非生産活動推進委員会

非生産活動推進委員会

PR

×

プロフィール

RONNYジイ

RONNYジイ

コメント新着

バンドマン@ Re:昔の歌舞伎町スケッチ・フォーカス(笑)(03/29) 懐かしすぎる会話に感激しております、 こ…
沖縄県宮古島出身です、@ Re[21]:赤坂シンデレラの最後(08/18) 樋口 和彦さんへ 本当に、次郎さんと五郎…
アミちゃん@ ジョイの訃報😢 nikumaruさんへ 連絡有難う御座います。ジ…
マチャアキ@ 想い出 岸本さんですね 懐かしく読ませて貰いまし…
マチャアキ@ 岸本さんだよね このブログを読んで昔の記憶が蘇って来ま…

お気に入りブログ

まだ登録されていません
2005年11月05日
XML


ちなみに金沢兼六園に続いてこの偕楽園も見ることができた委員長は、偶然とは言え史跡を巡るのも何かの因縁かと思ったりもしました。

さて、そんな水戸のディスコ「ピント」に急遽トラとして派遣された委員長のビータ(旅)は、到着したその日から滞在中のパートナーとなるカット君の熱烈な歓迎を受けて、いきなりピースパイプでお友達となり愛と世界平和、更には救世主到来について朝まで語り明かすという、そんな思いがけない出会いから始まったのでした。
何でもカット君のおじいちゃんは「ピース」を吸っていたそうで、世界平和実現の救世主は鳩に乗ってやってくるというような超異次元の世界を垣間見た二人でした。
そして委員長はこの時初めて、茨城県人が類まれなるユニークな民族であるという知られざる事実を思い知ったのでした。
(寺内タケシも筑波山だったし。えっ?)

ということで委員長が寝泊りする社員寮社宅は千波湖という大きな湖の近くの風光明媚なところにありました。
到着日翌日はさすがに昨夜の大討論会で体力は消耗しておりましたが、意識は未だギンギンに冴えたまま朝日は昇り、部屋のベランダから見える朝の湖のすがすがしさに誘われた委員長はウォークマンを手に湖を散歩することにしたのでした。
ところが一歩寮から出た途端に凍てつくような空気が委員長の肌を貫き、手足は数分も立たぬうちに悴み、とてもウォークマンを聞きながら散歩などするというような悠長なことを言っている状況ではなくなっておりました。



早速カット君に教えられたとおりトロリーバスに乗って商店街まで出て、近くのスーパーで長袖長ズボンの下着を買い込みその場で着込んだ委員長でした。
モモヒキなんて履くのは小学校以来だなぁと思いながらも、こんな便利なものがあったことすら忘れている都会人の見せ掛けだけの感性について思いをめぐらせたりしました。
(完全に二日翔びですね。Hangover)

実はこの時委員長は金沢での暗い体験を彷彿とさせるこの土地には先入観があって、どうも内心引き気味だったのですが、この水戸ピントで出会った人たち、店長以下従業員は皆心暖かい人たちばかりで、当時精神的に殺伐としていた委員長にとってある意味癒しとなりました。

会社が在日系だったこともあるのでしょうが、寮の賄いのオバちゃんやパチンコ店従業員など皆非常に心の優しい方ばかりでした。
この会社の方針でしょうか、「メシだけは食わせる」って感じで、社員は誰でも食堂で御飯を食べることができ、ごはん、味噌汁、キムチは食べ放題で、社員は家族、「一家」といったような昔気質の会社でした。寂しい育ちをした委員長にとっては、この大部屋の感覚がとても暖かくて御飯の時間が楽しみでもありました。
おまけにカット君も四六時中委員長の傍を離れず色々と世話を焼いてくれて、これがまた委員長には大変ありがたく思えました。

自分で言うのもなんですが、彼にしてみれば東京からちょっとしたオオモノが来たみたいな感じで物珍しさもあったのでしょう。滞在中はほぼ四六時中一緒でした。
DJの方も委員長が英語のベシャリを入れるたびにフレーズをメモしたり、ブースの中は英語で会話して下さいとか言われたりして逆にタジタジする始末でした。
なんせ克也さんモドキの受け売りテキトー英語ですからね、あんまりマジになられると恥ずかしくなったりしました。
ただ、ミキサーは以前にも書きましたが横型フェーダーでしたから、つなぎは彼もそれなりにこなしていましたね。でも所詮は水戸ですから、自己満足の域を出ないといったところでした。もちろんお客だってツナギがどうしたと言うほどディスコ好きするヤツがいたわけじゃありませんから、東京ではこんな感じでやってます、みたいな程度でしたね。


仕事が終わるとカット君は委員長の部屋にやってきて、ギターをいじくったり、エスメラルダの話を聞いたり、結構目を輝かせて興奮してました。(ほぼ毎日翔んでたんですケド)
自分は詩を書いていることや、一度は東京に出て何かやってみたいこと、自分と同年代のヤツらは帰郷してくるのに自分は反対にこれから上京してみたいことなどを熱く語ってくれる彼もまた自分と同類であることを感じた委員長でした。
どうも委員長の周りにはややこしい経歴の奴らが集まってくる因縁でもあるのでしょうか、彼もまた悲惨な境遇の体験者でした。
高校を卒業して同級生のほとんどが東京に出て行った時、自分は母親を亡くした為地元に残って妹の面倒を見なければならず、その流れについていけなかったことが心残りであったようでした。
大方の上京組連中が大学や専門学校を終えて帰郷してくる現在、自分はようやく自由となり上京することを考えているが、年齢を考えると躊躇してしまうことなどを彼はぽつりぽつりと話してくれました。


さすがにエスメラルダに入ることは勧めませんでしたが、委員長の周りにはみな似たような境遇の奴らが沢山いるので、来れば何とかなるだろうみたいな話で盛り上がったりしたのです。
ちなみにこのカット君、後年本当に東京にやって来ることになるのですが、残念ながらそのときにはすでに委員長はモロ落ち目の真っ只中にいて、あまり面倒を見てあげることはできませんでした。

しかし、この水戸で出会った人々は皆ユニークでした。
カット君はじめGrassフリークはみな自分のPOTを持っていて自家栽培している話を聞いたときには正直言ってたまげましたね。こりゃニッポンのカリフォルニアだぜ、みたいな感じでした。しかも東京から刈り取りに来るヤツもいるとかで、その手のマニアの間では茨城県はちょっとしたPOTゾーンだったことをこの時初めて知りました。
この時以来委員長は茨城県出身の方々を非常に尊敬しております。(笑)

もうひとつ面白かった出会いにモルモン教がありました。
昼間ウォークマンを手にあちこちブラブラと徘徊していた委員長は、商店街で白人男性二人にいきなり声をかけられ自宅に招待されたのです。
流暢な日本語を話す彼は、「私の名前はトンカチです」などと笑わせてくれて、あのタワーオブパワーが出たベイエリア出身のミュージシャンであることと、モルモン教の布教に水戸に在住していることを語ってくれました。
このハンマー氏が別れ際、恥ずかしそうにモルモン教の聖書を委員長に買ってくれるように懇願した表情、そのすがすがしさにまたも共鳴を受けてしまいました。
更に彼は布教活動として無料の英会話塾をやっていて、生徒は200人近くいるということを知り、益々この水戸という土地の不思議さを知りました。
彼はネクタイを解いてYシャツの胸ボタンを外し、下着として着用していたTシャツを委員長に指差しました。そこには「I LOVE MITO」とプリントが施したありました。

I LOVE MITO

カット君との出会い、モルモン教との出会い、人と土地、故郷、形にはならないものではありましたが、委員長の心の中で何かが目覚めたようでした。
そして委員長もこの地が本当に好きになりました。

そしてその夜、委員長がエスメラルダのプロモーションとして持ってきていた、つのだひろ&JAPSGAPSのジャイアントシングルLAY BACKのB面、I LOVE TOKYOをプレイして委員長の故郷TOKYOを偲んだのでした。

It’s a sad life, but not a bad life and I know
When I look at the girls so young in Shibuya
Rediscover you down in Shinjuku and in the strange are bright confusion there
I lose my cares.

I love Tokyo, Tokyo in my heart
I love Tokyo, got me up and started
I love Tokyo, Tokyo in my heart
I love Tokyo, never will be parted again

Then I left you thought you were deaf to all my pain
Had enough of the rush the crush in the subway
But I missed the summer in Aoyama and in the sleek and fast Roppongi night
I feel all right

I love Tokyo, Tokyo in my heart
I love Tokyo, got me up and started
I love Tokyo, Tokyo in my heart
I love Tokyo, never will be parted again
(せっかくですから和訳入れときますネ)

そりゃあつらい生活さ
だけどそいつも悪くはない
渋谷には若い娘が溢れているし
新宿に行けば新たな君(東京とかけてありますネ)を発見できる
奇妙な街の雑踏と混乱にボクの心配事もかき消されていく

I LOVE TOKYO ボクの心の東京
I LOVE TOKYO ボクの人生の始まり
I LOVE TOKYO ボクの心の東京
I LOVE TOKYO ボクはもう決して離れたりしない

心の痛みを携えてボクは去った
君(東京とかけてあります)がわかってくれなかったから
地下鉄のラッシュや人のざわめきはもう沢山だった
でも狂おしく恋しい青山の夏やスリルに満ちた六本木ナイト
それは最高さ

(個人的フィーリングが結構入ってます)

東京に戻る前夜、このレコードを委員長は水戸との思い出としてカット君にプレゼントしました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年11月05日 06時40分39秒
コメントを書く
[1980年頃のディスコのお話] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: