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2006年04月11日
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70年代中期、「バンプ」という踊りによって従来の「踊り場」が一般庶民(笑)に開放されたのと同時に、ディスコティックという言葉が巷を賑わせ、新しいお店が続々と開店していきました。

その手の雑誌や本などではこの「バンプ」という踊りが、ディスコに革命を起こしたみたいに表現されていますが、実際にはブームというほどの騒ぎでもなく、猫も杓子もディスコになだれ込んだとは言うものの、相変わらずフロアでは一般大衆に紛れてステッパーたちがソウルシーシーやチャチャなどを繰り広げたりもしておりました。
時たまシッタカ野郎が男同士で尻をぶつけ合って「これからはバンプだぜぇい!」とか叫んでおりましたが、男同士で尻ぶつけ合って何が楽しいの?みたいなもんでしたね。(笑)

ただ、アメリカでは(っていうか黒人たちは)、踊りはペアが原則みたいなことになっているのだということをそれとなく知らしめたのが、このバンプではなかったかと思います。
もともとニッポン人には男女ペアになって踊るという風習(笑)はありませんでしたから、これはフォークダンス以来の衝撃ではなかったでしょうか。(ほんとかよ)
まあ、いずれにしても、一般市民を「踊り場」に誘い入れるきっかけにはなったはずです。
さらに体をぶっつけて踊るってことも、男女が面と向かって踊り合える口実にも繋がり、そういう意味では「ステップ」に続く新しい「踊り場」の型が登場したわけです。

なんせそれまでの「踊り場」っていうのは、チークタイム以外は男女一対を単位としていませんから、隊列組んで並んで踊るという、言わば人格無視、男女無差別、徹底的に個の主体性を押し殺した軍閥的状態でありました。(笑)


男と女の愛の表現(くっさぁ~)あるいは男と女の出会いを演出するダンスになるはずだったステップも、結局は盆踊りの域を脱せなかったってことでしょうか。(笑)
まあ、考えてみればリズムアンドブルースで踊るという、このパターンを普及させようとしたステップ創始者の願いも実際にはこんなところにあったのではなかったかと思います。
R&Bで踊ることを広める手段として、入門者用のカタである「ステップ」を普及させてみたら、実際にはその理念とは裏腹にこの「ステップ」は個の感性を一切認めない流儀になってしまった、そんな感じでしょう。

更に巷の不良の間では相変わらず「パーティー」などのステップ大会は続けられておりましたし、相変わらず昔ながらのステッパーが仕切ったりもしておりました。
ただ、この頃になると実際にステップバリバリで踊っていた現役兄貴や姐御もそれなりに歳喰って引退していきますから、その時代の「遊び」の本質はずり落ちてしまい、その技としてのステップだけが形骸化して受け継がれていったのだと思います。
「この曲はこのステップで踊らなければいけません」みたいな儀式化というか諸式化が行われたのでしょう。本来、ダンスなどというものは基本の型こそあれ、各自が感じたままに踊るのが当たり前なのですが、どうもニッポン人は個性というのが苦手な人種だし、反面こういった所作諸式が大好きな民族ですから、地元の青年団の団長あたりが音頭を取ると後に続けとばかりに皆一色に染まっていってしまいます。
えー、まさに和を持って尊しとする、聖徳太子の教えですね。(笑)

そんな時代に花開いたソウルブームのきっかけがバンプだったのです。
確かR&B=SOULもニューソウルなどと呼んで、やたら新しさを強調していたように思えます。

ところがここでまたひとつ時代の流れが歪な動きを見せ始めます。
今までの「踊り場」という一種独自な遊び場がオーバーグラウンドしてくると、当然それに合わせた受け皿が必要になってきます。

俗に言う大型店の進出ですね。

R&Bとダンスを普及させようと奮闘した「ステップ」創設者たちの念願がここにきてようやく叶ったわけですが、「ソウル」=「ディスコ」が広く一般大衆に受け入れられるような時代が実際に到来してみると、これらの創始者が活躍していたお店は、逆に時代の流れに取り残される結果となっていってしまったのです。
老舗とか名門とか、形骸化したステップを信奉する一部マニア以外は、こぞって新しいお店、新しいスタイルへと群がっていきます。
さあ、そうなってくるとステップ信奉者たちは、より意固地になって「古い」ものへのこだわりを押し付けてきます。
しかしまあ、この頃(74年~76年)はまさに雨後のタケノコのように全国的な規模でディスコが乱立していった時代ですね。

「一元さんお断り」みたいな常連たちが取り仕切る意固地な店よりも、誰でもどうぞ、いらっしゃいみたいな店が増えれば客足も当然なびいていきます。

こうしてディスコという遊びのスタイルが世間一般に浸透しはじめたころのお客の流れは、大きく言って三つの層に分けられると思います。
ひとつは古来からの伝統芸ステップ(笑)を引き継ぐ踊り場不良組、ふたつめは「踊り場」時代を経ずしてディスコから入った一般大衆組、みっつめは「踊り場」にも多少出入りのあった、とりあえず踊りの流れは知っている中間層。
そんなマーケティング・セグメント(笑)から、受け皿であるお店の方向性がおのずと導き出されていきました。
まさに時代の流れといったものでしょう。
更に元々のSOULミュージック自体がディスコというマーケットにうまく乗って、次々とメージャーヒット、いわゆるダンスミュージックが登場してきて流行歌=POPSのヒットチャートを席巻していったのです。

覇者交代の時代

そんな感じで過去踊り場の花形スターだった常連ステッパーたちは、ニューソウル=フリーダンスに転向するか引退を余儀なくされたのでした。
そして新しいディスコの覇者、アフロヘアーに黒人ファッションのソウルマンたちの登場とあいなったわけです。
まあ言ってみれば時代の認めた「カッコ良さ」=「流行」が変わっただけのことでしたが、踊りに関してはここで「ステップ」という「縛り」が外され、踊り場のシキタリ、いわゆる洗脳が解かれたのでした。

「みいんな好きに踊って良いんだよ~」

猫も杓子もタコもイカもごちゃ混ぜにはなりましたが、とりあえず音楽を聴いて感じたままに踊るというディスコダンスが持つ本来の形にはなりつつありました。

ステップは死んだのか?

というと、どっこいこれがまだ生き残っていたのです。
昔は今と違って中央の流行が地方にいきわたるまでにはタイムラグがありますから、東京で流行ったものがすぐに全国展開したかといえばそんなことはなく、ディスコという商売の形態はかなりのスピードで進んで行きましたが、お客の方がついていかないというような状態であったと思います。
ですから、地方でも小奇麗なディスコが続々とオープンはしましたが、お客は相変わらずの古いステッパーが屯するといった具合でした。
これが俗に言う地域別ステップの変遷として、ローカル色豊かなバリエーションを生んだのです。(笑)(特に赤羽とか川口のディスコは凄かった・爆!)

そしてもうひとつ、不良の低年齢化に伴うシキタリの伝授ですね。(笑)
いつの時代も不良に憧れるバカたちはいますから、兄貴姐御に憧れた若造たちはディスコデビュー前にパーティーで「ステップ」の洗礼を受けます。
ここらにも時代の流れとしてのタイムラグがあったのですね。
純真無垢な中坊(中学生組)とかツッパリ小僧一年生みたいな不良予備軍みたいなバカたちは、しっかりとステップ=踊りの洗脳を受けます。

ただ、伝授する先輩にしても、いうなれば「ステップ」二世ですから、その時代を現役バリバリで踊っていたわけではありません。
パーティーにしても、代々先輩方から受け継いだ形式に則って開催されたものですから、そのパターンだけが踏襲されていたようなものでした。
ここで三世たちのマインドコントロールが行われ、「ステップ=ディスコ」という、間違いではないが正解ではないという図式が埋め込まれたのでした。
この流れがいわゆる後付ステッパーとか呼ばれるグループやタケノコとして分派していったのでしょう。
もちろんこれは私の分析に元ずく持論ですから、皆様もそれなりにお読み下さい。
所詮道楽爺のノーガキですからあんまりリキまず楽しんで頂ければ幸甚と存じます。(なんちゃって)
もうちょっと書きたいから、明日につづく・・・・。







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最終更新日  2006年04月11日 09時01分23秒
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