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2005年09月20日
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この一点に目標を定めた委員長とムラちゃんのバンドごっこは、今までの優柔不断、のらりくらりとした道楽者の白昼夢のような生活を一変させました。
何が何でもジュリーより先にレコードを出して鼻を明かしてやりたいという、やや私怨的な動機ではありましたが、方向性の定まった道楽者の執念と言うべき集中力は自分たちでも驚くほどのパワーを発揮することになったのです。

更に、自費で作る以上は是が非でもメージャー・レーベルに喰い込むというプロ意識も芽生えていきました。ただ自分たちのレコードを自費出版するというだけなら、単なる自己満足の世界だけで終わってしまい、言うなれば「負け惜しみ」みたいなもので、これでは意地を張ってまで貧乏人が大金を注ぎ込む苦労も報われません。
バンドごっこプロジェクトの究極の目的は何と言っても「生活苦からの脱出」です。
そうなってくると、自主制作盤に向けたシナリオも、今までのような遊び半分では作れません。

そしてそのシナリオはまず、最終目標の設定から始まりました。
自主制作盤をメージャー・レコード会社に売る、あるいは彼らから買収のオファーを受ける、ということが最終段階での「成功」と位置付けました。
あとはこの目標に向けてプロセスをひとつずつ掌握していく作業です。


2.あらゆる手段を使ってメージャー系列のメディアでON-AIRさせる方法を考える。
3.過去自分たちが取り扱ってきたプロモーションの手法の全てを屈指してディスコヒットを狙う。

とまあ、根本的な流れは整いましたが、当時は自主制作盤を配給するシステムはほとんどありませんでしたから、その点ではディスコというマーケットはうってつけでした。
テレビ、ラジオや有線放送に至っては著作権の問題も発生してきますから、すぐに飛び込みでプロモーションに切り込んでいくことはできません。
今ならちょっとしたレコード屋(CDショップですか?)でも、インディーズ・コーナーなんてのがありますが、当時はまずそんな胡散臭い自主制作盤などを販売してくれる媒体は皆無ですし、まして販売目的で制作するようなヤツがいなかったということもあります。
ほとんど趣味の世界ですよね。同好会とかサークルとか、あるいは学校関係の思い出の記録みたいな。営利目的ってのもあることはありましたが、いわゆる新興宗教関係が主でしたね。(ちょっと危なかったですねぇ~この手は)

余談ですが、実は委員長、この時初めて宗教と経済活動の関係に気が付いたというか、そういった視点で音楽業界を捉えることを学んだのでした。
委員長が崇拝していたアースウィンド&ファイヤーの哲学的コンセプトはまさしく宗教ですよね。しかもキリスト教をベースとしています。黒人音楽を白人社会へと浸透させていくテクニックがここにあったんですね。
(ライブでのDevotionなんて曲はまるで布教活動ですよ)
さらに音楽的コンセプトもクラシックやJAZZの手法を最大限に生かしています。もうひとつ突っ込んで言えば、宇宙という未知の世界への想像を掻き立てる、触発させるビジュアルも施されてあり、神秘性と哲学性の裏づけ理論武装も完璧です。
以前にも言ったことがありますが、彼らの目標はアルバム「太陽神」で達成されてしまったと思います。現世紀で彼らがやるべきことはもうなくなってしまったのです。完結してしまったのですね。まさに恐るべし、モーリス・ホワイトです。もし彼が、あるいは彼のメンバー達が仮に歳を取らなければ、まだまだ突き進めたのでしょうが、人間はひとつの時代しか生きることはできませんね。(少なくとも現時点では)ということで、今世紀最高最強の黒人音楽集団と言えるでしょう。(このあたりのお話はいずれまた改めてしますね)


当時の日本ではマイナー・レーベルの起業なんて発想が無かったし、大手の牛耳るままの業界に甘んじていたという状況でもありました。
アメリカじゃこういったベンチャー・ビジネスが盛んだったんですけどね、日本はだいぶ遅れてましたね。というより大手が業界をしっかりと牛耳っていたわけです。
こういった点から見ても、ディスコという業界はあらゆる面において未開の部分であったし、その業界をまがりなりにも掌握していたDJと言う立場は、何か新しいことができるのではないかという非常に夢のある職種だったと思います。
ただ、自分も含め、いかんせんその多くが道楽者の馬鹿野郎でしたから、そこまで見通せた器のある人間を排出できなかったってことでもあります。
毎日がお祭り騒ぎでしたから、遊ぶのに精一杯みたいな感じでした。

ということで、今自分たちがいるこの環境を利用しない手はありません。
そこで、過去の自主制作盤で成功した実例を研究しようということになりました。

実は過去に日本で大穴を当てたグループがいます。
フォーククルセーダーズ「帰ってきたヨッパライ」がそれです。
加藤和彦、はしだのりひこ、北山修の3人が自費出版したこのレコードは、当時の人気ラジオ番組で紹介されたと同時に一大センセーションを巻き起こしました。
そして彼らは一気に頂点を登りつめ、金と名声を掴んだのでした。

「できるよ、ムラちゃん、俺達だって同じことができるよ!」

そう信じた二人のテキストは、このフォーククルセーダーズの分析から始まったのです。
まずは楽曲の面白さと意外性。
(これはアッちゃんの面白さとロニーのキャラクターにかけるしかないだろうなあ)
そして、彼らが突破口としたラジオの代わりにディスコを使った話題性の提供。
(今まで、だてにプロモとかヤラセやってきたわけじゃないからね)
大手の買い付けに対する原盤権の所有。
(そう簡単には騙されないぞぉ~。できるだけ高く売りつけて大金持ちになるぞぉ~)
印税で一番デカイ権利は原盤権であり、フォーククルセーダーズはこれを知っていて、最後までこの権利を手放しませんでした。
更にメージャーで売れた場合、その後の活動をどうするか。
この点だけはバンドを持たない二人には想像が付かない展開だったので、その時はその時で出たトコ勝負だってことで打ち切り。(いつもこればっかりで詰めが甘いですね)
とまあ、筋書きはここまでくればあとは具体化していくだけの話です。(大丈夫かなぁ~)

時間もメンバーも限られた中、更に予算にも限界のあるこのチャレンジは、ただただ、ある人の出鼻を挫いて出し抜きたいと言う非常に不純な動機でもあり、これ一発で人生苦から一気に脱出できると信じて疑わないゴミ二人の道楽者ドリームの幕開けでした。





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最終更新日  2005年09月20日 07時05分03秒
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