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2011年03月21日
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カテゴリ: クラシック
 サントリーホール  15:00~
 P席

 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
 <独奏アンコール>
 ショパン:夜想曲 op.9-2
 ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
 <アンコール>
 ドヴォルザーク:交響曲第7番~第3楽章

 ピアノ:チョ・ソンジン

 指揮:チョン・ミュンフン

 地震の前から、色々とごたごたしていて、全然blogに書けていませんでした。書きたいことは色々あるんですけどね。

 地震が起きたのは3月11日の金曜日。この日は被災地は勿論のこと首都圏全域で交通が大混乱。12日には新日フィルの公演があったけれど、これは当日朝キャンセルになった。13日、日曜日にはこの公演。正直、金曜日から、ある意味非常に神経ささくれ立った状態だったので(それは誰でも多かれ少なかれそうだったのではないかと)、やるなら行こうと思ってました。
 結局、当日まで中止のアナウンスは無し。この時点では、原発も緊急停止後あまり状況が良くない、程度の情報に止まっていたので、交通さえ大丈夫ならやる、という判断だったのではないかと。結局、この日の後の金沢(16日)、名古屋(17日)の公演は、「チェコ政府からの帰国命令により」中止になったそうです。我々からすると金沢や名古屋は問題無いんだけど、まぁ、国の宝だから、仕方ないのかも。ちなみに18日は仙台公演の予定が、状況的に中止、19日のミューザ川崎の公演はホール天井崩落の為中止。仙台公演は、きっと行く予定だった方の多くが被災されたのでしょう。中には命を落とされた方も居られるやも知れません。それを思うと心が痛みます。が、そうは言っても、無事な者は無事な者なりに生活を営んで行かなければならないのだと思います。亡くなられた方々を悼みつつも。まぁ、言葉ではなんとでも言えてしまう、と言ってしまえばそれまでですが。

 いや、実際、13日時点でも、まだ我々は事態の全貌を理解していなかったのだと思います。勿論今でも全貌を理解しているのか、疑問は残りますが。
 そんな中、やや異様な雰囲気の都内を、サントリーホールへ。
 演目、オケ、指揮者、人気の出ない筈のない公演。本来、完売していた筈なのですが、行ってみると大体6割くらいの入り。まぁ、そうでしょう。まだ余震も続く中で、11日の交通大混乱も記憶に新しい。TVでは原発の状況が良くないと伝わって来ている。来ようと思えば来られても、とても行く気になれないという人も多かったのでは。その気持ちも、分かります。

 忘れていたのですが、この公演、買っていたのはP席。本来あまり好きではないのですが、この公演結構高かったし、声楽じゃないから、まぁ裏でもいいかと買っていたのでした。
 オケが出て来ると、何時にも増しての拍手。そして指揮者登場。何の特別な挨拶も無く、そそくさと指揮棒を振り下ろすチョン・ミュンフン。途端に響く重厚な弦。見た所、14-14-12-10-8くらいの編成だったので、サントリーホールとしてはかなり厚い編成だったと思います。それも低い方に。これが、あのチャイコフスキーの協奏曲の重厚な前奏を弾くのだから、悪かろう筈が無い。弦のチェコフィル、響きのチェコフィル、健在なり。
 一昨年の秋、ブロムシュテットで、ブラームスの1番を聞いた時は、これはちょっと暴れ過ぎではないですか?と思わなくもなかったような演奏でしたが、多分それとはそう違わないのだと思います。等質性といったアンサンブルの良さみたいなものは、失われた訳ではないだろうけれど、それが売りではないんですよ、ということなのだと思います。前回は、それをそれほどいいとは、正直思わなかった。ブラームスの1番だったし。でも、今回は、こんな状況の中で聞いていて、そのどっしりとした響きに、ある種の落ち着きを取り戻させてくれた感がありました。
 ピアニストのチョ・ソンジンは、ごく年若い男の子でしたが、決してオケに位負けすることなく、いい演奏をしてくれました。


 そして、後半は「新世界より」。良かった。
 チョン・ミュンフンも、オーケストラもそうだけれど、チャイコフスキーから一貫して密度の濃い演奏でした。やはり、演奏する側にとっても、ある種異様な雰囲気だったのだと思います。けれども、その中で、決して浮き足立つことなく、プロフェッショナルな、集中力の高い演奏を聞かせてくれました。第2楽章のコール・アングレの「あれ」にしても、第3楽章の躍動感も、最終楽章の一気呵成に突き進むような力強さも。見事、見事。まぁ、こっちも冷静さを欠いていたのではないかな、と思わなくはないけれど。
 けれど、この演奏を聞いていて、この48時間ほどの間の、凡そ想像を絶するような事態に接して浮き足立っていた心持を、かなりの部分引き戻されたのも確かです。

 私は、音楽を聞いて癒されるなんて冗談じゃないと思っているし、癒しとしての音楽なんて薬にもしたくないと思っています。自分は音楽を聞くことを楽しみとしているけれども、人によってはそうではないとも思う。もし、社会にとって音楽は絶対に必要か、と問われれば、それは優先順位付けの問題に過ぎないし、決して社会全体の要請の中で、優先順位の高い方ではない、と答えると思います。音楽に力はあるのか、と言われれば、そんなもん世迷い言だ、と答えると思います。
 けれども、あの狂躁状態の中で、このコンサートを聞けたことは、自分にとっては、やっぱり良かったのだと思います。何がどう、と言われると、曰く言い難いものはあるんですけれどね。


 音楽に力は無いんですよ、やっぱり。でも、時に、音楽は、聞く人の中から某かの力を引っ張り出す契機になるくらいのことは有り得る、くらいには思うのです。何事かを為すのは、結局は人なのです。
 まぁ、私みたいなアチャラカが落ち着かせてもらったところで、どうなる訳でもないんですけどね。

 そんな訳なので、コンサートとしては、行って良かった、と思ってはいるけれど、状況が状況だけに、良し悪しというのとは、ちょっと違うんだろうなぁ。






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最終更新日  2011年03月21日 23時33分03秒
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