路上観察

路上観察

2015.02.27
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カテゴリ: 大庭の歴史


Welcome !!!

366日への旅 今日の誕生花 Wikipedia  を引用

2月28日 三角草(みすみそう)

花言葉
内証、優雅、高貴

みすみそう(ゆきわりそう)




1591年
千利休が豊臣秀吉の命により自刃

1633年
第一次鎖国令。江戸幕府が長崎奉行に「日本人の海外往来禁止」「キリスト教禁止」などを指令 


1953年
吉田茂首相が衆議院予算委員会で「バカヤロー」と発言。
3月14日に内閣不信任案が可決し衆議院解散

1963年
50年間無罪を訴えてきた「昭和の巖窟王」吉田石松が無罪判決を勝ち取る 


おはようございます

昨日は、春でしたね

小糸川と引地川の周辺を散歩

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橋の名前から昔の人が歩いたであろう道を行きます。

最初に、昔の中心地と思われる舟地蔵から出発します。

歴史そのものの大庭橋を渡り、北に向かってあるきます。



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大庭橋


バス停天神橋、弁天前、北の谷をすぎるて 大庭鷹匠橋を渡ると



大庭鷹匠橋

鷹匠橋という名前は、

江戸時代に将軍が鷹狩をするために架けられた橋といわれています。



天神橋

かえるの彫刻があります、面白いです

何をイメージしてるのかはわかりませんが

大庭大橋

近くの小高い山は、大庭城跡。平安時代末期に大庭景宗が築城して、戦国時代に太田道灌が手を加えた城跡と言われています。当時はこのあたりは大きな沼があったそうです。ここでは舟地蔵の民話が伝わっています。


関下橋

小糸川と引地川の合流地点です


城下橋

この橋を渡ると、老人福祉センターやすらぎ荘にいかれます

高名橋

柏山橋


引地川橋


昔はこのあたりに大庭城を舞台にして北条軍との戦いで討ち死にした吉田将監、西山将監など数十名の首塚がありました。




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小糸川、引地川の

源流

引地川は相模原台地の終末部の谷戸に端を発して相模湾の鵠沼海岸に注ぐ中河川であり、その流域の景色はなかなか美しく変化に富んでいる。 引地川は全長21.3km。

秋葉台小学校付近は大きな松林で、その前に150坪のあまりの浅い池があり、このあたりを池ノ頭と呼んでいた。 池ノ頭には2つの水路があり、東端の水路は小糸川から引地川へ、西端の水路は小出川から相模川へ注いでいた。 小糸川・小出川の源流のひとつが1箇所にあり、相模川・引地川の分水嶺でもあった(ネットより)














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最終更新日  2015.02.28 06:15:13
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