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2005年11月12日
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「赤坂シンデレラで良いですか?」

相変わらず地声が受話器越しに耳を刺激するヒロシの声に、一瞬、先日の赤坂の苦い一夜を思い出した委員長でした。

「ロニーに合いそうなハコってここくらいしかないんですよ。今更ゼノンとかじゃ嫌でしょ?」

委員長の古巣である新宿の東宝会館もこのころは随分と様変わりしていました。
旧ビッグトゥゲザーを帝急エージェンシーという会社が買い取って新装オープンしたのがゼノンで、ジュリーこと昇ちゃんがナガイを引き連れてここに陣取っていました。

「ああ、元はといえばオレのせいで皆に迷惑かけちゃったんだから、今更選り好みはできないし、取りあえず今の仕事があればそれだけで良いよ」

確かに今更新宿で昇ちゃんと一緒に働くわけにもいかないし、赤坂なら地理的にも中途半端な分だけ気が楽かなと思った委員長でした。

「いや、今回のことはボクにも責任がありますから、ロニーの仕事先だけはきちんとしますから任せて下さい」


長年の不良の勘というやつでしょうか、その言葉の雰囲気から直感的にどうやらやっかいな話になりそうな感じがしました。

しかし、まさか自分がついこのあいだ遊びに行った赤坂シンデレラで働くことになるとは、どうも赤坂には妙な因縁があるようでした。
ようやく現場に復帰した委員長は数年ぶりにリトとのタッグを組むことになり、更に店長の二郎さんは委員長の大先輩でもあり、六本木メビウス、赤坂スーパーコップス等、東京の名門ディスコを仕切ってきたツワモノでしたので、久しぶりにFUNK魂が蘇りました。
ただ、営業時間が平日は深夜2時までだったので、帰りはどうしてもタクシーか始発待ちを余儀なくされ、当面はタクシーで代々木のリトのアパートに行き、始発を待って高円寺に帰るという生活になりました。

そんなこんなで感性の限界も感じつつ赤坂シンデレラで再スタートを切りましたが、この時委員長はこの店を最後にしようと心の中で硬く決意をしていたのでした。
年齢もすでに26歳を迎えるこの年、4月にはジュリーこと昇ちゃんの結婚式も控え、自分もこのまま流されているだけではいけないと、多少なりともまともなことを考えるようになっていたのでした。
そしてヒロシが委員長に人生の命運を賭けた悩みを打ち明けたのが、赤坂シンデレラの就職が決まって間もなくの頃でした。

「金が足りないんですよ」

出し抜けにヒロシの口から飛び出した言葉でした。

「ボクらが汗水たらしてプールした金が無くなっているんです」

「おまえなぁ、なんか勘違いか計算間違いじゃねぇのか」



そう言ってヒロシが見せてくれた彼のノートには、濃い鉛筆で大きく書かれた幼い字の現金出納帳のような走り書きでした。ひらがなの多いそのメモでしたが、数字の部分だけはきちんと桁が揃えてあり、確かに小学生が見ても一目瞭然出入金の残がきちんと記録してありました。

「そんならジュリーに帳簿を見せてもらえば良いじゃねぇか」

「もちろん言いましたよ。見せて下さいって」

「見せてくれないのか?」

「お前はオレを疑っているのか、って言われましたよ。帳簿は誰にでも見せるって訳にはいかない、とも言われました」



「ロニーは悔しくないんですか? オレ達の稼いだ金が誰かに使われているんですよ」

「無くなったって証拠でもあるのか」

「証拠はこのボクのノートですよ。これはボクがエスメラルダのマネージャーを引き継いでからの遣り繰りが全部メモしてあるんですから」

確かに言われてみれば、このところ昇ちゃんはやたら金に執着しているところが目に付いていたし、委員長はそんな彼の必要以上に金にこだわるところに嫌気がさしていたのも事実でした。

「どうしてもはっきりさせたいっていうんなら、正面切っていくしかねぇだろうな。ただし、やる以上は揉めるぞ。覚悟はできてんのか」

「だからロニーに相談してるんじゃないですか。このまま黙って続けるか、白黒はっきり付けるか。どうしたら良いですかねえ」

そう言ってヒロシは詰め寄ってきましたが、今の自分にはそんなことまで考える心の余裕もありません。会社と云ったところできちんと登記した法人でもないし、利益といっても明確な生産によって得た利潤でもありません。
そんな金を巡って身内で争うということがどういうことになるか、考えるのも嫌になるのは当然のことで、委員長はとにかく今はおとなしく地味にこのままの生活を続けて、身の回りのことをひとつづつゆっくりと考えていきたいと思っているところでした。

実際、すでに委員長の周りでも同年代の仲間や後輩の中からも、きちんと就職していったり、学生に戻っていったりするヤツも少なくなく、みなそれなりの人生を歩き始めていました。
ジュリーこと昇ちゃんや委員長にしても、業界での経歴の長さとか売名行為に成功しただけのことでここまで生きながらえてきたわけですが、実際の現場ではすでに感性のズレは明らかに現れ始めていました。
自分の頭の中ではいつまでも時代の先端を歩いていると思い込んでいるだけのことで、実際にディスコという現場で遊んでいる子たちとは、ファッションにしても音楽にしても、流行を捉える感性が自分達の持つ感性とはもうすでに別のものになっていました。
そんな彼らの新しい感性に応えられるだけの流行のセンスを与えることが、果たして自分たちにできるのだろうかと考えると、もう自分達の感覚は終わってしまっていることを認めざるを得ないというのが実情でした。

現に六本木ではサーファー系などというファッションが主流になっていましたし、後輩DJにはボードまで買い込んで湘南に通っていた奴らもいました。
そんな奴らと同等に、自分もボードを担いで海に行くほどのパワーはもうありません。
時代の先端を走っている遊びを知らずして、その遊びに関わるセンスをクリエイトしていくことはどだい無理な話です。(一緒になってやってりゃ良いってもんでもありませんが)
少なくとも同じ体験を出来ない者が、その肌で感じる感性を体現できるわけはありません。
かろうじて委員長の場合は「踊り」という普遍の遊びを引きずっていましたから、この部分だけは時代の感性になんとか追いついていましたが、その他のことで言えば、やはりもうオッサンの部類に入ってしまうのは仕方の無いことでした。

更に音楽的に言っても、ミュージシャン自体が若くなっていますから従来のジャンルやカテゴリーをぶち壊し始めていました。
当然ですね。ROCKというのは常に若さをエネルギーにして新しい世界を切り開いていくものですから、古い形を破壊し、再生させながら新しい感性を注入していくものです。
80年代に入ってからは、まず委員長が後生大事にしていた「黒」へのこだわりが崩れ落ちていった時代でもありました。
マイケル・ジャクソン、クインシー・ジョーンズ、アース・ウィンド&ファイヤー等、黒人が正攻法で白人社会への斬り込みに成功を収めていました。
更に委員長の時代では考えられなかった、白人ROCKを黒人がカバーするというような現象も起こってきていました。ブラザース・ジョンソンやマイケル・ジャクソンをはじめとした若手アーティストがビートルズ・ナンバーのカバーを演ってみたり、後にランDMCがエアロスミスを取り上げたりと、ショービスの面でも新しい感性が台頭していった時代でもありました。

中でも委員長の頭をいきなりぶっ飛ばしてくれたのがシュガーヒル・レーベルでした。
ディスコでDJがミックスしてプレイするそのままを一枚のレコードにしてしまった衝撃は未だ委員長の頭の中に強く残っています。
しかも楽曲のフレーズを何度もリピートさせたり、手でターンテーブルを逆回転させたりしたものをレコードとしてリリースしてしまったのですから、その衝撃は驚きというよりまるで悪質なジョークのようでした。
これは御法度というか、委員長たちの世代では考えも付かない発想でした。
というより、マナー違反というか、掟破りという感覚が強かったですね。

委員長が育った時代では、レコードというもの自体が高価な贅沢品でしたし、ましてターンテーブルやレコード針などというのは大変大事な扱いをされていました。
DJの手ほどきを受ける時も、まずは機材の扱い方から始まり、レコード盤の溝の手入れや針の管理には口うるさく注意されて育ってきました。
そんな古い概念をたった一枚のレコードがぶち壊したのです。
レコードを手で逆回転させてフレーズをリピートさせるなんて行為は、コンソールの設計者や職人が見たらきっと青筋立てて怒りまくるでしょうね。
まさかそれが後にスクラッチなどというDJの技術にまでに進化して行くことを、当時の誰もが予想さえできませんでした。
時代の感性にズレが出始めた典型的な例です。






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最終更新日  2005年11月12日 07時42分25秒
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