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2005年07月06日
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ダンスチーム「BAD CHILDREN OF SHINJUKU」発足と同時期、東京のディスコシーンも大きく変わりつつありました。
まずは全日本ディスコ協会がビクターレコードと提携して、数々のイベントやプロモーションを仕掛けて、一大ブームを巻き起こす引き金になりました。
今までの暗いイメージを一掃した豪華な内装や照明設備に彩られ、明るい大型店舗がどんどんオープンし、楽曲や踊りも軽くなり一般大衆的な遊び場としてのディスコが注目を集めるようになっていきました。
黒人ファッションも大衆文化にうまく溶け込んで、ディスコファッションなる新たな流れを生み出していくようになりました。
アフロヘアも今までのような黒人マニアだけのトレードマークではなく、誰もがファッションとして取り入れ、ディスコへ行くためのファッション、ディスコで映えるファッションへと進化して行ったのです。(このころアフロとかカーリーのカツラもよく出回ってました)
まさに時代の変わり目、新旧交代というような感じで新しいディスコファンと従来からのダンスマニアが混じり始め、この頃には「踊り場」世代は駆逐された感があり、一応この時代で古きよき時代のステップ世代は終わったと言ってもよいのではないでしょうか。
そしてこの時代の流行を引っ張って行ったのは、「踊り場」から育ってきたアフロ頭の黒人かぶれ連中でした。

更にSOUL BAND大物グループがその頂点を極め始めた時代でもありました。
Kool & the Gang “Love understanding”邦題は「愛の融合」でしたっけ。

バーケイズの復活、平均的白人バンドAWB、アイズレーブラザースのパワーアップなどなど。御大ジェームス・ブラウンを筆頭としたR&B~SOULのスタイルはBANDを主体としたFUNK~DESCO SOUNDへと移行していった時代でもありました。
そしてEW&Fライブ「灼熱の饗宴」ホワイトアルバム2枚組がリリースされ、大きな反響を呼びました。
一気に大爆発って感じでした。
レコードに針を落とした途端、オープニングのパワーから度肝を抜かれました。
Devotionの大合唱とフィリップ・ベイリーのあのHIGHファルセットも凄かったですね。
ジャケの中写真がまたカッコよかったですね。こんなライブをこの目で見てみたいと思ったのは委員長だけではなかったはずです。
この2枚組アルバムとの出会いが、委員長の道楽人生の総てを変えたと言っても過言ではありません。

You are Shining Star no matter who you are
Shining bright to see what you could truly be

この衝撃のフレーズが委員長の魂を貫きました。

「君は輝く星、たとえ君が誰であろうと、本物の自分であるために明るく輝くのだ」


そうだ俺達は輝く星なんだ、なんか救われた気がしました。
この日から委員長のテーマソングはシャイニングスターになり、フロアで右手でユーアーシャイニングスターって歌いながら指差すのがポーズになってしまいました。
(まさに自分が歌っているような錯覚ですね)
ということで、このアルバムを手にした日から、Q&Bがアースウィンド&ファイヤー一色に染まっていってしまったのです。(まわりは良い迷惑ですね)
そして、委員長からメンバーに、BAD CHILDRENはホンモノの黒人を目指し、人々に愛を与えるチームになるのだ、という号令がかけられたのでした。



そうです、不良からの脱却、ぐれた者がたどり着く境地は「愛」しかないのだ。
「愛こそが人類を救う道」(ってどっかで聞いたことあるなぁ)
だから、チームのメンバーは必ずパートナーがいなければならない、というかなり強引な理屈で発令されたのでした。
(しっかし、よくもまあここまでかぶれたもんだと思います)
とにかく、バッドチルドレンは男女のペアでなければダメ、しかも黒人かぶれじゃなきゃダメという、かなり本気な道楽へと突入して行ったのでした。

トオルが連れてきたパートナーはV-one からの常連マリ、テツが連れてきたのはあちこちですでに名を売っていた少女ヒトミ、そして委員長は彼女ドリーとペアを組んで6人のオリジナルメンバーが誕生しました。これに彼女できないメンバーが数名、たえずQ&Bにたむろして踊りに明け暮れる毎日が過ぎていったのです。
そんなある日、六本木にスーパーコップス2がオープンしたという噂を聞きつけて、いよいよBAD CHILDRENの六本木進出が決行されたのでした。
Q&Bの閉店とともに一同タクシーに分乗、六本木テレビ朝日前に集結しました。
総勢十人くらいになったのかなぁ。ジョイ吉野も一緒でしたね。
深夜とは言え、もの凄い熱気と人だかりでした。
かなりの大箱で鏡の前はアフロ小僧のオンパレード。
よくもまあこんだけデカイ頭が集まったもんだってなくらい、黒人もどきだらけでした。
しかも、ダウンはするはファンキーフルーツは踊るは、目一杯目立ちたがり屋ばかりが揃っていますから、ダンスバトルさながら、殺気まで漂っていました。

ホールに案内された委員長一行は、ひとりのウェイターに目が留まりました。
長身のリーゼント野郎一平です。
彼はV-oneによく出入りしていた高校中退組のひとりで、店ではお調子者ながらトラブルメーカーとしてマークされていた少年でした。
一平は新宿軍団の来店に、意気揚々として挨拶にやってきました。

「ロニーさん、久しぶりです」

「お前こんなトコにいたのか」

「はい、オープンから働いています」

「そうか、新宿者の根性見せて、ここいらのヤツらに負けるなよ」

目をウルウルさせて喜ぶ一平でした。
元々、不良少年ってのは人との付き合い方が不器用で、どこかで誰かと群れていないと不安で、心のつながりに飢えていますから、仲間意識が強くなると感情が高ぶります。

「ロニーさんも負けずに新宿の踊り見せてやって下さいよ」

おう、出陣じゃ~いってなことで、一気にフロアに躍り出た新宿組。
革ジャンに刺繍やら、ジーパン、ジージャンに鉢巻と、胡散臭いグループの登場にさらに殺気立つダンスフロア。
野郎ばかりの必殺技博覧会みたいなフロアに、男女ペアのアフロ軍団が割り込んで行きます。さすがに当時でもペアで踊るヤツらは少なかったので、まわりのアフロ小僧たちもやや圧倒され後ろに引き下がっていきます。
ぐるりと新宿BAD CHILDRENが取り囲んだフロアー、そこに割り込んできて、委員長の隣で大技を仕掛けてくるひとりのSOUL MANがおりました。
逆三角形のアフロ頭、ジーンズに革ジャケット、小柄ではありますが、肌の色は黒く顔立ちもブラザーそのものです。
彼の周りにも取り巻きが現れ、二大グループの対抗戦のような雰囲気になっていきました。ただ、こっちにはSOUL SISTERがいる分だけ華やかです。
ここでタイミングよくEW&Fのシャイニングスター・ライブが勢いよく飛び出しました。

ドッカーン! 遂に爆発です。

この一発を決めて新宿軍団はホールへ引き上げます。
この引き際も肝心ですね。一気に踊ってさーっと引く。
フロアはちょっとしらけた感じでしたが、こっちにしてみれば、どうだってなもんです。
新宿なめんなよ(って誰もなめてませんよ)って感じでゾロゾロと引き上げます。
席に戻った委員長、一平を呼び出して逆三角形アフロ野郎の素性を聞き出します。

「あー、ジョニーさんでしょ」

「ジョニーって言うのか」

「うん、赤坂コップスからの常連でさ、結構有名だよ」

ふーん、てなもんで、委員長は彼の踊りとフィーリングに惹かれるものがありました。
彼の踊り全体から漂う雰囲気が、自分の求めていたフィーリングにぴったりだったのです。一度会って話をしてみたい、そう思いつつ新宿に引き上げていったBAD CHILDRENでした。





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最終更新日  2005年09月22日 12時19分17秒
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