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2005年12月29日
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今日は私のSOUL人生において忘れてはならない人をご紹介します。

彼とはダンサー、DJ、バンドと幅広いお付き合いの中で、私とってはかなりの影響を受けた人物でもあります。

彼はジョージア出身のミュージシャンで、ミリー・ジャクソンやアル・グリーン等のバックを経て、カリフォルニアでバンドデビューをした正真正銘プロのミュージシャンでした。
彼のデビューバンドは「HOT SNOW」と云い、後年「もんた&ブラザース」でドラムを叩いていたマーティン・ブレイシーがメンバーとして参加していました。結局2枚のシングルをリリースして解散。その後新たなバンドを組んで日本にやって来ました。

彼との出会いは、私がバッドチルドレンというダンサーズを率いて新宿の歌舞伎町にあったトゥモローUSAというディスコでした。
私の第一印象はというと、黒人というよりはインド人ではないかと思っていたほど彼のファッションは奇抜で、トレードマークのターバンのせいかもしれませんが、それまで付き合ってきたブラザーとは相当に違って見えたのでてっきり異人種だとばかり思っていました。

Bro.Joe

なんてったって、それまで知っていた黒人というのは全てGIばかりでしたから、実際にショービズで生計を立てているモノホンのブラック・ミュージシャンなんてものは理解の範疇を超えていたわけです。

ともあれ四六時中ほぼ毎日顔を合わせていれば、次第にその人柄やバックグラウンドなども解り始める訳で、「SOUL=黒人」といってもそれはそれは奥行きのある世界なのだということをあらためて思い知った出会いでもありました。


なにせ当時は黒人というだけで崇め奉っていたようなディスコ界隈でしたから、その黒人社会の中にもきちんとしたヒエラルキーや地域文化的なカテゴリーによって分類がされていることすらも知らなかったわけで、ファッションばかりが先行してSOUL、ソウルと騒いでいただけの単なるお調子者が当時のソウルマンのほとんどだったような気がします。
そりゃそうですよね。私たち日本人だって、同じディスコの中で遊んでいたってDJとかバンドとして働いている人間と、お客で遊びに来ている人間が同じ視線で社会や時代を見ているわけではありませんから、それをひっくるめて一口に「ディスコ」では括れるはずがありません。

ということで、このジョーからはアメリカ文化というか黒人文化というか、生のSOULをレクチャーされたようなものでした。
年齢も相当開きがありましたから、当時の彼にしてみれば私なんぞは甘ったれの小僧程度でしかなかったと思います。
それでもかなり突っ込んだ付き合いをしていく中で、単なる同僚、友人を越えた関係になっていきました。
音楽や黒人文化だけではなく、人生感や日米文化の体質の違いなどもこの頃からしっかりと目覚めて行きました。
そういう面からみても、彼との出会いは私の人生の中で大きな節目となりました。

語り始めると思いばかりが先立ってしまってまとまらないので、引き続きあらためて明日また書きますね。






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最終更新日  2005年12月29日 08時58分58秒
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