噴火、その後の水不足、さらには電力過剰時代も経て東京電力の前身の東京電灯会社に進展する頃は戦中でもあり、昨今の電力を当時に感謝する想いなのです。アメリカのスリーマイル島原子力発電所事故も非常に東京電力や福島県と深い係わりを持ち、現在において注目されている双葉町や大熊町、そして福島県にいち早く東京電力ワシントン事務所を通して情報伝達されていた事実は強い協力関係を物語っています。アメリカでは既に原発をかなり危険視し、映画“ChinaSyndrome"の公開12日後の事故だったという事実は多くのアメリカの方々の記憶に強く残ったに違いありません。同様に福島原発事故後に映画”東京原発”(山形県出身の山川元監督による)を観たのですが、出来れば原発事故以前にしっかりと観たうえで原発に対して根拠を持ってもっと強く反対したかったと”東京原発”でハッキリと主張されている原発の危険性について”China Syndrome"のように凄いと言えるのです。原発は無くても電力は賄える、そしてどのようにハッキリと証明できるのでしょうか。フランスのような原発大国においても脱原発で電力は賄われるという主張も強く、インターネットを使用しつつも節電に努めることを課題とするこの頃です。例えばブラウザの明るさを一段階暗くする、調べものに本も活用する、写真の容量を小さくしてみる、音量を小さくしてみる、などなどありますよね。。東京電灯に関して”湖を育むー語り継ぐ猪苗代” 猪苗代の自然と歴史・文化を考える会 歴史春秋社を参考にさせて頂き、wikipediaなども記述に参照させて頂きました。風の強い日の猪苗代湖は荒れるので注意!磐梯山を背景に猪苗代湖はまるで海のよう
Jul 11, 2012
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ディアナ号(Russian frigate Diana)は安政東海大地震による津波に遭い、Putyatin(プチャーチン)率いる船員と下田・戸田村民の助け合い、静岡県沼津市の戸田造船資料博物館の資料によると約500人の乗組員で戸田に2日間かけて到着したそうなのです。その後、安政東海大地震の影響で各地に火山などもあったにもかかわらず、Putyatinと戸田村民でロシアカムチャッカ半島(Kamchatka)へ帰航するため代船を完成し約60人乗りのヘダ船と159人を乗せたアメリカ船でロシアに戻り、さらにドイツ船で約300人もロシアに向かったというのです。この間ロシアはクリミア戦争化下で非常な状況。明治に日本で活躍し、功労された外国の方々を検索していました。ジェームスぺイトン号について詳しい資料を浜松市のホームページにみつけ、相次いでディアナ号についても富士市で昭和29年と51年に錨を引き上げ日露友好150年をすでに平成17年に記念されていると知り、海外からの功労者の方々によって深く友好関係にあると再認識しました。日露友好の記事掲載を含む、富士市ホームページをリンクさせて頂きます。エフィム・プチャーチン(Putyatin)、ディアナ号、安政東海地震などについて日本語Wikipedia参考にさせて頂きました。静岡県沼津市の戸田造船郷土資料館のホームページも参考にさせて頂きました。下田市爪木崎公園のブーゲンビリアの写真をアップさせて頂きます。南伊豆はアメリカ船やロシア船の各国(アメリカ、ロシア、中国、ノルウェー、デンマーク、クロアチアなど)からの乗員で開国の頃に非常に国際的だったのではないでしょうか。日露友好162年(Russo-Japanese Freiendship), ペリー来航日米交流159年
Jul 9, 2012
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Scotland(イギリス、スコットランド)から横浜に1874年2月14日に到着したというJames Paton号について浜松市のホームページで読みました。 浜松市南区福島村に1875年8月8日に台風のため漂着し、村人達によって救出されたというのです。その内容は1875年9月1日の” The Japan Gazette"に掲載されているそうなのです。"じぇいむずぺいとん史実物語”にも記録されているそうです。Glasgow(イギリス)からオーストラリアを起点にアフリカ、アメリカ、南米、インド、ニュージーランド、シンガポール、香港、台湾にも就航したそうなのです。1855年の船長はJames Brown、1859年はアメリカのAllison、1873年にはWilliam Cotterと”The Japan Gazette”などに記録されているそうなのです。漂着時の船員の国籍はイギリス、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、アメリカ、クロアチア、中国だったそうで全員助かったそうなのです。James Paton号のPaton船長はWikipediaによって1917年頃までを船の航路と共に語られているのです。James Paton号は静岡県浜松市南区で救出され、未だ錨を遠州灘に残している可能性もあるそうなのです。James Paton船長について、そして浜松市ホームページをリンクさせて頂きます。明治の情緒漂う、静岡県下田市の写真を添付します。
Jul 9, 2012
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2010年に高く評価された 「イルージョニスト」という映画を観ると不景気などにも全く屈せずに温かく静かに一生懸命に生きる方々について伝えて頂く想いとなりました。しかも温かく静かな精神性の中に強い勇気を感じるのでした。ところでボーイスカウトの創始者で広く知られているロバート・ステファンソン・スミス・バーデン・パウエル氏はアフリカでのズール族との出会いをキッカケに1910年頃からスカウトの活動を始めたそうです、そして昨日読んでいた本から日本初のボーイスカウトにも福島県の猪苗代湖畔で発展していたそうで戦争中の複雑な時勢に子供達を健全に育てることに強く貢献されたのだと伝わってきました。本の中で”白虎隊の精神”についても書かれており、何故だろうかとさらにWikipediaを検索していると白虎隊を語り継いだことで知られる飯沼貞吉は日清戦争中、ソウル出征時にピストル携帯を断ったエピソードが強く影響しているのではないかと考えられました。ロバート・ステプァンソン・スミス・バーデン・パウエル氏は1921年にイギリスで昭和天皇にお会いされたそうであり、イギリスから非常に日本に熱意を注いでいたと伝わってきました。いくつかの画像を観ていると日本の方だったのではないかとさえ思われました。もう一つ、昨日の本から上野・塩釜間の鉄道開通とは磐梯山噴火と非常に近く、先人の方々の苦労を決して忘れないためにも猪苗代の歴史の深さを感じさせられました。震災直後の電車の復旧にも強く感謝するのです。阿武隈川沿いを走る貨物列車金太郎です
Jul 6, 2012
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福島県郡山市といえば楽都と連想する最近でした。それは郡山駅前の野外ステージで 民謡 ”会津磐梯山” を吹奏楽の演奏で聴かせて頂いてから何とも斬新で伝統を大事にしているのだなあと感動した日、以来かもしれません。知り合いの方もステージで歌うらしいと噂を聴いて野外ステージに注目していると、驚くほどの感動に出逢えるので音楽はスゴいです。何故、”楽都”??と以前に調べた限りでは安積疎水の工事中にオノ・ヨーコさんも郡山にいらっしゃって音楽活動などで郡山を盛り上げたという歴史もあったらしいのです。現在はコーラスも非常に有名な郡山となり、”東北のウィーン”といわれる歴史を少し知りたくなりました。郡山市の開成山公園は桜やバラ園などでも有名であり、安積疏水とその開拓者の歴史的公園といえるでしょうか。”東北のウィーン”と呼ばれるほどの理由は、安積疏水の開拓者にも由来するのでしょうか。平成元年以来、郡山市はオランダのブルメン市と姉妹都市だそうで開成山公園に姉妹都市を記念した花壇もあり、国際化、国際交流を深めているのです。安積疏水の開拓者、功労者でもあるオランダのブルメン市からコリネス・ファン・ドール氏の明治時代の長期に渡る来日、土木技師としての設計、そして多大な貢献で郡山の歴史を支えています。明治時代といえば1888年に磐梯山は大噴火をしており、コリネス・ファン・ドール氏はいかに異国の日本での天災に耐えながらも貢献してくださったかと猪苗代地域でも高く評価されているのです。(Wikipediaによると1880年に帰国されているそうです)オランダの国旗にちなんだ花壇だそうですサルビア、メランポジア目立つ時季でした。バラ園は市民の方の寄付をキッカケとしたそうです福島県を代表する猪苗代湖に関する本を参考にさせていただきました。「湖育む 語り継ぐ猪苗代」歴史春秋社 猪苗代の自然と歴史・文化を考える会 編
Jul 5, 2012
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