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2006年02月14日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日はバレンタインズ・デイです。
きっとニッポンではチョコーレートが飛ぶように売れているのでしょうね。
恋人たちにとってはクリスマスと並んで、二人の愛の思い出作りには欠かす事のできない楽しいイベントのひとつでしょう。
恋に落ちている若い皆様には、是非とも心に残る想い出を作っていただきたいと思います。

しかし恋する気持ちというのは不思議なもので、いくら歳を取っても持ち続けているものなんですね。
というか、本人は歳を取っている自覚がないというか、体というハードは段々衰えて中古化していくのは解っているのですが、心というソフトは昔からさほど変わってはいないのです。
ただ、悲しいかな、体験や経験を重ねていくうちに、人生にはパターンというものがあることに気が付いてしまうので、次第に感受性が鈍くなっていってしまいます。
だからこそ、未開の地へ足を踏み入れようともがくわけです。

まあ言ってみれば、食道楽の上手いもの探しのようなもので、まだ食したことの無い味を求めてさまよっているといった感じでしょうか。

未だ感じたことの無い「何か」が未だどこかにあるはずだ。
そんな感覚を持って、刺激的なことを求めてはやまない人間の性のようなものです。
この感覚が危ない方向に向かってしまうと、一般常識を逸脱した「快感」の世界へ引きずり込まれたりしてしまうので、年齢と体力を考慮しながら生きなければなりません。

もうひとつ、過去の残像を求める人たちが意外と多いことも事実です。
特に若い頃チヤホヤされた人にこの傾向が強いようです。
かくゆう私もそのひとりで、その昔、狭い世界ではありますが、ちょっとチヤホヤされたものですから、良い歳になってもそのクセが抜けきれず、大人になる(笑)のに随分と苦労しました。
そりゃ、いくつになっても遊び続けることができるのならば、誰だって遊び続けていたい訳で、それで実生活がうまく営まれていけるのならば、そんな幸せなことはないでしょう。
いくつになっても恋した時のフワフワした気持ちを持続できたら、人生はいつでもパラダイス、最高の毎日でしょう。

まあ、そんな夢のような人生を歩める人が全くいないとも言えませんが、フツーの人はやはり年齢と共にあきらめざるを得ないのが現実でしょう。
ただねぇ、時々いるんですよね、抜けきれていない人が、たま~に現れるんです。
往年のプレイボーイ、プレイガールみたいな感じでしょうか。


良い歳コイたカッコマン的アホなトチ狂い野郎は別として、男の場合は社会に揉まれて磨かれていくのか、割と渋味を伴ったカッコ良さを体現している人も多く、同性から見ても良い歳の取り方をしてるなあ、と感心させられることもあります。
逆に女性の場合は、やはり外観に拘るというか、外見が第一というか、ファッション性に重点が置かれているようで、その中味まで体現されている方が少ないのは少々残念です。
この違いを道楽者的な解釈試みますと、男女の関係はある年齢を境にして逆転していくのではないかと思うのです。

思春期の一番多感な時期は、女性の方が早く「大人」になっていきます。
この頃、男は未だ子供と大人の境をうろついておりますので、同世代の女性から見ると頼りないガキのような存在であるわけです。

たまに運の良いヤツは包容力のある年上のお姉さまに恋の手ほどきなどを受けて成長しますが、ほとんどのガキ野郎達はこの屈辱をなんとか乗り越えようと社会への取り組みに一生懸命となり、生活設計なども考えつつ大人になっていきます。

一方、多少の背伸びはあるものの「大人の女性」となりつつある女たちは、父性的な包容力のある年上の、しかもある程度経済的余裕もある大人の男に惹かれていきます。
時々、運の悪い女はその見かけに騙されて妻子持ちの親爺の手に掛かり落とし穴にはまったり、親子ほどの歳の差のある恋愛により一層大人への階段を駆け上がって行ったりしてしまいます。

数年を経て、男性も女性もそれなりに社会と人間の関わりの中で、自分の人生を冷静に受け止められる年齢となります。
ここらでようやく、自分のサイズにあったパートナーとめぐり会うわけです。
ところが、ここで落とし穴にはまった数人の男女はそのトラウマからか、多少の関係では満足できずに更なる試練の道を歩むことになってしまうのです。

思春期に憬れた女性にガキ扱いされた男は当時の残像を追い求め若い娘に走ります。
思春期に大人の男に教育を施された女性は実らぬ恋から醒めても、それ以上の男を追い求めますが、男が自分に求めていたものは単なる「若さ」だったことに気付いた時には、その一番の魅力だったものがすでに翳りを見せ始めていることを悟ります。
男はその社会的位置や経済力から、思春期の残像を求めて若い娘を追いかけますが、結局はその「若さ」を手に入れることはできても、心の穴を埋めることはできません。

恋する彼女にガキ扱いされたために、一人前の男を目指して社会的立場を得ることに執着した男と、その若さという美しさを、花を愛しむように大事に扱ってくれる大人の男を求め美貌を磨くことに執着した女、そのどちらもお互いに失ったものを取り戻すことが出来ない男女は未だにこの空回りから抜け出すことができません。

ということで道楽者爺のくだらないノーガキですが、私は個人的にはやっぱり女性の方が損かなと思います。
若い時分は「ダッセー!」とか「つまらないヤツ」とか言われた男でも、歳喰ってそれなりの社会的立場につくと、やはりそれなりの若い娘がチヤホヤしてくれます。
それがたとえ商業ベースだとしても、若い時分の鬱屈した思いはそれである程度は解消されるように思えるのです。
片や、女性の場合は、若い時分に蝶よ花よとチヤホヤとされた分、余計にその外面に執着せざるを得ません。しかも若いうちからある程度出来上がった男性を見てきていますから、多少の男では中々に満足できません。

ちなみに私は欲望の赴くまま人生を踏み外してしまった大馬鹿野郎ですので、どちらのパターンにも当てはまりません。それなりに社会の底辺でうごめく単なる道楽親爺です。
そして道楽親爺から女性の皆様に一言。
私も若い頃は女性の容姿にばかり拘ってその尻を追い掛け回しておりましたが、結局歳を取った今も容姿はともかくやっぱり若い女性に鼻の下を伸ばすだけの、単なるスケベ爺にしかなりませんでした。
男なんてものはみな結局こんなアホなものです。
ですから、若いうちはつまらない教養や道徳などに洗脳されず、その若さを十分に高い価値として人生を楽しんで下さい。

「おねーちゃん可愛いね、寿司でも食いに行こうか」

などと少々胡散臭い爺に誘われても、臆することなく連れて行ってもらって、トロだのウニだのイクラだのと普段食べれそうもない高価な食材を思い切って堪能して下さい。
そこで妙な迫られ方などした場合には、「あーおいしかった、ごちそうさま~。じゃお父さんにしかられるから早く帰ります」などと言ってしっかり割り切って帰途につきましょう。
ということで、今日はバレンタインズ・デイですから、貴方の若さを十二分に発揮してより良い人生をエンジョイして下さい。

若い男性諸君は、今の青春を彼女とエンジョイしたければ一生懸命働いてお金を稼いで彼女を喜ばして上げて下さい。
女性とのお付き合いには程遠いという君は、鉄の意志でベンキョウして良い会社に入るか起業して大金持ちになって、後年若いおねーちゃんを片っ端から口説きましょう。
今の女日照りを克服する努力をするよりは、後年に望みをかける努力をした方が確率は高いと思いますから頑張って下さい。BOMB!!





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最終更新日  2006年02月14日 10時38分33秒
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