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年が明け、第13回うらじゃ開催の年を迎えた。悲しみを引きずりながらの「W-TANI」の制作。W-K恋人の突然の辞職。それに伴う、家族問題、結婚問題。W-JはW-Kの身にふりかかる問題をリアルタイムで熟知し、理解し、助言し、支えてくれた。W-Kの本物の弟のように味方になってくれた。そんなW-JとW-Kの間柄を昼下がりのワイドショーのように無責任に色モンに噂立てる連中が出てきた。W-K恋人、W-J、W-K、いつものように3人で食卓を囲みながら「どうしたものか」と語ったものだ。W-K→とにかく怒りがおさまらず、激しい気質。W-J→他人は他人と割り切ろうとするがショックを隠せず。W-K恋人→冷静。とにかく冷静。まとめ役。 こんな感じで、3人(というより冷静なW-K恋人)が出した打開策は・・・「気にせず、今まで通りいこう。」 お互いを尊重し、大切に思う気持ちに偽りはない。男と女が仲良く肩を並べて歩いているだけで色モン沙汰しか思い浮かばない人は奥深い友愛を知らない人なんだから、と。知っている人は、そんなこと思いもしていないじゃないか、と。 「温羅と阿曽姫」がテーマになったのにはこの問題に立ち向かう為もあったのかもしれない。「W-TANI」の演舞を観て、Wがカップル(夫婦)だと思わせるくらいの演舞をしてやろうじゃないかと心に誓ったのはこの頃だ。「温羅と阿曽姫」を踊る以上は、その点は妥協したくなかったというのもあるけど。 騙された方、ごめんなさいねwww 今度、仲良くしている男女を見かけたら「夫婦(恋人)ですか?」と聞くよりも「素晴らしい絆ですね」と言える、広い視野と心をお持ち下さいませ♪体の関係がなくともお付き合いしている方もいれば体の関係があってもお付き合いしていない方もいる。仲良く手を繋いでいると思ったら兄妹だったという方も。なかなか一見様では、「真実」というものは見えないもので。
September 5, 2006
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「W-TANI」再結成後、初の壁にぶち当たった。今日はそれを「クリスマス秘話」として・・・。 W-K母が発病してからというもの、W-Kは月に1~4度、帰省する生活が2年半続いていた。W-K恋人はこういった事には無縁な為、現実味が湧かなかったらしく、「うらじゃ」のイベントや「鬼ごろし」の練習・行事等と重なった時にずいぶんお世話になったのはW-Jだ。事情が事情なだけに、かなりフォローしてくれてたと同時に、それが「鬼ごろし」を続ける支えになった。その2年間、W-Kは自分の事に怠けてW-Jの悩みや本音を聞く姿勢をずいぶん怠っていたように思う。気がついた時にはW-Kがどんなに間を取り持とうとも修正が効かず、W-Jはあるお別れを選択していた。「もっと早くに気づいてあげられれば・・・」W-Kは自責の念に苛まれながら誰にも相談できず、励まされず、崩れそうなW-Jを懸命に奮い立たせ、「W-TANI」の制作に取り組んだ。時期を同じくしてW-K母は既にカウントダウンが始まっていた。W-Kは仕事を終えて「鬼ごろし」をし、「W-TANI」をし、真冬の毎夜中に鳥取まで車を飛ばす日々を。現実を受け止めようとするW-Jに対し現実から逃げようとするW-K。何も知らず、クリスマスパーティーを楽しむ仲間と一緒にいることで心の平静を取り戻そうとした時期だ。クリスマス・イヴはWとも意を決して過ごした。W-Jはある方と過ごし、W-Kは1人氷上をドライブし、帰省。その翌夜、つまりクリスマスの夜はお互いの報告を兼ねて「W-TANI」の打ち合わせ。そんな時こそ打ち合わせ。 8月に向けた「W-TANI」の活動というものは、Wに未来を示してくれたも同然。ボロボロに泣きながらそして耐えながら肩を組んで乗り越えた12月。今思えば、陰ながらWを見守り、支えていたのはW-K恋人でした(笑)。
September 4, 2006
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男と女、たった2人での演舞は内容もイメージも限られてくる。W-Kの理想は、あの「ジョニー&ハルナ」のような絵になるような演舞だった。W-Kはいつも2人に憧れて、2人のようなペアを踊りたいと思ってきた。だから、2人に挟まれてセンターで踊っていた頃はそれはもう幸せの絶頂で、かつ必死な時期だったのを覚えている。「ペア」という作品に、特別な思いが常につきまとっていたからだ。同時期、2003年か2004年か・・・W-Jと初めてペアを組んだ。スタッフタッグではなく(笑)。某有名ホテルでのとある会で「うらじゃ」をショーとして魅せて欲しいという依頼を受けた。そこで初めて「温羅と阿曽姫」を演舞した。大勢で合わせる呼吸とは違い、「ペア」として呼吸を合わせる難しさを知った。お互いの動き方・踊り方を観察し、呼吸を読み取ろうと努力した。練習では一緒にコミュニケーションストレッチをこなした。よく、学校のこと、夢のこと、家族のこと、恋愛のことを語った。たかだか2分程度の演舞だったが、踊りや祭りに対する真剣な思いが派手にぶつかり合った時期だった気がする。そんな経緯があったことも踏まえ。女であるW-Kが男になりきって踊ろうにも故障を抱えての演舞には無理があった。男であるW-Jが女になりきって踊るのは既に2004年にしており、面白味がない。ここはやはりW-Jは男、W-Kは女という本来の姿を受け止め(笑)、もう一度「温羅と阿曽姫」を演舞するか!というのが、事の発端。 ブログタイトル「温羅と阿曽姫への慕情」とは温羅と阿曽姫に特別な思いがあるというよりも、激しくぶつかり合いつつも真剣に踊りに取り組み、真剣に祭りの未来や自分の夢について語り合った「あの頃への慕情」という意味の方が強い。お互い、あの頃から歳もとったけど、お互い恋人がいて、やりづらいこともあるだろうけど、W-Jは社会人になるけれど、W-Kは故障を抱え、母の病気に不安を抱えているけれど、それでも、あの頃のように何があっても決して妥協せず、プライドを懸けて作品を完成させよう・・・!そんな思いを込めた「温羅と阿曽姫」だった。 決死の覚悟から8月の本番までまだまだ波乱万丈、長い日々が続いたけれど今日は演舞内容決定秘話をば・・・・・。
September 3, 2006
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今まで、明かすことのなかった「W-TANI」の裏話を公開していこうかと思います。 この時期は、地域のお祭りに大忙しな時期でもありますし特別、多勢の方に読んでもらいたいわけではなく、 Wにとって、支えてくれた身近な方にとって、心の整理になればと思います。
September 1, 2006
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