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2005年10月20日
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ダンサーからDJ、そしてバンドと委員長の歴史はそのままトゥモローUSAの歴史でした。
その歴史がある日突然なんの前触れもなく終了してしまったのですから、これほどの一大事はありません。
しかも、レコードデビュー、ジュリーとのコンビ復活、後輩DJを従えグループ結成、プライベートでもまさに絶好調というような時期に、いきなり足払いをくって転がされたようでした。
もうすぐ迎える24回目の誕生日を前にして、委員長の人生は行き止まりにぶち当たってしまいました。

小林社長も日が経つに連れてコトの深刻さに実感が現れてきます。
全員をワンプラスワンで引き取ると言っていましたが、トゥモローUSAの半分にも満たないキャパではこれだけの大所帯を抱え込むのは現実的に不可能です。
結果的には人員整理となります。
従業員の方はまずバイト社員がはずされ、社長から説明を受けて転職が出来るものは店を移って行きました。
DJも人数削減が言い渡されました。


このニュースをいち早く受けて、立川スタジオ5の新○社長が声をかけてくれました。
「30出す」ってこの社長、キャラは全然変わっていません。
委員長はジュリーと違い流転系の道楽者ですから、すぐに職を失ったところでさほど生活に困ることはありません。強いて言えば楽器貧乏、心配なのは毎月のクレジット支払いくらいのものです。C子も「それなら音楽活動に専念したら」と言ってくれました。
心強い言葉を受けて逆に闘志が湧いてきた委員長でした。

城の明け渡しから一週間が過ぎようとする頃、ようやくいつもの委員長の道楽者魂が戻り、なんとか立ち直り始めました。
毎日不安と無気力に苛まれながら通っていたワンプラスワンの事務所でしたが、この日決意も新たに全員を集めて采配を振るうことになった委員長でした。

「ここで頭が倒れたら元も子もないから、まずはジュリーのことを優先させよう」

委員長の意見に誰も異存はありませんが、ジュリーを優先させるといっても皆今ひとつ意味を理解できません。

「まず、今、職を失ってすぐに生活に困るのはヒロシだけだから、ここ(ワンプラスワン)はジュリーとヒロシに残って貰う。残りはオレについて一旦立川に移り、転職の手立てを考えるってことでどうだろう?」

実際には高田馬場のリチャード三世や、新小岩のピラミッドなど、潜り込めるハコもあったので、新宿から都落ちするつもりなら取り敢えずは職を失うことにはなりませんでした。
と、ここで友情大好き男のジュリーが一世一代の大見得を切りました。



どん底で繋がった友情にウソはありません。
たとえそれが一時の感情であったとしても、全員の心がひとつになった瞬間です。
傷つき飢えているときの団結力は、その目標を目指す強い絆で結ばれます。
そしてその団結力で目標に近づき、飢えが満たされるに従って人の心は病んでいくということを知ったのはずっと後のことでした。

何かに張り合うということは、人の人生に新たなパワーを注ぎ込みます。

加えて城を取られたという屈辱はより一層のパワーとなって溢れ出ました。
このままじゃ絶対に終わらせないという決意は今までの成り行きからではなく、委員長自身が意思を持って鈴木昇二という男を相棒に選んだ決断でもありました。
高校を卒業してディスコ業界にドップリと浸りきり、好きこそものの上手なれ、と何とか運にも恵まれここまでやってこれた委員長でしたが、「明日の保証は何もないのだ」そう天からの声、戒めを受けたような人生の変わり目でした。

どうせこの先まともな仕事ができるような人間じゃないし、こうなったらいけるトコまで行ってみよう、そう割り切った委員長でもありました。
年齢的にもアイドルみたいなことでメシが食える時代は終わっていますし、色物や奇をてらった売り方で生き残るにはすでに限界に来ています。
どのみちこのままカタギの仕事に就く気も起こりませんから、それならジュリーと運命を共にしてみようと云う気になっていました。

早速ジュリーはハコ取りに動き、委員長はH君のグループとの合併に向けて交渉再開、トゥモローUSA崩壊の衝撃から二週間目のことです。
ところがここで再び衝撃のニュースが飛び込んできました。
H君が交通事故で死亡したと云うのです。
余りにも唐突過ぎる話で俄に信じ難いことでした。

「ジュリー、どうする?これじゃテリトリーも広がらないし、ハコ取りも期待できないよ」

合併交渉は中途半端だっただけにダメージは少なかったのですが、都内のハコを押さえるという意味では大きな繋がりを失ったことになります。

「この話はこれで打ち切りにしよう。後は俺たちだけでやろう」

そう強気のジュリーでしたが、この時すでに新宿クレージーホースのハコ取りを決めていた裏づけがあっての発言でした。

「ギャラは落ちるけど、まずは本拠地がないと動けないからな」

「で、誰が入るの?」

「一応ハコの条件ではオレが入らなきゃならないんだけど、オレは外で動くから現場はロニーが仕切ってくれよ」

「オッケー解った」

「ギャラのことなんだけど、たぶんこれじゃやっていけないと思うから、事務所を作って一旦そこにハコのギャラ集めて、それで分配するってことで良いよな?」

要はピンハネしようってことです。
当時のジュリーは業界でもかなりのギャラを取っていましたから、その生活を維持させるためには仕方のない苦肉の策だったと思います。
そして、クレージーホースのハコ取りが決まった日、グループは田無のジュリーのウチに集合しました。

「いいか、これからオレとロニーで事務所を作るから、契約したハコのギャラは一旦事務所に入れて、お前らのギャラは事務所から支払うようになる」

一方的と言えば一方的な通告でしたが、皆今の仕事はジュリーあってのものですから誰一人異存のあるはずはありません。

「ギャラの比率は後で発表するけど、取り敢えずオレとロニーが頭で五分五分。後はキャリアと仕事の内容で決めるから」

「いや、ジュリー、チョット待ってくれよ。ジュリーとオレが五分ってのもおかしいと思うんだよな。事務所の社長はジュリーなんだから、オレとも序列を作らなければおかしいだろ」

「ロニーには現場の方を見てもらい、オレはどんどん仕事を取ってくるから五分で良いと思うんだ」

これはジュリーの友情だったと思います。
そしてもうひとつの理由は、これから先は一蓮托生、ピンハネの共犯者だぞという意味です。

「ところで事務所の名前、会社名はどうする?」

ジュリーのネーミングのセンスを知っているだけに嫌な予感のした委員長でした。
一方的な話であまりにも急展開すぎる成り行きに一同は沈黙です。

「サンタ・エスメラルダの大ヒットに肖って、エスメラルダってのはどうかな?」

「悲しき願い」のリバイバルヒット、ディスコカバーで大爆発したサンタ・エスメラルダは日本フォノグラム社、渡部ピカイチ氏が仕掛けたメガヒットでした。





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最終更新日  2005年10月22日 22時51分06秒
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