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2006年04月12日
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爺の話は長いので、またまた昨日の続きでゴメンネ。(笑)
ということで、「バンプ」から新しいディスコの時代が始まった、ということにしておきましょう(笑)別にバンプじゃなくても良いんだけど、俗に言うステップ時代が終わったと。
だからと言っていきなりそーゆーステップが無くなったなんてことはあり得ません。
まあ、いうなれば大型店の強みで、広いダンスフロアのあちこちでそれなりに皆が好き勝手踊っていたような感じですか。
ステップあり、バンプあり、ジルバあり、チャチャあり、タコ踊りありってか、まあいわゆるお祭り騒ぎでした。

そんなディスコ一色で盛り上がる若者たちが溢れる繁華街の商戦は、日々益々エスカレートしていきます。
片やステップの老舗「踊り場」は次第に影が薄れて、ステップ愛好家達によって細々と営まれておりました。この時代の老舗を支えたのは、不良の低年齢化が進む中で従来のシステムに則った中高生が過去のシキタリを引き継ぎつつ伝統を守っていたのでした。(笑)
でももうこの頃のステップっていうのは、その昔色男が競い合った踊りとはかなり違ってきていて、フォークダンスみたいなことになってきてましたね。
チャイニーズカンフーとかね。中学生が並んで跳ねてた。(笑)


そんな勢いに乗って本国アメリカから上陸したのがバスストップというステップでした。
踊りの流れから言うと、バンプ→ウォーターゲート→オールドマン→レゲエ→ポイント→ハッスル→バスストップかな。
レゲエあたりまではきちんと順番に流れてきたんだけど、ポイントあたりからは結構ごちゃ混ぜだったですね。
実際にハッスルなんていうのも、あんなペアダンスじゃなかったし、バスストップっていうのも元々はステップじゃなかった。
ファンキードライバーとかとも呼ばれていて、ドライブするアクションを入れたフリーダンスだったんですけど、バスの運転手が乗客乗せて走るみたいな感じから、みんなで並んでステップ踏んでいくうちにそう呼ばれるようになったのではないでしょうか。(これは推測です)

ただ、バスストップという名で残っていったのはステップの方でした。
ハッスルも同様に残っていったのはビクターレコードとディスコ協会が作ったジルバもどきのペアダンス。
だから当時の黒人に「ハッスル」って言ったって意味は通じなかったですね。(笑)
でも私は個人的にこのハッスルは正解だったと思ってます。
バンプ以来のペアダンスですから、ステップやシャカリキ踊り野郎の悪しき習慣を打ち壊す創作ダンスだったと思います。
だから私もハッスルだけはアチコチで踊って広めました。


ということで、ここで登場したバスストップが従来からの伝統芸ステップと合体して、新たなステップブームが捲き起こったのです。
この回想録で繰り返し私が言っている「洗脳」というのがこのことなんです。
ステップで育った若手ダンサーの頭の中には、踊り=ステップ=課題曲という固定概念がしっかりと埋め込まれてしまっていますから、昔からの伝統技ステップ(笑)と革新ステップであるバスストップが別モノであるということも知らず、みいんなひっくるめて「ステップ」として括られちゃったんですね。
更に時代というのは資本社会のルールで回っていますから、ディスコブームが金になると踏んだ大手企業はしっかりと利潤追求に動き出します。
当然利潤追求はディスコ経営者もしっかりと賛同してきますから、全ての利害が一致した、というようなことになっていったわけです。


「なんでもバスストップ」時代の到来です。
課題曲=ステップの洗脳が効率的に生産活動に利用されたのです。
SOULディスコの流れで関わってきたアフロ小僧はみな思ったんじゃないんですか。
「こんなはずじゃなかった」と。

しかし時すでに遅しってことで、「セクシー・バスストップ」がディスコを席巻していきます。
ハッスルで失敗したビクターレコードとディスコ協会のリベンジってことで、これは大当たりしました。昔ながらの「踊り場」から流行り出したステップではなくて、明らかに金儲けの手段として流行らせたステップでありました。

大体、この踊りの基本ステップはバスストップのパターンとはなんも関係ありませんね。
バスストップは原則的に跳ねません。動きそのものは腰を落としてバックビートに後乗りです。だからカッコ良かったんで、あんなに踊り場で跳ねちゃいけませんね。
ということで、このセクシー・バスストップは昔ながらの伝統芸ステップでもなく、黒人が持ち込んできたバスストップでもなく、まったくの別モノ、和製創作ステップでした。

課題曲=ステップが金を生む、の構図は二匹目のどじょう合戦を巻き起こしました。
話の都合上「第二次ステップブーム」とでもしておきましょうか。(笑)

え~、せっかくですからここでディスコの内側についても少しお話しておきましょう。(笑)
私は80年代以降現役を引退しましたので、その後のことはわかりませんが、70年代当時のDJという職業的地位はさほど高くもなく明確なポジションではありませんでした。
私がDJを始めた頃は、その店の従業員(いわゆるウェイターですね)が持ち回りでやったりするスタイルが主でした。ゲットなんかがその典型ですね。
そのうち大型店が進出し始めてくると、チェーン展開とか企画室とか、企業戦略的な経営が主流になってきて、専門職としてのDJが登場してきます。
ここらが乱立したディスコ経営の分岐点ではなかったかと思います。

店の経営、企画部、DJ&照明、というような3部門3柱が基本でしたが、きっちりとこの三つが分かれていたわけでもありません。
私のいたトゥモローUSAなどは店長(社長)のカラーで企画まで決めていたし、マネージメントはDJに一切口出ししなかったりと、それは各店各様の個性みたいなものがありました。
そんな中、少なくとも私はSOUL系アフロ小僧出身でしたから、音楽面ではかなりSOULに固執したし、踊りも「ステップは業界を滅ぼす」というしっかりしたコンセプトを持っておりました。(ふ~ん)
結構生意気なこと考えてましたね。当時から屁理屈が好きだったもんで。(笑)
それでも当然フロントと衝突したことだって何度もあります。

「リクエストかけてやれよ」

「ステップ野郎が多すぎるから雰囲気壊れますよ」

「DJは客踊らせてなんぼだろ」

「ステップのさばらしたら上客が来なくなってガキの溜まり場になりますよ」

「ガキだって金払ってんだから客なんだよ」

「こっちだってちゃんとバランス考えて選曲してんだから任せて下さいよ」

「何でメシ喰ってんのかよく考えろよ」

てなもんでしたね。

まあ根本的には自分自身がステッパーとして「踊り場」時代を経験してきてましたから、あの盆踊り的軍閥主義みたいな感覚がニッポン人から抜けきるまでは、本当の意味でディスコは定着しないだろうと信じていたからです。(ほぉ~)
ステップというのはパターンの繰り返しですから、パターンさえ覚えてしまえばすぐに飽きがきます。それを飽きさせず持続させるには新しいパターンを生み出さなくてはなりません。この繰り返しが続けば自然とパターンのサイクルは早くなってくるし、そうなると生産効率優先になりますから、手当たり次第に新しい楽曲を注入していかねばなりません。
必然的に似たような楽曲が大量生産され、その場しのぎのステップが量産されていきます。そしてある日、見向きもされなくなるほど飽きられてしまう。そんな構図が見えていたからです。(ふ~んそうなんだぁ)

余談ですが、この構図ってなんかニッポン人の体質構造と非常によく似てませんか?
ガッコのテストに当てはめてみるとよくわかります。
同じパターンのテストで良い成績を争うってな感じですね。テストのフォーマットが単一的ワンパターンで、その回答は記憶力にかかっている。
要はたくさん覚えた人が勝ちみたいな。ですから理論とかフォーマットを応用する力は評価されない。能力を評価するフォーマットが同じなんですね。だから絶対にそのフォーマット以上の才能は生まれてこない。仮に出たとしても頭を押さえ込まれてしまいます。
下手すると「村八分」みたいなことで、あくまでも協調性重視の和を持って尊しとする思想で統一を図る。(えーちょっと脱線しすぎですね・笑)

ではフォーマットの応用力のあるステップは無かったのか、というとそんなことはありません。ジルバとかチャチャといった大変奥行きのある素晴らしいフォーマットである「ステップ」があります。
ここがひとつのポイントですが、ジルバもチャチャもペアダンスですね。
チャチャはマンボの変形です。男女が対峙して踊るモダンの流れでいわゆるラテンと呼ばれる系統ですね。ジルバの変形にはサルサがあるし、これは変形というと失礼な表現になりますが、ラテン系の国別、民族別バリエーションです。
ただ基本的にラテン系はSOUL、FUNKのバックビートと違って「前乗り」ですから、根本的なステップは違います。

どちらも基本ステップはシンプルでワンパターンですが、踊りの中にアドリブがふんだんに入るように出来ています。もちろん男女ペアの掛け合いで成り立つ踊りですから、その曲、その場のフィーリング次第でバリエーションは自由です。
(あ~話がどんどん脱線していくなぁ~)
だから未だにチャチャなんてのはディスコでも引き継がれ生き残っているのではないでしょうか。1から10までガチガチのステップとは違いますね(笑)
要は基本ビートの取り方フォームみたいなものですから、ビートをキープさえしていれば、後はどんな踊り方を挟み込もうが自由というステップです。
逆にそのアドリブが見せ場としてダンサーの「粋」さを競う遊びになります。

「此処で右足を上げて2回転して手拍子」とか、そんな細かな振り付けや決まりはありませんね。それはスクールメイツとかの振り付けです。
あとひとつ、私がステッパー時代に覚えたウォーのシスコキッドというステップは、後年プロの振付師さんに教えてもらったモダンのベーシックとほぼ同じでした。
(これも実話です。山口百恵さんの振付師をされていた方です)
でもって、私がその振付師さんにサタディナイトフィーバーの「ナイトフィーバー」のステップを教えたんですが、その時の話の中で、やはりモダンのバリエーションも創作していかなければ振り付けのパターンがマンネリ化するとおっしゃられていました。
それで、ネタを仕込みにゲットのニックさんなどからディスコのステップを教わり、変わりにモダンのベーシックを教えたというようなエピソードをお聞きしました。

そんなステップ創作時代の裏話を聞いて、なんとなくその当時のダンサーたち、つまり私らの大先輩たちが夢中になった踊りへの情熱も、自分たちが今熱くなっているディスコダンスへの情熱も、基本的には同じルーツから生まれてきているのだなぁと思ったりしました。

また長くなっちゃいましたね。
ということで、ようやく自分の言いたいことがハッキリとしてきましたので、もうちょっとノーガキこきたいのでまた明日・・・・・。





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最終更新日  2006年04月12日 07時55分43秒
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セクシー・バスストップ  
yu-ji さん
時代の節目節目のツボを突いてきますねー。

1,右に4歩行って手拍子1回
2,左に4歩で戻る
3.右に1回転しながら4歩で行って手拍子1回
4、左に1回転しながら4歩で戻る
5、ボックス2回(店によっていろいろ違うパターンあり)
6、右足あげて4回けんけんしながら90度右にターン
7、1に戻る 

1曲終わると回転のしすぎで目が回る目が回る。これを浅野ゆう子バージョンで踊らされると「このやろー、客の受けねらいやがって」って全員が苦笑もんでした。体育館みたいに広い新宿ならではのステップでしたね。

本を読むとズンドコ系サウンドとか書かれてて、当時あれだけ大人気だったのに不当に低く評価されてる感じなんですが、あれがビクターレコードとディスコ協会の仕掛けで、アーティストが日本人だったなんて当時は全然知らなかったですね。当時は完璧に業界に乗せられてました。

でもこの曲、踊ってて本当に楽しかったなー。  (2006年04月12日 12時39分32秒)

それでもやっぱりディスコは楽しい!  
RONNYジイ  さん
このセクシーバスストップも原型はモダンのベーシックなんですね。

そのパターンの途中にもっともらしいバスストップっぽい味付けしただけのものです。
考案者はハッスル・ホンダさんでしたっけ。(ムカっ!)
でもね、みんなで踊れば楽しいんですよ。
それだけで良いものを、みんなであーでもないこーでもないってやっちゃうから話がややこしくなるんです。後はね、踊っているのか、踊らされているのかってことですね(笑) (2006年04月12日 15時00分46秒)

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