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2005年10月02日
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この間委員長の周りでは色々なことが同時に、しかも入り乱れて起こっていました。
まずはC子との同棲も本腰が入り始め、彼女の同郷の村の青年団バンド連中の世話役を頼まれたり、トゥモローUSAの同僚DJ黒人ジョーからのバンドの誘いを受けたり、新宿のディスコ界隈では横の繋がりが広がって色々な仕事の提携話が持ち上がったりと、自分でも驚くほどの展開ぶりでした。

つくづくこの業界はやったもん勝ちだなと思いましたね。
いうなればハッタリ半分、実力半分の世界です。
たった一枚、しかも自費で出したレコードが自分の周りの環境をこれほどまでに変えるとは思ってもいませんでした。
道楽者のみなさん、道楽者の教訓一ですよ。
どーらくは考えているだけではダメです。行動して初めて道が開けるのです。

ということで、毎日大忙しの委員長でしたが、まずは一番興味を引かれたジョーとのバンドにチャレンジしてみることにしました。

スタジオなんぞはいらない、俺の家でやろうというジョーの言葉を真に受けて、清水の青年団シンジや高○を手伝わせて、彼の代々木のアパートに道具を持ち込みました。
本格的な音出しじゃないからってことで、パール社製のおんぼろ中古ドラムに中古のヴォーカルアンプ、小型のギターアンプなどを集めてきて、彼の住む代々木の2LDKアパートの八畳間に押し込みました。メンバーは新宿ディスコナイト制作メンバーです。
腕はそれなりにあっても、モノホンの黒人ミュージシャンとのセッションですから、石○君やH君、T君なども興味津々やや興奮気味です。シゲル君もコトの展開に多少面喰っておりましたが、一体この連中は何をやらかすのだろうと言った好奇心の方が先立っているようでした。
手伝いのシンジ、高○に至っては、ジョーの奥さんのバストの余りの大きさに目が眩んでしまったようで始終ニヤニヤしている始末です。

さて肝心の練習ですが、なんといきなりジョーはオリジナルをやろうと言い出しました。
まずはカセットに録音された楽曲を皆に聞かせます。
ジョーの弟のベースとジョーのギター、そしてジョーの歌が入っていました。
ちょっとしたモータウンサウンドといった感じのベースで、ジョーのちょっとハスキーな声がシャウトするダンスナンバーでした。

「皆OKか?じゃ、やってみよう」

オ、オッケーかって、いきなりかよ、みたいなジョーの強引なペースについていくのは大変です。
譜面もなし、細かい説明もなし、いきなり音を出そうと言うのですから戸惑わない方がおかしいってくらいのもんです。

カタコト英語とカタコト日本語でコミュニケーションをとりながら、なんだかんだと3~4時間のプラクティスが終了しました。
みんなクタクタです。
まあ、ジョーのオリジナルはそれなりに1曲仕上がりましたが、果たしてこれをどう料理してよいものやら途方にくれるムラちゃんと委員長でした。

その夜、ジョーとムラちゃん、委員長の三人はこの新たなバンドごっこについて相談をしました。
ジョーの意向としては、まず日本である程度の練習をしてオリジナル・ナンバーをまとめ、時期をみてLAに行き売り込みをかけるというような計画でした。

ジョーは仕事の面での心配は無用と言い、どうやって我々のバンドをプロデュースしていくかということについて妙な日本語を交えながらも、ゆっくりと熱く語り始めました。
しかし、彼の中ではしっかりOUR BANDとなっていたのには驚きました。
かなりマジです。一体どんな構想なのでしょうか。

まず彼が説明してくれたのは、米国(LA)でのショービズというか、業界のシステムが日本とは大違いで、ユニオン(組合)も含め、ミュージシャンの横の繋がりがモノを言う世界であると言うことと、彼の芸暦から、力のあるプロモーターやエージェント(日本で言うプロダクションマネージャーみたいなもんですか)との繋がりは未だに強く、売り込む自信はある、と力強く言い切りました。
しかも彼は日本のマーケットも狙っていて、日米の両方に同時にアプローチして先に飛びついてきた方からセールスを図るといった内容でした。
彼は彼なりに日本のディスコ業界を学習した上で、BLACK MUSICが日本でこれだけ浸透していることに目を付けていました。
ちなみに、彼のLAで活動していたバンド「HOT SNOW」には、もんた&ブラザースでデビューを飾ったドラマーのマーティン・ブレーシー氏も在籍していたことがあり、ジョーはジョーなりにミュージシャンとしての日本での生き方もしっかりとレクチャーしていたのでした。

更にジョーはバンドごっこ構想の具体的ヴィジョンを語り始めました。
まずはLAでクラブを回る。(これは日本も同じですね。いわゆる営業、ドサ回りです)
ここでセールスポイントになるのは、日本人プレーヤーとのミックスということで、自分の経験から言って日本人がディスコバンドをやるってことだけで十分に話題になるだろう、とのことでした。
そして、YOUのダンスは絶対に必要だ、と力強く名指しされた委員長でした。

「バンドのショーアップには絶対にロニーのダンスは欠かせない」
たぶんYOUの踊りを見たらお客は必ず驚くはずだとも言われました。
(おー、そうだろそうだろ、ってかなり気持ちよくなってます)

「まずアメリカ人は日本人がディスコで踊るなんてコト信じられないから、YOUほどの踊りを見せたらそれだけで客を呼べるのは間違いない」

これにはちょっと複雑な気分でしたね。えっ、て感じでした。
それって、色物ってこと?って感じです。要はピエロ、狂言回しじゃないですか。
なんだか猿回しのサルって感じがしましたね、正直言って。
ほら見て下さい、サルがディスコダンス踊りますよ~って、イメージが頭の中に浮かびました。(所詮はそんなもんだろ)

「そして、バンドのメンバーはインターナショナルでいくんだ。フィリッピン人のリトも参加させるつもりだ」

と、更に力説するジョー。
このあたりから正直言って委員長は醒め始めていきました。
なんのこっちゃない、俺達はあんたの引き立て役に過ぎないじゃん。
(しかもオリエンタル・フリークショーだよ、これじゃ)
アメリカ行き、しかもモノホンのショービズの世界にチャレンジって夢は委員長のハートを相当くすぐりましたが、やっぱりこのジョーの発想にはイマイチついていけないところがありました。これじゃ、ちょんまげのカツラでもかぶってステージで踊ったりする方がよっぽどマシです。

一緒に仕事していたジョーですらそんな風に俺達日本人を見ていなかったのかというショックと、所詮は猿真似ピエロでしかなかった自分が恥ずかしく思えました。
しかし黒人の立場から逆に考えてみれば、アフロしたりソウルファッションしたりする日本人を見てどう思ったかと言えば、やっぱりファッションでやってるとしか思えないだろうなということです。(事実ファッションですよね)
どんなにSOULが好きでも、真面目に黒人文化を勉強したとしても、日本人はアメリカ人ではないし黒人ではありません。しかも英語も満足に話せないくせにFUNKYとか言ってるわけですから、彼らからみれば相当滑稽だったでしょうね。

更にこの後フィリッピン人のリトとも、このジョーの計画について話しあったのでしたが、彼も委員長同様の感触を受けていたようでした。
アメリカが一番、そう言われているように感じるし、ジョーは俺達をジョーというスーパースターを盛り立てるためのクルーに仕立て上げようとしているようだ、とそう委員長に語るリトの口調はいつもの温和な彼とは違って語気が荒立っていました。

「オレタチヲバカニシテルンジャナイ?」

日本語で吐き捨てるように言ったリトでした。
少なくとも彼は委員長以上にプロミュージシャンとしてのキャリアもプライドも持っていましたし、突き詰めて言えばアジア対アメリカの構図とも取れなくもありませんでした。
よく考えてみれば、それも道理なんですけどね。
アジアのニッポンという国でアメリカ文化の、しかも黒人音楽に熱狂している国民は英語も解らず、アメリカという土地を踏んだこともなく、ただ盲目的にアメリカ人を崇拝している、そんな風に理解されても仕方のないことでしょう。

「イツモジブンガイチバンダトオモッテイルンダヨ」

(うーん、確かに。でも一番だと思わせているのもオレタチだよなぁ)
日本はまだまだ精神的というか文化に余裕のない時代でしたからね。
アメリカからのモノは何でもかんでも諸手を上げて受け入れていた時代です。
結局このインターナショナルバンドは立ち上がることもなく自然消滅しましたが、この時の委員長は正直言ってアメリカに乗り込むほどの根性もなく、ニッポンのぬるま湯に浸かっていることを選択したのでした。
今にして思えば、過去委員長が後悔した唯一の決断でした。この時渡米していたらきっと人生はまた随分と違っていたと思います。
でも、この時音楽を通じて体験した人種の壁と各国の文化は、アメリカに渡る以上の経験であったと感謝もしています。
ディスコという狭い世界でほんの短い間でしたが、彼らもまた同じ時代をシェアした委員長が自慢できる戦友たちでもあります。(今日はちょっとマジな話で終わりました)





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最終更新日  2005年10月02日 10時24分12秒
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