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October 10, 2009

ばか、（最終話）

カテゴリ：天国へのお手紙

「削ってきてやる」

そう言って

女の子の筆箱の中の
ナイフで手削ぎの鉛筆を持ち帰ったのだ

鉛筆削り機は手回し式から電動式になりつつあり
この時代はまだシャープペンシルの時代ではなかったが

それでも鉛筆をナイフで手削ぎする子なんて
稀だった

この日から毎日
その子の鉛筆を持ち帰っては
機械削ぎで鉛筆を削って翌朝に渡した

最初はいじめを始めた張本人が
鉛筆を持ち帰って削いであげるなんて
回りからなんと言われるか
その視線がとても気になっていた

こんなことを始めて
逆に「気があるんだろう」
「好きになったんだろう」と
回りから冷やかしを言われることにも

でも、意外と誰一人何も言うことはなかった
それどころか
数日後には同じ班の仲良しの女の子が
「私も半分削ってくる」と
名乗りを上げてくれた

女の子の鉛筆を削ってあげることは
班のみんなでの持ち回りとなり
中には携帯用の鉛筆削りでその場で
削ってあげる子もいた

そうした中でも僕は必ず
半分の鉛筆は自分で持ち帰った
そこには
鉛筆を削ることが
自分にとっての唯一の償いだからだと言う
思いがあって
全てをゆずれない思いがあったからだろう

ある日、僕はいつも削る鉛筆を見て
もっと可愛いのがあればいいのにと思い
僕の妹から可愛いイラスト入りの
鉛筆と消しゴムを分けてもらい
女の子に渡した

こうしたことをすると
班の中にはすぐに伝播して
班の女の子たちは自分のイラスト入りの
鉛筆を分けてあげていた

こんなことをしても僕は
まだ、女の子から許された思いはなかった

「ごめんね」と何度もあやまった時も
首をうなずくことはしても
女の子からはなんの言葉もなかった

僕は一言、

「もういいよ」って言葉が欲しかったんだ

思えば
「ばか」、と服の背中に書いて
謝った日の

「もう帰らなきゃ」と「帰るまでに乾くから」

の言葉以外
僕の記憶にはない

記憶したいと思う言葉がなかっただけかもしれないけど
僕にはたった二言の言葉しか記憶に残ってないのだ

僕が持ち帰って削る鉛筆は
いつしか女の子らしい鉛筆になっていたが

この償いは長くは続かなかった

ある日から女の子は学校へ来なくなってしまった

風邪かなにかで２、３日のうちに
また来るだろうと思い
削った鉛筆は毎日持ってきていた

でも、何日たっても
女の子は学校へは来なかった

どのくらい過ぎてからだろう
授業中に教室に訪問者があった
授業を中断して先生が廊下へ出ると
その女の子が母親と一緒に来ていた

なにやら話しをしているが、聞こえない

僕は身を乗り出して
廊下にいる女の子を遠めから見た
顔が赤く腫れているようだった

先生との話しが終り
女の子と母親が深々とお辞儀をした
その時もやっぱり
とても礼儀正しくて、とても綺麗なお辞儀だった

二人はそのまま帰るようだった
先生が教室に戻り
みんなに女の子の事情を話し始めた

人にうつる病気になってしまったこと

そして

・・・

転校してしまうこと

・・・

その言葉を聞いて僕は
反射的に廊下に出て
廊下にある下駄箱をよじ登り
窓から二人の姿を探した

「ばか」と書いた日に見送った
焼却炉の脇の
階段を登りそこから続く登り道を
二人で歩く後ろ姿が見えた

それが

女の子を見る最後となった

・・・

僕の手元には
数本の女の子に渡すはずだった
鉛筆が残った

僕はその日から
女の子に渡すはずだった鉛筆を
使い始めた

学年が一つ上がってからも
その鉛筆は残り
使い続けた

一度、クラスメイトの男子から

「よそわし、おまえ女ものの鉛筆ば使いよっとや」
（※よそわし：蔑視用語、バカじゃない、汚い、等の意）

と言われたことがある

でも、僕は何も動じることはなかった

「別によかやろ」

ほんの、ほんのチョットだけ
「男」になった気がした

短くなる鉛筆を
サスペンダーを使って長くして
その鉛筆が使えなくなるまで
最後まで使った

新しいキャラクターの鉛筆や消しゴムが発売されたら
まだ使える鉛筆や消しゴムを捨ててでも
買っていたのに

・・・

後にも先にも

鉛筆を最後まで使い切ったのは
この時だけだ

遠い日の想い出が蘇るのは
楽しい日々のことばかりではなくて

哀しいことや、後悔したことの方が
僕は多いのかもしれない

　ヒバちゃん

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