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2006年01月11日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日の続き「壬生義士伝」について語り足りない部分があるので、もう少しノーガキをこきます。

この物語は盛岡出身の下級武士である吉村という侍が、凶作による飢餓に喘ぐ一家の窮状を救うため藩を捨て「出稼ぎ」に出るところから始まります。
彼が見出した「金策」というのが、幕末の動乱期に色々な思惑から組織された「新撰組」に入隊することであり、やはり同様な考えから集まってきた脱藩者達と共に日本国の革命という時代の大きな波に呑み込まれていく「侍」の姿が描かれています。

徳川幕府が長い年月をかけて築いてきた日本という国のパラダイムが、新しい価値観によってそのすべてを書き変えられていった時代を背景に、その時代の流れに翻弄されつつもあくまでも家族の愛に拘って生きた一人の男・武士を中心に物語は展開されていきます。

いわゆる明治維新・幕末に関しては数多くの著作が出ておりますので、深くは触れませんが、まあいつの時代も一般庶民にとっては目の前にある日々の暮らしこそが現実であって、時代や国というものを大きな視野で見るほどの余裕はないわけであります。
ましてや自分がその時代を動かしているのだ、などという志や自覚を持って生きた者はやはりごく一部の人間だけであったと思います。
大方の者たちはその時代、世の中の混乱のドサクサに紛れていかに生き延びるか、いかに良い身分を勝ち取るかということだけが目的だったわけで、これもいつの時代でも変わらないことではないかと思います。

この物語の主人公も「大義名分」を利用して、家族を養うため出稼ぎに出たわけですが、なにせ革命ですから今で言うところの内戦状態なわけで、体制側につくか反体制側につくかはちょっとした博打のようなものであったでしょう。
さあそして、この主人公は女房子供を飢え死にさせぬために一生懸命に金を稼ぐわけですが、彼の商売はもちろん人斬りであります。

もちろんどんな形にせよ戦争とは大義名分によって行われるものですが、内情は利権の争奪戦であり、所詮は資本家のための権力闘争でありますから、その戦争の末端に位置する前線の兵がお金の為に人殺しをするのは当たり前なわけで、大量に相手を殺戮した場合などは「手柄を立てた」ということで表彰までされてしまうわけです。

とまあ、物語の大筋はこんな感じですが、もちろんこの大筋には色々な肉付けがされているのでこんな感単に説明が付くものではありません。
ご興味のある方は本でも映画でも是非ご覧になって下さい。

というわけで私が一番感銘を受けたのが、「ヤツはオレ達の良心なんだ」という部分です。これは物語の中で主人公と対比されて描かれている、非常にクールで人を斬ることだけを生きる目的とした斉藤という男の言葉で、その男は自らも人間を否定して生きている侍であり、その斉藤がこの主人公である吉村という武士を指して言った言葉です。

そして主人公の吉村はこう言います。

「私は生きるために人を斬る。私はまだ死ぬわけにはいかないんだ」

斉藤は新撰組という傭兵部隊で殺戮を重ねていくうちに、主人公の吉村という男の生き方を見極めていきます。
それは、自分の所属する新撰組のためでもなければ藩のためでもなく、徳川幕府や新政府でもなく、もちろん朝廷や天皇のためでもなく、只ひたすらに自分の家族を飢え死にさせないために人を斬って金を稼ぐという献身的行為に貫かれています。
そして、その彼の生き様が体現しているものこそが、人としての「良心」であると言ったのです。

映画では描かれていませんが、原作では最後にその良心が生み落とした「種」が「実」を結んでいくところまで書かれています。
時代は変われども今私たちが暮らしている世界とどれほどの違いがあるでしょうか?

私にしても、生きるためには数々の人の人生を踏みにじって来たわけで、それはとりもなおさず人間の人間たる所以でもあります。
そして私たちは今も、必ずこの世界のどこかに人間の「良心」を見ているのです。

少々俗っぽい話になってしまいましたが、人の生活、人生の中で時折垣間見ることのできる「良心」が、いわゆる宗教で言うところの「神」の存在ではないでしょうか。
しかしながら、哀しいかな「良心」はほんの束の間の存在であり、現れてはすぐに消え、時間という流れの中に埋没していってしまいます。

朝のTVニュースで流れる惨事、無慈悲にも失命された人々が映し出され、これらの現実を目の当たりした私は心の中から沸き起こる深い哀しみに包まれます。

そして今私は今日のお昼ご飯の心配をしています。
これが私という人間です。そして私はこうして誰にでもできる評論を書いているのです。

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最終更新日  2006年01月11日 09時45分01秒
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