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ポーランドに来て 一番驚いたのは 女の人の美しさ。 顔立ちがモデルのよう。背もすごく高い。そして若い人達は細い。 特にオシャレをしているようには思えないけど 着こなしもかっこいい。。。 私は 自分の背の低さ 平べったい顔などに 少し恥ずかしくなってしまった。。。でも ポーランドの人から見たらアジアの人もすごく魅力があるみたいだと 町を歩いていると感じてきてホッとした。 ポーランドに来れたのは 本当に縁だと思う。私のこれからの将来を考えさせられた。 一番 深く考えさせられたのは 仕事をしてみてもいいのでは・・・ということ。 私は キューバにいる頃から 子育てに忙しかったけど ナニか焦ってもいた。かわいい時期だといわれる小さな子供をすぐに幼稚園に預けたりもした。私は どうも子供と一緒の時間が多いと気が滅入ってしまう。本当にママなのかい?と自分で自分に問いただして自己嫌悪に陥ったことも多い。 ここポーランドで モモやベベが幼稚園に通うと 子供達のパパやママが仕事前に連れて来る。その姿には感心させられた。 ママだけならわかるけど パパも同じように迎えにも来ている。共稼ぎが当たり前の国らしい。 理由はわからない。働きたくないけど家計のため共稼ぎの方もいるかもしれない。 でも 私の知り合ったポーランドのママは どうも仕事が好きそう。 一人のママが すごく輝いて元気に現れた姿を見て 私はナニか尋ねたくなった。 「仕事どう?楽しい?」 と 彼女「そうね。新しい仕事が見つかったの。少し遠いけどやりたかった仕事だから嬉しい」 「えぇ いいね。私は今からインドかどこかで仕事見つけようと思っているの。ポーランドはお終い」と思わず言ってしまった。すごく不安な気持ちが出ていたのかも。。。 彼女は「そうね。あなたはここでは友達も作るの難しいでしょうに。仕事したいのだったら したほうがいいよ。いつも寂しそうだもの」と言ってくれた。 別のママにも 「私だって ずっと家にいると思うとゾッとするわ。仕事したかったら やっぱりした方がいいわよ。人生を変えるのも時にはいいわよ」と言ってくれた。 彼女も 自分のチャンスを活かすため 他の国での転勤の話を望んでいる。娘を連れて。。。彼女の旦那さんは 自分の仕事が好きだから辞めたくないらしい。だから 少し離ればなれも仕方ないと。。。 私は ポーランドの女性が 自分の人生も大切にしているのがすごく魅力的に映る。 もちろん子供のことも大切にしているけど そのバランスが上手。私は どっちつかずだから。。。 インドに行くのも 望んでいたけど怖いのも確か。 娘達も馴染めるかしら。。。 しかし 時間がかかっても いつか仕事がしたい。確かなことはナニもわからないけど 頑張らないよりは試してみたい。 ポーランドの女性に会ってよかった。やはり 似たような考え方もいるんだ。 また 普通に 「私は動物が好きだからベジタリアンよ」という女性にも会った。 この国では 動物が好きでベジになることも変には映らないんだなと嬉しかった。たくさんの人がいて様々な考え方があるのは当たり前のことだと思うのに 日本では少数派がどうも目立つようだから。 ポーランドで 私の気持ちは少しずつ固まってきたんだろうな。 インドはすごく好きだけど たくさん問題がある。でも きっと面白く 以前のバックパッカーの私のように元気に過ごしたい。
2006/10/13
モモが 「すごいきれいよ!ピンクとパープル」と叫んで来た。 朝 幼稚園に連れに 私はいそいそとベベの手を繋ぎながら歩いていた。 「ナニがきれいの?」と聞くと 「くも」とすごく嬉しそうに。 えっと思って上を見ると いつもと変わりのない空が。。。 私は 何かにいつも心が追われているように 不安でせかせかしているから ナニもゆっくり見ていない。 同じように外を歩いていても 子供たちは ちゃんといろいろなモノに目が行って きれいだとか感じているんだな。。。と感心してしまった。 私も 雲の形とか見るのは好き。しかし 心に余裕がないと目が向かないみたい。 子供の純粋な心に触れると ナニか大事なモノを忘れているのでは・・・と気づかされる時がある。 小さい小さいと思っていると 子供が感じている些細なことが見えなくなりそう。 子供の心を受け止めれる程のおおらかな心が私には必要だなとこの頃感じています。
2006/10/10
彼に手紙を書こうと思った。 昔 自分の思いを伝えたい一心に 私はよく手紙を書いた。 どこかで 言葉の違いに対して不安があるのかもしれない。ちゃんと通じていないんじゃないかって。。。 いや 私たちは 口で話し合っていると どちらかが自分の言いたいことだけ言って相手のことに聞く耳を貸さないことがあるから 私は一方的に落ち着いて静かに手紙で自分の気持ちを伝えたいのかもしれない。 私の性格は できるだけ自分の気持ちを相手にわかってほしいという所がある。私の方は 彼の気持ちを理解しようとしていないのに。。。どちらかというと 私の我が儘で成り立っている関係だと思う。 私は100%ヒンディー語ができるわけではない。英語ももちろん100%ではない。でも 彼と話す時は ヒンディー語にしている。二人の共通語だという気がするから。彼の方は 日本に3年以上いたに関わらず あんまり日本語が上手ではない。この頃は 娘たちが 彼の知らない日本語の言葉を口にするので焦ってきているけど。 言葉って大事な気もするけど 私と彼のことを考えると 同じ言葉を100%話せる関係ではないのに 通じている。時折 自分たちの国が違い 顔も違うことに 私達違う国同士なんだぁって驚いて笑ってしまう時もあるけど。。。 私の彼は 私が悩んでいても 冗談にとらえようとする癖がある。それが 私を不安にさせる。ナニも私の気持ちわかってくれていないんじゃないだろうか・・・ この頃の私は 自分の将来のこと これからナニができるのかとか 娘のモモとベベがどこでも楽しく暮らせるだろうかとか・・・多分 自分の事以上に娘たちが 楽しい笑顔を見せてくれることをすごく願っている。 少しだけ紙に今自分が思っていること 不安なこと モモとベベについてなどを綴ってそのまま 私はテーブルの上に置いて忘れてしまっていた。 彼は その紙を見て 「ナニ またゴチャゴチャ書いてんのぉ」と言いながら 内容を見て驚いていた。 あぁ 私の手紙! 私は慌てて取り上げて隠した。 彼は 「全部書き終えたら 僕にくれるよねぇ?」と聞いてきた。 なんだか 私から手紙をもらうのが嬉しそうだった。久しぶりだもんね。。。 彼は 「信じてほしい」と言ってくれる。 私は 自分で一生懸命な時は 自分だけしか信じない変な所がある。 インドに行くのは 大好きなのに 娘と一緒では怖い。病気もあるし 蚊もいるし 汚いし 電気も止まるしお水も無くなるし。。。彼の実家にも お世話にならないといけないけど それはそれで 難しいこともたくさんある。 彼が私の手紙を待っていてくれているから 素直に自分の不安や思いを書いて渡してみようと思った。
2006/10/06
ポーランドとも もう少しでさようなら。 ポーランドの素晴らしいことをもっと伝えておきたかったのに 住んでいるとその素敵な部分を当たり前と思って なかなか特別なことと感じずに過ごしてしまっていた。 私たちは 去年の9月にポーランドのワルシャワにやって来た。 常夏のキューバと休暇の灼熱のインドから来た私は とてもポーランドの気候に寒さを感じた。今思えば秋なのに ブルブル家の中でふるえていたのは きっと寒さだけでなく 新しい国と環境に不安も混じっていたんだろうな。。 灰色の空がとても悲しかった。娘たちの幼稚園も空きがなく一日中子供とべったりで 部屋の中も荷物を思うようにヒモ解けなく サンダルのまま部屋を歩き回っていたのにイライラとしていた。彼ともよく喧嘩したな。。。彼も新しい環境でストレスが溜まっていたのだろうな。 その中で素敵だったのは トラム。町の中を 遊園地の乗り物のように走っている。娘たちはすごく喜んでいた。シートにきちんと座って 静かに窓から風景を眺めている。このひとときは 私もボォッと外を眺めている。 ポーランドでは トラムに犬も一緒に乗ってくる。大きな犬も小さな犬も。先日は 初めて盲導犬を見た。ポーランドでは 盲導犬を連れている人にはあんまり出会わないから。 トラムは なかなかいい。距離のない駅をすこしずつ走っている。たいがい 子供連れだと 席をみんな譲ってくれる。 ポーランドでは かなりの年配の方も小ぎれいにしてお出かけしている姿はほほえましい。おじいちゃん おばあちゃんだからって さびしそうな感じはうかがえない。トラムでも必ず席をみな譲る。もし 気づかない若者がいると 「席を譲ってちょうだい」みたいなことをハッキリと言って座る姿も見習いたい。もう 今の人は 他の人にハッキリとこうしてほしいと言えなくなっているから こういう方がいるのは若者にとってもいいことだと思う。 トラムはしかし危険だとも言われる。私自身は お金やらを盗まれた経験は幸運にもないけど トラムでは 盗みがよくあるらしい。 以前 乗っていたトラムで 誰かが倒れた音がした。見るとおばさんが 赤くなった首をさすっていた。していたネックレスをひったくって 男が駅に着くやいなや 走って逃げていったらしい。窓からその姿が見える。しかし 誰も追いかけようともしない。 ここポーランドでは たとえ盗まれたとしても 犯人を追いかけない方がいいらしい。危険なのかな。。。警察も相手にしてくれないらしい。 笑ってしまったのが トラムの駅で待っていて さぁ乗り込もうとみなしているのに 一台のトラムが停車もせず スゥーッと通り過ぎていった出来事。運転手の人が かなりボォッとしていたみたく そのまま次の駅へと向かって行ってしまった。そのときの 待っていた乗客の人が 怒らず笑っているのに 私までつられて笑ってしまった。。。日本だったら 謝罪問題じゃないのかしら。。。 以前 日本でも 一分二分遅れているからと 必死にスピードを出して列車が転落しかなりの死者負傷者が出た事件があったけど たかが数分 どうしてその短い時間に一生懸命 深刻になるのだろうか・・・ 日本人は時間にキッチリしていると評判。だから 私も外国人の時間の過ぎ方に初めはイライラしていたけど だんだん慣れてきた。いつの間にか 自分でも まぁだいたいこの時間内に間に合えばいいか。。。とゆっくりにもなってきたし 少し時間を気にしないようにしていきたいのもあった。 ポーランドのトラムは よく 突然止まる。故障するみたいで 一台のトラムが動かなくなると 同じ路線を使っているトラムが次々動けなくなり トラムの列ができあがる。そんなときでも もちろん車内放送みたいなのは無いわけで 突然ドアが開き 降りたい人は降りてくれ となる。 大雨の時 そうなると近くのバス停を探して走り回らないといけない。 昔から 私は雨が大好き。少々の雨では傘を差したくない。外国にいると たいてい大雨でない限り みんな傘も差さずぬれている。私には 外国の人って とても颯爽として生きているように映る。オシャレもすごいオシャレではないのに なんだか簡単にきまっている。顔と背の違いかしら。。。 ポーランドと少しでも縁があって 私の中でのなにかがまた変わってきたように思える。
2006/10/05
よく 私は娘たちのこと本当に考えているのかなと不安に陥ることがある。そんなに気になるのなら 子供のためにもっともっとしてあげたらいいのに そういうこともできないでいる。 今 娘たちは ポーランドの幼稚園で友達ととても楽しんで過ごしてくれている。このまま ずっとこういうのが続けばいいのに。。。と願う一方で 私は自分の将来のことなど気にして この安定した状態から早く新しい場所へと進んでみようともしている。 親は 子供のことを自分よりも大事にしなければならない役目があるのはわかっているのに 私は自分が自分で納得いくような生き方を選ぼうともしてしまう。そうすると 娘たちの幸せとか不安を無視する羽目にもなりそうで。。。 私たちは 将来 インドか日本にしばらくの間住もうということにしている。これは 私のために 彼が納得して決めてくれたこと。 しかし インドでも日本でも住むとなると問題がある。娘たちには馴染めるのだろうか。。。彼女たちは とても自由に生きてこさせてもらっているから。キューバやポーランドは 子供に過ごしやすい環境だと思う。自然も多いし 幼稚園がとても自由だから。 インドも この頃は勉強勉強とうるさいらしい。何よりも衛生面がやっぱり不安。私一人で旅行している分には気にならないのだけど やはり娘たちのことを思うと憂鬱にもなる。電気も水も普通に毎日のように止まるし。。。緑も少ない。だけど 牛やら猿やらが町にいるのは喜ぶだろうな。。。食事の面でもベジタリアンで問題ないのはいいけれど。 日本では 私自身が登校拒否だったから 窮屈なイメージがやはりまだある。それに 子供が殺されている悲しいニュースなど多い。ベジタリアンで学校で通すのも難問がありそう。 また 言葉の問題がある。モモとべべの話す言葉は 多目の日本語とそれに混ぜたヒンディー語。そして 幼稚園ではポーランド語を話している。 完璧な日本語でも 完璧なヒンディー語でもない。。。私と彼には通じるけれど 日本人やインド人からすれば 意味がわからないだろうと思う。話している事はよくわかっている様子だけど。子供は語学の吸収が早いのは確かだからあまり気にしなくてもいいのかもしれないけど。 子供のことばかり考えすぎると自分が無くなりそうな。。。しかし 自分のことばかり考えていると子供の気持ちを理解しない親になり 子供がいつか悲しくなり 心が通じない関係になりそうな。。。 しかし いつの日か 自分で納得がいくように日々過ごせている姿を娘たちに見せたいと思って決めたことには嘘はない。やはり ママが生き生きしているのって 娘も喜んでくれると思うから。 子供の気持ちと自分が納得いく生き方の両立は きっと難しいことなんでしょうね。
2006/10/03

久しぶりに妹に会って すごく痩せていてびっくりした。 でも 私の彼が言うには 健康的ではなく なんだかしんどそうだと。。。それに比べ 私は元気な痩せ方をしていると。。。 やはり 妹は 毎日の仕事の疲れらしく 夜遅くの帰宅で晩ご飯を食べる気にもならず眠るそう。 ポーランドに 私の家族がやって来たとき 私がお腹がすごくすいてイライラしてきたので あのサンドイッチ屋さんのsubwayで きゅうきょ 食べることになった。 ここのパン生地は選べるので いつものお決まりのオーガニックパンをいただいている。 私と彼は 最初 大きな丸々一本のパンにサラダたっぷりのサンドイッチをそれぞれ一つずつ頼む。それを食べ終わると まだ小腹がすいているので 今度は もう一本大きな丸々一本を同じようにオーダーして半分する。二人で 大きなパン計3本。 しかし 妹と一緒に食べてみてびっくりした。大きなパン一本どころか 半分サイズので十分足りると。。。驚いた。そんな少しだけで動けるのかしら? それを 私の友達に話すと 「えぇ 大きなパン丸々一本食べた上に まだ食べるの?そっちの方が 驚きよ」と言われた。 えぇ 私の方がびっくりしてしまった。一体 どっちが驚きに値する話よぉ?? 私は 自分が大食いなのか少し心配になってしまった。 でも 友達は「たくさん食べても太ってないんだから 羨ましいよ」っと言ってくれる。 。。。昔の私は 何故だかすぐ太ってしまって 自分でひどく気にしてどこかで引け目を感じたりもした時期があった。 その当時の私は すごく食べることに夢中だった。四六時中食べておきたい・・・そんな衝動にかられていたような。。。食べたい・食べる・食べたことに後悔する・そして嫌気がさしてまた食べる・また後悔・また食べる・・・そんな悪循環の時代だった。 かなりの精神的不安定な時期だったと思う。私はイヤなことがあったり悩んだりすると食に走るタイプだったので。でも そんな頃でもお肉は口にはあんまりしていなかったな。。。アイスクリーム系には目がなかったけど。。。だから 太るんだよね。 今の私は 自分も他人も認めるくらい細い。服のサイズもXS(外国では一番小さなサイズ)だし ジーンズもサイズを探すのに困る。もちろん 妊娠・出産してから 努力はした。でも やはり ベジタリアンになろうと決めたのと ヴィーガン・スタイルも取ろうとしたおかげかな? あんなに目が無かったアイスクリームやビスケットやヨーグルトを体に取り入れないのは 体には大きいことなのかもしれない。 以前よりも 私はよく食べる。というか 私はきっと食べることが好きなので。どうして 昔はすぐ太っていたのか 自分でもよくわからない。 ベジタリアンだからって 痩せているとは限らないけど 普通に 少し?人より多く食べても変な太り方はしなくなったと思う。 私は 自分の大食いかもしれないのが不安で彼の意見を聞いてみた。 彼「う~ん 時折食べる量に驚く時もあるけど でもお腹すいているんでしょ? じゃ食べたらいいじゃない」とおっしゃってくれる。 私は食べ物を残すのが 昔から嫌い。特に お肉を残すことにはひどく罪悪感がある(今は摂っていませんが)。誰かと食べに行く時 お肉料理を注文して 半分程で食べるのをやめ残す場面に出くわすと 悲しくなる。最初から たくさん食べれないなら 半分にしてって伝えればいいのに。。。なんて。 自分の意志で ベジタリアンの生き方がいいって決めてから 私は痩せたし 自分の生き方が少しずつ見えてきて ある意味健康的に生きているって感じる時もある。きっと 精神的安定にも繋がっているんだ。 食べ物で生き方が変わるっていう経験ができて ようやく自分の意志で生きているような感じです。
2006/10/01
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