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2006年03月09日
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今日はこの訃報から70年代の黒人映画を振り返ってみたいと思います。

ゴードン・パークス氏(米写真家、映画監督)ロイター通信によると、7日、ニューヨークで死去、93歳。死因は明らかではない。

 1912年、カンザス州フォートスコット生まれ。ホームレスを経験しながら多くの職を転々とし、中古のカメラを買ったことをきっかけに写真家となった。40年代末に「ライフ」誌に入り、同誌で初めての黒人カメラマンに。ファッション誌「ヴォーグ」のカメラマンも務めた。

 カンザス州の貧しい家庭に生まれた黒人を描いた自らの小説を基に、69年に映画「知恵の木」を初監督。代表作「黒いジャガー」(71年、原題シャフト)は、黒人俳優を起用し観客も黒人層をターゲットにした「黒人映画」の先駆けとなった。息子のゴードン・パークス・ジュニア氏も映画監督。

私はこの映画をリアルタイムで見てはいません。
というか日本で公開されたのかどうかも知りません。
タイトルに邦題が付いているところを見ると、劇場公開はされたのかもしれませんね。
当時は映画より音楽が先に入ってきて、映画そのものは見ずともディスコヒットは必ずサントラとして流れ込んで来ていましたから、SOULファンは「音」だけ聞いて映画の内容を想像したりしていました。レコードジャケットの写真とか見て、ストーリーを勝手な想像で膨らませたりしてね(笑)


シャフトも、昨年ビデオショップの中古コーナーでDVDを見つけて買ってしまいました。
何十年ぶりに目にした映像はヤッパリ古くて、ストーリーも今見るとかなり稚拙で、ノスタルジー以外の何ものでもありませんでした。
でも、オマケについていたアイザックヘイズのデモ編集風景は良かったですね。
当時の楽器や録音機材もかなりレトロでしたが、とりあえずバンドで「一発録り」してアレンジを考えながら進めていくみたいな雰囲気は大変に懐かしい光景でした。
また、当時のファッションが凄い。(笑)
Black is beautiful そのまんま、当時自分たちが憧れた黒人ファッションがノスタルジックな気分を更に盛り上げてくれました。

そういえばこの「シャフト」はサミュエル・ジャクソン主演で近年リメイクされてましたっけ。
主題歌も、後にバーケイズがSon of ShaftというHITにつなげるほど、当時のインパクトは凄かったことが想像できます。
黒人による黒人のための黒人映画、更に音楽もSOUL一色、そんなプロパガンダにも貢献したのでしょう。
映画とサントラの関係で言えば、SOULの大御所が続々と映画音楽に着手して行ったのもこの時代です。そういった意味でもシャフトはエポック・メイキングだったと思います。

クレオパトラ・ジョーンズ/クインシー・ジョーンズ

スローター/ジェームス・ブラウン
スーパーフライ/カーティス・メイフィールド
などなど・・・・・。

スーパーフライは確か日本でも劇場公開されたのではなかったですか。
私は何故か日曜洋画劇場で見ました。しかも吹き替え版で。(笑)

主役は白人、ヤク(ドラッグ)の密売人とシンジケートの話で、当時のアメリカ文化の憂鬱と矛盾をうまく大衆路線にして見せてくれました。
サントラも大ヒットしました。ファッションもスーパーフライなんていう帽子が流行ったりして、やたらと幅の広いパンタロンスーツにマキシコートなんかも着込んだ覚えがあります。

このころはディスコヒットと直結していたせいか、ほとんどがアクションもの、ハードボイルド系だったですね。
最近はもっぱらコメディー系になってしまいましたが、これもやはり時代の流れなのでしょうかね。
70年代も後半になるとカー・ウォッシュとか、黒人社会の日常を描いたドラマなども登場してきました。
そして極めつけは「ルーツ」でしょうね。
これは日本でもテレビ放映されて相当の反響を呼びました。
クンタ・キンテが奴隷としてアメリカに連れて来られてから現在に至るまでの一族の歴史は、アメリカ近代史の中での黒人問題をきちんと捉えた秀作でした。

まあ、結構お調子者のニッポン人はこのドラマに刺激されて、アメリカの人種差別問題に首を突っ込んだりしましたが、単一民族思想の島国育ちのニッポン人がそう簡単に意見を言えるほど単純な構図ではありませんね。

70年代後半は黒人が白人(というか全米という)社会への切込みを行った時代でもあります。ディスコという時代のムーブメントを利用して、黒人社会の枠から真のメージャー展開をはかった時代ではなかったでしょうか。
でも黒人ファンにとってはちょっと寂しい感じでもありました。
エディ・マーフィーだって、サタデーナイトライブに出ていた頃はムチャクチャ面白かったのに、ハリウッドに行ってからは大衆コメディアンから庶民のアイドルに成り下がってしまいましたものね。まさかディズニー映画に出るとは夢にも思いませんでしたよね。

ということで、またまた道楽者の話は脱線してしまいましたが、突破口を開いた「人」というのは案外評価が低かったり、時代の影にかすんでしまったりして、きちんとしたポジションを得ていないように思いますね。
言うなれば、ゴードン氏は、後に続く黒人監督スパイク・リーなどメージャー進出の先鞭をつけたアーティストとしてきちんと評価してあげたい人物の一人として、心から氏のご冥福をお祈りしたいと思います。





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最終更新日  2006年03月09日 09時09分01秒
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