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2006年08月12日
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カテゴリ: カテゴリ未分類


1970年代後半、新宿のディスコを席巻した驚愕のダンスムーブメントがありました。
誰が呼んだか名付けてオカマダンス!
元々はファッションショーでモデルがポーズを取って歩く「モデルウォーク」が原型といわれておりますが、諸説百般、ナニをもってしてオカマダンスというのかは明確な定義などございませんが、当時、このムーブメントの中心に存在したひとりの人物がおりました。

もちろん当時の新宿のこの騒ぎをご存知の方ならば、まず知らない人は居ないであろうというくらいに有名な渦中の人物でありました。
そしてこの人物こそがオカマブームの火付け役とされています。
私自身もことの真意、あるいは詳細までは把握しておりませんが、新宿ツバキハウスから始まった新しいディスコの遊び方が、当時のパンクやヘビメタ系などのファッションマニア、今風に言えばコスプレ系でもいえるグループと混じり合って、より一層自分たちをアピールするパフォーマンスとして徐々にディスコを凌駕していったものではなかったかと思います。

そのうちコスプレも過激になっていき、最後は二丁目~三丁目界隈のプロのおにいさま方なども巻き込んでしまい、ある日を境にブレイクした、というような流れでありました。
オカマダンスと呼ばれるものの、このジャンルは非常に錯綜、倒錯した世界でありまして、当時人気のあった男性ファッションデザイナーがヨーロッパへ行って「穴」を開けられ、その影響でファッション業界に巻き起こったバイセクシャル的同性愛なども大きく影響を与えていたといえるでしょう。

中近東ファッションを手始めにヨーロピアン、パンク、テクノといった具合に、当時は極めて異色なジャンルでありました。

そういえばYMOというグループが世界的注目を集め始めたのもこの頃ではなかったでしょうか。
中国の人民服やプラスティックをレリーフしたファッション、更に男性用メイクなども市場に登場してきて、従来の常識を覆す発想に世界のビジュアル系アーティストが注目しました。

そんな時代の先駆者ともいえる謎の美少年がこの人です。

L

ちょっと古い雑誌からのコピーなので見難いかも知れませんが、彼(彼女?)が「エル」です。
ツバキではもちろん著名人であった「エル」は、数人のモデル風の男女とダンスフロアに登場して、ファッションショーさながらモデルウォークで歩き回り、周囲の注目を集めました。
そのうちにこの踊り(?)ウォークを一般人も真似をして踊るようになり、次第にディスコでも流行り始めた、というようなことでありました。
私も特に印象深いのが大橋純子さんの「シンプルラブ」ですね。

ただ、彼(彼女)は、世間一般に言われるオカマではなく、ファッションは女性ですが、豊胸しているわけでもなく、特別女に見せようとしていたわけでもありませんでした。
時には胸も露わにシースルーのジャケットを着てあらわれたりして、一種独自のムードを持った子でありました。言ってみればデビュー当時のピーター?みたいでした。
この中性的な独自の雰囲気が周囲の注目を惹きつけたのかもしれませんね。


そういった意味でもミステリアスな彼(彼女)の存在は忘れ難い思い出のひとつです。





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最終更新日  2006年08月12日 12時03分57秒
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