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2005年10月24日
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株式会社エスメラルダ設立。
神谷町飯倉のオフィスビルに事務所を構え音楽に関する幅広い活動を開始しました。
と云っても正式に登記した会社ではありません。
いわゆるモグリの音楽事務所、プロダクションです。

委員長も背広などを買い込んできてネクタイなどを首に捲き、毎朝9時に事務所に出勤するようになりました。もちろん夜はDJのお仕事や、地方のディスコへDJやダンサーの出前も取り扱いながら、正規の株式会社設立目指して頑張りました。
事務所の実質オーナーF氏は事務机から応接セット、電話機器などの事務用品一切を取り揃えてくれました。
事務所をお借りする条件はといえば、F氏が開業した商社(?)株式会社タートルの事務を代行するという、言って見れば事務所の電話番と管理でした。
事務所開きはアチコチから花輪なども届き、風呂敷に包まれた「ご祝儀」を持って駆けつける黒服の紳士たちはいかにもといった方々ばかりでした。

来賓のお客様が来るたびにF氏はネクタイ姿のジュリーをいちいち紹介してくれました。



といった具合に音楽業界にはあまり役立ちそうもないお歴々ばかりでしたが、その度にF氏が「若社長の鈴木君」と言って紹介してくれる姿は心強いスポンサーのようでした。

これら大物来賓客に混じって、渡部氏を筆頭にレコード会社の面々も訪れてくれましたが、余りにも立派な事務所にみな大変驚いておりました。
そりゃそうですよね。飯倉といえば立正佼成会の本部がある都内一等地。しかも交差点の角ビルです。地上階には銀行も入っているビルの一室、それも社長室まである大きなスペースに事務所を構えたのですからこれほどのハッタリはないでしょう。

この時雁首を揃えたエスメラルダ幹部は、鈴木社長、ロニー営業部長、マネージャーのヒロシ、ホリ、花見、事務員のMちゃんの6人。
華々しい晴れの舞台で業界の訪問を受けた面々でした。
事務所の開業と同時にエスメラルダの所属DJは社員扱いとなり、給料も事務所で手渡すようになりました。
事務所を訪れたDJの面々もこのハッタリにかなりビビってしまい、この後ディスコDJも含めタレント志願者が続々と訪れるようになりました。

中でもかなりプロっぽいことをしたのが歌手志望の女性二人組でした。
当時シンジが付き合っていた彼女がシンジを通じて事務所開業の話を聞きつけ、自分たちを売り出してくれないかと持ちかけてきたことがきっかけでした。
早速業界に話を回してみると、クラウンレコードの某プロデューサーが興味を示してくれて早速デモ録りとなりました。
さあ、ここでヨンタナ氏が再度登場です。アレンジャーの仕事も勉強中だった彼を売り込むチャンスでもありました。


みな良い仕事をしてくれました。
デモは「ナオミの夢」(出ましたヘドバとダビデ、覚えている人は五十路に手が届く方ですね)と「恋の仲直り(Reunited)」ピーチス&ハーブの二曲でした。
歌唱力はまあまあといったところで特別目を引くものはありません。
プロデューサー曰く、このタマで勝負するのなら「色気」しかないだろうとのことでした。
年齢的にもすでに二十歳は過ぎていましたから、今更アイドル系では無理だろうということもあって、ピンクレディー以上の露出でもすればという話でした。


シンジの彼女はやってみたいと言いましたが、パートナーの娘の方がどうも親の反対にあったようで、結局はお流れとなってしまいました。
シンジも内心は反対だったようで、赤坂の東芝スタジオでデモを録ったという想い出話が唯一残っただけでした。

もう一組、事務所を訪れた変わり者がおりました。
ダンサー志望のニックという青年が、ある日委員長を尋ねて来たのです。
彼は、ジャパニーズとしてデビューしたダンスチーム・インフォメーションズの元々のリーダーだったそうで、できればもう一度ダンサーズの仕事をしたいということで委員長を頼りにやって来たとのことでした。
彼の話によると、赤坂のシンデレラでファンキー・ドールズを名乗ってダンス・ショーを始めたグループがいるそうで、それなら自分はバッドチルドレンを名乗りたいので委員長の許可を貰いたいという相談でした。
往年のライバル、ジョニーのファンキー・ドールズのことも、委員長のバッドチルドレンのことも良く知っていた彼は、この二つのダンスチームに憧れて自分もダンサーを目指したという話を語ってくれました。
悪い気はしないし、ちょっと嬉しかった委員長ですが、この時期ダンサーでメシを食うということはかなり難しい時代でもあり、一応、話だけは聞きましたが、シゴトがあれば紹介するということでお引取り頂きました。

ところがこのニック、毎日事務所にやってきては委員長の傍を離れません。
夕方頃にやってきてそのままウダウダと事務所で雑用などを手伝い、夕方の5時に事務所を閉めて夜の仕事場、新宿に向かう委員長にべったりと付いて来ます。
新宿クレージーホースにも委員長の鞄持ちのように付いてきてはそのまま終電までウダウダしています。
やれやれ困ったものです。
こりゃあ早く何とか仕事見つけてどっかに押し込んでしまわないと一日中付きまとわれそうです。
そんなややこしい数日が過ぎた頃、ヒロシがうってつけの仕事を拾ってきました。

「横山エミーの歌手デビュー」

グラビア・アイドルの彼女がレコードデビューするということで、プロモーションに男二人のダンサーを付けてはどうかという企画が持ち上がりました。
曲名も内容も忘れましたが、ディスコアレンジなのでディスコ・プロモーションの仕込み依頼でもあったので、早速ニックを呼び出してねじ込みました。
ダンサー二人はドラキュラ風のコスチュームで彼女に絡むという内容だったと思います。加えてインタビューを我らがジュリーが担当し、週刊誌やスポーツ紙に載るというので我エスメラルダにとっても恰好の宣伝になりますからとにかく派手に目立つようニックに指示した委員長、しばらくは都内のディスコを回るということで、これでようやくニックの呪縛から解放されることになったのです。(しかし変ったヤツだったなあ)





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最終更新日  2005年10月24日 07時11分12秒
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