教育革命戦士 うるり

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2021.08.16
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カテゴリ: 学校教育
​​
!(^^)!
”(-“”-)”
( *´艸`)
( ^)o(^ )
(*’ω’*)
上記の記号をみて皆さんはどんなことを想像してくれましたか?
 とある友人と連絡を取り合っている際に、これによく似たものが送られてきました。 ちなみに上記のものはすべて「かおもじ」と入力して変換した際に出てきたものです。
 で、この顔文字って相手に気持ちを伝えることができるという点では確かに文字として成立しているのだと思いました。
 で、過去を振り返ると、今では標準語となっている「〜です」「〜ます」という言葉が、江戸時代では芸者さんの言葉だったという内容のテレビを見たことを思い出しました。
 江戸時代では職業や藩によってその言葉が違っていたそうです。
 武士=〜でござる
 商人=〜でございます
 庶民=〜だ
 花魁=〜ざます
 一説には、「〜です」という言葉が標準語として広まったのは、地方から来た田舎武士が水商売の芸者さんのところで遊んだことをきっかけにその言葉を標準語だと勘違いして、広めていったことが原因だとありました。
 これまでにも何度か紹介してきたように、言語は変化するものです。私が生活してきたこれまでを振り返っても「KY」や「チョベリグ」といった様々な言葉が生まれました。 今となってはあまり使われていない言葉かもしれませんが、その意味はよく分かったものですし、相手もまた理解してくれました。
 文字として「ら抜き言葉」等はダメだと主張する人もいますが、私は全く問題ないと思います。ところが、その主張にはこういった顔文字も認めるべきかどうかも付きまとう問題だと気づかされました。
​帰り道できづいたことがある( *´艸`)。 ​​
などという作文があった場合、「ら抜き言葉」を認めるならば、こういったことも受け入れる自信がお前にあるのか、と友人に言われました。
 ごめんなさい、無理でした。
 でも、時代が進んで、こういった顔文字も一つの標準語として受け入れられる時代が来た時には私はもう国語の先生として機能できないかもしてません。そんな複雑な気持ちを味わった一日でした。教育の変化って難しいですね。




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最終更新日  2021.08.16 11:00:07
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