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2006年07月27日
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カテゴリ: カテゴリ未分類


彼の名前は阪本啓一さんといい、ビジネス・コンサルタントを生業とされている方です。
セス・ゴーディン著「パーミッションマーケティング」をはじめ、米国のビジネス書の翻訳なども多数手掛けており、新しいマーケティングの世界を切り開いている若手実業家です。

私自身も随分と影響を受けた彼のマーケティング理論は、心技一体の人間味溢れる感覚から現状のタコツボ的ビジネスシーンを変えて行こうとするパワーに満ち溢れています。ご興味のある方は一度サイトを覗いてみて下さい。

http://www.palmtr.com/

そんな阪本氏が9年前に始めたメールマガジンを通じて、私も彼の成長と共に「智のお裾分け」に参加しているのですが、最近は私の扱うテーマが少々ビジネス(マーケティング)の世界からはみ出してしまったようで、同じ土俵であまりコミュニケーションを取らなくなってしまいました。

昔は五つ星ホテルのマネージメント&マーケティングに切り込んで行ったり、スターバックスの戦略やヨーロッパのブランディング理論など、私も夢中になった時期がありました。
ある時などは「ちくわぶ」のブランド形成(笑)についてとか、落語の世界と商品戦略を絡める遊び心もあって、大変にエキサイトしたこともあります。

彼も私同様母子家庭で育ち、音楽を好み、趣味でバンドなどもこなす多才な人間ですが、私と根本的に違うのは「志」があるということでしょうか。

まあ、いうなれば勤勉な努力家ですね。比べて私は怠惰な徒労家といったところでしょうか。(笑)

さて、前置きはこれくらいにして、今日は彼からの久しぶりのメルマガが届き、是非皆様に読んで貰いたくてコピー転載することにしました。



この1歳7ヶ月の赤ん坊の、目が見えず、耳が聞こえず、話ができないことを嘆いていた両親の相談にのった人物がいた。彼は、聴覚障害を専門とする教育者であり、研究者で、余暇に発明をしていた。アレクサンダー・グラハム・ベル。
ベルは、テンションが落ちてしまっているケラー夫妻に、日本に、盲目の大学者がいたことを話した。

塙保己一(1746-1821)。

以来、ヘレンと両親(特に母親)は、くじけそうになると、保己一のことを思い出し、こころを励ました。

ちなみに、ベルがなぜ保己一のことを知ったのか。
当時のことゆえ、グーグること(笑)などできはしない。ウィキペディア(Wikipedia)もない。
ベルのもとに日本の文部省から派遣された留学生・伊沢修二という男がいた。彼が、保己一の話をしたのだ。ちなみに、ベルが電話を発明し、最初に通話実験をした相手が、この伊沢だ。

ヘレン・ケラーは、1937(昭和12)年、渋谷の温故学会を訪問し、そこにある保己一のブロンズ像に触れた。何度もなんども触れた。懐かしい顔をした。保己一が命をかけて残し、現在もまだ使われている『群書類従』の版木に触れ、驚きの声をあげた。

ちなみに、温故学会は事業家・渋沢栄一(1840-1931)が保己一の残した仕事(版木など)が火災に遭わぬよう建設したもので、昔の事業家の文化的素養の深さ・豊かさを感じる。ドラッカーが、「日本人はせっかく日本語が読めるのだから、もっと渋沢栄一のことを勉強するべきだ」という言葉を残している。

ぼくはこの7人、塙保己一、ヘレン・ケラー、渋沢栄一、伊沢修二、ケラー夫妻、ベルの残した生涯を見るに、「人の使命」に対して思いを馳せずにはいられない。
渋沢も保己一と同じ埼玉県北部、生家は直線距離でも20キロあまりしか離れていない。

「人はみな、天から封書をもらって生まれてくる」という名言は、哲学者・森信三先生だが、全くその通りだと思う。

保己一は、『群書類従』全666巻、版木約17,000枚を完成したわずか2年後に亡くなっている。

考えさせられるよね?

彼ら先人たちの人生を知り、共通して感じることは、「生きる力の素晴らしさ」だ。



どうですか?
この先ノーガキをタレると軽薄な評論家に成り下がってしまうので、くだらねーことは言いませんが、やはり事業家の文化的素養の深さ、豊かさはその「志」に根付くものなのでしょうかね。
最近の、大手とか一流とかいわれる企業、あるいは事業家の皆様の素行を見るに付け、今まで自分たちが施されてきた「教育」というものに疑問を感じてしまいます。
戦後の厳しい時代を、先人の期待を担ってニッポンという国を任されてきた緒先輩方は、後に続く子供たちにどのようなツケを残しているのでしょうか。
ひょっとして、便利この上ない「責任」という言葉の使い方を身を持って教えてくれているのかもしれませんね。

「全ての責任は私にあります」
(だから?)

「辞めることではなく、踏み止まって責任を果たしたいと・・・」
(具体的に言うと辞めないでどうするわけ?)


(って金銭的補償はあんたの財産を使うわけじゃないよね)

もちろん昔の事業家は素晴らしかったとか、手放しで褒めるつもりはありませんが、少なくとも人間としての尊厳があったように思えます。





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最終更新日  2006年07月27日 07時00分00秒
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