Accel

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December 21, 2013
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 カンは、低い声で、ゆっくりと言った。
「女神様。
 また、俺の肩に触れてくれるか・・
 君が触れてくれると、ビアルさんより効果がある・・・」

 サーシャは、恐る恐る、カンの肩に触れた。
「またあんなことしたら、ただじゃおかないわ」
「あ、そう?」
 カンは、また右手を女性の頭に触れさせた。
「ただじゃおかないって・・

 サーシャと目を合わせた。
 カンがサーシャの頭に置いた右手に力を込めると、意外とあっさり女性は顔を近づけてきて・・・
 瞳を閉じる間もなく、唇が重なるのを感じた。

 この感じは・・・
 ビアルが、優しく触れていたときに・・・
 脳裏に駆け巡った、暖かい感覚だった。

 やや長い口付けの後、カンは熱い息を漏らした。
「女神の復讐は、なにだろうか・・・」
 と、サーシャは笑って言った。
「それは、あなたを嫌い続けることかも」

 カンが、瞳を開けたら、サーシャと目が合った。

「・・・
 女神様は、すごく破壊的な方だ・・・
 たぶん、きっと、俺の願いを聞き入れて、俺の傍にずっといて、その上、俺の子供も授けてくれるかもしれない」
「それを、都合がよすぎる、っていうのよ」


「痛たた・・・
 都合がよくなるまで、俺の傍にいてください」
「どうしようかしら」
「そこをなんとか」
 二人の会話は少し、柔らかな暖かさに包まれていた。


 サーシャは、また少し怒りながらも、カンの肩に触れた。

 どうして、私が、嫌いだと明言しているにもかかわらず、こうして来ているのか・・・
 本当に判ってないわ・・・

 カンは、右手でサーシャの左手を握っていた。
 うとうとと、寝ているようである。


 サーシャはそんなカンをみつめながら、前の事・・・ハーギーでのを思い出していた。
 それは、初めてカンに出遭ったときのことだ。
 カンがいう通り、自分は沢山の女性の中の一人にすぎなかったかもしれないが、自分にとっては忘れられない出会いだった。
 カンは、牢番の身分を利用して好みの女性を牢に入れているという噂があった。
 そしてそれは、その通りであろうと見受けられた。
 だが奥底では知っている。
 カンが本心でそういう振る舞いをしているのではないということは、無論他の男性と同じで、あくまでも表面上の事に過ぎなかった。
 赤の者の命令に従っているだけ・・・判っていても、その事を、認められなかった・・・

 増長し、複数の女性を侍らす男の一人として名高い人が、ハーギーを出たとたん、その権威を女性を守る側として発揮しはじめると、女性からの支持がみるまにあがった。
 それもそうだろう、カンは、班の中心的存在で、原動力は男達にも一目おかれていた。
 背格好や顔立ちもよく、カンを想う女性も数名いた。
 しかしサーシャは過去の事にしばられ、当時の男たちの行いは許せないでいたのだ。



 あれから、うかつにも、眠ってしまったらしい。
 はっと目が覚めると、カンに抱きついたまま、寝ていた。
 体を動かすと、それに気が付いたのか、カンも目を覚ました。

「・・・」
 朝の明かりが容赦なく二人を照らし・・・
 バツが悪くて、サーシャは横を向いた。

「ああ・・
 サーシャ。
 ありがとう。
 とても楽になった」
 カンが、そっと言ってくる。

「・・・
 カン。
 私・・・・」

 サーシャは、カンから体を離そうとしたが、カンの右手に力が込められ、なかなか自由になれない。

「また来てくれると言うまで、離さないぞ」
 カンは、意外にも、有無を言わさぬ決然とした言葉で言った。

「・・・」
 サーシャは、観念したように、頭を縦に振った。
「わかったわ・・・」
 それを聞くと、カンは、やや、頬を蒸気させ、畳み掛けるように言った。
「来てくれるからには、すっかり完治するまで、来てくれ」

「・・・わかったわよ」
 ちょっと怒ったような声で、サーシャは答えた。

「俺の左手が動くようになったら、両手で君を抱きしめたい。
 いいよね」

 しばらく、サーシャは応えなかった。

「左が動けば君の子供も勿論抱きしめられるし、俺の子供も抱きしめられるかも」


 サーシャは、呆れてため息を吐いた。
「昨日も言ったでしょ、都合がよすぎるって」
「いや、俺は真剣だが・・・」
「治れば、でしょ」
「うん。
 だから、治してくれ」
「まあ・・・
 本当に、我侭だわ・・・」

 サーシャは、ようやく折れると・・・
 ちょっと試すように、こっそりと言った。
「それで、私の気持ちは?
 無視しちゃう訳?」

 カンは、今度は自信ありげに言った。
「うん。
 頑張って、君が俺を好きになるように、努力でもしよう。
 まあ、その前に、左手が使えないとな。
 じゃないと、君を抱きしめられない。
 まあ、そういうことだ。
 ハッハッハ」

「まあ・・・」
 サーシャはちょっと呆れたが、結果的に、この勝負は負けのようである。
「じゃあ、精々3月で左が動くようになることね」
 というと、カンが、彼女の背に回した右手に力を込めた。
「君が治してくれれば、動くだろうよ・・・」 
 二人はしばし、見つめあっていたが・・・
 カンは痛むのも構わずにサーシャを強く抱きしめた。





 風が寒かった。
 日が落ちていた。
 丸一日、走っていたので、流石に、馬を走らせていた少年は、馬を休ませることにした。

 来るのには、3日かかった。
 帰りは、2日で帰られるだろうか。


 木陰で立ったまま寝ている馬、リュベルちゃんと、転がって寝ているビアルを交互に眺めながら、少年ニルロゼは、ぼーっとしていた。

 ナーダに、逢わなければよかったような気もする。
 逢わなければ、ナーダが変わった姿を見なくて済んだかもしれなかった。
 でも・・・

 もうじき、青年という域に足をかけ始めるであろうこの少年には、心の整理がまだつかないようだった。
 周りで、夜の鳥が、小さく啼いている・・・

 ニルロゼは、東の鍛冶の剣を取り出すと、夜光に照らした。

 犬の遠吠えがした。
 その声を聞いたニルロゼは、あの恐ろしい獣のことを思い出した。
 そして・・・
 あの、美しい人物についても・・・・

 ニルロゼは、剣を仕舞うと、ビアルの顔をまじまじと見た。

 どうして、あの人物と、ビアルを同じだなんて、一瞬でも思ってしまったのだろう・・・
 髪のこととか
 外套のこととか
 顔のこととか

 あの外見だけではなくて・・・
 もっと、もっと別な・・・
 深い部分で・・・
 にている、と、思ってしまったのだ。

 そして、こうして落ち着いて考えれば、まるで別人だと思いたいのに・・・
 なおかつ・・しかしまた・・・
 でもやっぱり、同じか?などと、何度も恐ろしい思いがもたげてくる。
 どうしてだろう・・・

 ビアルは、謎が多すぎる。
 でも、その不思議な存在、ただそれだけで充分である。
 その奥に秘められたものなど、なにか俺に関係はあるというだろうか?

 ニルロゼは、ビアルから離れると、また、剣を抜いて、素振りを始めた。
 そう・・・
 これから、赤を探す・・・
 あのハーギーを壊してもなお・・・
 燃える、あの赤。
 今は、赤だけを見据えて・・・・

 ニルロゼの脳裏に、再びナーダが現れ・・
 少年の瞳に呼びかける・・・
 彼の名前を・・・

 ニルロゼは、頭を何度か振った。
 ナーダは、結婚するんだ。
 ええと、たしか、ずっと、支えていくんだってな・・
 生涯を・・・


 そこまで考えて、ふと、あることに気が付いた。

 そういえば、姫も、結婚するって言っていたな・・・

 結婚ってなんだろう・・・



 翌朝、ニルロゼは、またビアルを背負い、馬で駆けた。
 走り方は、確実に上達していた。
 馬の波長に、自分の波長があっていると思った。

 よし、城に戻る前に、料理長の所に寄っていこう・・・

 ニルロゼは、軽く笑うと、ルヘルンの街に向かった。


 街に着き・・
 料理長の家に着くと・・・
 数人、顔をあわせたことがある男と出くわした。
「あ、こんにちは。どうしたんです?
 今日は、お休みですか?」
 中年の男は、ニルロゼの顔を覚えていた。
「おお、君か。
 マーカフは、本格的に、城に行ったらしい」
 中年男は扉に張られた紙を指差した。

 少年も、ビアルを背負ったまま、蜂蜜色の瞳でその紙を見た。


  しばらく王の傍に居る


 短い、文面だった。

「おやっさん、宮仕えは嫌っていたんだがなあ。
 とうとう、折れたか」
「折れたって?」
 ニルロゼが、慌てて中年男に取りすがる。

「マーカフだって、いつまでも独身でもいられまい。
 ああやって城に出入りしていれば、それなりに女もほおってはおかないだろう。
 ってことは、城にいい女ができたに決まっているさ」
 中年男は、ニッと笑って、去っていった。

「・・・・」
 ちょっと、ポカーンとするニルロゼである。
 と、背中で、ビアルがモゾモゾと言った。
「おはようございます」

 ビアルが起きたのも無視し、そのままの格好でリュベルちゃんの背に乗る。
「・・・ニルロゼ・・・
 起きましたよ?」

 ニルロゼは、そのまま、城へと向かった。


 なにかが、動いている。


 ニルロゼの瞳に、久しぶりに、覇気が宿った。

 そう・・・
 感じてた。

 そんじょそこらの、殺気なら・・・
 どの程度の腕前か、すぐに読み取れる。
 だから、勝負の行方など闘わなくても判る、闘う前から。

 だが、だ。

 ニルロゼの笑みが、段々危険なものになってきた。

 久しぶりに、思いっきり・・・
 やりあえそうだ・・・
 そういう予感がした。

 そういう相手が、いる。


 料理長・・・

 見た目は、だらしないが・・・
 あの精神は、誇り高い。
 その彼を、無理に城に向かわせたものがいる。

 ニルロゼは、段々馬の速度を速めた。
 ビアルが、手を伸ばして首に抱きついてきた。

「ビアルちゃん~!
 今度は、好敵手がいそうだ~!
 いい感じがするぜ!」
「・・・でしたら、私を下ろしてください・・」
「そんな暇あるかい!」

 二人を乗せた馬、リュベルちゃんは、斜面を駆け上がって自身の飼われる城へと飛ぶように走った。
 みるみる近づく城の門に走り寄ると、門番など無視して柵を飛び越えた!

 さらり!
 ビアルを背負ったまま、少年ニルロゼは、馬から飛び降りる!

「さーさー!
 耳があるものはしっかり聞け!
 ここにいらっしゃるのは、ビアル様!
 ええそうだ、あのビアル様様をお連れしたぞ!
 姫が、お待ちのはずだ!
 お通しを!」
 きり、と笑うその顔は、ややあどけなさを残していた。

 が、周りを囲む男たちは、そのあどけなさの下の強さを知っている。

「ビアル様・・・お待ちしていました・・・」
 案内人が、わたわたと駆けつけ、二人を囲んだ。
 ニルロゼは、ようやくビアルを下ろし・・・
 そして、ゆらりと、美しい少年ビアルの後ろについて、城の中に入って行った。



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Last updated  December 21, 2013 07:28:32 PM
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月夜見猫 @ 愛するケーナさまあはあと! おはようございます☆ >いつも本当にあり…
月夜見猫 @ オスン6757さん おはようございます。 >いつもありがと…
月夜見猫 @ もぷしーさん★ おはようございます。 >今まだうろうろと…
風とケーナ @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) 月夜見猫さま、こんばんは♪ いつも本当に…
オスン6757 @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) おはようございます。 いつもありがとう…

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