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「ねぇねぇ、うらって書ける? あたし、書けるんだよ♪」 温 羅「ねっ。すごいでしょ♪」 そんな感じのCMが、昔流れてた。
June 30, 2006
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少しだけほんの少しだけ 振りが閃いたそうな!
June 29, 2006
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だ~るだるだるだるめ~しあ~ん♪
June 28, 2006
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ここだけの話・・・・ まだ、衣装ができていません。布さえ揃っていません。 大丈夫です、きっと・・・・。
June 27, 2006
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ここだけの話・・・・・ まだ、振付してません。 大丈夫です、きっと・・・・。
June 26, 2006
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Wは高知よさこい祭りにも興味があります。青森ねぶた祭りにも興味があります。全国の有名どころの祭りに興味があります。生きているうちに、自分の目で見たい、参加したい祭りです。高知よさこい祭り全国大会には2000年から「うらじゃおどり連合同連」として参加してきました。2度も経験してしまうと、新しい何かを求め始め、2005年にもなると潮時感を感じます。Wは、2004年頃から全国大会よりも本祭に目を向け始めました。W-Jは2005年に高知よさこい祭り本祭へ参加しました。W-Kは2006年の高知よさこい祭り本祭の見学を決意していました。 やっと時機がきました。 2007年高知よさこい祭り本祭へ、本気で参加するチームが誕生しました。「幻煌 水簾」です。2006年高知よさこい祭りを見学すると決意していたW-Kの目論見が意味を成し、いつか本気で鳴子踊りをと野望を抱えていたWの夢が2007年高知よさこい祭り本祭で叶いそうです。待つことが大嫌いなW-Kは、辛抱し、待つ練習をせねばなりません。踊りにムラがあるW-Jは、いつも100%全力投球の踊りができる精神力を持たねばなりません。Wとも課題は見えないところまで山積みです。今に始まった課題ではありませんので1つずつ、じっくりと片付けていきます。 うらじゃではない、鳴子踊り、高知よさこい祭り本祭に興味のある方は「幻煌 水簾」のホームページをご覧になって下さい。踊り子の本登録は審査があるそうです。これまた、やる気が出ますな!
June 25, 2006
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<Wのうらじゃ年表> W-K W-J1998年 「花鳥風月」でうらじゃ初参加2000年 「花鳥風月」「鬼ごろし」でうらじゃ参加 「鬼ごろし」でうらじゃ初参加2001年 「鬼ごろし」でうらじゃ参加2002年 「鬼ごろし」でうらじゃ参加2003年 「鬼ごろし」「W-TANI」でうらじゃ参加2004年 「鬼ごろし」「W-TANI」でうらじゃ参加2005年 「鬼ごろし」でうらじゃ参加2006年 「鬼ごろし」「W-TANI」でうらじゃ参加予定
June 24, 2006
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Wの出身。W-J W-K京都府京丹後市 鳥取県鳥取市第一子長男 第一子長女<家族> <家族>実家にいる両親 実家にいる父親(+天国にいる母親)実家にいる24歳の弟 実家にいる24歳になる弟同居中の21歳の弟 徳島にいる20歳になる妹2000年、高校卒業後、岡山に。 1997年、高校卒業後、岡山に。2006年、社会へ。 2001年、社会へ。こんなカンジ。
June 23, 2006
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<リアル休日の過ごし方、優先順位> W-J W-K1.うらじゃ・祭り関係 1.うらじゃ・祭り関係2.洗濯・掃除などの家事 2.洗濯・掃除などの家事3.遠方へドライブ 3.遠方へドライブ(帰省含む)4.自然を満喫(河原で昼寝など) 4.街中でショッピング5.家でゴロゴロ 5.家でゴロゴロ<理想の休日の過ごし方、優先順位> W-J W-K1.うらじゃ・祭り関係 1.うらじゃ・祭り関係2.恋人とデート 2.旅行3.自然を満喫 3.近距離ドライブ4.ショッピング 4.ショッピング5.家でゴロゴロ 5.家事6.家事 6.家でゴロゴロ ******分析結果*******Wとも車を使ったアウトドア派。とにかく外に出て、新しい発見を試みたいタイプ。休日なのに、平日よりも早く目が覚めるタイプ。W-Jは自分よりも恋人や友達に都合を合わす傾向アリ。知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでいくタイプ。「暇な時間」があっても平気なタイプ。W-Kは自分の都合や楽しそうな事を優先する傾向アリ。単独行動か、偶然気が合った人と過ごすタイプ。「暇な時間」がストレスになるタイプ。
June 22, 2006
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Wで外食するとき、どこでゴハンを食べるのかランキング~ 1.ジョイフル東川原店2.GUSTO学南町店3.いろり茶屋 萬久4.マック ドライブスルー5.さいとう ランキングにするとあまり色気がありませんが一度行ったところには行かない主義のW-Kとグルメ思考なW-Jなので、個性的なお店によく行きます 手前のパスタはW-Jが作る 甘すぎないデザート、W-Kにとってはパスタよりはるかに絶品でした・・・・・ 嬉しいものです!
June 21, 2006
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W-TANIは鬼ごろしのメンバーです。 今年のうらじゃで不安なのがスケジュールです。W-TANIに関係のない鬼ごろしメンバーが鬼ごろしとW-TANI、両方の時間に拘束されるのですから。鬼ごろしで演舞場を回る時間がなくなるのであればそれで、メンバーに不満が募れば鬼ごろし代表からお叱りを受ければW-TANIは鬼ごろしを優先します。 だから、鬼ごろしのスケジュールはWが責任持って、スケジューリングをすることになっています。 鬼ごろしのメンバーの為なら何としてでも、上手なスケジューリングをしたいものです。うらじゃからスケジュールが発表されたら、Wで現調に出ます次年度、代表予定者のBobも連れて。何パターンものスケジュール案を持って。灼熱の太陽の真下で。 おどり連の代表者の方々、余裕があれば、スケジュール発表後、現調に出られることをオススメ致します暑い夏の祭りを、いかに楽しく過ごすか、健康安全面においても課題が見えてくると思いますよ~。
June 20, 2006
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Wは仲良しです たまに言い合っていますが、仲良しです。W-Jがオンナの扱い方が上手なのか、ただ単にオンナに弱いのか、W-Kがオトコの扱い方が上手なのか、ただ単にオトコを尻に敷きたがるのかは皆さんにWを分析していただくとして・・・・・・うまくバランスがとれています もう6年以上の付き合いになるからでしょうか・・・。「うらじゃ」関係で、しょっちゅうタッグを組んできました。踊りよりもスタッフとして。「W-Kが1を伝えたら、W-Jは10理解してくれて、20のことをしてくれる。」W-Jは期待以上の働きをします踊りに関しては、お互いが「我、関せず」状態。目指すところがそれぞれ違いましたし踊りの得意ジャンル、好きなジャンルも正反対です。ただ、お互いの得意ジャンルを伸ばす為にお互いに目を見張らせています(笑)。Wの共通点は「相手に合わせて踊ることができる」。もう、これだけで充分ですかね。 皆さんが気になる(?)Wの恋愛事情は長くなるので、今日のところはこのへんで。。。。また、ネタがない時にアップします(笑)
June 19, 2006
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かれこれ4~5年前からお付き合いさせていただいている“ひらん”さんのご協力を賜り、無事、レコーディング終了しました~☆半年もの間、練ってきたイメージを完成に近づけたのは、このレコーディングです!!祭りで使用する曲には欠かせない「人の声」。「生」が一番です。「生」が最高です。ですが、プロでもない、人数もいないW-TANIにとって「生」というものは、非常にコワイ賭けです。そこで!!!お役立ちなのがレコーディングです。Bobにメインボーカルをお願いし、cyacya^^にコーラスボーカルをお願いしました。Wの影武者です。本来ならWでこなすはずのボーカルですが・・・・。 全体的な雰囲気は上出来です!!さすがひらんさんってカンジ。でも・・・・・よくある祭り曲を想像しないで下さいね。そもそもが祭り曲ではないんですから(汗)。。。。ひらんさん曰く、「●vex仕立て」だそうです!出来上がった楽曲を聴いて・・・・ 出てくる出てくる出てくる出てくる・・・・振りが踊りが衣装が!!脳天突っ切ってイキそうです!!! そして、Wで考えました。ひとつくらい、本物のWでレコーディングしたいねと。これだけW-TANIにこだわるんだからとことんWにこだわらないと!そして・・・・・CD販売しちゃおうかなっ♪も一度、レコーディングしてくれるかしら・・・・ひらんさん・・・・
June 18, 2006
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W-TANIは「パレードと演舞場のみの参加」と決めていました。パレードで審査が行われると知る、ずっと以前から。だから、演舞スタイルは市パレをイメージして創りあげてきたのです。審査されるのが目的ではなく、Wがしたいことをさせてもらえれば、それで満足なんです。審査員を意識すると、したいことができなくなりそうで。 ところがどっこい・・・・市パレで審査が行われるじゃありませんかぁ。。。流石に1週間くらい悩みました。市パレを諦めるのか、審査されることを諦めるのか。審査を受けないつもりだったので楽曲は「うらじゃアレンジ」ではなかったのです。完全なる「W-TANIオリジナル」だったのです!!市パレは原曲部門かうらじゃアレンジ部門か、どちらかしか出られないのです。Wで慎重に話し合いました。市パレに出るなら、楽曲を変えなければいけない、審査を受けることの意味など。「諦める」ことが嫌いなWが出した結論。審査は、どこの誰とも知れない人がやっている。それを意識して市パレを「諦める」のはポリシーに反する。市パレ会場を、たった2人で踊り抜けていく姿を見てくれる人が審査員数分だけ増えたと思えばいいじゃないか。市パレ会場、出場決定!!そこから楽曲の直しが始まりました。「うらじゃ」と「W-TANIオリジナル」の合体 イメージを膨らませ始めたのが3月中旬、実際に楽曲が出来上がったのは6月中旬。 この3ヶ月は・・・・厳しかったなぁ・・・・。 W-Jは東京出張で1ヶ月岡山を空けていたし。 もう戻りたくない時期ですな。
June 17, 2006
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複数人で楽曲を創る時、皆さんはどうやって創りますか?「W-TANI」の楽曲は、Wで創っています。複数人で手がけると、意見が対立したり、まとまりのないモノが出来上がったりしないのかと危惧されがちですが、そんな事はありません。根本的なトコロで意志統一できていればの話です。作業時間もさることながら、話し込む事にも相当な時間を費やしています。目指すモノ、イメージするモノ、表現したいこと、強調したいこと。すべてに於いて、全員が納得するまで話し込みます。その為には、他人を受け入れる器量がないとNGですし自己主張しすぎてもNGです。あくまでも「おどり連」という団体を背負っていますから。W-KはW-Jに「こーんなカンジで創って」と手を大きく広げてみせました。実際、W-KはW-Jにこんな曲だったらいいな、とか、こんな音が欲しいな、とか何の期待もしていませんでした。ただひとつ、W-Jが創ってくれた曲で行こう!と、心に決めていただけです。そして、あの曲が1日で出来上がったわけです。これが、W-Jの「温羅と阿曽姫」の世界。偶然にも、W-Kが思い描いていたイメージと一致しました。なぜでしょうか?楽曲の話になるよりもずっと以前から、温羅と阿曽姫について語ったりその延長線上で、愛とは何なのかを語ったりもしていました。 W-Jの地元が所縁のある場所という事もあり、源義経と静御前の歴史についてもWで勉強してきました。 (温羅と阿曽姫の物語に似ているのです。)現地に出向き、同じ物に触れ、風景など共有するモノをとにかく増やしたのです。 「W-TANI」の楽曲は、祭り曲ではありません。地方車から流れる理想的な音ではありません。それでも、阿曽姫という女性の存在を強調したかったのです。それも「温羅伝承」ですから・・・・・。「英雄の影には必ずオンナがいる。」どこでも聞くコトバですね。そんな踊りさえも踊らせてもらえる「うらじゃ」。本当にサイコーです!ありがたや。。。。。。
June 16, 2006
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W-Kが中学1年生のときに感銘を受けた詩。 「自分の感受性くらい」ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするなみずから水やりを怠っておいて気難しくなってきたのを 友人のせいにはするなしなやかさを失ったのは どちらなのか苛立つのを 近親のせいにはするななにもかも 下手だったのはわたくし初心消えかかるのを 暮しのせいにはするなそもそもが ひよわな志にすぎなかった駄目なことの一切を 時代のせいにはするなわずかに光る 尊厳の放棄自分の感受性くらい 自分で守ればかものよ受けた影響は大きいです。
June 15, 2006
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Wは、2006年8月5日、6日だけ踊れさえすれば、それで良い。単純なことを、とことん追求したい。そして、「鬼ごろし」の若いメンバーに観てもらいたい。自分がやりたいことは、思いが強ければ強いほど簡単にはできないんだという摂理。努力して努力して努力して、やっと手に入るかもってこと。やりたいことがあるなら、努力を惜しまず、とことんやってほしい!ってこと。時間や、環境や、周りのせいにして、できない理由を作るなってこと。そんなつまらないオトナになってほしくないってこと。Wは「鬼ごろし」でひとつも妥協せず、やってきた。仕事?中期出張?睡眠不足?「W-TANI」?そんなつまらないことを理由に妥協した憶えはない。仕事が忙しくとも、出張中でも、「W-TANI」があっても目標に向かって走り続けてきた。それだけ「鬼ごろし」に本気で取り組みながら「W-TANI」も本気で取り組んでいる。ただ、やりたいからだ。皆が衣装を作り終わって、夜中、帰路についてもWは朝まで作業を続けたこともあった。毎日トレーニングもしてた。こそこそした日々が、何ヶ月も続いた。Wは男と女。変な後ろ指を指されながらも、歯を食いしばって努力した。本気でやりたいことがあるなら、本気で取り組めば、やり遂げられるということを知ってもらいたい。もし、やり遂げられなかった時、時間や環境や周りのせいにしてほしくない。自分がやりたいことはそれができるように自分で努力して手に入れろ!誰かにしてもらうのを待つんじゃない!方法がわからなければ、聞けばいい。試せばいい。ただ、それだけだ。
June 14, 2006
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W-Kの腰痛が慢性的に悪化しているらしい。 ちょっと本気モードで「カイロプラクティック医院」を探している。国際レベルの勉強をしている医院を。姿勢の検査や相談だけでも一緒に行ってみようかなぁ。 ベスト体調で踊りができるように。
June 13, 2006
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W-Jは独り身になってからというものの、気前が良い(笑)。 W-Kはお腹が空くと機嫌を損ねる。 だから、W-Kはぶくぶくぶくぶく太りだすんだ。
June 12, 2006
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・名字・山陰出身・第一子・デカさ・足の長さ・太りやすい体質・鬼ごろでの夢・ピンク・人好き・デカイ犬好き・祭り好き・踊り好き・洋画好き・海外ドラマ好き・車好き・筋トレ好き・ふてくされ・S・電話嫌い・メール嫌い・なのにTV電話携帯・几帳面で大雑把・大家族好き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。こんなもんか???
June 11, 2006
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W-TANIを再結成した頃はプライベートで大変ツライ時期でもありました。W-Jは、とある悩みを誰にも相談できず、1人で悩む日々を過ごしていました。深くて複雑な問題でして・・・W-Kでさえチカラになれませんでした。ただ話を聞いてあげるだけ・・・・・。結果、W-Jは自力で行動に移したのです。行動に移したからというものの・・・さらに深刻化していき・・・。そんな時W-Kにも、肉親の他界という深い悲しみに襲われたのです。 ある日、静まった真冬にWで出かけました。Wのかたわれは雪が大嫌いですがこの時は2人して、この一面の銀世界に救われました。この真っ白な世界が、すべてを無にしてくれる感覚に陥りながら人命の尊さ、人生の大切さ、人間らしさ、そういったものだけが残って感じられました。 ここからW-TANIの底ヂカラが発揮されたのです!!!爪痕は残れど、どん底からの脱出です
June 10, 2006
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W-TANIとしての初ミーティングは・・・・まずは楽曲からでしょ!ってコトで、W-KがW-Jに伝えたインスピレーションは・・・・・・ 「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんなカンジ」(手を大きく広げただけ。) のみ!
June 9, 2006
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Wは「鬼ごろし」そのものです。「鬼ごろし」で祭り人生を終えようと心に誓っています。 「鬼ごろし」が還る場所ですし、何よりも最優先です。「鬼ごろし」に支障が出る何かが起これば、直ちにW-TANIは活動休止です。例え、うらじゃの本番中でも!!!! そのくらい、「鬼ごろし」にムチューです
June 8, 2006
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2006年うらじゃに出よう!ってなったキッカケ。踊りに専念したい想いが、何故かスタッフをするたび、教えてばかりいるたび、体の故障が増えるたび、楽しそうに踊る踊り子を見るたび、だんだんと強く、募ってきました。自分がしたいことを後回しにして、他人の面倒ばかり見ている踊り子人生になるのか!?でも、それを選んでいる以上それもしたいことなんじゃないのか!?って葛藤している時期、かつての仲間からこんなコトバを頂いたのです。 「自分第一に考え、動くことで、 メンバーは自ずとついてくる。」 Wは恋人にさえ遠慮して自分を犠牲にする悪いクセを持っていました。自分を犠牲にしていることさえ、本当の意味では気づかなかったのです(笑)さらにWは、人生について、人の生死について触れる機会が増えていました。踊り子として致命的な体の故障も増えました。生きている今、まだ体が動く今、今しかできないことは何だ!?ずいぶんと語り合いました。「鬼ごろし」は自分がやりたいことができる場所ですが、次世代への引継ぎに取りかかろうとしていた矢先です。その流れを乱してはいけません。でも・・・・やりたい!何とかならないものか!そうしてW-TANIが再結成されたワケです。本来の姿、「W」で。
June 7, 2006
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Wは雪国出身です。なのに冬や雪に対する思いはバラバラです(笑)1人は雪大好きっ子で、1人は大嫌いっ子です。 かみ合わないのに、今年のW-TANIの楽曲イメージは「銀世界」です。 あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!
June 6, 2006
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2005年のWの活動は完全ストップしてました。2003年から、鬼ごろしの為に勉強し、情報収集を始め、ちょうど、踏ん張り時だったのです。周りから「今年はW-TANIせんの?」と何度か聞かれた覚えがありますが、「しません!!!」とキッパリ言っていた時期でもあります。Wの活動をどうするか、具体的に話し合ったわけではありませんが、鬼ごろしに集中すべき時だったのは2人ともよく感じていましたので。 お陰様で、今は大変良い仲間、家族を持ちました鬼ごろしの活動でも、Wはお互いになくてはならない存在でしたねー。 そんなこんなで、2005年第12回うらじゃには鬼ごろし1本で参加しました。
June 5, 2006
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Wのかたわれは、無類の祭り好きです。ただ人がウジャウジャいるような祭りではなく、風情を感じる祭り。Wのかたわれは、人好きです。人なら誰でも好きなわけではなく、変化のある人の生き様が大好きです。Wは、人ごみ大嫌いです。自分の行く道を邪魔されたくありません。だから、よく先陣切ってスタスタと歩き去っていくのです。 そんなWは、もう7年も祭りに参加しまくってます。なんだか矛盾ばかりの好き嫌いですが・・・・。Wはカラダを動かすことが大好きです。諦めることが大嫌いです。 だから、今があるんだなぁと思いますわ。
June 4, 2006
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2004年第11回うらじゃは何をしていたのかというと・・・。 2003年あたりから、Wはうらじゃ振興会活動に忙しく、「W-TANI」の活動が闇に消えかかっていたんです。が、2004年、「W-TAKU」の復活に伴って「うらじゃ振興会おどり連:W-TANI」としてのエントリー打診がパレードの南進北進の最後を「W-TAKU」と「W-TANI」でキメよう!っていう振興会の企画。この年から各連の「うらじゃ音頭」使用が禁止になったことから「W」パレードで「うらじゃ音頭」をかけ、おどり連にパレードを楽しんでもらおう!という内容。「W-TAKU」と「W-TANI」、どちらが参加者が多いか、どちらが盛り上げられるか、勝負しよう!っていう小ネタもありましたが(笑)無制限に踊り子を集める企画、どこが「W」なのかといいますと・・・・・・。 地方車の上です!!!!実は、本番当日まで本当にWで地方車の上に乗ろうか悩んでいました。Wは煽りが苦手なのです(笑)。生粋の踊り子なのです。 きっと、いろいろな事が重なったのでしょうか。この年のうらじゃは台風のため、大幅規模縮小の開催となり、「W」パレードも見送りとなりました。 2003年といい2004年といい、波乱に満ちております。
June 3, 2006
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Wはそもそも、おどり連「鬼ごろし」のメンバーなんすよね。ナゼに「W-TANI」結成をしたのか、それは・・・・・・・ 出来心です(笑)。 2002年のうらじゃだったかなー。「W-TAKU」なる連がいたのさ。本名に「たく」って名前が含まれている2人組でさ。それがまためちゃくちゃカッコ良くてなんて遊び心満載な人たちなんだろう!なのになんて真剣なんだろう!って感動したワケさ2003年のうらじゃを目前に「俺らも作る!?作っちゃう!?」ってWのかたわれが言い出して本名に「たに」って名前が含まれているって理由だけで「W-TANI」になったってワケ。めちゃくちゃ「W-TAKU」を意識して結成しちゃった だけど、当時の私たちは何をして良いのかわからずどうしたもんかなぁ・・・と考えている時に「鬼ごろし」メンバーが結婚することになったのね。「結婚お祝いサンバを踊りたいねぇ!!」ってメンバーから声が上がって「W-TANI」の枠を使う?って感じで。「W-TANI」の初演舞は「鬼ごろメンバーの結婚お祝いサンバ」。まったくもって「W」ではありませぬ(笑)大勢のメンバーがおりました。「たに」を含まないメンバーも。 これが「W-TANI」の誕生秘話でございます。
June 2, 2006
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約半年に渡り、人の目に晒さぬよう練ってきた構想を解禁今日を迎えたWの感想。「長かった・・・・・・・・・」 これからは、堂々と制作に励めますボチボチ、「歴史」を公開していきま~す
June 1, 2006
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