路上観察

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2015.02.19
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カテゴリ: ウォーキング

最近、大庭の歴史に興味がでてきました

ネットで色色、調べているとなんと自宅近くにも日枝神社があることが分かりました

また、庚申搭(こうじんとう)もありました。

新発見です。

S近くの旧跡.jpg

今日も、いい天気

昨日の稲荷の森に続いて、今日も近くの寺社参りです

昨日は、間違ってゴルフ場の中まで行きましたが、神明社でした

熊野神社を図書館の資料で調べて分かりました

大庭ハイキングマップ.jpg

(伝説の地・大庭よりの資料より)

昨日の稲荷の森のタブの木から5分ほどの近くでした

綺麗な竹やぶのある山道を少し登ります

S山道.jpg

S階段.jpg

急な階段を上りますと小さいですがありました

まるで、村の鎮守の神様ですね

S熊野神社.jpg

こんな標識がありました

S標識.jpg

こんな歌も聞こえてきそうです、、、



当社が大庭神社(大庭社)の旧跡とされたのは江戸時代の文化・文政(1804〜1830年)になってからのことである[4]。前述の『藤沢の文化財』では、本来は当社が延喜式内社の「大庭神社」であったが、その後、何らかの理由により稲荷の大庭神社が延喜式内社と目されるようになったと考察している(ネットより)

大庭御厨は1104年(長治元年)頃、鎌倉景政が大庭郷を中心に山野未開地を開発したものである。伊勢恒吉の斡旋で1117年(永久5年)伊勢神宮に寄進した。鎌倉景政は1083年の後三年の役の勇者として有名である。大庭御厨の境界は、東は俣野川(藤沢市の境川)、西は神郷(寒川)、南は海、北は大牧崎だった。田地の面積は、1145年(久安元年)で95町、鎌倉時代末期には150町に達した。

大庭郷の成立は、9世紀以前と思われる[1]。「大庭」「庭」も祭司の場を意味すると言う。現在も藤沢市に大庭の地名が残る。御厨は天皇家や伊勢神宮、下鴨神社の領地を意味する。(ネットより)










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最終更新日  2015.02.21 03:09:09
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