非生産活動推進委員会

非生産活動推進委員会

PR

×

プロフィール

RONNYジイ

RONNYジイ

コメント新着

バンドマン@ Re:昔の歌舞伎町スケッチ・フォーカス(笑)(03/29) 懐かしすぎる会話に感激しております、 こ…
沖縄県宮古島出身です、@ Re[21]:赤坂シンデレラの最後(08/18) 樋口 和彦さんへ 本当に、次郎さんと五郎…
アミちゃん@ ジョイの訃報😢 nikumaruさんへ 連絡有難う御座います。ジ…
マチャアキ@ 想い出 岸本さんですね 懐かしく読ませて貰いまし…
マチャアキ@ 岸本さんだよね このブログを読んで昔の記憶が蘇って来ま…

お気に入りブログ

まだ登録されていません
2006年04月03日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


高校生ファッションも都立と私立とでは随分と違っていましたね。
当時、都立高校は制服(学ラン)から私服へと変わり始め、男女共学ということもあってか比較的カジュアルな感じでした。まあ、無難なところでアイビーみたいな感じでしたかね。
反して私立はガチガチの学ラン派が殆どでした。

ちなみに私の母校では学ランからブレザーに変わって、サラリーマン養成学校のように毎日みんなでネクタイを締めて通学しておりました。
都立の私服化に伴って私立のブレザー化が普及し始めた時代でもありました。
この当時、週刊平凡パンチに高校生ファッションの特集が組まれ、帝京高校のツッパリが写真入で紹介され、リーゼント、長ラン、ボンタンなどのツッパリブームに火が付きました。

っていうか、いつの時代もそうなんですけど、こうしてマスコミが取り上げた時点ですでに本当のブームは終焉し始めているんですけどね。
それでも具体的にファッションの説明が施された特集記事に、血湧き肉踊らせたツッパリ小僧1年生たちは、そのカッコ良さにシビレ、猫も杓子もリーゼントにボンタンで一気に盛り上がったのです。



「おお、そうか、ハイカラーは上着の丈に比例するのか~、勉強になるなぁ」

などと妙に納得したものでした。
ハイウェストの高さや、ダブル裾幅、ベルトの種類などこと細かに記された内容は、当時のセンスの集大成でありました。(笑)

とは言うものの、このようなツッパリ・ファッションはまだまだ社会的地位を得てはおらず、実際の時代の流行とは別のものであり、あくまでも一部のティーンエージャーの流行でありました。
一般的大衆の間では、学生運動~ヤクザ映画~ロック~フォーク~元祖アイドル等など、新しい波に呑み込まれては右往左往する青春時代でもありました。(笑)
何故かこの時代は、学生運動=東映任侠路線=ハードロック&フォークというような等式があり、新宿は特にこれらが混沌とした街でもありました。
そういえば藤圭子もバリバリだったですね、この時代。

背伸びして学生運動に参加して、屁理屈こね回す高校生がいるかと思えば、長髪にクスリ飲んでヒッピーを気取るヤツもいたりして、更に神田川周辺のアパートで同棲生活を夢見るヤツら(笑)などもいて、一体オレはどの道へ行けば良いのだ、などと悩んだ時代でもありました。右翼に傾倒して教育勅語かなんか読んで広めてたヤツもいました(大笑)
全体的な流行で言えば、私らの上の世代は長髪にベルボトムのジーンズ履いてフォークギター弾く四畳半フォークみたいなのが多かったし、フーテンとかいう言葉が出始めたのもこの頃だったですね。クスリとかシンナー遊びなども出てきました。
また、ちょっと軟弱なフォーク路線とはうって変わってやたらデカイ音でガンガン行くハードロックみたいなのも盛り上がっておりました。

私自身もハードロックにはかなり傾倒してエレキギターなんぞも買い込んだりしましたが、同時進行で進むツッパリの道も捨てきれず、二階のマリちゃんにも憧れたりして、多感な思春期を送っておりました。

そういえば、アイドル見たさにNTV紅白歌合戦なども渋谷公会堂に見に行った覚えがありますね。ボンタン履いて(笑)
でもって公会堂の周りにはバイク軍団とか蛇腹の学ラングループとかも結構いましたね。
爺臭いカッコしてるくせに真理ちゃん見に行ってたんですからお笑いです。
クラスのアイドル追っかけグループのガリ勉君たちとも顔合わせたりして、翌日ガッコで顔あわせるのが照れくさかったりして、余計に突っ張っちゃったりして(笑)

単車連中もまだこの頃は純粋にレーシングチームっぽいセンスがありました。

ファッションもライダーズ・ジャケットみたいな革ジャンにアポロキャップ被ったりして、街道レーサーを気取っていました。
集会とかいってもまだまだ大人しいものでしたが、いつ頃からあんな無茶苦茶な団体になって行ってしまったのですかね。まあ、バカが集まって所帯が大きくなると、色んなヤツが出てきて勢いに乗って行ってしまうものなんですね。

というわけで、何故かちっともファッションの話になりませんが、当時の突っ張り小僧のアクセサリーを振り返ってみましょうか。

化粧品で人気が高かったのは資生堂のブラバスでした。
ちょっと高価な男性化粧品でしたが、柑橘系の香りに痺れた小僧が沢山いました。
サイドバックを固定するチックもかなり必需品でした。
ポマードは艶出しにはもってこいなのですが、乱れやすいし汚れがつき易い、ってことでオールドスパイスのチックとかMG5のチックが重宝されました。

ちょんバッグと呼ばれる親爺の通勤カバンが流行りました。
なんのこっちゃねん、ってなもんですが、薄くて軽いバッグをぶら下げるのが不良のステイタスでした。特に茶色いカバンは人気が高く、がに股にペラペラのカバンを振って歩く姿に痺れました。

貝印の髭剃りは1本10円で切れ味も鋭く剃りこみにはもってこいでしたが、なんせ一枚刃ですから傷だらけ血だらけなんてこともザラにあって、剃りこみがどんどん失敗して終いには坊主なんてこともありました。
床屋で剃りこんでもらうヤツもいましたが、深さを競う「ソリ」はやはり自分で入れなければなりませんでした。

一文字、三面と呼ばれるつま先が光った革靴がおしゃれでした。
「カンサイ」などとも呼ばれてました。かかとに金具打ってカツーン、カツーンと音立てて歩くてるとっちゃん坊やもいました。

とにかく一言で言って、爺臭いものがすべて「シブイ!」とされて、ステイタスを守っておりました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年04月03日 11時00分19秒
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: