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2006年04月22日
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金も頭も無く、ただロック音楽に人生を賭けて成り上がっていった男が語る、現代版「豊臣秀吉」みたいなペーソス・ストーリーです。

かくいう私も一時はこの本を読んで勝手に盛り上がったバカのひとりですが、所詮はそこまで成り上がっていくほどの根性も精神力もない、どこにでもいる夢見がちな単なる若者のひとりであって、その本に描かれた泣き笑いエピソードに自身で酔ったというだけのことでした。

まあしかし、あれだけの一大ブームを巻き起こした「エーちゃん」はやはりニッポンのロック史に残るヒーローであることは間違いありません。
とにかく人生にいじけてしまった奴らにとっては、最高のカリスマであったろうし、その言も行動も、日頃抑圧されたいわゆる落ちこぼれ野郎たちにとっては胸のすく活躍だったと思います。(カッコよかったよね)

少々カタチは違いますが、私もバンドを作ってレコーディングをしたことがあったのですが、それが偶然にも矢沢さん率いるキャロルというバンドがデモ録りに使用した時のスタジオだったりして、これはひょっとするとオレもエーちゃんのようにビッグになれるのかなぁ、などと都合の良い夢を見たりしたことが思い出されます。

その後何年かが過ぎ、この本で語られたいくつかのエピソードと同じような場面が自分の周りでも起こり、その時初めてエーちゃんの体験と自分の体験が重なりあって、実感のある自身の哲学となっていきました。
まあ言ってみれば「学習」ってことでしょうか。
先人の言葉に心が沁みたというような感じですね。


私がこの「成り上がり」という本の中で共鳴した体験はいくつかあるのですが、中でも一番印象に残っていて、なおかつ今でも明確な持論として残っているエピソードがあります。
それは、エーちゃん率いるバンドの下積み時代のお話で、地元横浜でもそこそこの人気を得ていた頃、エーちゃんが歯痛で寝込んでしまい、リーダーを欠いたバンドはなし崩しに低迷して行ってしまいます。
そんなバンド・メンバーの間ではそろそろ将来の不安も募り始め、同時に彼らが出演していた店に出入りする若者たちにとっても「遊び」の時代が変わり始めていました。

メンバーの中ではエーちゃんが一番頼りにしていたギタリストの木原氏も、大学へ戻るかプロの道へ進むかという岐路に立っていました。
そんな状況でエーちゃんは歯の治療を終えてバンドに復活してきましたが、ほんの数ヶ月の間に周りのもの全てが変わってしまっていたことに気がつきます。
彼らのバンドに熱狂した「客」たちも時代の終焉に向けて一人二人と社会へと出て行きます。当然彼らのステージもジワジワと追い詰められていくことになり、同じ時代を生きた仲間がここでひとつの節目にぶち当たります。

そして、木原氏から最後通告を受けるエーちゃん。
矢継ぎ早に話題を繰り出すエーちゃん、何とか木原氏の口から「別れ」の言葉を出させないようにと願う、そんな追い詰められたエーちゃんが一番頼りにしていた相棒から別離を告げられるエピソードです。(ちょっと男女の別れ話にも似た情景でした)

ある時期を同じ熱狂の中で過ごした仲間。
熱病にかかったような青春の一時代。
あたかもそれが自分達の全てであるような狂気に満ちた時代に翳りが見え始める頃。

そして帰るところのあるヤツらだけがその帰るべく場所に戻って行き、帰るところのないヤツらはそこでしか生きていけないことを受け入れるしかない。
その、時代にひとり取り残された時の疎外感、孤独感は、体験したことのない人には絶対に理解できないものだと思います。

どんな時代でも、どんな世界でも、このような大きな分かれ道は必ず存在し、選択するのは自分自身でしかなく、この選択を評価できるのも自分自身でしかありません。
でも私は、二つの生き方を秤にかけた時にどちらを選んだかという解釈ではなく、実はすでに選んでいた人生を生きているという解釈を持論としています。
だからその根底に流れている「帰るところの無い」ヤツらというのは、すでに岐路に立つ前に帰るところを捨てているのです。


私の体験で言わせてもらえば、1970年代後半のディスコという非常に狭い世界の話ではありますが、やはり時代の流れに衰退していく過程でDJ仲間やバンド仲間も一人二人と消えていきました。
ある者は大学生に戻って行ったり、ある者は稼業を継いでいわゆる一般社会人となっていったり、役所に就職したヤツもいました。
結局残ったヤツらの顔ぶれを見ると、やはり時代の始まりから関わってきたヤツばかりなんですね。
これはどういうことかというと、もう戻れないところまで来てしまっている自分をよく知っている、というか初めから選択肢がないんです。逃げ道がない。

そうして振り返ってみると、学生に戻っていったヤツらなんていうのは、一番要領の良い部類で、もう初めから帰ることを前提に遊んでいるわけですね。
要は同じ世代のグループの中でちょっとカッコつけていたい、というようなファッションの世界でしかない。元々そんなリスクのある生き方を本気でしようとは思っていません。
いずれは大学出て企業に就職して、みたいな漠然ながらもある程度の生活設計があって遊んでるわけです。滑り止めみたいな感じでしょうか。
とりあえず大学出てれば何とかなるだろなんてのが殆どですね。
当然、そんな片手間で遊んでるヤツらに、時代をクリエイトしていく感性など生まれるはずがありません。
稀に、もの凄い感性、才能があって人生の岐路に立つ人間もおりますが、そういう逸材はどっちに転んでも名を成していますね。(笑)

よくアマチュア・バンドとかに多いのもこの手の連中で、上手くいったらそっちに行く、みたいな考えです。では、その「上手くいく」っていうことの正体ですが、言わずもがな、それは安定した生活ってことですね。あわよくば大金掴むみたいな。
食べるのに困らない生活があって、世間にチヤホヤされつつ、自分の好きなことをやっていく、というような限りなく都合の良い夢に乗りつつ、しかもダメなら学生に戻ってテキトーに勉強して卒業すればどっか就職はできるだろ、みたいなマスタープラン(笑)ですか。

もうお分かりですね。
彼らの底辺に流れている考え方というのは、社会に出て人並みな生活をするということが全ての前提になっているということなんです。
とりあえず安全な経済社会のシステムの一部には籍を置いておいて、ロックだソウルだパンクだ、ハナだチョウーチンだと屁理屈こいては遊んでいるわけです。

一方、これらの選択をすでに蹴り飛ばして遊び一本で突っ込んでいったヤツには、社会人としての人並みな生活は出来るにこしたことはないが、さほど期待はしていません。
というより、安定した生活をするために業界に入ったわけではありませんから、そんなことよりも好きなことに全身まみれて関わっていたいという欲求の方が強いわけです。
後先考えずに飛び込んでいったというような、結構行き当たりバッタリな人生を歩き始めたのですが、同時にこれでメシを喰っていかなければならないという命題も背負い込んでいますので、傍で見るほど気楽でもありません。
そうこうして育まれていく感性が時代を引っ張っていくわけですが、それでも才能の無い人間だって当然いますから、これは可哀想でも仕方の無いことで、本人の努力やキャリアだけではどうにもならないことだってあります。

それでも、どーしてもそれが好きで辞められないっていう往生際の悪いヤツ、もうこれしかないから何とか生き残ろうとしてジタバタしているヤツ、戻るはずのガッコからも蹴り出され、業界からも弾きだされてしまったヤツ、そういうロクデナシ野郎達こそ、私の愛すべき「戦友」たちなんです。
逃げ場の無い生き方こそが、私にとって唯一信じられるリアリティなんですね。
自分は常に安全圏に身を置いていてノーガキを垂れたり、自分でやったこともないくせに、あるいはできもしないくせに人を評価するとか、あるいは周囲の環境を見ながら上手い立ち回りを考えるとか、そんな薄っぺらな人生を生きている人間の対極にいるのがこうした不器用な私の愛すべき道楽馬鹿なんです。

みなさんが「成り上がり」という本をご覧になったかどうかはわかりませんが、不良のカリスマ・矢沢永吉のような男がもし貴方の生活に入りこんできたとしたら、たぶん貴方はその生き方に憧れるどころか先ず拒否反応を示すと思いますよ。
現実にこんな強引に我を通していくハッタリ野郎みたいな男が現れたら、普通の人は迷惑だし付いていけないと思います。
でも彼は嫌われようが傷つこうがそれをやったのです。そして自分の思いを貫いた。
だから、やらなかった人間が彼を評価することはできませんね。
よくありがちな三文屁理屈に、こうした人物を評論することによって、その人物と自分が対等であるかのように思わせようとする人がいますが、これは大きな間違いですね。

ニッポンの総理大臣について誰でも評論はできますし、ノーガキを垂れるのは勝手ですが、それで総理大臣と自分が同位置、同格になったつもりになると回りの人たちが大変迷惑しますからやめましょう。
どうしても同格であるとアピールしたいのなら、少なくとも国会議員になって議会に参加しなくてはいけませんね。まずは同じ土俵に上がってからのお話です。
またちょっと脱線してしまいましたね。





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最終更新日  2006年04月22日 12時51分56秒
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