非生産活動推進委員会

非生産活動推進委員会

PR

×

プロフィール

RONNYジイ

RONNYジイ

コメント新着

バンドマン@ Re:昔の歌舞伎町スケッチ・フォーカス(笑)(03/29) 懐かしすぎる会話に感激しております、 こ…
沖縄県宮古島出身です、@ Re[21]:赤坂シンデレラの最後(08/18) 樋口 和彦さんへ 本当に、次郎さんと五郎…
アミちゃん@ ジョイの訃報😢 nikumaruさんへ 連絡有難う御座います。ジ…
マチャアキ@ 想い出 岸本さんですね 懐かしく読ませて貰いまし…
マチャアキ@ 岸本さんだよね このブログを読んで昔の記憶が蘇って来ま…

お気に入りブログ

まだ登録されていません
2007年05月03日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類



屁理屈好きの方もそうでない方も(笑)、しばし憩いの一時、今日の暇つぶし(笑)としてお楽しみ頂ければ幸甚と存じます。なんちゃって。

とにかく世の中はある一定の法則というか、パターンというか、型というか、そんなものに人をはめ込んでいるわけですが、やはり大事なことは自分の気持ちというか、意思を持つということではないでしょうか。
そう言うと、なんだかワガママ放題、勝手な自我を通すみたいに聞こえますが、そうではなくて、自分で選ぶという行為について、もう一度考えてみましょうという提案です(笑)

昨日も言いましたが、ご多分に漏れず私も若い頃がありまして、アホな行為の限りを尽くして遊びまくっていたころ、見かねた大人がこのどーしょーもない若造を捕まえては、色々とお説教などをかましてくれました。
まあ、世間一般にいうところの「常識論」みたいなことだったんですけど、今にして思えば、これらのアドバイスは結局なんの役にも立たなかったってことですか(笑)

「いつまでもそんなことしててどうすんだ」とか「まだ今ならやり直せるぞ」みたいなことでした。

つまり、そんなわかりきったことを言われても、それは単なる将来への脅しとしか聞こえなかったし、結局は、「そんなトコに居ないでこっちに入れ」って言われたようにしか受け取れませんでした。
もちろんへそ曲がりの私は「へっ、大きなお世話だ、俺はおめーらとは違うんだ」って突っ張ったりして、「オレは君たち平民とは違うのよ」みたいなね、コンプレックスの裏返しみたいな勢いがありました。(結局、平民以下に成り下がりましたが・笑)


それは、その説教者たちが、私自身の才能とか資質とか本質的な部分を無視して、自分たちが住む一般常識の中に取り込もうとしていたのが、たぶん本能的にわかっていたからだと思うんですね。

でもって、それはいわゆる我々が施されてきた「教育」と同じことで、とにかく、何でもいいからこの枠の中で生きなさい、というような押し付けが我慢ならなかったんですね。
たとえば、私は一時服飾デザイナーになろうと思ったりしたこともあったんですが、そんな時でさえ、周囲では私の資質についてではなく、一般的社会の枠の中でしか見てくれてなかったんですね。

「そんな夢みたいなこと言って、おまえにできるのか」

とか

「デザイン学校なんて出たって、どうせロクな就職先なんかないぞ」
(うん、それは確かだった・笑)

とかね、要するに、自分を殺して社会に順応しろとしか聞こえないアドバイスばかりだったわけです。

そんな昔の自分を振り返ってみても、結局、生きていく上での選択肢を狭めることが、当時の学校教育だったのかなって思うんですね。今はどうか知りませんが、なんで、こんな画一的な選択肢の中に子供を置くのかってことですよね。

でもそれは、当時の日本の経済基盤から言えば当然だったのかなとも思えるし、次世代の経済を担う目的とか、将来の子供たちには今の自分たちよりもっと裕福な暮らしをさせたいと願う、親心みたいなものであったのかもしれません。(ちょっと大人になった?)
現在も経済的に貧困な近隣アジアでは、そんな選択肢の前に「生死」を分ける選択肢があって、今の日本人には想像もつかない現実の中に身を置く子供たちがゴマンと居ます。


なにが言いたいのかというと、貧困の中で「生」を全うするためには、たとえ少なくとも自らの意思で選ぶ選択肢というものがあると思うんですね。人任せではなく、自分で決断しなければならないという状況があります。
それは決して周りから押し付けられたものではなく、自分が選んで進んでいく道なわけです。かたや、ニッポンの子供たちはどうかというと、あり余るほどの選択肢があるにもかかわらず、自らの意思でそれを選ぼうとはしていないように見えて仕方がないのです。

どっちが良い悪いではなく、どちらも不幸な状況なんですが、私が言いたいのは「生きる」ということを知るのは、自分の道を自分で選ぶという行為の中でしか見出せないというようなことでしょうか。
こんなに沢山の選択肢がある日本で、なぜこんなに沢山の子供が自らの命を絶ってしまうのかって考えると、それは自らの意思で選ぶという行為を育んでいないからではないかと思うんですね。

いや、そんなこたぁないだろ、今時の子供たちはみな好き勝手やってるって思われるかもしれませんが、本当に彼らは自らの意志で選んだ好きなことをしていますかね?

ファッションとか、流行とか、その外観は個性的(?)で違って見えるかもしれませんが、それを動かしている基本ソフト(笑)は昔からあまり変わっていないような気がします。

もし本当に、今の子供たちが自らの選択で今の時代を生きているのだとしたら、それはモノを考えることを放棄したということではないですかね。
もしそうだとしたら、これはちょっと怖いことですね。
自らの意思を持って思考することを放棄する。なんかマンガっぽいかもしれませんが、たぶん買いかぶりすぎでしょうね(笑)
でも、このままの状態が続いていったら、たぶん思考停止時代に突入するのも時間の問題のような気がします。ってか、ひょっとして誰かがそうさせてたりしてね。。。。。

え~、チョイ五月病の症状が出始めている道楽親爺のノーガキでした。
みなさん、今日も1日がんばりましょう!





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年05月03日 11時10分44秒
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: