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2005年10月12日
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立川から戻った委員長とヨンタナは早速今後の展開を相談しました。
ヨンタナ自身は相談を受けただけなので自分が関わってどうこうしようというつもりも無く、できればロニーに任せるというようなことで結局は委員長の仕事となりました。
そして委員長が二度目に立川を訪れたときには、既にバンドとの契約打ち切りの話も済んでいると新○社長から聞かされ、今後の具体的なアドバイスをせざるを得ない状況となっておりました。

まずはどんなお店にしたいかということから話が始まりましたが、肝心のオーナー新○社長がディスコをよく解っておりません。
とりあえず今流行の商売ってことだけで始めたような大変思い切りの良い方でした。
よくよく話をしてみると、新○社長の描いているディスコとはキャバレーとコンパが一緒になってスナックで割ったようなもののようでした。(なんじゃそりゃ、全然わかんねぇーぞ)
米軍基地も近いのでGIも来るだろうとか、近くにある立川唯一のディスコあたりが手本ですから仕方ないっちゃ仕方のないことでもありました。

「それなら社長、ボクはこれから仕事ですから、よかったら一度新宿の店を見に来て下さいよ」

そう言って立川を後にした委員長ですが、こんな辺鄙なところでディスコなんかやって儲かるのなぁ、などと多少疑問に思ったりもしました。


歌舞伎町に戻った委員長はちょっとした旅行から帰ったような斬新な気持ちで、その夜は一段とお仕事に力が入りました。(立川-新宿って電車で1時間以上かかったからね)
10時を過ぎてワンプラスワンの深夜番、トモミがシンジを伴ってやって来ました。
このトモミは元々シンジのバンドのヴォーカルをやっていたのですが、歳はシンジたちよりひとつ下で、要領の良さと人懐っこさから結構皆に可愛がられておりました。
彼は偶然にもワンプラスワンのオーディション前に委員長と知り合い、うまいタイミングでDJの仕事をGETしたのですが、片やバンド・リーダーのシンジは性格の良さというかおっとりタイプというか、自分から売り込んでのし上がっていくようなタイプではなく、結局バンドメンバーが一人二人とそれぞれの進路に就いて行く中、未だひとり宙に浮いていたような存在でした。

その夜は、トモミがDJの仕事を始めたということもあり、委員長にも久しぶりに会いたいということで店にやってきたのでした。
シンジはなんせC子の同級生で同郷ですから、自宅謹慎の身の委員長とすれば、ここはなんとかうまく取り入ってもらおうなどという下心もあります。

「ロニー、久しぶりです」

「おう、シンジ、その後バンドはどうなった?」

「いや、高○も他のメンバーもそろそろ就職の心配してて、もうバンドどころじゃなくなっちゃったですよ」

「で、シンジはどうするんだよ」

「ああ、俺は別段すぐに就職しなくても良いんで、もう少し考えてから結論だそうかと思ってます」



「ほー、これがDJブースか。ちょっと中見せてくれる」

そう言ってブースの中を覗き込む社長。

「スピーカーはJBLかぁ」

意外に詳しそうな社長です。

「ターンテーブル2台とミキサーがあれば良いんだな」



「じゃ、明日作っとくから、ロニー見に来てくれよ。後は照明だな。」

作っとくからロニーって、結構軽い社長です。本当に出来るんでしょうか。

「俺は元々電気屋だから、こんなものだったらすぐ作れるから心配すんな」

別に心配はしてないけど、ブース作ったからってディスコが出来るわけじゃないし、と思っているところにシンジの顔が目に入りました。

「社長、実はボクの見習いなんですけど、こいつにやらせようと思ってるんですけど、どうでしょう?」

シンジ、ワケ解っていませんが性格がよいので終始ニコニコしております。

「シンジ、ほら挨拶しろよ、こちら新○社長」

「○木シンジです」

「見習いって、ちっとはデキるの?」

って何がデキるんだかわかりませんが、どうせ立川ですからお手頃でしょう。

「いや、まだちょっとソウルとかファンキーとかは教えてるんですが、ロックンロールとか、特にフィフティーズにはメチャクチャ詳しいですから、立川あたりだとまだツイスト踊ってる子も結構多いでしょ。(ほんとかよ)だから丁度良いと思うんですよねぇ。まあ新人ですからギャラは20ってことで良いですから」

そんなことベラベラと言われたところで意味の判る社長ではありません。
シンジも、まだ何がどうなているのかすら理解できていません。
新宿歌舞伎町のど真ん中、しかもこれだけデカくて煌びやかなディスコの花形DJ(笑)がそう言うんですから、無条件で頷く新○社長でした。

「そうか、ロニーがそう言うんなら任せるよ」

「ありがとうございます。ほらシンジ、お前もちゃんと礼言え」

「えっ、あっ俺? あ、ありがとうございます」(本人はもう何が何だかわからん状態です)

というわけで立川スタジオファイブのオープンDJシンジのデビューが決まりました。
新○社長が帰った後、コトのあらましを聞かされて異常に驚いたシンジでした。

「お、俺にできるかなぁ」

「できるよ。DJなんて誰だってできる仕事なんだから」

「でも、俺、ディスコだってあんまり行ったこともないし」

「大丈夫、曲さえ知ってればバンドと一緒で、要はどうやってお客をノセるかってことだけだから」

「んじゃロニー、教えて下さい。俺、ホント何もわからんもんで」

興奮すると清水弁がでるところはC子と同じです。

「じゃさ、俺のレコードとか貸してやるからさ、C子に電話して一緒に取りに行くからって言ってくれる?」(なんじゃい、結局はそーゆーことだったんかい)

やりました。お調子者の策略は大成功。
その夜シンジと二人してC子のもと、久しぶりに高円寺亀屋マンションを訪れた委員長でした。





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最終更新日  2005年10月22日 22時48分35秒
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